ガルヴォルス 第24話「二人のはじまり」

作:幻影


「飛鳥さん・・・」
 突然の飛鳥の出現に戸惑うあずみ。飛鳥は呼吸を整えながら、部屋の中の状況を把握しようとしていた。
 たくみと和海も動揺を浮かべながら、彼の言動を待った。
「あずみさん、これは、いったい・・・」
 飛鳥が何とか声を振り絞って、あずみに問いかける。だが、困惑して言葉を切り出せずにいるあずみに代わって、その問いに答えたのはたくみだった。
「飛鳥、あずみが力を解放させるために・・・美奈を・・・!」
 これ以上たくみは言葉を切り出せなかった。しかし、飛鳥はそれだけで状況を理解し、顔を強張らせた。
 美奈はあずみの力の解放のための犠牲となった。もう彼女が戻っては来ないと飛鳥は不安をよぎらせていた。
 しばしの沈黙を置いて、今度はあずみが口を開いた。
「飛鳥さん、私も本意ではなかったのよ。でも、美奈さんが心から願ったので・・・だから、私は彼女の決意をムダにするわけにはいかないのよ。」
 必死に訴えるあずみ。許してもらおうとは思っていなかったが、それでも言わずにはいられなかった。
 しかし、それが飛鳥の中で揺らめいていたわだかまりを沸き立たせることになった。
「お前が・・・お前が美奈を・・・!」
「あ、飛鳥、さん・・・!」
 飛鳥の怒りが高まり、次第に動揺を強めるあずみ。
「お前だけは!」
 叫ぶ飛鳥の姿がドラゴンに変わった。怒りに身を任せた彼は、牙を光らせた口から荒い吐息がもれる。
 出現させた剣を強く握り締め、獣のような咆哮を上げてあずみに飛びかかる。
「飛鳥さん・・・」
 沈痛の面持ちを見せたあずみが右手を伸ばし、飛鳥に向けて衝撃波を放った。直撃を受けた飛鳥が壁に叩きつけられ、手から剣を落とす。
 あずみがさらにそこから、念動波で飛鳥の体を縛り付ける。強い拘束力が飛鳥を苦しめる。
「残念だけど、ここまで敵意を見せるなら、飛鳥さん、私はあなたを危険因子と認識するしかないわ。美奈さんには悪いけど、葬らせてもらうわ。」
 苦悶に顔を歪める飛鳥に対して、あずみがさらに力を込める。
「飛鳥!」
 それを見かねたたくみが傷ついた体に鞭を入れ、悪魔に変身してあずみに飛びかかる。しかしあずみは、空いた左手で衝撃波を放ち、再びたくみを吹き飛ばす。
「たくみ!」
 和海が倒れたたくみに駆け寄る。彼女に支えられながら、たくみが痛みにうめきながらあずみと飛鳥を見つめる。
「ちくしょう・・力が、入らない・・・オレにはどうすることもできないのか・・・」
「たくみ・・・」
 歯軋りするたくみを見て、和海が悲痛を浮かべる。あずみの分身だった生物に血を吸われ、その力が万全でない彼は、その無力さを呪っていた。
「飛鳥を助けたいわけじゃない。オレたちが生きるために、オレはアイツを倒さなくちゃいけない。けど、その力が、今のオレには、ない・・・」
 絶望すら感じているたくみ。自分を弱く思い、右手を握り締める。
 そのとき、和海がたくみの体を背後から優しく抱きしめた。
「か、和海・・?」
 戸惑いを見せるたくみに、和海が微笑んで語りかける。
「力がないのは仕方がないよ。だって、たくみも私もみんなも、元々は人間だったんだから。」
「人間・・・」
「そうだよ。でも、私たちが力をあわせれば、弱い力も強くなる。だから・・」
 和海の背中から天使の翼が現れ、光を帯びて広がる。
「私の力を、たくみに預けるね。」
 天使の翼がたくみと和海を包み込む。たくみに力を与えるために、天使の翼はその力を解放させていた。
「和海・・・」
 そしてその翼が散らばり、代わりに悪魔の翼が広がった。悪魔の力を全開したたくみが、力を消費した和海を抱えて構えていた。
「和海、お前の思い、オレはしっかりと受け止めたよ・・・」
 裸の和海を優しく抱きとめ、たくみが彼女の思いと力をかみ締める。和海の天使の力が、悪魔となったたくみの力を完全なものとした。
「オレたちは人間なんだ。」
 和海をゆっくりと下ろし、たくみがあずみを見据える。和海が顔を上げ、鋭い眼差しを送っているたくみを見つめる。
「ガルヴォルスは人の進化であり、人そのものなんだ。その因子が消えれば、人は生きていけず消滅する。ガルヴォルスは、人の心を鏡に映したような本性の形なんだ。」
 たくみは言い放って、力の狙いを飛鳥から外したあずみに向かって飛び出した。
「この悪魔の姿も、オレのもうひとつの姿なんだ!」
 剣を振り上げてあずみを狙うたくみ。あずみが右手から念動波を放ってたくみの動きを止めようとする。
 しかしたくみはその圧力に押されることなく、そのままあずみの懐に飛び込む。そして驚愕するあずみに向けて剣を振りぬく。
 あずみはすかさず右手から衝撃波を放ち、剣の威力を弱らせる。その間に翼を広げて後退し、間合いを計る。
(力は互角。和海さんの力をかけ合わせて、たくみの力が私を脅かしている。)
 胸中で焦るあずみ。振り返ったたくみが再び剣を構える。
「オレたちは生きる。たとえ神でも、オレたちの歩く道を塞ぐことはできない!」
 自分の決意を再び言い放つたくみ。それは何ものにも覆すことのできない、断固たる決意となっていた。
 その覇気に気おされるあずみ。神と自負する力を備えているにも関わらず、たくみからほとばしる力と感情に、無意識に脅威を感じていた。
 そのとき、あずみは背後からつかまれ、動きを封じられる。
「何っ!?」
 あずみが振り返ると、ドラゴンに姿を変えていた飛鳥が彼女を取り押さえていた。
「飛鳥!?」
「あ、飛鳥さん・・・!」
 たくみと和海も飛鳥の乱入に驚愕の声を上げる。
「た、たくみ・・今だ・・・早く・・・!」
 飛鳥がうめきを混ぜながら、たくみに攻撃を仕掛けるよう促す。
 彼もたくみの言葉に心を打たれていた。理想をことごとく覆され、大切なものを失い、光さえ見失っていた。
 だが、自暴自棄にまで追い込まれていた彼に気力を与えたのは、たくみの決意だった。ここで戦うことが、美奈や隆、ヒロキのためになると思ったのだった。
 だが、たくみは攻撃することをためらっていた。このまま攻撃すれば、飛鳥にも危害を加えることになる。
「飛鳥・・!」
「早くするんだ、たくみ!」
「あ、あなた・・・!?」
 あずみは憤慨して、全身に力を込める。念動波を放出して飛鳥を振りほどこうとしたのだった。
 しかし飛鳥はつかむ腕を放さない。否が応でもあずみを解放しようとしなかった。
「どけ、飛鳥!このままじゃ死んでしまうぞ!」
「オレは・・・オレは戦わなくちゃいけないんだ!」
 傷ついていく体にうめきながら、飛鳥がたくみに叫ぶ。
「オレの理想は、まだついえてはいない!」
「飛鳥!」
 再び理想を復興させた飛鳥。彼にあずみの衝撃波が容赦なく襲う。
 それでも飛鳥が退かなかったのは、彼に理想の火が灯っていたからだった。
「あああぁぁぁーーーーー!!!」
 咆哮にも似た絶叫を上げながら、たくみは剣を構えてあずみに飛びかかった。
「は、放せ!」
 必死に振りほどこうとするあずみ。しっかりと押さえる飛鳥。
 突進するたくみの剣が、2人の体を勢いよく貫いた。けたたましい鮮血が2人の体から飛び出す。
「そ、そんな・・・この私が・・・!」
 絶叫を上げて吐血するあずみ。心臓を貫かれ、絶命して崩れ落ちる。
 飛鳥も剣の刃がはずれ、脱力して仰向けに倒れる。力を失い、ドラゴンから人間に姿が戻る。
「飛鳥!」
「飛鳥さん!」
 たくみと和海が倒れた飛鳥に駆け寄る。心配と悲しみに顔を歪める2人に、飛鳥はうっすらと笑みを浮かべる。
「飛鳥、アンタ・・・!」
 悲痛に打ちひしがれるたくみ。彼は力をあずみを倒す際に極力つぎ込み、悪魔から人間に戻っていた。
 飛鳥が残った力を振り絞って、ゆっくりと手を伸ばしてきた。たくみはその血みどろの手をかたくなにつかむ。
「たくみ・・和海さん・・・」
「飛鳥さん、しっかりして!」
 笑みを作る飛鳥に和海が涙ながらに呼びかける。たくみも困惑した面持ちで飛鳥を見つめている。
「オレの・・・オレの、できなかったことを・・・」
「飛鳥・・・何言ってるんだ!アンタの理想は、これからかなえるもんだろ!」
「えっ・・・?」
「そうだよ!たくみと私の願いの中にも、飛鳥さんの理想が、人間とガルヴォルスの共存が入ってるんだよ!ガルヴォルスは元々は人間!共存して当然なんだよ!」
 和海も飛鳥に向かって叫ぶ。
「生きるんだ、飛鳥!・・・これからなんだよ・・・アンタも、オレたちも・・・!」
 たくみの顔が涙でぬれる。ここまで思ってくれる2人に、飛鳥は今までにない喜びを感じていた。
 全てを失って絶望していた彼に、たくみと和海は再び光をもたらしてくれた。理想という光を。
 そして笑顔を見せたまま、飛鳥は眼を閉ざした。たくみにつかまれていた手が力を失って滑り落ち、そのままだらりと床に落ちる。
「飛鳥・・・?」
 たくみが呆然となる。飛鳥の体が白く固まった様に眼を疑う。
 そしてその形が崩れ、砂になって流れていく。
「飛鳥!」
 叫ぶたくみ、泣きじゃくる和海の眼の前で、飛鳥は砂になって消滅した。ガルヴォルス特有の絶命である。
 ガルヴォルスは、死ぬと砂のように崩れてしまい、亡がらさえも残らず消滅してしまう。それによって、命を閉じた飛鳥も消えたのである。
「飛鳥・・・飛鳥・・・!」
「イヤアッ!」
 たくみが歯を食いしばってうめき、和海が彼に寄り添って泣きじゃくる。たくみがそんな彼女を強く抱きしめる。
 悲しみに満ちた2人は、涙を流しながら抱き合い、その場で横になる。
「和海、今はこのまま抱かせてくれ・・・オレは・・・!」
「分かってるよ、たくみ!私も、そんな気分だから・・・!」
 全身に突き刺さる悲痛を少しでも和らげようと、たくみと和海は互いを抱きしめる。ぬくもりが打ちひしがれた2人に伝わる。
 抱擁によって生み出される快楽。しかしそれでも、今のこの悲しみを紛らわすには不十分だった。

 あずみの死によって、石化されていた女性たちの体から、石の殻が剥がれ落ちた。ガルヴォルスの力の束縛から解放された人々。
 しかし、彼女たちはその場に座り込んだまま、放心したように落胆していた。現実逃避したように、立ち上がり動こうとしない。
 2度と石化の快楽を感じられないことに落胆しているのか、それともガルヴォルスの因子の崩壊によって気力を失っているのか。一糸まとわぬ姿のまま、女性たちは生きながら死んでいるように、その場に座り込んだままだった。

 たくみと和海はその場で横たわり抱き合っていた。しかし2人の眼は虚ろで、どこを見つめているのか彼らにも分かっていなかった。
 一糸まとわぬ2人の体は、首から下が白石に変わっていた。しかしそのことを気に留めず、たくみと和海は無表情で視線を巡らせていた。
(オレたちは全てを失った・・・オレを支えてくれる人はいない・・・和海しか、いない・・・)
 暗闇の中で、たくみが孤独感を感じる。
 たくみと和海の久しい人はもう誰もいない。飛鳥も、美奈も、隆も。
(このままお前と流れに身を任せるのも悪くないかもな。何の流れかは分かんないけど・・・)
(そうだね・・・あのときみたいに、石になっていい気分になるのもね・・・)
 屈託なく心の会話を交わす2人。生きていても何の希望も見出せないと思っていた。
(オレは和海と一緒なら、もうどんあてもかまわないさ・・・)
(私もだよ、たくみ・・・)
「そんなことないよ。」
 そのとき、たくみと和海に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
(た、隆さん・・・!?)
 視線だけを声のするほうに向ける2人。
 そこには隆の姿があった。彼は優しい微笑を見せて2人を見下ろしていた。
 その隣には飛鳥、美奈、ジュンの姿もあった。
(飛鳥、美奈、ジュン・・・!?)
(みんな、どうして・・・!?)
「ここにいる僕たちは、君たちの心の中にいる僕たちさ。」
(オレたちの、なか・・・!?)
「たくみくん、和海ちゃん、君たちには生きていてほしいと思うんだ。」
 困惑するたくみと和海に語りかける。しかしその言葉は、2人にさらなる戸惑いを与えていた。
「和海にもたくみにも、自分の理想や願いがあるはずだよ。ちょっと私とは違っちゃったけど、あなたたちには生きていてほしい。その気持ちは変わっていないと思ってる。」
(美奈・・・)
「和海さんのこと、しっかりと見てあげないとね、たくみ。でないと私の想いもムダになっちゃうから。」
(ジュン・・・)
「オレの持っていた理想。君は自分たちの中にも同じ理想があると言ってくれた。」
 飛鳥も笑みを見せて、たくみたちに手を差し伸べる。
「オレたちの理想はまだ終わっていない。君たちなら、そう言って立ち上がると思うんだけど。」
(みんな・・・)
 飛鳥の手を取ろうと、たくみは石の体に力を入れた。するとその体の石が簡単に剥がれ落ちる。
 たくみと和海が身を起こしたことで、石の殻がボロボロと崩れ落ちていき、生身の肌がさらけ出される。和海を抱えたまま、たくみは飛鳥の手を取った。
 握手する2つの手に、さらに手が重なる。美奈、隆、ジュン。たくみと和海のかけがえのなかった人たちが、手を取り合って2人を導く。
「2人とも生きてくれ。そしてオレたちの思いを、胸に秘めていてほしい。」
「飛鳥・・・みんな・・・」
 たくみと和海の顔に笑みが戻り、消えていた瞳の光も輝きだす。生きる希望を再び感じ取った2人は、暗闇の中に差し込んできた光を目指して立ち上がった。

 疲れ果てて眠っていたたくみと和海。抱き合ったまま横たわっていた2人は、同時に眼を覚ました。
 しばし互いの顔を見つめていると、和海が先に口を開いた。
「夢を・・・見てたよ・・・」
「そうか・・・オレもだよ・・・」
「飛鳥さん、隆さん、美奈、あと、ジュンさんもいたよ・・・」
「ああ。オレたちに生きてくれって言ってくれた。人間とガルヴォルスとの共存、楽しく生きること。オレと和海に、生きる力を与えてくれた。」
「うん。だから、みんなのためにも生きていかないとね。」
 和海が笑顔を浮かべると、たくみがおもむろに彼女の胸に手を当てる。ふくらみのある胸が彼の手に撫でられる。
「やっぱり、胸、大きいほうがいいよね・・・?」
「いや、このままでいい。オレは、今のままの姿の和海が好きだ。」
「たくみ・・・」
 和海が歓喜に沸いて、たくみを抱きしめる。たくみも和海をしっかりと抱きとめる。
 互いのぬくもりを感じ取り、そして唇を重ねる。そのまま口付けを続け、2人の愛をかみ締める。
 やがて唇を離し、悩ましい眼で見つめ合う。
「行こうか・・・」
「うん・・・」
 たくみと和海は頷きあい、ゆっくりと立ち上がる。機器の並べられていた部屋は崩壊し、天井には大きな穴が開いていた。
 夜が明け、その穴から朝日の光が差し込んできていた。暗闇に満ちていた世界に希望の光を照らしていた。
 その朝日を見つめるたくみと和海。一糸まとわぬ姿で、その光を体全体で受け止める。
「オレたちは生きる。みんなの分まで、しっかりと・・・」
 手をしっかりと握り締めて、決意を固めるたくみと和海。
(どんなことが待ち受けていても、オレたちを受け入れてもらえなくても、オレは明るい未来が待っていると信じている。和海が、そばにいてくれるから・・・)
「行こう、和海。オレたちの世界へ。」
「そうだね、たくみ・・・」

終わり


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