Blood -white vampire- File.6 白い吸血鬼

作:幻影


 シエルとあおいの前に現れた白服の青年。シエルは彼からただならぬものを感じていた。
「あなた、何者ですか?あなたからは邪な力を感じます。」
 シエルが青年に問いつめた。彼女は彼から、ブラッドと思われる邪悪な力を感じ取っていた。
 青年は不敵な笑みをこぼしてから、その口を開いた。
「いいだろう。教えておこうか。オレの名はランティス・シュナイダー。ブラッド、つまり吸血鬼さ。」
「それで、あなたはここで何をしているのですか?弓塚さんに何をしたのですか?」
 シエルが眼前の青年、ランティスに鋭い視線を向ける。しかしランティスは顔色を変えない。
「なに、この子には何もしていない。ただ気絶させただけさ。」
 ランティスが軽く腕組みをして、倒れているさつきを見下ろす。
「オレが絶対無比の力を手に入れる。彼女もその人柱の1人となるんだよ。」
「ふざけないでください。」
 不敵に笑うランティスに敵意を向けるシエル。彼女の右手には1本の長剣が握られていた。
「あなたはここで倒さなければなりません。私がここであなたを倒します。」
「ほう・・・?」
 あくまで悠然な態度を崩さないランティス。
「これは好都合というべきかな。埋葬機関に属するアポスルズの力を手に入れられるのだから。」
 笑みを強めるランティス。彼の狙いが眼の前にいる代行者に定まる。
「あおいちゃん、あなたは健人さんのところに行きなさい!彼は私が相手をします!」
「えっ?でも・・」
 シエルがあおいに指示を出すが、あおいは戸惑いを感じている。
「弓塚さんは私が何とかします!あなたは健人さんにこのことを知らせてください!」
「シエルさん・・・」
 さらにあおいを促そうとするシエルが小さく頷いてくる。
 シエルはブラッドに対する対応は、同じブラッドである健人たちのほうがよく分かっていると考えていた。ブラッドが特殊な吸血鬼なため、シエルはその対応に確信が欠けていた。
 それに、あおいとは信頼という絆で結ばれている。シエルはおもむろにそう思っていた。
「分かったよ、シエルさん・・・でも、絶対に無事でいて!」
 あおいは後ろめたい気持ちを抑えて、振り返って駆け出した。シエルは彼女を満面の笑顔で見送った。
 そして再び真剣な目つきに戻り、ランティスに向き直る。
「これで心置きなく戦えるな。さて、お前のアポスルズの力、この眼で見させてもらうよ。」
「余裕ですね。分かっていながらあおいちゃんを見逃すなんて。」
「あの子はオレのものにするにはまた未発達、未成熟だからね。それに、あの子を人質にするのも、オレの考え方に反するからね。」
「なるほど。ブラッドであるわりには、なかなか紳士的ですね。でも、容赦はいたしませんよ。」
 シエルは微笑を見せながら、剣の切っ先をランティスに向ける。
「手加減は遠慮したいものだよ。お前の全力を是非この眼で見せてほしいからね。」
 不敵な笑みを崩さずに、シエルを見つめる。しかし剣を構えている彼女とは違い、ランティスは余裕の態度である。
「何ですか、その態度は?私をバカにしているのですか?」
 彼のその態度をねめつけるシエル。
「オレに堅苦しい構えなんてないよ。構えが戦いの基本になるとは限らないし。」
 あくまで余裕を見せるランティス。シエルは反論の代わりに、剣を振りかざして飛びかかった。
 シエルは素早く剣を振り抜いた。ランティスは動く気配は見られなかった。
 しかし、その場所にランティスの姿はなかった。確実に剣は彼を捉えていたはずなのに。
「えっ!?どこに・・・!?」
「どこを見ているんだい?」
 敵を見失っているシエルに声をかけてくるランティス。彼女が振り返ると、背後にランティスが悠然と立っていた。
「そんな・・いつの間にそんなところに・・・!?」
 ランティスの力に動揺を隠せないシエル。
(移動したようには見えなかった・・・それを思わせる素振りもありませんでした・・・瞬間移動でしょうか・・!?)
 思考を巡らせるが、その疑問に対する答えが見つかるはずもなかった。
「どうした?お前の力をもっと見せてくれ。」
 ランティスが右手を伸ばし、シエルを手招きしている。もっと攻めてくるようにと。
 シエルは広がる迷いを振り切って、数本の黒鍵を握り締める。
「さぁ、来い。」
 ランティスが言い終わった直後、シエルが黒鍵を放つ。相手の動きを細大漏らさず探りながら。
 その黒鍵を難なくかわすランティス。再びその姿が消える。
 シエルはその動きと行方を探った。眼だけでなく、自分の持てる五感の全てを研ぎ澄ませて。
「風の動きというのは、なかなかつかみ取れないものだよ。」
 声がしたほうにシエルは驚愕を覚えながら振り向く。ランティスは倒れているさつきの横に戻っていた。
「いつの間に・・・!?」
「熟練した戦士や能力者でもなかなか捉えることができない。それほどつかみどころのないものなんだよ。」
「それがどうしたというのですか・・?」
「オレのこの動きは風にならったものなんだよ。これでわずかの力の消費で、瞬間移動に近い動きができるんだよ。」
 自らの力を説明するランティス。風のような流れる動きでシエルの攻撃を回避し、彼女の視界や気配の探りからもかいくぐっていたのだった。
 戦いに長けているシエルでも、ランティスのこの動きを捉えるのは至難だった。
 シエルは再び剣を振りかざし、ランティスに向かって斬りかかる。ランティスはそれをかわし、シエルが元いた場所に移動する。
 しかし、振り返ったシエルは笑みを見せていた。
「何がおかしいのかな?」
 ランティスがその笑みに対して問いかける。
「これで心置きなくアレを使えますね。」
「アレ?」
 ランティスが疑問符を浮かべると、シエルは大きな銃器を出現させていた。銃身に十字が刻まれている、重量のあるショットガンである。
 シエルの扱う武器の中で最も威力のある銃器「黒い銃身」である。
「なるほど。これがお前の最高の武器ということかな?」
 あくまで悠然さを崩さず微笑むランティス。シエルは銃の銃口をランティスに向ける。
「あなたに関して聞けなくなるのは残念ですが、これであなたを確実に葬ります。」
 確実に敵を倒すことを宣言したシエルが狙いを定める。ランティスは余裕を崩さず、彼女の動きを見つめている。
 そしてシエルが銃の引き金を引く。すると銃口から一条の光が放たれた。
(速いっ!?)
 発射された弾丸の速さにランティスの表情が一変する。とっさに回避行動をとって、その弾丸をよける。しかしその弾丸は、ランティスの右頬をかすめ、そこから紅い血がわずかにあふれてきていた。
「なかなかの武器だね。油断すべきではなかったね。」
 再び笑みを見せるランティス。しかしその笑みには苛立ちがこもっていた。
(かわされた・・・!?)
 必殺の攻撃をかわされ、シエルは動揺を隠せなかった。
 そのとき、彼女の視界からランティスの姿が消えた。警戒して銃を構えた直後、彼女の背後にランティスが現れた。
「えっ!?あっ!」
 虚を突かれたシエルは、ランティスに体を押さえつけられる。その拍子で、持っていた銃を落としてしまう。
「し、しまった・・・!」
「もう遊びはここまでにしようか。」
 うめくシエル。ランティスの力は強く、彼女を放さない。
「オレをここまでにさせたのは予想以上だ。手にするには実にすばらしい力だ。だが・・」
 ランティスの顔から笑みが消える。
「オレの顔に傷をつけてくれたのは、いただけないな。」
 白い吸血鬼の眼が不気味な紅にきらめく。
「オレを傷つける危険なものは、オレのそばに置いておくわけにはいかないね。」

     カッ!

 困惑を見せるシエルを見つめるその眼から、まばゆい光が放たれる。

    ドクンッ

 その光を受けたシエルが、強い胸の高鳴りに襲われる。その直後にランティスが彼女を放す。
「今、何が・・・あなた、何をしたのですか!?」
 動揺を浮かべるシエルがランティスに問いかける。何らかの力を受けたのは分かっていたが、それが何なのかまでは分からなかった。
「これでお前の力はオレのものとなった。そして、お前の体も・・・」
 ランティスがシエルに対し、勝ち誇ったような笑みを見せる。
  ピキッ ピキッ ピキッ
「えっ!?」
 そのとき、シエルのワンピースの左胸、左脇部分が弾けるように引き裂かれる。さらけ出されたその肌も、白く変色して固くなっていた。
「な、何なんですか、コレは!?」
 驚愕するシエルが、変色した自分の体に手を当てる。固く冷たい。人としてのあたたかさを失っている。まるで自分のものでないように。
 しかも固まったその部分が思うように動かない。幻ではない。完全に固まってしまったのだ。
「お前はオレに力を奪われた。その結果、力を失ったお前の体は石化して朽ちていくんだ。そう、お前はオレのものになったといってもいいさ。」
 ランティスの笑みがさらに強まる。自分の全てを掌握されたシエルが頬を赤らめる。
「信じられない。支配などされていないという心境だね?なら、実際にこの現状を理解するのもいい。」
 ゆっくりとシエルに近づき、石化したその体に手を触れるランティス。
「うくっ・・・」
 腰を触られ、その感触に顔を歪めるシエル。
「どうだい?感じてくるだろう?今の自分の体は石になって冷たい。その冷たさにオレの手のあたたかさが伝わってきて、とても気分がよくなってくる。」
 シエルの肌を滑らかに撫でていく。押し寄せる快楽に、シエルが弱々しく吐息をもらす。
「これがオレのSブラッドの能力、ポテンシャル・ドレイン。相手の力を吸い取り自分のものとする力。そして力を奪われた相手は、体が石になって朽ちていく。お前は徐々に石化に包まれて、意識の残った完全なオブジェとなるんだよ。」
「こ、このまま石になってしまうと・・・!?」
 快感に耐えながら、シエルが声を振り絞る。
「あなたは私の名前を知っていました。あなたは、いったい・・・!?」
 シエルが問いかけると、ランティスは悩ましい笑みを見せる。
「実はオレも、教会の人間だったんだよ。お前とは違う機関だったけどね。」
「えっ・・・!?」
 同じ教会に属する人物だと聞かされ、シエルはさらなる動揺に襲われる。
「オレも教会のために死力を尽くしてきたさ。しかしあるとき悟ったんだ。神は存在しないと。いや、神は人間よりも無力で愚かな存在であることを。」
「な、何を・・・!?」
  ピキキッ パキッ
 石化が困惑するシエルの両足に及ぶ。それに巻き込まれてブーツが壊れる。
「もしも神が、人間たちが信じているような強大な力の持ち主ならば、お前のこの現状を見過ごすはずはない。だけどお前は救われていない。」
「それは違います・・神は強く生き、強く戦おうとする者に、初めて力を与えてくれるのです。あなたの言葉からでは、まるで初めから神に甘えているだけ・・」
  ピキッ ピキキッ
 抗議するシエルの下腹部が白い石に変わる。シエルがさらに顔を赤らめる。
「オレも初めは自力でやってきたさ。しかし自分だけではどうにもならないと悟っても、誰もオレを救ってはくれなかった。」
 笑みを悲しみを宿らせるランティスが身をかがめる。そして突然、シエルの秘所を舐め始めた。
「何を・・やめて・・・!」
 今までにないほどの刺激に、シエルが顔を歪めてあえぐ。いったん顔を離し、ランティスが話を続ける。
「神にできることはほんの一握り。魂を生み出し、見守る。そしてこの地球(ほし)の大気を動かす。たったこれだけだ。」
 そしてさらに秘所に舌を入れるランティス。
「ぅあああ・・・ぁぁぁぁ・・・!」
 シエルが強い刺激に声を上げる。しかし石化した秘所からは愛液が出ることはない。
「神は何もできない。ただオレたちを見守ることしかできない。つまり、お前は助けられることなく、このままオブジェとなるんだよ。」
 秘所を舐め続けながら、ランティスは視線を上に向けた。ワンピースが石化の影響で全て破れ、シエルは裸になっていた。
「さすが神に仕えるアポスルズだ。興味をそそられるほどのきれいな体をしている。だけど・・」
 ランティスは顔を秘所から離して立ち上がり、背後からシエルの石の体を抱きしめた。
「オレを傷つけるオブジェは、オレのそばには置いておけないよ。」
 そして困惑で意識がもうろうとなっている彼女の唇に、自分の唇を重ねた。
 押し寄せてくる快感と石化に体を包まれ、彼女は抗うこともできず、ただランティスに体を預けるしかなかった。
「んん・・・」
 そんな中、気を失っていたさつきが、やっとのことで眼を覚ました。もうろうとする意識を覚醒させながら、ゆっくりと立ち上がる。
  パキッ ピキッ
 そこへ何かが割れるか固まるような音が耳に入り、さつきは顔を上げた。その先には、白ずくめの男に抱かれて、変わりたてた姿にされたシエルの姿があった。
「シ、シエル、先輩・・・?」
 さつきは眼の前の光景に眼を疑った。シエルは裸にされ、さらけ出された体が石のように固まっていた。
「ゆ、弓塚さん・・・逃げて・・・」
 彼女が眼を覚ましたことに気付いたシエルは、弱々しくも彼女を促す。
 その声を理解したのか、さつきは振り返ってその場から逃げ出そうとした。
 しかしその直後、素早く移動してきたランティスに取り押さえられる。
「キャッ!」
「悪いけど逃がさないよ。」
 声を上げるさつきを押さえて、ランティスが笑みをこぼす。
「大丈夫だよ。お前はまだオブジェにはしない。お前には利用価値があるからね。オレの力になる以外にね。」
 不敵に笑うランティス。さつきは彼の言葉など聞かず、おもむろにシエルに振り向いた。彼女は完全に脱力してしまい、ただ石像になるのを待っているようだった。
「ゆみ・・つか・・・さん・・・ごめん・・な・・さ・・・い・・・」
 さつきを救うこともできず、自分も敵に全てを奪われたことを悔い、シエルはさつきに詫びた。しかしその声は困惑しているさつきには届かなかった。
  ピキッ パキッ
 石化は彼女の唇を固め、その声を発することもできなくなった。学校ではメガネをかけているその眼から涙があふれていた。
    フッ
 その瞳さえも石化し、シエルは完全な石像となった。
「先輩・・・シエル先輩!」
 さつきは思わず叫んでいた。わずかに石の頬に流れた涙に心を打たれたのだ。
 届かずとも手を伸ばそうとしたとき、広場の中心にたたずむシエルの姿がぼやける。
 消えていく。先輩の姿が消えていく。
 しかし実際に消えていたのは、ランティスに捕まっているさつきのほうだった。彼の瞬間移動で、2人はこの場を後にしていた。
 広場には、全てを剥ぎ取られて一糸まとわぬ姿でたたずむシエルがいるだけだった。

 さつきの視界がはっきりとしてきた。しかしその場所は明かりが薄く、はっきりするのに数秒を要した。
 そこはどこかの豪邸に思える部屋だった。その中には一糸まとわぬ姿の女性の石像が立ち並んでいた。
「ここはオレのコレクションルーム。オレの力の証の集まる場所さ。」
「力の、証・・・?」
 ランティスが説明をするが、さつきにはその意味が分からなかった。
「お前もシエルがオブジェになったのは見たはずだね?」
「えっ・・・?」
 ランティスのこの問いかけに、さつきの顔が強張る。体が石に変わっていった先輩の姿が脳裏によみがえる。まるで何かの悪夢のように。
「あれはオレに力を奪われた効果なんだ。彼女はオレに力を奪われた。力を失った体は、石になって朽ちていく。力が戻らない限り、元に戻ることはない。」
 淡々と語るランティス。しかしさつきは現実に対する半信半疑を拭うことができないでいた。
「さて、お前にはオブジェになる前に、是非役に立ってもらうよ。このオレが、絶対の力を手に入れるためのね。」
 笑みを絶やさないランティス。シエルの力を奪い、さらなる高みを見る彼に、さつきは困惑を拭うことができなかった。

つづく


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