作:幻影
「あ、あれは・・・」
ロゼットは一瞬眼を疑った。しかし眼の前で起こっている出来事が、現実であることを確信する。
「クロノ!」
ロゼットが喜び勇んで叫ぶ。しかしその少年、クロノは感動の再会を喜ぼうとはしなかった。
「詳しい事情を聞くのは後回しだ、ロゼット。武器が少ない以上、残された手段は1つだけだよ。」
「そのようね。でも、タイムリミットは1分よ。」
「このくらいなら十分だ。もう油断はしないよ。」
笑みを見せたクロノに頷き、ロゼットは胸の懐中時計を手に持った。
時計が起動した瞬間、クロノが黒い瘴気を放ちながら獣のような咆哮を上げる。瘴気は渦となって唸り、その中から長身の青年が姿を現した。
漆黒の髪と翼、尖った耳と獣の瞳。これがクロノの本来の姿である。自分の霊素(アストラル)の消費とロゼットの命の削減を抑えるために、少年の姿をとっていたのである。
「さぁ、秒殺だ!」
全開したクロノは、間髪置かずに悪魔の群れに飛び込んだ。そしてその牙と刃を振りかざし、次々と悪魔たちを切り裂いていく。
上空に巻き起こる爆発。その下の草原に降り立ったクロノ。
その直後、クロノが先程の少年の姿に戻る。契約者であるロゼットが懐中時計の本来の動作を止めたのだった。
「59秒ね。」
「ギリギリ秒殺だな。」
向き合い笑みを見せ合うクロノとロゼット。しかしロゼットの表情には辛さがうかがえた。クロノの力の使用により、彼女の命が消費され、体力を消耗していた。
「兄さん、後ろ!」
ルドセブの叫びに、クロノが背後に振り返る。そこにはリゼールが蜘蛛の爪を振り上げて立ちはだかっていた。
「よくもやってくれたね、クロノ。」
「リゼール!」
不気味に笑うリゼールに虚をつかれたクロノ。これ以上ロゼットの命を削るわけに行かず、今度こそ攻撃の手段を見失った。
「クロノ!」
そのとき、クロノ目がけて1つの十字架が放り込まれた。クロノはそれを受け取り、振りかざした。
その十字架から、光刃が出現した。十字架を媒体とした光の剣である。
「それを使いなさい!」
十字架を渡したサテラが、クロノに呼びかける。クロノはリゼールに向き直り、剣を構える。
「そんなもので!」
リゼールがクロノ目がけて爪を振り下ろす。しかしクロノはそれをかわし、すかさずリゼールの胴をなぎ払う。
「ギャアァァァーーー・・・!!!」
激痛に襲われたリゼールが絶叫を上げる。彼女の人の形を成す上半身と、蜘蛛の姿をした下半身が両断される。
「アイオーン・・・さ・・ま・・・」
力尽きたリゼールが、アイオーンに対する想いを囁いた。そして光刃に包まれて彼女は霧散した。
「やったぁ!やったよ、兄さん!」
ルドセブが大喜びしてクロノに駆け寄る。ロゼットとサテラも笑顔で歩いてくる。
「みんな、ゴメン。今まで心配かけて・・・」
クロノは駆け寄ってきたルドセブを優しく抱き寄せながら、ロゼットたちに謝る。
「・・全くよ。おかげで1人で荷物持つ羽目になったんだから。」
わざと憎まれ口を言うロゼット。クロノは一瞬ムッとするが、すぐに笑顔を取り戻す。
「あれ?ヨシュアさんは?」
ルドセブの言葉で、ロゼットは周囲を見回した。この草原には、すでにヨシュアの姿はなかった。
「ヨシュア・・・」
沈痛な面持ちになるロゼット。彼女の気持ちを察しながら、クロノはじっと見つめることしかできなかった。
「おお、クロノ!無事じゃったか!?」
ニューヨークに戻ってきたロゼットたちを、エルダーが喜んで出迎えてくれた。クロノも握手を交わして微笑む。
しかし、周囲の兵士や修道士たちの眼は冷ややかだった。
「そいつがクロノ・・救世主だっていうのか?」
「え?」
1人の兵士の言葉に、クロノが疑問符を浮かべる。
「お前がよみがえれば、必ず世界は平和になるって、お前の相棒が。」
「ロゼット・・・」
冷ややかに笑う兵士の言葉に、クロノが振り返る。
「私がそう思ったのよ。クロノが帰ってくれば、全てが終わるって。それをアンタらが勝手に救世主とか言ってただけでしょ?」
ロゼットが指差すと、兵士たちがいっせいに笑い出す。
「何なのよ、もう!」
「冗談はやめろよ。そいつは悪魔。しかも世界を脅かしている時間凍結は、元々はそいつの力なんだぞ。」
「仮に救世主としての力量があったとしても、オレたちは悪魔と手を組んだりはしない。悪魔はオレたちに不幸しかもたらさない。」
「そんなことはない!」
兵士たちのあざけりを、ルドセブがいきり立って制しようとする。
「兄さんはお前たちが思ってるような残忍な悪魔じゃない!優しい心を持った、オレたちの仲間なんだよ!」
「もういいよ、ルドセブ。」
クロノがルドセブを呼び止める。しかしルドセブは納得しない様子だった。
「けど、兄さん・・!」
「いいんだ・・・不幸をもたらすのはホントさ。悪魔は人を襲い、傷つける生き物さ。現にロゼットの命を削り取っている。」
「でもそれは、私が望んだことよ。」
ロゼットもたまらず弁解する。しかしクロノの悲しい笑みは変わらなかった。
「とにかく、悪魔をここにいさせるわけにはいかない。出て行ってくれ。でないと、オレたちの手でお前を始末してやる。」
「ちょっと、アンタたち!」
兵士たちの勝手な言葉に、ロゼットは耐えかねて苛立ちをあらわにする。
「いいよ、ロゼット。」
それを呼び止めたのはクロノだった。
「だって、クロノ・・・!」
「僕が出て行けば済むことなんだ。みんなの気持ちが脅かされるなら、僕はここにいないほうがいい。」
「兄さん・・・」
クロノの言葉に、ルドセブも沈痛の面持ちになっていた。振り返り、ロゼットがクロノに詰め寄る。
「クロノ、アンタがそうするっていうなら・・・私もここを出て行く。」
「ロゼット!?」
クロノが驚きの声を上げるが、ロゼットの表情と考えは変わらない。
「アンタは私の仲間。契約者とかそういうんじゃなくて、目的が同じの、かけがえのない親友よ。」
「ロゼット・・・分かったよ。一緒に行こう。」
ロゼットの決意を改めて知ったクロノが笑みをこぼす。
兵士たちの冷ややかな視線に見送られながら、ロゼットたちは休憩室を後にした。
街の人たちに何も言わず、黙って行こうとしたロゼットたちをエルダーが呼び止めていた。
「行ってしまうのか・・寂しいもんじゃのう。」
悲しい面持ちでため息をつくエルダー。
「大丈夫よ、エルダー。私たちは必ず帰ってくるから。ヨシュアとアズを連れてね。」
ロゼットの言葉を聞いてエルダーは頷き、クロノに視線を移す。クロノの上着の内ポケットには、光の剣を作り出す十字架が収められていた。
「クロノ、くれぐれも元の姿に戻るんじゃないぞ。戻れば、ロゼットの命は・・・」
エルダーの警告にクロノは頷く。
彼が本来の姿になれば、ロゼットの命は削り取られていく。そんな彼に、エルダーから十字架の剣が与えられたのである。
「オレも行くよ。」
ルドセブも旅立つ決意をエルダーに伝える。
「いつまでも姉さんたちに守られてるわけにはいかないよ。だから、オレにできることをやって、今度はオレが姉さんたちを守るんだ。」
「ルドセブ・・・」
「うむ。お前さんにはできる限りの装備を与えるぞ。それで、ロゼットたちをサポートしてやってくれ。」
「うん!」
ルドセブが意気込んで頷く。
マグダラが崩壊した今、エルダーは武器開発以外に、旅立つロゼットたちの制止も援護もできないことを自覚していた。
夜の明けない街へ、ロゼットたちは振り返らずに歩き出した。
必要最小限にとどめた荷物を積み、ロゼットたちは車に乗って出発しようとしていた。その前に赤髪の女性が現れた。
「サテラ・・・」
窓から顔をのぞかせるロゼットを、サテラは真剣な眼差しで見つめていた。
「私も一緒に行くわ。」
「え?」
「いつまでも待っているわけにはいかないわ。私からお姉さまを迎えに行く。」
「サテラ姉さん・・・」
「アンタだってそうでしょ、ロゼット?」
サテラが微笑むと、ロゼットも思わず笑みをこぼす。
「あっ!そうだ、まだ持ってくものがあったのよね。クロノ、手伝って。」
「え?う、うい。」
突然そそくさに外に出て行くロゼット。彼女に呼ばれ、クロノも後に続く。
「それだったらオレも・・」
勇んでついていこうとするルドセブ。しかしそこをサテラに制される。
事情の飲み込めないルドセブが、サテラの顔を見上げる。
「せっかくクロノが帰ってきたのよ。こんなときぐらい2人きりにさせてあげましょう。」
笑顔でロゼットとクロノを見送るサテラ。ロゼットの心境に気付いていたのだ。
しかしルドセブは未だに気付かず、疑問符が消えるまでしばらくかかった。
「ホントに・・ホントに戻ってきたんだね・・・クロノ・・・」
クロノが戻ってきたことに、ロゼットは喜びのあまり、眼に涙を浮かべていた。2人きりになったことで、押し隠していた気持ちがあふれたのである。
しかしクロノは沈痛の面持ちだった。
「でも、ホントは戻ってくるべきじゃなかったのかもしれない。」
「クロノ・・?」
クロノの言葉の意味が分からず、ロゼットは一瞬きょとんとなる。
「彼らだって言ってただろ?僕たち悪魔は不幸しか呼ばない。現にロゼット、君の命さえも僕は奪い取っている。いっそのこと、あのまま復活しなければよかったのかもしれない・・・」
ロゼットは自分を責めるクロノに困惑した。兵士たちに皮肉を言われた彼は、心の奥で悲しんでいたと彼女は感じていた。
(それに、救世主がいるとしたなら、きっと彼女だったのだろうな・・・)
物悲しく笑うクロノの脳裏に、1人の少女の面影がよみがえる。
聖女、マグダレーナ。かつてアイオーンたちと行動をともにしていたクロノが連れ去った少女である。
彼女の手首足首には、神の力を継ぐ者としての証である聖痕が刻まれていた。痛々しく記された十字傷である。
罪人の自由を手に入れるために連れ去られたマグダレーナだったが、アイオーンに反逆し、傷つき倒れたクロノを助けるため、“契約”というかたちで自分の命を彼に与えたのである。
尖角を失ったクロノは、彼女の命を代償にして一命を取り留めたが、彼女に対する後悔の念は未だに消えてはいなかった。
「アンタ・・あんなヤツのいうことを真に受けるの・・・!?」
自分ばかりを責めるクロノに、ロゼットは憤りを感じていた。
「後悔をしてるのはアンタだけじゃない!ヨシュアのために周りが見えなくなって、アンタや周りのみんなを傷つけてしまった!」
「ロゼット・・・」
「でも、アンタがいなかったら、ヨシュアを見つけることだってできなかった!アンタとすごした時間だって、かけがえのないものだって思ってる!」
ロゼットが涙ながらにクロノに叫ぶ。彼女の感情のこもった言葉に、うつむいていたクロノが顔を上げる。
「ヨシュアがいなくなった私の寂しさを、アンタは和らげてくれた!アンタが私に与えたのは、絶対に不幸なんかじゃない!」
「あああ・・・」
「よかったことまで否定しないで!私とアンタのこの4年間の思い出を、なかったことにしないで・・・!」
たまらなくなり、ロゼットがクロノにすがりつく。あたたかい言葉が胸を打ち、クロノが体を震わせる。
(そうだ・・・僕がここに戻ってきた1番の理由は、この少女を守りたいと思ったからだ。)
クロノの瞳に、幼いおさげの少女、4年前のロゼットの姿が映し出される。
(もしもあのとき、僕が手を差し伸べてなかったら、彼女は1人でも突き進んでいただろう。そして僕は彼女を見放したことで、より強い後悔を感じて立ち直れなくなっただろう。)
少女の姿と、聖女マグダレーナの姿が重なる。
(だから、このまっすぐな少女の背中を守ってあげたかった・・・!)
ロゼットを強く抱きしめ、そのぬくもりと彼女の想いを確かめる。
(僕は・・そう思ったんだ・・・!)
改めて決意するクロノ。ロゼットを守り抜くことを。そしてヨシュアを、アズマリアを助け出すことを。
抱き合う2人の様子を、サテラとルドセブは物陰から見守っていた。
「あ〜あ。オレにもあんな相棒がいたらいいなぁ。」
ぶっきらぼうに呟くルドセブ。するとサテラが彼の肩に優しく手を当てる。
「大丈夫よ。あなたにもいい相棒が見つかるわよ。」
「サテラ姉さん・・・」
サテラに励まされ、ルドセブが笑顔を見せる。
「うぐっ!」
そのとき、かん高い声がサテラたちの耳に届いた。振り向くとロゼットがうずくまっているのが見えた。
「ロゼット!どうしたんだ、ロゼット!」
クロノがたまらずロゼットに呼びかける。そして彼の視線が一点に止まり、彼は驚愕した。
ロゼットの手袋に紅い染みが浮き出てきた。
ただならぬものを感じたクロノは、痛がるロゼットの手袋を外す。そして彼はさらに驚愕する。駆けつけたサテラたち。ルドセブがその光景に眼を疑った。
ロゼットの両手首には痛々しい十字傷が刻まれ、おびただしい血があふれ出ていた。
「これは・・!?」
「せ、聖痕!?」
「えっ!?」
聖痕。
その言葉にさらに驚愕するサテラたち。
激痛に顔を歪めるロゼット。草花に彼女の血が流れ落ちていた。
ロゼットの出血を止めるため、クロノたちは夜明けまで出発を断念した。
彼女に刻まれた聖痕は、両手首、両足首、そして頭部の5ヶ所である。とりあえず包帯で止血させたが、いつまた出血するかわからない状態だった。
「聖痕。それは神の力を受け継ぐ者の証。僕は以前に、同じ聖痕を刻み付けた人と会っている。」
「ってことは・・・ロゼット姉さんは・・・聖女!?」
クロノの話を聞いたルドセブが、その不安をもらす。
「まさか。あの暴走ノンストップ娘が、聖女なわけ・・」
皮肉で否定しようとしたサテラだが、クロノとルドセブの困惑は深まるばかりだった。
「とにかく、今は前に進むことだけを考えよう。ヨシュアやアズマリア、フィオレを助け出さないと。」
サテラもルドセブも、クロノの言葉に従うことにして頷いた。フロレットという名を知らないクロノは、あえてフィオレと呼ぶことにした。
神からの宿命がロゼットにも降りかかる。一抹の不安を胸に秘めながら、クロノはただ前に歩むことを考えた。
自動車を走らせて3時間、ロゼットたちはアイオーンが滞在していたと思われる海岸沿いの別荘の前にたどり着いた。エルダーの調査が情報源であり、彼女はまっすぐに敵地に赴くことに成功したのである。
そんな中、クロノの不安は解消されていなかった。聖女となった少女は、神に全てを捧げることになる。ロゼットもその運命を背負うことになるかもしれない。
ただでさえ自分のために命を削っているのに、さらに重い十字架を背負うことになるのか。クロノは胸を締め付けられる気分にさいなまれていた。
「突入の準備は整ったわ。クロノ、中から何か感じる?」
「えっ?」
考えていたところをロゼットに声をかけられ、クロノは一瞬きょとんとなる。しかしすぐに別荘のほうに気配を配る。
「うん、感じるよ。これは間違いなく、アイオーンの気配だ。」
「兄さん、姉さん、オレも行くよ。銃の訓練もきっちりやってきたから大丈夫さ。」
ルドセブが聖火弾(セイクリッド)をつめた銃をかまえて、ロゼットたちを見回す。
彼はロゼットたちの力になりたいと、常に銃の訓練に励んできたのである。それはエルダーのお墨付きである。
「でも、危なくなったら必ず逃げるのよ。」
「分かってるよ。」
念を押すロゼットに頷くルドセブ。再び別荘に視線を戻す。
「さて、行きますか。」
ロゼットたちは慎重に別荘に近づいていく。玄関のドアを開け放ち、銃をかまえる。
しかしその大部屋には、悪魔どころか人ひとりいなかった。
「い、いない・・?」
「おかしいなぁ。気配は確かにこの場所から感じてるのに・・」
誰もいないことに眉をひそめるクロノ。キッチンや寝室、誰か住んでいた気配はするものの、全くのもぬけの殻だった。
「ロゼット、クロノ。」
サテラがロゼットたちを呼びつけた。そこは廊下の突き当たりだった。
「ここよ。」
サテラが足元の床を指差し、数回足で叩いた。するとその床板が鈍い音を立ててはずれた。
「あっ!地下室の入り口だ!」
ルドセブが歓喜の声を上げる。床板の下には、地下へと続く階段があった。
ロゼットたちは階段を下り、下の階へと下りていく。進むに連れて周囲が暗くなっていく。
そして1つの部屋にたどり着く。そこは明かりがなくて分からなかったが、何か巨大な機械が置かれていた。
「な、何だ・・?」
気になってルドセブがゆっくりと近づいていく。
「待って、ルドセブ!」
そこでサテラの制止の声がかかる。ルドセブがその声で足を止める。
「サテラ姉さん?」
ルドセブが不審に感じながらサテラを見つめる。彼女は機械をじっと見つめていた。いや、機械の前に立つ、メイド服の女性に。
「フィオレ!?」
「姉さま!?」
驚きの声を上げるクロノとサテラ。暗闇の中、フィオレが無表情でクロノたちの前に立ちはだかる。
「以前にも警告したはずです。ヨシュア様とアイオーン様の邪魔をするならば、容赦はしませんと。」
ロゼットたちが身構えた瞬間、部屋に明かりが灯る。そしてフィオレの隣に白髪の男、罪人アイオーンが出現する。
アイオーンは右手で漆黒に塗られた剣を握り締めていた。その剣を眼前の床に叩きつけると、その切っ先から黒い波動が床を伝いながら、ロゼットたちに向かって伸びてきた。
「瘴気!?」
「危ない!」
邪悪な力をさけようと行動を起こしたロゼットたち。しかしクロノとロゼット、サテラとルドセブに分断されてしまった。
「しまった!」
毒づくクロノ。放たれた瘴気は消えずに残っている。触れれば肉体は蝕まれてしまう。
立ち上がり振り返ったサテラ。その視線の先で、フィオレが一礼していた。
「参ります。」
「姉さま!」
臨戦態勢に入っていたフィオレに対し、サテラも身構える。ルドセブも銃を構えるも、困惑していて狙いが定まっていない。
「晶換(ラーデン)!」
同時に使い魔を呼び出すサテラとフィオレ。それぞれ鋼鉄の騎士と仮面の女神が、2人の背後に現れる。
「始原なる四月(アンファングヴィーダァ)!」
「清廉なる九月(ザォバァユングフラウ)!」
互いに槍を具現化する2人の宝石使い。間髪置かずに間合いをつめ、その刃を叩きつける。
2本の槍は衝突によって火花を散らし、戦いの凄まじさを物語る。
しかし次第に、サテラがフィオレに押され始めていた。今まで姉を上回ることができず、その姉と対峙していることに戸惑っているサテラは、フィオレのその力に劣勢を強いられていた。
やがてフィオレの槍が、サテラの槍を弾き飛ばす。
「姉さん!」
ルドセブがたまらず叫び、銃をフィオレに向けて構える。
倒れ、態勢の整わないサテラに、フィオレが槍の切っ先を向ける。
「やめろ!」
ルドセブは聖火弾の入った銃を、フィオレに向けて発砲した。聖火弾はフィオレの右腕に当たり、火花が弾ける。
「えっ・・・!?」
ルドセブはフィオレの腕の変化に眼を疑った。彼女の右腕からは出血はなく、徐々に色を失っていた。
フィオレはアイオーンの手によって、サテラの姉であるフロレットの体を使って生み出された人形。人ではない。
フィオレの視線が、動揺するルドセブに向けられる。宝石の力である輝力を使って、負傷した右腕に鎧のこてを装着する。
再び構えを取り、今度はルドセブに向かって飛び込んでいくフィオレ。ルドセブも迎撃のため発砲するが、フィオレにかわされ一気に間合いを詰められる。
「ああ・・!」
脅威を感じたルドセブに向けて、フィオレが槍を振り下ろす。
「ルドセブ!・・ぐあっ!」
アイオーンと交戦中だったクロノが叫ぶが、アイオーンの剣に行く手を阻まれる。
振り下ろされた槍で、フィオレの顔に鮮血が飛び散る。だが、その血はルドセブではなく、サテラから吹き出したものである。
サテラはルドセブをかばって、槍の刃にその身を切り裂かれたのである。