永遠

作:幻影


「はあ・・・」
 窓に手を掛けて、ため息をついているひばり。

「どうしたの、ひばり?」
 同じクラスのヒカルが、ひばりに声をかけた。
 羽鳥ひばりと星咲ヒカルは中学時代からの親友だった。つらいとき、悲しいときなど、いつもお互い励ましてがんばってきた。今は2人とも、17歳の高校3年生である。

「まさか、また?」
 ヒカルには、ひばりが今考えていることをうすうす気付いていた。
 ひばりは「永遠」を求めていた。何も変わらずに、ずっとこのままでいたいと思っていた。
「でも私、今がずっと続いていってほしいの。ヒカルと一緒にいる時間が、いちばん幸せなの。だから、今の時間が過ぎたら、私の幸せは終わってしまうのっ!」

「そんなことないよ。」
 ひばりが感情的になっているところに、クラスメイトであり生徒会長でもある桜井ユウキが話しかけてきた。
「桜井くん・・・」
「ユウキでいいよ。名前で呼ばれる方が好きだから。」
 ヒカルの呼びかけにユウキは笑みをつくってこたえる。
「ひばりさん、永遠なんてものがなくても、君たちが友達であることに変わりないよ。それに、これからもっと楽しいことがたくさんあるから。」
「でも・・・」
「だいじょうぶだよ。元気出して。」
「・・・は、はい。」
 ユウキに励まされて、ひばりに笑顔が戻った。


 部活が遅くまで続いたため、ひばりたちは薄暗くなった道を帰ることになった。
「今日はちょっとかかっちゃったね。」
「例の誘拐犯に会わなければいいんだけど。」

 この街では最近、美しい女性だけが次々と誘拐される事件が続発していた。警察も犯人逮捕に全力を上げているが、何の手がかりも掴めず、状況は悪化するばかりだった。
「だ、だいじょうぶよ、ひばり!そんな簡単に誘拐犯とバッタリっなあんてことないわよ。」
 ヒカルが少しあわてた様子を見せる。それを見て、ひばりも少し苦笑いをした。

「・・・えっ・・?」
 ひばりたちの顔から笑みが消えた。今自分たちのいる街中の一角があまりにも静か過ぎたからである。
 彼女たちの中で、恐怖がこみ上げてきた。
「・・・誰か来るよ。」
 ひばりが指した方向をヒカルも見た。その先の暗闇に溶け込むように、全身黒ずくめの人が立っていた。

「みつけた。きれいな女性が、しかも2人も。フフフフ・・・」
 黒ずくめは不気味な哄笑をもらした。黒いマントで体を覆い、顔の上半分を黒い仮面で隠している。
「逃げよう!早くっ!」
 ヒカルがひばりの腕を引っ張って、全力で走った。いつも以上の速さだと感じていた。逃げないとさらわれてしまう。後ろを振り返ることもなく、ヒカルたちはひたすら走った。
 しかし、街の角を曲がった先に、その黒ずくめがいた。
「ウソ!?なんで!?」
「悪いけど、逃がさないよ。」
 恐怖と驚愕のあまり、思わず後退りをした。

「こうなったら、別れたほうがいいみたいね。」
「えっ?」
 ヒカルが小声でひばりに指示する。
「このまま一緒だと2人共捕まっちゃうわ。別々に逃げよう。」
「うん、分かったわ。」
「いくよ。1、2の、さん!」
 ヒカルの合図で、2人はそれぞれ反対の方向に走り出す。

 必死に走るヒカルの背中に、突然圧力が掛けられる。勢いあまって、ヒカルが前のめりに転倒する。
「あまり手荒なことはしたくないんだけど。」
 立ち上がり振り返ったヒカルの目に、あの黒ずくめの姿が映った。しかも、ひばりを右腕で抱きかかえていた。気絶しているのか、ひばりは体をぶら下げたまま動かない。
「ひばりっ!」
「だいじょうぶだよ。気絶しているだけだよ。」
「このっ!」
 ひばりを助けようと、ヒカルは力任せに黒ずくめに突進する。
 そんなヒカルの制服の襟を、左手で容易く掴み上げる。ヒカルが黒ずくめから逃れようともがく。
「あ・・うう・・放して・・」
「強情だね。でもそういうのも悪くない。手荒なのは好きではないけど、仕方ないな。」
 そう言うと、黒ずくめは抱えていたひばりを下ろし、右手に力を込める。右手の人差し指と中指に白く淡い光が灯り、ヒカルの胸に押し当てる。

           ドクンッ!

 光が体に入り込んで、ヒカルの胸に強い高鳴りが響いた。一瞬、何が起こったのかヒカルは分からなかった。
「わ、私に何をしたの!?」
「これで君は僕のモノだよ。」
「えっ?」

 そのとき、ヒカルの履いていた靴と靴下がはじけるように破けて、素足があらわになった。しかしその両足は、人間の色を失ったように白く冷たく、ところどころにヒビが入っていた。
「何っ!?どうなってるの!?」
 自分の両足が思うように動かない。
「フフ・・僕は君の美しさを永遠のものにする魔法をかけただけだよ。」
「あ、足が石になってる・・・」
「これこそが永遠だよ。」
 さらに石化が進行し、スカートが破れた。
「あっ!」
 ヒカルの表情が恐怖で満たされる。
「私、このまま・・・」

 そのとき、気絶していたひばりが意識を取り戻した。その眼に飛び込んできたのは、ヒカルの変わり果てた姿だった。制服が破れて、体が白い石になっていた。
「ヒ、ヒカル!?」
「気がついたかい?彼女に今、永遠を与えたところだよ。」
「永遠・・・」
 「永遠」という言葉を聞いた途端、ひばりは変わりゆくヒカルから目が離せなくなった。
「完全な石になっても意識は残る。永遠の美に酔いしれてくれ。」

 石化が首もとにまで達して、ヒカルの顔が緩まり、目から涙がこぼれる。
「ひばり・・・ゴメン・・ネ・・・守って・・・アゲラレ・・ナクッ・・・テ・・・・」
 唇が石化し、声を出す事ができなくなる。そして、涙があふれる瞳も人としての輝きを失い、その流れも止まった。そのとき、ひばりはまたも意識を失った。
 ヒカルは全てを受け入れているように澄ました表情をした、白く美しい裸身のオブジェになった。どんな彫刻家でも作り上げれないほどきめ細かな石像がたたずんでいた。
「こんなところに置き去りにはしないよ。おいで、僕のところに。」
 黒ずくめは、気絶しているひばりと白い全裸のヒカルを抱きかかえて、暗闇に溶けるように姿を消した。


「・・・ん・・んん・・・」
 ひばりが気がついた所は、暗くて周りが分からなかった。
 しばらくすると明かりが灯り、周囲が明確になった。
「これって・・・・」
 ひばりは一瞬、自分の目を疑った。彼女がいたのはパーティー会場ほどの大部屋で、周りには白い全裸の女性の石像が何体も並べられていた。その中にはヒカルの姿もあった。
「ここにいる女性たちは、僕の魔法で永遠と美を手に入れた人たちだよ。」
 立ち並ぶ石像の中から姿を現したのは、なんとユウキだった。
「ユ、ユウキくん!?」
 ひばりが驚愕の声を上げる。
 ユウキが、街の女性を次々とさらい、石像に変えていった犯人だったのだ。
「驚いたかい?」
「でもあなたは、永遠は必要じゃないような事を・・・」
「そんな事はないよ。」
 ユウキが妖しい笑みを見せる。
「女性のほとんどは、成長と一緒に美を高めていく。けれど、その美しさを保つのは不可能。老いれば失ってしまう。それはつらいだろう。だから僕は、彼女たちの美をずっと留めておこうとしているんだよ。」
 すると、ユウキはひばりの右手首を掴み、ヒカルの胸元に当てさせる。

(・・・ひ・・ひばり・・・)
「えっ!?」
 ヒカルに触れているひばりに、ヒカルの声が響いた。
(ひばり?ひばり、私の声が聞こえるの!?)
「僕の力を借りれば、心を通わす事もできるんだ。」
 ヒカルのその問いに答えたのはユウキだった。
(ひばり、これって夢じゃないんだよね?石像にされて、ずっとこのままでいるなんて・・・)
 ヒカルの心の声が、ひばりに伝わる。
(でも・・なんだか気分がいいの。嫌な事が全部忘れられるみたいな。どうしてなんだろう。ずっとこの姿のままなのに。)
「ずっと・・このまま・・・」

 ヒカルの体から手を離し、しばらく悩んでひばりは口を開いた。
「ユウキくん、私を・・私を石像にして!」
「ひばりさん・・・」
(ちょっと、ひばり、何考えてるのっ!?)
 ヒカルが抗議の声を上げるが、ユウキの力が及ばないのでその声は届かない。
「あなたの魔法なら、私は幸せになれる。ずっとこのままでいられる。)
 ひばりがユウキの右手を両手で掴み、自分の胸に押し当てる。
「お願い・・・私に永遠を与えて・・・」
 涙ぐんでひばりが声を荒げる。

「ひばりさん、本当にそれでいいのかい?」
 ユウキが何故か念を押してくる。
「・・かまわないわ・・・」
(ひばり止めてっ!そんな事したら、アンタは・・・)
 ヒカルの決死の制止もひばりには聞こえない。石像となったヒカルには、「見る」「聞く」「考える」の3動作しか許されなかった。
「・・・分かったよ。君にも永遠を与えよう。」
 少し戸惑いながら、ユウキは右手に力を込める。白く淡い光がひばりの体に吸い込まれる。

          ドクンッ!

 魔法がひばりの胸を撃つが、ひばりは歓喜で満ちていた。両手を広げ全てを受け入れるかのようにして、永遠の時を待つ。
「これで、ずっと・・・」
 ひばりの着ていた制服が破れ、体が白い石になっていた。続けてスカート、靴がボロボロと崩れていき、石化がひばりを侵食していく。
(これでよかったの・・ひばり・・・)
 ヒカルが変わりゆくひばりを哀れむ。
「ごめんね、ヒカル・・私のわがまま・・許してくれないよね・・・でも・・これで・・・幸せに・・ナレ・・・ル・・・・・」
 小さな笑み浮かべたまま、ひばりが動かなくなった。ヒカル同様、ひばりも白い裸のオブジェになった。その姿に、ユウキは歓喜に浸る。
「すばらしい。なんという美しさだ。永遠を得た2人の友情は最高だよ。」


 それ以来、ユウキはひばりとヒカルのそばから離れなくなった。永遠と友情に満たされた2人の白い姿を見守り続けていた。
「ひばりさん、ヒカルさん、ずっと君たちを見ているよ。心を永遠で満たした君たち2人を・・・」
(ひばり、こうなったら、ずっと一緒にいたいね。)
(そうだね、ヒカル。私たち、ずっと友達だよ。永遠に・・・)

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