ゴルゴンアイ

作:幻影


「んん〜、いいお天気。」
 有紀が大きく背伸びをする。
 大学の同じゼミ生である有紀、千秋、春奈。3人は休みを利用して、とある山にハイキングに来ていた。
 3人は山道を1時間ばかり歩き、木々の少ない見晴らしのいい場所に出ていた。
「ほんとだね。雨が降るんじゃないかと心配してたんだ。」
 千秋も笑顔をつくる。
「2人共、元気があっていいですわね。わたくし、あまり長く歩いたことに慣れていないものですから。」
 春奈は苦笑いをしていた。

「あっ!」
 周りの景色を見回していた有紀がふと動きを止める。
「見て見て、千秋、春奈。あそこに洞窟があるよ。」
「えっ?どこどこ?」
 有紀に呼ばれて、指差す方向に千秋も視線を移す。そこには大きな口を開けている洞窟が存在していた。
「ねえ、あの洞窟に入ってみようよ。おもしろそうだよ。」
「いけませんわ、有紀。懐中電灯とかは用意してありますけど、洞窟の中は危険でいっぱいですわ。」
 探究心を見せる有紀に、春奈は制止する。

「あの洞窟に入ってはならん。」
 3人の前に老婆が、洞窟に入るのを止めた。おそらく、ここの近くに見えるコテージに住んでいるのだろう。
「おばあちゃん、どうして?行っちゃダメなの!?
「あの洞窟に、何かあるんですか?」
 抗議の声を上げる有紀をよそに、千秋が問う。
「あの洞窟には悪霊が住みついておるのじゃよ。」
「悪霊?」
「あの洞窟に入っていった者は、誰一人出てこなかった。その行方知れずの者たちを探しに、警察やら捜索隊やらの何人かが入っていったのじゃが、その者たちも結局出てこなかった。」
「そんなのただの迷信ですわ。」
 春奈は老婆の言う事を信じない。
「そんな悪霊とか幽霊とか、現代にいるはずないでしょ。仮に何か出てきても、わたくしはこう見えても柔道をたしなんでいますのでだいじょうぶですわ。あと、千秋と有紀は空手を習っていますから。」
「それじゃあ・・・」
「わたくしも行ってさしあげますわ。」
 春奈の同意に喜ぶ有紀。そこに老婆が声を荒げる。
「いかんっ!あそこに入ってしまったら、2度と戻れなくなるぞ!あっ、コラ!」
 老婆の制止を聞かずに有紀は走っていってしまった。彼女を追って、千秋、春奈も進んでいく。


 3人は懐中電灯を付けて洞窟を進んでいった。洞窟内は、地面がほとんど平たんで、迷ってしまうほど複雑な道ではなかった。
「何にもないね。」
「そうですわね。これ以上は危険ですから、退き返しましょう。」
 結局出ることにして、来た道を戻ろうとした。

 そのとき、洞窟内で激しい地鳴りが起こった。
「何?地震?」
「ダメ!立っていられませんわ。」
「あわわわ、千秋、春奈!」
 地鳴りの影響で、3人は転がるかたちになり、離れ離れになってしまった。


「・・・ここは・・・」
 地鳴りが治まり、有紀は辺りを見回した。荷物は無事で怪我もなかったが、千秋、春奈の姿が見えない。
「まいったなあ。はぐれちゃったみたい。でも、とりあえず探さなきゃ。」
 そう言って、有紀は千秋たちを探した。

「千秋、春奈、どこお?」
 しばらく歩いたが、有紀は2人と再会できないでいた。
「おばあちゃんの言ってたことって、このことなのかな。このまま出られないってこと・・・」
 有紀の表情が恐怖の色に染まっていく。この洞窟の中で一生出られないかもしれない。
 そんな有紀の目に、薄い明かりが見えた。
「あっ!もしかしたら。」
 明かりの方に近づいていく有紀。しかし、有紀がその場所にたどり着く直前に、明かりが消えてしまった。
 有紀はいったん立ち止まり、自分のライトで辺りを見回す。
「・・なんなの・・コレ?・・はる・・な・・」
 有紀の周りには、たくさんの人の石像が立ち並んでいた。その中に春奈のかたちをした石像もあった。
 驚愕する有紀のいる場所に、またあの薄い明かりが入り込んできた。恐る恐る近づくと、そこには千秋の姿があった。
「千秋っ!よかった、無事だったのね!」
 しかし、千秋の様子がおかしい。有紀の呼びかけに気づいているのだが、動きを見せない。
「千秋・・どうしたの?」
「有紀・・逃げて・・早く・・・」
 有紀はこの光景が信じられなかった。薄い明かりに照らされた千秋の手足が、石のように硬く冷たくなり、体にまでその変化が進行していた。
「・・ゆ・・き・・・」
 千秋の体が完全に固まり、1体の石像になった。そして、千秋を照らす明かりも消える。

「イヤーーーッ!!!」
 絶叫を上げて、有紀はその場から走りだした。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に走る。ひたすらひたすら、外に通じる出口を求めて。
 しばらく走って、有紀はつまづいて転ぶ。大きく息を荒げながら、今起こった出来事を信じられないでいた。
(これって夢なんでしょ。千秋が石にされるなんて。それじゃ、春奈も・・・)
 落ち着いて立ち上がった有紀に、あの薄い光が差し込んだ。有紀が振り返った先には、不気味な1つの目が開かれていた。

「我ハ、ゴルゴンアイ。命ノ流レヲ止メル者。」
 巨大な1つ目が声を発し、その眼光は有紀を捉えている。
「な、何なの・・・一体・・・」
「我ノ洗礼を受ケ、ソノ生ヲ閉ザセ。」
「何を言って・・あっ!」
 目の光の影響なのか、有紀の手足が石の色に染まっていく。そして徐々に有紀を蝕んでいく。
「わ、私の体が石になってる!」
「オ前ノ命ヲ我ニ捧ゲヨ。」
 体が石化していくと同時に、有紀は力が抜けるのを感じていく。
「これ、夢だよね・・目を覚ましたら、いつものように千秋と春奈と一緒に・・・おき・・よう・・・あさ・・だ・・・よ・・・」
 有紀の体が完全に石になり、そのまま動かなくなる。
「オ前モ我ヲ長ラエサセル、栄エアル人柱トナッタノダ。」
 巨大な1つ目は、洞窟の闇の中に消えていった。


 数日後、警察や捜索隊が有紀たち3人の行方を求めたが、あの洞窟を危険視し、誰も入らなかった。
 当然、有紀たちを発見することはできなかった。彼女たちは洞窟の魔物によって、命の輝きを奪われたのだ。

 ゴルゴンアイ。
 命の流れを止める者。
 その姿を見て、無事に生き延びた人は誰もいない。


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