Control Lovers vol.1「sorrowful memories」

作:幻影


「シーフード甘口とソーセージ中辛、おねがいね。」
「はいよっ!」
 注文を聞いたユカリに、活気あふれた返事をするアスカ。
(オレもずい分と上手くできるようになったな。)
 心の中で自分の上達ぶりに浸りながら、アスカはカレーのルーをかけていく。

 光野アスカ、20歳。
 私情で家を飛び出してきた彼は、いろいろな街を走り回っていた。
 そして、自分の乗ってきたバイクにもたれかかって疲れ果てていたところを、カレー専門料理店を営んでいる佐神家の姉妹、ミナミとユカリに発見されたのである。
 こうして、アスカは佐神家に居候することになり、カレー販売をバイトというかたちで手伝っているのである。

「ただいま〜!ゼミが長くなっちゃって、ゴメンね。」
 大学に通っていたミナミが、裏口の戸を開けた。
「お姉ちゃん、おかえり。」
「おかえり、ミーちゃん!」
「その呼び方しないで!」
 アスカに対してふくれっ面になるミナミ。少し慌てながら、エプロンを身に付ける。
「さて、オレはちょっと野暮用に。それじゃ!」
 アスカがエプロンを外し、そそくさに裏口から出て行く。
「あっ!ちょっと、アスカさん!まだお客さんが!」
 ユカリが呼び止めようとしたが、ミナミがそれを制止する。アスカはバイクに乗って走り去っていった。
「そっとしておいて、ユカリ。」
「お姉ちゃん・・」

 アスカは毎日バイクを走らせている。
 どんな日であっても、バイクに乗って走らない日はここ最近1度もない。
 彼にはつらい過去があった。
 事故で両親を亡くした彼を支えてくれたのは、親同然に世話をしてくれた姉であった。
 しかし1年前、その姉の勝手な言動で、当時付き合っていた女性を失い、姉と決裂して家を飛び出したのである。
 その悲しい記憶を紛らわせようと、1日に1回バイクを走らせているのである。

 その日から3日後の金曜日。
 大学の講義が午前中で終わったミナミは、午後にユカリと一緒に買い物に出かけ、アスカは店番を任されることとなった。
 途中、この店でバイトをしている女子高生、キョウコが来たことによって、アスカは肩の荷が軽くなった心地になった。
 他にもバイトはいるのだが、1番がんばっているのはキョウコだった。
「いや〜、キョウコちゃんが来てくれて助かったよ。お昼ごはんの時間が過ぎててあんまりお客さん来ていなかったけど、1人だとさすがにきつかったんだ。」
「なに弱気なこと言ってるんですか?男ならがんばって下さいね、アスカさん。」
「だ、男女差別かい!?こんな状況、男でもなんともならないっての!」
 あたふたしながら苦笑いを浮かべるアスカ。キョウコが笑顔を見せ、店にいるお客の数人も笑っていた。
 こんな生活がずっと続けばいい。
 笑顔の裏で、アスカは心密かに祈っていたのである。
「アスカさん、今日はもう休んで下さい。そろそろ他の人も来ますし。」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えるよ。あっ、そうだ!ミナミさんたちを迎えに言ってみるか。きっと驚くだろうなぁ。」
 店番をキョウコに任せて、アスカはエプロンを外して裏口から出て行った。習慣となっているツーリングを兼ねて、隣町にバイクを走らせた。

 その頃、隣町のデパートで買い物を済ませたミナミとユカリ。
 近くのファミレスで小休止をとり、いくつかの袋を持って帰ろうとしていた。
「すっかりおそくなっちゃったね。」
「アスカさん、店番ちゃんとやってるかな、お姉ちゃん?」
「大丈夫よ、ユカリ。アスカはあれでもちゃんとしてるし、がんばり屋さんのキョウコちゃんも来てるはずだから。」
「それもそうだね。へへ・・」
 ミナミが笑顔を、ユカリが苦笑を見せる。
「それにしても、アスカさんはなんでいつもバイクで走り回ってるんだろう?お姉ちゃん、何か聞いてない?」
「私も聞いてないわ。あの人、時々つらそうな顔をしているのは見かけるけど。初めて会ったとき、見るのも可哀想なぐらい疲れていたし。私も気になってはいるけど、嫌なことを思い出させるのもどうかと思って、あえて聞かなかったわ。」
 ミナミもユカリも昔のアスカを知らない。
 今まで聞いてみたこともなく、アスカ自身の口から語られることもなかった。
 聞いたり知ったりしない方がいいこともある。
 知りたい気持ちを抑えながら、ミナミはアスカの心の傷に触れないように心がけた。

「ちょっとあなた方。」
 街を眺めながら歩いて裏路地に入っていたミナミたちに、1人の女性が声をかけてきた。
 この近所では、いや、世界でもめずらしく思えるデザインと生地をしている服を着用して、白にも見える長い銀髪をなびかせていた。
「佐神ミナミさんとユカリさんですね?」
「はい。そうですが・・・」
 妖しい視線を向ける女性の問いに、ミナミはわけが分からないながらも答えた。
 すると女性は口を開けて眼を見開いて笑みをもらした。
「あなた2人、私が頂きます。」
「えっ!?ちょっと、何言ってんの、あなた!?」
 女性の突然の言葉に、ユカリが慌てる。
 ミナミはデパートで買った品物の入った袋を持っていない左手で、ユカリの右手首を掴んだ。
「ユカリ、逃げるのよ!」
「逃がしませんよ!」
 走り出そうとしていたミナミとユカリに、女性は右手を突き出した。すると、手のひらから風が巻き起こり、衝撃波となって2人に吹き付けた。
 激しい突風にあおられて2人は離れ離れに倒れ、袋の中の服や食器が地面に散乱する。
 うつ伏せにうずくまるミナミに女性が歩み寄ってきた。
「まずはあなたからですわ。アスカは誰にも渡さないわ!」
(アスカ?・・)
 女性の言葉に驚愕が脳裏をよぎり、言葉が出ずミナミは胸中で呟いた。
 女性の両手から霧のようなものが立ち込める。だがそれは煙のように霧散せず、両手の周囲に留まっていた。
「お姉ちゃん!」
 そのとき、ユカリが女性の後ろから飛び込んできた。女性の腰に抱きついたまま放そうとしない。
「邪魔しないで!」
 女性は体をひるがえして、霧をまとった両手でユカリの身体を掴んだ。すると、霧がユカリの身体に吸い込まれていった。
 霧を振り切ろうと女性から離れるユカリ。
「うわっ!何なのよ、コレ!?」
「順番が変わってしまったけれど、あなたはもう私のもの。」
「あなた、何を言って・・・えっ!?」
 ユカリは自分の眼を疑った。
 突然着ていた服が裂けて、その肌は色を失くして固くなっていた。その変わり果てた自分の姿に、ユカリの表情が恐怖に染まっていく。
「わ、私どうなってるの!?」
「今の霧状のものは私の邪気。メデューサ星人としての支配の力ですよ。これにとりつかれた人は全てを私に奪われる。体も、そして心も。」
「ユカリ・・どうしたの・・」
「見ないで、お姉ちゃん!」
 もうろうとした意識のまま起き上がったミナミに、ユカリが大声で叫ぶ。それでもミナミが視線を向けると、体が石に変わっていくユカリの姿だった。
「お願い・・見ないで・・・」
 悲しい顔をしてミナミから視線をそらすユカリ。彼女の石化が体を浸食し、それに伴って身に付けているものが次々と引き裂かれていく。その変化がユカリの感覚を麻痺させ、力を奪っていく。
「ユカリ、これっていったい・・・」
 ミナミも自分の眼を疑わずにはいられなかった。あまりに現実離れした現象が、ユカリの身に起こっていたからである。
 女性が発した邪気が徐々にユカリの体を蝕んでいく。ユカリは変わり果てた自分の体を隠そうと必死だったが、石化に体の力と自由を奪われて、石の素肌をさらけ出されたままである。
 やがてユカリの石化が手足に到達し、首を侵し始めた。ユカリの体は疲れ果てたように力が入らない。
「お姉ちゃん、逃げて!」
 言うことを聞かない体を前に押すような気持ちで、ユカリが混乱しているミナミに声を振り絞って叫ぶ。
「早く・・にげ・・・」
 悲しみと恐怖で歪んでいたユカリの顔から力が抜ける。眼に溜まったまま押し留められていた涙が、石になっていく頬に流れ落ちる。
 ユカリは自分の全ての感覚が麻痺していくのを感じていた。何も見据えていないような虚ろの表情をしたまま。まるで石になっていくのを待っているかのようにも見える。
 そんな彼女の体を、女性が後ろから抱きかかえる。
「許してくださいね。これも全てアスカのためなのです。」
 笑顔を作る女性の優しい腕に抱かれて、ユカリはその時間を止めた。棒立ちのまま、その場から動こうとさえしない。
 ミナミは石像になった妹を見つめたまま、動こうとも声を出そうともしない。
 ユカリに向けていた女性の視線がミナミへと動く。
「これが支配というもの。この邪気にとりつかれたこのお嬢さんは、もう私の手の中。何をしようと私の自由。」
 妖しい眼でミナミを見つめ、ユカリの素肌を指でなぞる女性。
「次はあなたですわ、ミナミさん。あなたなんかに、アスカは渡しませんよ!」
 女性はユカリの体から離れ、ミナミに近づいていく。ミナミは壁伝いに後ずさりするだけで、まともに逃げることができない。
 そのとき、突然輝いた光が女性の目をくらました。
 両腕で光から眼を守ろうとする女性と混乱しているミナミが見た先には、ヘルメットをバイクの上に置くアスカの姿だった。
 アスカはバイクのライトを消し、ミナミに駆け寄る。
「ミナミさん、大丈夫かい!?」
「えっ!?ええ・・」
 アスカの声をかけられ、ミナミはようやく我に返った。そしてアスカが女性に振り返る。変わり果てたユカリの姿に眼を通し、再び女性に視線を戻す。
「また、またこんなことをするつもりなのか、姉さん!」
「えっ!?姉さん!?この人がアスカの!?」
 怒りと悲しみを込めたアスカの言葉に驚くミナミ。女性が指を口元にあてて笑う。
「何を言っているの?悪いのはあなたよ、アスカ。言うことを聞かないで、このフラン姉さんから離れていったあなたのせいよ。」
 笑みを消さないまま、フランは両手に再び邪気を発生させる。
「それとも、あの時のことをまだ恨んでいるの?私はあなたのためにやっているのよ。あなたが愛した人だから、ずっとそばにいさせてあげようと・・」
「だまれっ!」
 フランの言葉をアスカは一喝でさえぎった。
「オレは幸せな人生を送りたかっただけなんだ!本当だったらあの時、カリンと幸せに過ごせたはずだったのに、姉さんはそれをぶち壊したんだ!」
「私はあなたを不幸にしたくないのよ。あなたを幸せにできるのは私だけ。」
 必死に訴えるアスカに、哀れむように言葉を返すフランが邪気の霧を放った。
 すると、アスカが両手を突き出し、邪気が見えない壁にぶつかったようにアスカたちに到達する前に霧散した。
「ムダよ。」
「ぐあっ!」
 フランが右手を突き出すと、アスカが激しい突風にあおられたように吹き飛ばされた。
「アスカ!」
 ミナミが倒れたアスカに駆け寄る。しりもちをついているアスカが、痛みで体を震わせている。
 そんな2人に足を進めるフラン。

 そのとき、遠くからサイレンの音が響いてきた。
 パトカーと思しきサイレンが、アスカたちのいる場所に近づいてくる。
「運がいいようね。でも、このお嬢さんはもう私の支配下にあるのよ。私のいうことを聞いていれば、あなたはずっと幸せでいられるのよ。」
 フランはユカリの体を抱えて自ら発した邪気の中に消えていった。
「ユカリ、ユカリ!!」
 ミナミの悲痛の叫びが、夜の街に空しく響いた。

 あれから数時間、アスカは病院の診察室で意識を取り戻した。
 フランが姿を消した後、何台かのパトカーが到着したのである。アスカはその直後に仰向けに倒れ、救急車で病院に運ばれた。
 医師の診断では軽い脳震盪ということだった。
「命には別状はありませんが、あまりムリをしないで下さい。」
「はい、分かりました。」
 アスカは診察室を退室し、ミナミとひとまず佐神家に戻っていった。

 営業時間を過ぎた店。
 明かりも消えた誰もいないその場所に、ミナミは明かりを付けた。
 アスカは椅子の1つに腰を下ろし、深刻な面持ちで重い口を開いた。
「ミナミさん、あなたに、話しておかなくちゃいけないことがあるんだ。」
「アスカ、それって・・」
「実はオレは、この地球(ほし)の人間じゃない。支配の力を持つ、メデューサ星人なんだ。」
 フランとアスカの言葉を聞いていたからか、ミナミは驚こうともすまそうともしなかった。
 ただ、彼女の心には悪夢のような現実を受け止めようとする覚悟と、ユカリをさらっていったフランに対する怒りが渦巻いていた。

つづく


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