白神の巫女 第十話「白神の未来」

作:幻影


 天乃は右手をかざし、持てる力の全てを集中させる。
 その様子に、涼平の驚愕がさらに増していく。
「君が今やろうとしていることは自殺志願と同じだよ。私を葬れば、黒神も崩壊。その余波にのまれて、君もこの空間の中で消滅することになる。」
 涼平が悠然と構えるが、天乃は聞く耳を持たず、さらに右手に霊力を高める。
「し、正気か・・!?」
 尋常でない彼女の戦意に、涼平は完全に動揺してしまう。
「や、やめろ!私を倒せば、君までただでは・・!」
「私は死なない!お兄さまも死なない!みんな揃って家に帰るのよ!」
 困惑する涼平に、天乃は全力で霊気を放出した。
「白神気光砲!」

 大地も右手をがざして霊力を溜めていた。
 黒神は力の制御が不安定になり、もがき苦しみながらふらついている。
「オレは生きるために戦う!戦い続ける!これまでも、これからも!」
 大地は黒神を見据え、霊力の狙いを定める。
「き、貴様ごときに、我を止めることなど・・!」
 黒神は崩壊していく体に鞭を入れ、大地と同じように右手をかざして霊力を溜める。しかし、不安定になった霊力は、大地の霊力に比べて明らかに弱い。
「ぐっ!・・ち、ちか・・ら・・が・・」
「お前などに、オレの生きる道を阻むことはできない!」
 大地が収束させた霊力が、まばゆいばかりに光り輝く。まるで彼の生きる希望を象徴しているようだった。
「お前の在るべき場所に戻れ!光鬼発動!」
 張り上げた叫びとともに、大地から激しい閃光がほとばしった。
 命の輝きとも思えるような光の奔流に、黒神が飲み込まれ激痛の咆哮と入り混じる。

 それと同時に、天乃の放った閃光が、冷静さを失っていた涼平を包み込んだ。
「そ、そんなことがぁぁーーー!!!」
 咆哮を響かせる涼平が、閃光の中に消えていった。放った閃光の反動を利用して、天乃はそのまま空間の脱出を図った。

「こ、こんな程度の力など・・・!」
 黒神が右手に収束させた邪気で、大地の放った閃光に抗っていた。しかし、不安定になっていた黒神の力は、徐々にその閃光に押され始めていた。
 大地も傷ついた体のため、完全に黒神を押し込むには力が足りなかった。そのため、力の押し合いは荒々しいつばぜり合いとなり、お互い気迫だけが自分を支えていた。
「ぐっ!ぐおっ!」
 そのとき、黒神がかつてない激痛に襲われ、うめき声を上げる。
 丁度この瞬間、黒神の体内にいる天乃の魂が、宿主である涼平の魂を攻撃していたのである。
 宿主の魂が崩壊したことにより、黒神の力が完全に安定しなくなってしまった。
(黒神の力が弱まった!今だ!)
 その気の流れを察知した大地が、放出している閃光にさらなる力を注ぎ込む。
「ごああぁぁーーーー!!!」
 荒々しい光に飲み込まれた黒神が咆哮を上げる。
「そ、そんな・・バカなぁぁーーーー!!!」
 激しい閃光の中、黒神が完全に消滅した。

 巻き起こる爆煙と吹きすさむ烈風。
 持てる力の全てを出し尽くした大地が、大きく息をつく。
(終わった・・・黒神の邪気が完全に消えた・・・)
 戦意を消した大地の視線の先、治まっていく煙の先には、黒神どころか人の気配さえなかった。
「天乃・・!」
 大地は顔を上げて周囲を見回した。天乃が無事に黒神の体内から脱出したならば、彼女の魂は石化された体へともどっていくはずである。
 気配を探りながら、辺りを歩く大地。草木があふれていたその場所は、血で血を洗う戦いを終えて荒廃へと変わっていた。
「天乃!どこにいる、天乃!」
 大地は必死に天乃に呼びかける。数々の修羅場を潜り抜けてきた彼でも、彼女の気を探ることは困難を極めていた。

「天乃!天乃、どこなの!?」
 一方、海奈たちも黒神から脱出したと思われている天乃を探して、森を彷徨っていた。
「分からない。たとえ脱出できても、気はもうほとんど残ってないでしょう。私たちが気配でなかなか探せないのも無理はないわ。」
 沈みそうになった気持ちを何とか抑えて、海奈はゆかりたちと共に天乃の捜索を続けた。
 そして、同じく彼女を探している大地を発見した。
「大地!」
 海奈に呼ばれ、大地がゆっくりと振り返る。
「こんなところで何をしている?もはやお前たちにできることなどない。失せろ。」
「大地・・!」
 突き放す大地に、海奈は悲痛に顔を歪める。
 そのとき、大地が突然振り返り、森の方を見つめる。
「感じる・・わずかだが確かに天乃の霊気だ。」
「えっ・・!?」
 海奈も驚きながら、大地の見つめる方向を見やる。
 その直後、大地はその方向に向かって飛び出した。
「大地!」
 海奈の呼び止めも聞かず、大地はそのまま森の中へ姿を消した。
「海奈さーん!」
 それからゆかりの声がかかり、海奈は静かに振り返った。みなみが苛立った様子で前に出てきた。
「海奈さん、今の大地とかいう人でしょ!?止めなくていいの!?アイツは天乃を襲うかもしれないよ!」
「・・それはないわ。」
 静かに答える海奈の小さな言葉に、みなみは憤慨する。
「どうして!?アイツはあたしたちを、天乃や海奈さんまで・・!」
「あの人は、生きるために、あのとき受けたような死の恐怖から逃れるために戦い、私たち白神の一族にもその矛先を向けた。あの人も辛い思いをしてきたのでしょう。私たちにはとても理解できないほどの・・」
 海奈は自分の胸に手を当てて、物悲しい笑みを浮かべる。
「それに、天乃がどの道を選ぶのかは、天乃自身が決めることです。たとえそれが、あの人が受けてきたようないばらの道だとしても・・」
 海奈は虚空を見上げて、そのまま黙り込んでしまった。みなみもゆかりたちも彼女の悲痛の思える態度に、かける言葉が見つからなかった。

 天乃が大地をかばって、黒神に石にされた、湖が点在する草原にたどり着いた。
 黒神に抜かれて取り込まれそうになった彼女の魂を奪い返し、大地はそのまま逃亡してきたんだった。
「天乃・・」
 大地は再び天乃を探し始めた。
 彼からは戦意が、むき出しになっていた闘志と殺意が完全に消えうせていた。白神の暗殺者によって谷底に突き落とされ、死に直面して以来、彼は生きるために、自分の前に立ちはだかる全ての人を手にかけてきた。しかし今は、黒神との戦いに全ての力を使い果たし、またそれをかつて彼が助けようとした赤ん坊を再び守るために戦ったことでなのだろうか、彼の中に満足感とも虚無感ともいえない不思議な気持ちがわいてきていた。
 助けたい。守りたい。自分と同じく死の恐怖を体感した彼女を救いたい。
 今の大地は、天乃に対する想いで満たされていた。
 やがて、石化された天乃の体がある場所へと行き着いた。しかし、そこに彼女はいなかった。
 大地は困惑して辺りを見回した。それでも天乃の姿が見当たらない。
 石化が解けて彼女も周囲を彷徨っているのか。それとも魂とともに肉体も滅んでしまったのか。
 不安を抱えながら、大地は天乃を追い求めて必死に草原を駆け回った。
 しかし、くまなく探しても気配を探っても、彼女を発見することはできなかった。
「天乃・・くっ・・・!」
 歯がゆい気分に打ちひしがれて、大地は草原に崩れ落ちた。拳を地面に叩きつけて、怒りと悔しさをぶつける。
「お前は・・必ず生きて帰るといったのではなかったのか!?その言葉に偽りがないなら、今すぐ姿を現せ、白神天乃!」
 大地の悲痛の叫びが、暗黒が消えた青空に響き渡る。
 赤ん坊だった天乃を救えず、自分も死の恐怖を体感した彼は、彼女を救えなかった自分を責めた。今のように、歯がゆい思いにさいなまれ、拭い去るのにかなりの費やした。
 大地の手に暖かいものが落ちてきた。
「涙・・・?」
 涙。死の恐怖を体感した大地が、心を殺して捨てたものである。
 捨てたはずのものが、彼の眼からあふれていた。
「なぜ・・こんなものが・・・?」
 修羅として生きてきた大地には、涙があふれた理由が分からなかった。
「何泣いてるのよ、お兄さま?」
 そのとき、活気のある声が背後から聞こえ、大地は顔を上げた。振り返ると、天乃が満面の笑顔で彼を見つめていた。
「私ならちゃんとここにいるよ。気付かなかった?」
 天乃のきょとんとした態度に、大地は顔を震わせた。憤慨よりも歓喜のほうが強かった。
 大地は天乃を力強く抱きしめた。
「い、痛いよ、お兄さま・・」
 力のこもる抱擁に、天乃が痛みで顔を歪める。しかし、笑みは消さなかった。
 大地が彼女の兄として強く想ってくれていることを知っていたからである。
「天乃、お前は、お前は・・・!」
 大地は天乃にすがるように泣き崩れた。
 今まで守れなかったもの、救えなかったものを失わずに済んだ。それが彼にかつてない喜びを与えていた。
 天乃も大地の傷だらけの体を抱きしめた。
 懐かしい温もりと感触が彼女に、そして大地にも伝わっていく。
「お兄さま、確かに私言ったはずだよ。必ず生きて帰るって。」
 天乃は大地に満面の笑みを見せる。笑顔を絶やさない赤ん坊の顔にも大地には見えていた。
 白神の暗殺者に襲われていた彼女を助けようとしたときのその顔。幼い命に対する色あせた記憶がよみがえっていた。
「お兄さま、私はお兄さまを信じてたよ。お兄さまも、私のことを信じてくれたんでしょ?」
「オレは・・」
 大地は天乃の言葉を否定できなかった。
 修羅として戦い生きてきた自分と、純粋に子供を助けようといきり立った自分。今と昔の2つの思いが交錯して、大地はその想いを認められず、否定のできずにいた。
「ありがとう・・お兄さま・・・」
 天乃は大地に寄りかかり、疲れきってそのまま眠ってしまった。
 全てを出し尽くした彼女を抱きかかえて、大地は草原を後にして、彼女を探している海奈たちのところに歩いていった。

 黒神との壮絶な戦いから一夜が明けた。
 海奈と再会した大地は、天乃を彼女に預けて立ち去ろうとしたが、彼女の引き止めと疲れきった体のため、その夜は白神家に泊まることを余儀なくされた。
 彼は手当てを終えて眠っている天乃のそばに一晩中ついていて、まるで人を寄せ付けないような雰囲気を放っていた。
 海奈が水を変えたり軽い食事を運んでくる以外、その部屋には誰も出入りすることがなかった。
 そして夜が明けて、大地は部屋を出て1人で庭に出て行った。
 明け方のそよ風が、安堵の吐息をつく彼の白い長髪を揺らした。
「眼が覚めたのですね。」
 優しい声に大地は振り返った。食事を持ってきた海奈が、悲しい笑みを彼に向けていた。
 大地は再び森のほうに視線を戻し、何も言わずに歩き出そうとする。
「行ってしまうのですか・・?」
 海奈の呼びかけに大地は足を止めた。
「天乃はあなたのことを強く想っています。せめて挨拶だけでも。」
「オレは天乃に気を許すわけにはいかない。」
 振り返らずに大地が海奈に答える。
「オレは死の恐怖から逃れるために戦い、手を血で汚してきた。揺らぐことのない決意がなければ、生きた心地のしない道だ。そんな修羅場に、天乃を連れて行くわけにはいかないんだ。」
「それでも、あなたが黙って出て行けば・・」
「悲しまずにはいられないだろうな。」
 海奈の言葉に大地が続ける。
「だが、オレは天乃を連れて行くつもりはない。オレが向かうのは血で血を洗う修羅の道だ。彼女がオレと離れることがどんなに辛いと嘆こうと、オレは・・」
「待って、お兄さま!」
 そのとき、かん高い声が響き、大地と海奈が振り返る。眼を覚ましていた天乃が、悲痛の面持ちで大地を呼び止めた。
 彼女はすでに普段の巫女装束に着替えを終えて、いつでも出かけられるように準備を済ませていた。
「天乃・・!」
「天乃、眼が覚めていたの・・!?」
 困惑の声を上げる2人。天乃は悲しみに顔を歪めて話を続ける。
「私は、これからもお兄さまのそばにいたい!お兄さまがどんなに私を拒んでも!」
「天乃、オレはお前の、お前の姉の兄などではない。白神家に敵対し、お前たち姉妹にまで手をかけようとしたオレが、お前たちの兄であろうはずがない。」
 大地がそのまま立ち去ろうとしたところに、天乃が背後から寄り添ってきた。
「あなたは、私たちのお兄さまだよ!お兄さまがまた家を出て行くことには反対しない。だけど、私もお兄さまに付いていきたいの!」
「放せ。オレはお前を連れて行くつもりはない。」
 大地が振り返らずに天乃を突き放そうとする。
「お兄さまがどんな道を進んで、どんなことを見つけようとしているのか、私も見たいのよ。どんな場所に行くことになっても、私は耐えてみせる。」
 天乃が眼に涙を浮かべて大地にすがりつく。
 草原で触れ合った彼との温もりが、再び彼女に伝わっていく。
 大地も同じ心地よさを感じてはいたが、彼女の願いを聞き入れるわけにはいかなかった。彼女に危険な思いをさせないがためのことだった。
「足手まといには決してならない。たとえお兄さまが止めても、私はいくわ。」
「ついてくれば倒すといったらどうする?お前の力ではオレには遠く及ばん。」
「それでも・・私は・・・」
 天乃は大地を抱きしめたまま放そうとしない。
 彼女の思いは揺るぎないものへと変わり、大地もその強さを感じ取っていた。
「あなたがどんなことをしても、天乃はあなたに付いてくるでしょう。」
 海奈が笑みを浮かべて、2人の姿を見つめている。
 しばらく沈黙を置いて、大地は重く閉ざしていた口を開いた。
「・・・好きにしろ。」
 大地は鋭い眼を変えないまま足を進め、抱きしめていた天乃から離れる。
 天乃から満面の笑顔が現れる。彼女は大地を追いかけて駆け出していった。視線だけを姉の海奈に向けながら。
(天乃、大地、私は信じています。あなたたちに明るい未来が訪れることを。そして再び、その白神家に戻ってくることを。)
 胸中で2人の無事を信じながら、海奈は旅立っていく2人を見送った。

「あれ?天乃は?」
 しばらくして、ゆかりがひなたを一緒に、天乃の見舞いのために白神家に訪れていた。すでにそこに天乃がいないことも知らずに。
「海奈さん、天乃ちゃんはどこですか?部屋にもいないみたいですけど?」
 海奈の姿を発見したひなたが、天乃の行方を尋ねる。
「天乃は・・いってしまったわ・・」
 しばしの沈黙を置いて語った海奈の言葉を聞いて、ひなたは驚いて床に見舞いのための花束を落としてしまう。
「行ってしまったって・・あの大地という人とですか・・!?」
 悲痛の面持ちで聞いてくるひなたに、海奈は声を出さずに頷いた。
「あっ!海奈さん!」
 同じく海奈を発見したゆかりが彼女たちに近づいていく。
「どうしたの、ひなた?天乃は?」
 疑問符を浮かべながら、悲しくなっているひなたに聞いてくるゆかり。
「天乃ちゃんが、家を出ていったって・・」
 ひなたの言葉に、ゆかりも動揺を隠せなかった。
「どうして!?天乃がなんで・・!?」
「あの子が決めたことなの。だから私も止めなかった。止めても聞かなかったと思うわ。」
 海奈が物悲しい笑みを浮かべる。
「あの子は自分の意思で自分の道を選んだ。私も天乃の進みたいと心に決めたことを尊重したい。」
 そして彼女は庭へと歩いていく。
「そして、いつの日かこの家に帰ってくると信じてる。大地を連れて。いつか必ず・・」
 海奈は信じた。天乃と大地の無事を、2人の進んでいく未来の行く末を。
 天乃は、大地が再び修羅へと戻らないように、そばで見守り続けることだろう。
 大地が白神家を立ち去るとき、彼は天乃がついてくると聞いて密かに歓喜を噛み締めていたと海奈は思っていた。
 いつか必ず、闇に埋もれていた2人が希望の光にあふれた未来にたどり着ける。
 海奈の彼らを信じる言葉を聞いて、ゆかりたちもそう信じ続けることにした。

終わり


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