光と影の天使・第2話

作:幻影


「だから、下校のときには注意したほうがいいですよ。」
 昼休み、中庭でまろんたちと昼食をとっていた水無月が語る。
 内容は、最近この桃栗町付近で多発している連続誘拐事件についてだった。
 被害者のほとんどが女性だが、中には男性も含まれており一貫性がない。
 桃栗警察も警戒体制をとっているが、まだ犯人逮捕には到っていなかった。
「大丈夫だよ。そんな都合よく犯人と出くわすはずないさ。」
 稚空が気さくな笑みを浮かべる。
「もう、稚空ったら無責任なんだから。」
 まろんが呆れるように呟く。
 そのとき、稚空がまろんの顔を見つめて呆然となっていた。
「何よ?」
 まろんが不審に思って訊ねてくる。すると稚空がはっとして、
「あっ、いや、ちょっと、思い出したことがあったんだ。」
「思い出したこと?」
 稚空の言葉に都が聞き返す。
「ああ。とても不思議なことなんだけど。」
 稚空の話に3人が注目する。
「オレの母さんの日、泣きじゃくってうずくまってたオレに、女の子が1人、声をかけてきたんだ。母さんが亡くなってとても辛かったから、その女の子にすがるように、一緒に遊び始めたんだ。遊んでいるうちに楽しくなってきちゃって、ついにオレの家に誘うことにしたんだ。家の中でも楽しく遊んで、夕方になって、その女の子が帰るというんでオレは送っていこうと部屋のドアを開けたんだ。だけど、その少しの間に気をそらして、振り返ると女の子は消えてたんだ。」
「消えた?」
 稚空の話に水無月が疑問符を浮かべる。
「ああ。窓には鍵がかかってたし、出入り口は他にオレが開けてたドアぐらいだから、突然いなくなるはずがない。なのに音も立てずにいなくなってた。サヨナラも言わずに。」
「そんな〜!」
 都が稚空の話を聞いて震えていた。
 遊園地のお化け屋敷などは全く問題ないのだが、本物じみた話になると怖くなってしまうようである。
 その後、稚空がその女の子に会うことはなかったという。
「夢でも見たんじゃないの?お母さんが亡くなったから、気が動転して・・」
 まろんが稚空の話を否定する。
「う〜ん、そう言われるとそう思えるな。まだ子供だったし、あんまり記憶に残ってない話だし。」
 稚空はまろんの言葉を否定しなかった。
 母がなくなって何かにすがりたかった自分が見た夢物語だったのかもしれない。
「そ、そうよね・・そんな話がホントのはずないじゃない。」
 都が安心して深く息をつく。
 そのとき、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。
「あ、もうこんな時間。急いで戻りましょう。」
 まろんたちは昼食の後始末をして、校舎へと戻っていった。

 夕日の差し込み始めた枇杷高校の体育館。
 今日、この体育館を使用する部はない。
 そんな体育館の中央で、1人の少女が新体操の練習に励んでいた。
 山茶花弥白。
 稚空の元婚約者であり、彼の父やその関係者とは親しい間柄である。
 稚空が眼にかけているまろんを気にかけているようで、彼女に負けられないという思い入れが新体操にも表れていた。
(日下部さん、稚空さんはあなたに気があるみたいですけど、体操は負けられません。今度の大会では、絶対にわたくしが勝ちますわ。)
 一途な思いを秘めて、部活のない日もこうして自己練習を行っていたのである。
 そんな中で一息入れていたときのことだった。
 体育館の出入り口に立つ1人の少女。
 弥白はその少女の姿に気付き振り返った。
「あら?日下部さん?」
 弥白が少女の姿に疑問を投げかけた。
 その少女は紛れもなく日下部まろんだった。
「どうしました、日下部さん?わざわざここまでいらして。」
 新体操に使うボールを隅に置いて、弥白がまろんに近づいた。
 するとまろんは、妖しく笑いながら言葉を発した。
「山茶花さん、あなたは今でも稚空のことを想ってるの?」
「えっ?」
 突拍子もないことを言われ、弥白が疑問符を浮かべる。
「あなたのことを想っていないと分かっていながらも、それでも今も稚空を愛している。」
 まろんの不気味とも思える態度に、弥白はだんだんと不安になってきた。
「あなた、日下部ではありませんわね。わたくしの知っている日下部さんは、そんな人ではありませんわ!」
「私はまろんであってまろんでない。もともとはまろんと同じ存在だけど、今ではまろんとは別の存在となっているのよ。」
「な、何を言っているのですか・・?」
 弥白は恐怖を感じて後ずさりを始めるが、少女が妖しい笑みを浮かべたまま近づいてくる。
「怖がることはないよ。稚空のことを想うのなら、想い続ければいいよ。ずっとね。」
「えっ!?」
 そのとき、弥白は自分の異変に気がついた。
 足元から徐々に自分の体が灰色に変わってきていた。それが彼女にさらなる恐怖を植え付けた。
「な、何なんですの、コレ!?」
「あなたは今、わたしの眼を見たことによって、闇の呪縛を受けたのよ。あなたのその石化は、だんだんとあなたの体をかけ上って、最後には完全な石像に変えてゆくのよ。」
 少女の言葉通り、弥白にかけられた石化が浸食し、上半身に迫ってきていた。
「ヤダ!わたくし、このまま石になんてなりたくありません!神楽!助けて、神楽!」
 弥白は恐怖に駆られながらも、助けを求めて必死に叫ぶ。
 病院の院長を務める稚空の父の秘書であり、弥白の世話係も兼任している神楽が、そろそろ自分を迎えに学校にやってくるはずである。
 しかし、少女は笑みを崩さないまま、
「ムダよ。あなたは今、私の作り出した空間の中にいるのよ。見た目は現実と変わらないけど、声は外には絶対に漏れないし、外からの声もここには届かないわ。」
「イヤ・・イヤですわ・・・」
 恐怖と悲痛に涙さえ浮かべている弥白に、少女の石化が容赦なく進行し、両手を固め顔にまで及んでいた。
「私の世界にいれば、稚空をずっと想っていられる。これ以上に幸せなことはないはずでしょ?」
 少女の言葉に反論することもできず、弥白は恐怖に満ちた表情のまま、完全に灰色に染まった。
「まろん、あなたが寂しくならないように、私が一生懸命にがんばるからね。もうあなたに辛い思いはさせないから。」
 まろんに瓜二つの少女は、石像となった弥白の頬を手で触れながら笑みを浮かべていた。
 そして学校の体育館から、弥白も少女も姿を消していた。

 新体操部の練習を終え、帰宅を始めるまろんと都。
 校門で待っていた稚空と水無月が声をかけてきた。
「おっ!やっと練習が終わったか。」
「もう少しで真っ暗になるところでしたよ。」
「あら?稚空、委員長、待っててくれたの?」
 都が笑顔で2人に声をかける。
「もちろんですよ!もしも連続誘拐犯に出くわしたらどうするんですか!僕が犯人を発見次第、全力で日下部さんを守りつつ捕まえてみせますよ!」
「あ〜ら。やっぱりまろんを守りたいだけなのね。」
 意気込みを見せる水無月に、都がからかうように水を差す。
「い、いえ、そういうつもりじゃ・・」
「じゃ、何なんだよ?」
 戸惑う水無月に、稚空もからかう。
「もう、やめてくださいよ、名古屋くんまで。」
 水無月の抗議に、3人が苦笑する。
「オレは委員長に引っ張り出されたんだけどな。」
 稚空が手を頭に当てて言う。
 自分もまろんたちを守りたいという気持ちがあったので、水無月の強引な誘いをあえて断らなかった。
「それにしても、警察の警戒網をかいくぐって犯行に及ぶなんて、敵ながらなかなかね。」
 都が真剣な面持ちで呟く。
 警察の威信を賭けた捜索を進めても、被害者の行方も犯人の身元も発見することができなかった。
「アレ?まろんちゃんに、都ちゃんじゃないか!」
 そのとき、学校の前を通りがかった1人の男性が声をかけてきた。
「あっ!昇さん、昇さんだ!」
 都がその男性に笑顔で手を振る。
 天城昇(あまぎしょう)。
 都の兄、昴の大親友で、都やまろんが幼いときにはいつも優しくしてくれたのである。
 昴が科学の勉強のために外国に行くと言い出したときは昇も反対したが、昴の科学に対する熱意に負け、留学を認めたのだった。
 その気持ちに後押しされたこともあり、昇はその後ルポライターとなり、様々な人々の心に触れてきたのである。
 久方ぶりにこの日この街に帰ってきたところ、彼はまろんたちと再会したのだった。
「懐かしいなぁ。氷室さんは元気?」
「うん!元気も元気!お父さん、刑事の仕事がんばってるんだから!」
 笑顔で昇を迎える都。そこに稚空が口をはさむ。
「知り合いなのか?」
「ええ。都のお兄さんのお友達なのよ。とても友達思いで。」
 まろんが言葉を返す。
 彼女と都に、昇は懐かしさを感じていた。
「それにしても、時がたつのは早いもんだな。昔は小さくかわいかったのに、今じゃこんなに大きくなって綺麗になって。」
 昇が照れながらまろんたちをおだてる。
「今日、ここに来たの?」
 都の言葉に、昇が笑顔で答える。
「ああ。ルポライターで南アフリカを回ってきたんだ。これからしばらくは近くの別荘で少し落ち着くつもりだよ。よかったら遊びに来たら?あまりいいおもてなしはできないけど。」
「うん。もし行けたら行くよ。じゃ、またね。」
 都は笑顔で昇と別れ、家路を歩き出した。

 雑談を繰り返しながら、まろんたちは無事にマンションにたどり着いた。
「では、僕はこれで失礼します。」
 水無月が小さく一礼して挨拶する。
「被害者は男も含まれている。委員長も気をつけろよ。」
「分かってますよ。それでは。」
 稚空の心配に水無月が笑顔で答え、まろんたちと別れた。
 街灯が照らす通りを帰宅のために1人歩く水無月。
(僕だってやればできるってところを、日下部さんたちに見せないと。)
 1つの決意を胸に秘め、水無月は帰路を進む。
 そのとき、彼の前に1人の少女が姿を現した。
「あ、あれ?日下部さん?」
 水無月が少女の姿を疑う。
 少女の姿は先程別れたまろんそのままだった。
 しかし、まろんは無事に家に着いたことをこの眼で確認している。まろんがこの場にいるのはあり得なかった。
「見つけたよ、委員長。」
 少女は薄っすらと笑みを漏らす。
「く、日下部さんじゃない!」
 水無月がはっとして身構え、少女の姿を見据える。
 すると少女の眼が不気味に紅く光りだした。

「大変!大変!」
「てえへんだ!てえへんだぁー!」
 夕暮れの空を駆け抜ける2人の天使。
 フィンとアクセスが慌てて飛んでいく。
 2人はそれぞれ、さっき帰宅したばかりのまろんと稚空のベランダにたどり着く。
 窓を叩く天使たちに、安堵の吐息をついていたまろんと稚空が不機嫌そうに窓を開ける。
「何よ、フィン。今やっと帰ってきたところなのに。」
「何だよ、アクセス。そんなに慌てて。」
「大変だよ、まろん!悪魔を見つけたのよ!」
「えっ?」
 神が魔王を倒し悪魔の力は弱まったが、ときどき人間界にはぐれ出た悪魔が人の心に付け込んでくることがある。
 フィンとアクセスはその悪魔の気配を察知し、急いで駆けつけてきたのである。
「天城昇って人が保管している、洗礼の女神っていう像に取り付いてるの!」
「昇さんに!?」
 フィンの報告にまろんは驚愕する。
 親しい人との再会に、悪魔の気配を察知するプティクレアの警告音に気付かなかった。
「昇さん・・あの人が悪魔に・・」
 昇とはさっき知り合ったばかりだったが、稚空も困惑を隠せないでいた。
「とにかく、予告状は出しといたから、早く封印(チェックメイト)してくれ!」
 フィンとアクセスは、すでに2人の怪盗からの予告状を昇に送りつけていた。
「いこう、まろん!」
「うん!」
 稚空とまろんが現場に向かうため、それぞれ玄関に向かう。
  ピンポーン
 そのとき、インターホンが鳴り響き、玄関にいたまろんと稚空が同時にドアを開ける。
 稚空の部屋の前に、紳士服に身を包んだ1人の男性が息を荒げていた。
「か、神楽!?どうしたんだ、そんなに慌てて・・!?」
 父の秘書の神楽の姿に、稚空が驚きの声を上げる。
 彼は今頃、弥白を迎えにいっているはずである。
「ち、稚空さま・・弥白さまが・・弥白さまがいなくなってしまいました!」
「何だって!?弥白が!?」
 神楽の言葉に稚空が驚愕する。
「あっ!まろん、稚空!それに、あなたは・・」
 そのとき、ジャンヌが予告状を出してきたという連絡を受けて、都がドアを開けて飛び出してきた。

つづく


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