白神の巫女 第一話「初心の巫女」

作:幻影


 400年の年月にわたり、霊術と武術の伝統を受け継いできた一族、白神流(はくしんりゅう)。
 彼らの驚異的な霊能力によって、人々を虐げてきた妖魔や悪霊を退治してきた。
 しかし、白神流は一時期内乱を引き起こし、一族は壊滅的な打撃を受けたが、再復興を遂げて新たなる伝統の一歩を踏み出したのである。

「つ、冷たい・・」
 恐怖を隠せない女性に、まるで吹雪く雪山に放り出されたような肌寒さが伝わってきた。
 彼女の体が灰色の、固く冷たい石に変わっていた。
 体の変化に伴う激しい体温の変化が、彼女に快楽を与え、感情を高まらせていく。
「貴様もすばらしい霊気を持っているようだな。」
 その様子をまじまじと見つめる男。上げる右手から淡く不気味な光を発している。
「さあ、貴様も我々にその魂を差し出すのだ。その強き霊魂は、我が神の復活の生贄となるのだ。」
「あ・・ぁぁ・・・」
 失われていく感覚と押し寄せてくる快感に、女性が意識が保てなくなり、あえぎ声を漏らす。
 やがて彼女にかけられた石化が頭部にまで及び、苦悶の表情のままその動きを止めた。
 男が見つめる先で、女性は完全な石像に変わり、棒立ちしていた。
「貴様の体は私の力により石に変わった。次にその魂を頂くぞ。」
 男は右手で輝く光を収束させ、石になった女性に向けて放った。
 その石の体から、光り輝く球が出現した。男の手元に引き寄せられた球から光が治まり、男の手にしっかりと握られた。その中には、うずくまって眠りについている女性が裸で入っていた。
 男の眼には、球に封じ込められた彼女の体から淡い光が灯っているのが見えていた。
「これでまた、神の生贄を手に入れたぞ。復活は間近となったぞ。」
 高らかと哄笑を上げながら、男は音も立てずに姿を消していった。

「あわわわ、ごめんなさい、お姉さま・・」
 天乃が慌てて数本の竹刀を立てかけてあった元の場所へと戻していく。その様子を見て、海奈が呆れ果てる。
 白神天乃(しろがみあまの)
 白神流の一族の一人であり、霊媒師の見習い巫女である。
 白神海菜(しろがみうみな)
 天乃の姉であり、白神流の正当継承者である。
 霊媒師として天才の巫女と評価された姉を持つ天乃。そんな姉を見習おうと必死に努力しているのだが、彼女は日ごとに何かしらの騒動を引き起こしてしまい、海奈を始め周囲を困らせていた。
 天乃もそれを直そうとしているのだが、それでも騒動の日々は絶えなかった。
 今日も、道場の雑巾がけの最中、勢い余って壁に衝突し、その反動で立てかけてあった竹刀が落ちてしまい、天乃は海奈に平謝りしながら竹刀を片付けていた。
 失敗を繰り返す天乃に、海奈は叱り付けるようなことはあえてしなかった。
 彼女が巫女を目指して一生懸命になっていることを知っていたからだった。
「天乃、また何かやらかしたの?」
 道場の入り口から、巫女装束を身にまとった4人の少女たちが入ってきた。
 いつも笑顔を絶やさない春野ゆかり、強気で負けず嫌いの夏野みなみ、知的で成績の良い秋野紅葉(あきのもみじ)、内気だが運動神経に長けている冬野ひなた。
 彼女たちは天乃の通う高校の親友で、彼女に巫女の話を聞いて、自分も巫女をやってみようと海奈に頼んだのである。
 彼女たちは巫女としての鍛錬を重ね、巫女として先輩にあたるはずの天乃よりも高い評価を付けられたのである。
 天乃のあまりの失敗の連続に、彼女たちも呆れ果てていた。
「みんな、お爺さまにはナイショね。“天乃よ、少しは姉の海奈を見習えぃ!”って言われるに決まってるんだから。」
 ふくれっ面になる天乃に、海奈もゆかりたちも笑みを浮かべていた。

 白神流は霊術の他に、護身用に柔術、古武術を教え伝えている。そして、霊能力を引き出す術を知っている。
 使い方を知らないだけで、霊能力は誰にでも持っていると白神流は伝えている。霊能力を扱えなかったゆかりたちも、海奈の教えでそれを開花させることに成功したのである。
 近代技術の進歩と発展を遂げた世の中では、霊の存在さえ気に留めない人たちは少なくない。よって、白神流の跡継ぎを探すことさえ困難となっていた。
 そんな中で、巫女を目指して努める少女が現れたことは、師範に身を置いている海奈にとって喜ばしいことだった。
「天乃がいると退屈した日がないよ。彼女なりに努力してるのは分かるけど。」
 みなみが頭を抱えて、慌てている天乃を見下ろす。
「何事も努力は必要だよ、みなみちゃん。」
 ひなたがみなみに口をはさむ。
「そうですよ。私たちもここで気を抜いたら、うさぎと同じになってしまいますよ。」
「うさぎ?」
 紅葉の言葉に、みなみが疑問符を浮かべる。
「うさぎとかめね。」
 ゆかりが満面の笑みを浮かべて答える。
「その通りです。私たちものんびりできませんよ。」
 紅葉が笑みを浮かべて、道場の掃除に身を乗り出した。ゆかりたちも後に続く。
 海奈に依頼が届いたのはその直後だった。

 海奈に依頼されたのは、町を恐怖させている通り魔の撃退だった。
 通り魔は、夜中に人気のない道を通る女性の体を切り裂いて殺害していた。着用していた衣服はズタズタに引き裂かれ、半裸の肌を血みどろにされて絶命していた。
 1日に1人が必ず被害者が出るこの事件に、ついに目撃者が現れたのである。
 街灯が薄かったためよく分からなかったが、手が刀のような形をしていて、その体はとても人間とは思えないほど不気味な姿をしていたと言う。
(間違いない。これは刀麒(とうき)の仕業。手を刀に変えて相手を切り裂く、怨念の強い悪霊。)
 海奈は事件のよく起きる道を警戒しながら歩いていく。
 彼女は自らを囮にして、刀麒を誘い出す作戦を練った。不審に思われないよう、巫女装束ではなく私服で刀麒を待ち受けた。
 天乃やゆかりたちも撃退に参加すると言い出したが、危険だと海奈は彼女たちの頼みを拒否した。よって今彼女は、単独で刀麒を迎え撃つことになった。
 そして数十分歩き回った後、海奈に息詰まるような空気が重くのしかかってきた。
(悪しき気が近づいてくる!来たか!)
 海奈は身構え、周囲を警戒する。周囲には全く人の気配が感じられず、静けさが威圧感を漂わせていた。
 そして彼女は素早く跳躍した。見えない何かが空を切り、地面を削った。彼女がさっきまでいたその場所には、鋭い傷跡が刻まれていた。
 もし回避の動作を行わなかったら、真っ二つに切り裂かれていただろう。
 標的を切り裂く旋風が、さらに海奈に迫ってくる。
「白神防壁(はくしんぼうへき)!」
 海奈が突き出した両手から光の壁が出現し、旋風を弾き飛ばした。
 空中を旋回して、旋風が着地してその正体を現した。
「ほう。白神に仕える者か。」
 トカゲのように顔が長く、手が刀の刀身の形をしている、人間離れした体格の怪物が、不気味な声を出す。
 手刀で標的を切り裂く悪霊、刀麒である。
「やはりお前の仕業か、刀麒!この場でお前を葬る!」
 海奈は身構え、悠然とした態度の刀麒を見据える。
「そう簡単に葬られてたまるか。オレはもっともっと楽しみたいんだ。」
 刀麒が手刀を交差させてあざ笑う。
「オレは女の体を切り裂いて、その柔肌に紅い血を流させる。実に心地いいぞ。だから、たとえ白神の一族だろうと、邪魔はさせんぞ!」
 刀麒は右の手刀を振りかざし、海奈に向かって飛びかかってきた。
 海奈が素早く後退してかわすが、手刀は彼女の着ていたシャツの左裾をかすめていた。
(速い!)
 再び身構えて、海奈が胸中で毒づく。
 刀麒が振り向いて、不気味な哄笑を上げる。
「今夜はお前を切り裂いてやるぞ。血の海に沈む断末魔の姿が、オレの心を満たしてくれる。」
 再び手刀を振り上げて突進する刀麒に対し、海奈は弓矢を構える体勢をとった。
「白神矢光刃(はくしんやこうじん)!」
 彼女が右腕を引くと、光の矢が具現化される。弓矢を射る形で霊気を込めた光の矢を、刀麒めがけて放った。
「ぐおっ!」
 光の矢に左肩を射抜かれ、刀麒がうめく。刀に変えていた手を元に戻し、出血する肩を押さえて息を荒げる。
「お、お前っ!」
「どんなに動きが速くても、直線的なら動かない的を捉えるのと同じ。次は確実に息の根を止める。」
 驚愕する刀麒に、海奈が鋭い視線を向ける。
「おのれっ!覚えておれ!」
 そう言い捨てて、刀麒は素早く跳び上がって逃亡を開始した。
「待ちなさい!」
 海奈も刀麒の気配を探りながら、後を追いかけた。手傷を負っているため、普段ほどの素早さは維持していないはずだった。

 その頃、天乃は夜の通りを慌しく駆け回っていた。
 海奈に夜に出歩かないよう忠告されていて、ゆかりたちはそれをしっかりと守ってそれぞれ自宅にいたのだが、天乃は姉のことが気がかりになってしまい、外に飛び出していた。
(お姉さま、大丈夫かな?何もなければいいんだけど・・)
 不安を抱えて、天乃はいつしか人気のない公園にたどり着いていた。
 そこで彼女は、おびただしい血を流して深く息をついている怪物の姿を目撃する。
「よ、妖魔・・!?」
 思わず声を漏らした天乃に、怪物が振り返った。海奈に手傷を負わされ、逃亡してきた刀麒である。
「まぁいい。この際贅沢は考えないことにしよう。」
 刀麒は不気味に笑い、動く右手を刀に変えて天乃に狙いを定める。
「うわっ!」
 天乃は驚きながら、霊気を練った気の球を放ち、刀麒にぶつけた。球は刀麒の傷ついた左肩に命中し、刀麒が激痛にあえいで咆哮を上げる。
「ぐっ!お前も白神の一族か!だが、あの女よりは力が劣る!」
 刀麒がいきり立って、手刀を天乃目がけて振り下ろした。
「わっ!うわっ!キャッ!」
 素早い手刀の攻撃を天乃は紙一重でかわしていくが、手刀は彼女の巫女装束を次々と切り裂いていく。
 そしてついに、パンツを残して彼女の着ているもの全てが、刀麒の手刀によって切り裂かれた。
「キャッ!見ないで!」
 天乃は顔を赤らめて、自分の体を隠そうと必死に自分を抱きしめる。
 数々の攻撃でも彼女に傷ひとつ付けられないでいた刀麒が、体力の消耗によって息がさらに荒くなる。
「おのれ、小娘!これほど振り抜いても、まだ無傷でいるとはな。だが、今度こそ終わりだ!」
 刀麒が恥ずかしがる天乃の肌に、手刀の切っ先を突きつける。
「お前のその肌に、血飛沫をまき散らしてやる。」
(このままじゃやられる!何とかしなくちゃ!お願い、私に力を!)
 危機感を覚えた天乃は、右手を刀麒に突き出し、左手で右手首を押さえた。
「白神気光砲(はくしんきこうほう)!」
 天乃の右手から閃光が放たれ、手刀を振り上げた刀麒を吹き飛ばした。
 刀麒は何とか体勢と立て直して着地し、天乃は脱力してその場に倒れ込む。
(しまった・・また力のコントロールがうまくいかなかった・・・)
 息を荒げて天乃が毒づく。
 彼女は巫女の修行の際、力のコントロールがうまくいかず、ムダに霊気を消費することが多かった。彼女は今、その痛恨さを改めて身に染みたのである。
「何ということだ!あの小娘、恐ろしいほどの力を秘めているようだ。早めにとどめをさしておくとするか。」
 意識がもうろうとしている天乃に、刀麒が再び手刀の切っ先を向けた。
 そのとき、刀麒の頭部に光の矢が突き刺さった。
「な、なんだ・・と・・・」
 刀麒が振り向き様、脱力して倒れる。一瞬その眼に映ったのは、白神矢光刃の構えをとっていた海奈の姿だった。
 絶命した刀麒の肉体は、紫色の焔に包まれて焼失した。
「天乃!」
 構えを解いた海奈は気を失った天乃を発見し、駆け寄った。
「天乃、しっかりしなさい!」
 海奈に抱き起こされ、天乃はうっすらと眼を覚ました。
「お、お姉さま、ごめんなさい。私、お姉さまのことが心配で・・」
 笑みを見せる天乃。海奈は涙を浮かべて彼女を抱きしめた。
「よく頑張ったね。感じたわよ、あなたの放った気を。」
 天乃の放った強烈な霊気。それは刀麒を追って夜道を駆けていた海奈にも伝わっていた。
「でも、力がうまく使えなかったよ。」
 満面の笑顔を見せる裸姿の天乃を抱え上げ、海奈は立ち上がった。
「さぁ、早く帰りましょう。いつまでもこんな姿では風邪を引いてしまうわ。」
「えっ!?」
 思い出したかのように、天乃が顔を赤らめる。
 うっすらと笑いを漏らしながら、海奈は天乃を連れて家に戻った。

つづく


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