Blood -double black- File.2 偽りの救世主

作:幻影


 すっかり腰が抜けて立ち上がれなくなっていたトモに、ウラヌスを腰に戻したアヤが手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「えっ!?え、あ、はいっ!」
 我に返ったトモが赤面する。慌ててネプチューンを拾って、自分の安否を確かめる。
 その姿に気にも留めず、アヤはそのまま振り返って立ち去ろうとする。
「あっ!待って!」
 トモに呼び止められ、アヤは足を止める。
「お願い、一緒に来て!」
 トモはアヤに駆け寄って、真剣な眼差しを送る。
「あなたはこの世界の救世主になれる。その腕なら世界に平和を取り戻せる!それにウラヌスを持っている。GLORYはあなたを歓迎するわ。」
 そう言ってトモは笑顔で、アヤに手を差し出す。彼女の純粋な表情を見つめてアヤは、
「断る。」
「えっ・・?」
 アヤの返答にトモはきょとんとなる。
「軍や組織は居心地が悪い。それに、私はGLORYを信用しない。」
「えっ!?どうして!?GLORYは人間を守るために決死の覚悟で戦っているのに!」
「それだよ。」
「それって・・・?」
「確かにGLORYは人間を守るために結成された組織だ。だが、その目的のために、上層部は多くの隊員たちを犠牲にしてきた。
「何を・・言ってるの・・・?」
 アヤの今の言葉が信じられず、トモが呆然となる。アヤは冷静に話を続ける。
「私は見てきたんだ。ブラッドを相手に、隊長と思わしい人間の命令で、多くの隊員が命を投げ打った。結果、そのブラッドの部隊は滅び、街に一時的な安息が戻った。だが、死んでいった隊員たちの家族は、親友はどうなる!?」
 今まで冷静だったアヤが、感情を見せ始める。
「目的のために何でもするやり方で、誰かを守れると思うのか!?誰かを犠牲にして得た平和など、私は認めない!」
「あっ!待って!」
 トモの呼び止めも聞かずに、アヤは愛用のバイクに乗って、その場を後にした。
「アヤ・・・」
 トモは悲しい顔をしてうつむいた。血塗られたこの世界に希望の光を差してくれるだろう救世主と感じたその人物を、彼女は止めることができなかった。

(苦しい・・・カオス様・・・)
(でも、カオス様のためなら、この痛み、耐えてみせます・・・)
 地下室に並べられた、四角い壁に埋め込まれて固められた裸の女性たちの心の声が交差する。それはブラックカオスの脳裏にも届いていた。
 様々な反応を堪能して、不敵に笑うカオス。
 そんな地下室の入り口から、部下の声がかかってきた。
「カオス様。」
「どうした?今私は美女たちの心の声を聞いて安らいでいたのだ。水を差すなと言っておいたはずだが?」
「ブラックナイトと思しき人物を発見しました。」
「何っ!?」
 血相を変えてカオスが振り返る。
「分かった。今行く。」
 炭素凍結された女性たちを後にして、カオスは部下とともに地下室を出た。
「本当か、ナイトが姿を見せたというのは!?」
「はい。」
 部下は手に持っていた報告書に眼を通す。
「避難所に向かったゲン隊長率いる第7部隊が全滅。ゲン氏は破邪の剣、ウラヌスを扱う人物と交戦の末敗れ、死亡しました。」
「ウラヌス・・ナイトに間違いないだろう。」
 部下の報告にカオスは小さく頷いた。部下はさらに報告を続ける。
「後のメンバーはGLORY所属隊員、トモによって撃退されております。」
「そうか。報告、ご苦労だったな。私が直接、ナイトと会ってくる。」
「カオス様自らですか?」
「ナイトと戦えるのは並のブラッドではムリだ。この私が手を下してくれる。」
 部下は途中で立ち止まり、カオスに一礼する。カオスは振り返らずに部下に命令を送る。
「24時間後にここを出る。ナイトの現在位置は分かっているな?見失うなよ。」

 避難所から帰還したトモは、リョウに様々な報告をした。避難所と人々の無事と破邪の剣を持つ者、アヤの出現。
 喜ばしい面持ちのトモに対し、リョウは深く息をついた。
「なるほど。その人物はウラヌスを使い、ブラッドの部隊を撃退したと。」
「そうです。あの人の協力を得れば、世界はブラッドの魔の手から解放されるんです。私に話をさせて下さい。」
 一礼するトモに、リョウは背を向けて窓から外を見つめる。
「ダメだ。」
「隊長!」
 リョウの拒否にトモが声を荒げる。
「アヤという人物は、我々GLORYを快く思ってはいないそうだな。もしも我々に招き入れて、GLORY崩壊となれば元も子もない。危険因子となるものを、受け入れるわけにはいかん。」
「でも!」
「そもそもトモ、君は独断先行を働いた。我々の規律を乱す結果を放置するわけにはいかない。」
 リョウが再びトモに向き直る。
「1週間の謹慎だ。少し頭を冷やしてこい。」
「・・・分かりました。」
 自分の意見が通らないばかりか、自分の非を指摘されたことに納得できないまま、トモは渋々リョウの命令に了解の意を示した。

 メンテナンスストアの隣にあるシャワールームで、アヤはシャワーを浴びていた。
 紅い短髪から出ている猫の耳のようなもの、ふくらみのある胸にぬるま湯が流れ落ちていく。
 アヤは女性、しかもブラッドだった。そのため、普通の人間には扱えないはずの破邪の剣を使いこなすことができたのである。
 彼女は紅く染まった瞳をした眼で、曇った鏡に映った自分の姿を見つめていた。
「ブラックカオス・・私にブラッドの因子を植え付け、楽園を奪った悪魔。必ず私がこの手で葬ってやる。そして、いつか私自身の楽園を見つけてみせる。」
 シャワーを止め、タオルを持ってシャワールームを出るアヤ。
 アヤは昔、ブラックカオスに血を吸われ、ブラックナイトとして新たな力を与えられるが、それ故に当時の親友たちから迫害を受けてしまったのである。
 以来彼女は自分のかつての楽園を奪ったカオスを倒し、新しい楽園を見つけようと心に決めていたのである。
「おじさん、マシンの調子はどうだい?」
 タオルで体を拭き、衣服を着たアヤが、メンテナンスストアの店主のリュウに声をかける。
「もう出たのか?ゲートブレイカーはすこぶるご機嫌だぜ。もっとも、そのウラヌスとかいうシロモンはよく分かんねぇけどな。」
「そうか。すまないな、いつも。」
「なぁに。師匠が作ったマシンを使ってくれてるんだ。オレも惚れ惚れするってもんだ。」
 気さくな笑いを見せるリュウに笑みを見せ、アヤはきびすを返して店を出ようとする。
 リュウは車両の開発・調整技術を取得しているメンテナンスの達人である。彼はアヤが女性であり、ブラッドであることを知っていたが、マシンを使ってくれる客を追い返すという薄情を持ち合わせていないと考えていた。というより、機械以外のことにはあまり関心がないのである。
「また出かけるのか、アヤ?」
 リュウの問いかけにアヤは振り返らずに頷いた。
「ああ。今度はしばらくここに帰って来れないな。」
 その言葉に、リュウはひとつ息をついて、話を続けた。
「お前の人生だ。お前が決めな。だがひとつ言っとくぞ。オレのマシンをスクラップにしたら、ただじゃおかないぞ。」
 念を押すリュウに、アヤは不敵に笑って見せる。
「努力するよ。」
 手を振るリュウに一礼して、アヤが超起動マシン、ゲートブレイカーに乗る。
「ところで、今まで聞いてなかったんだけど。」
「ん?何だ?」
「おじさんの師匠って誰なんだ?」
 アヤの問いに、リュウは自慢げに答える。
「ブラッドテクノロジーの立役者、源三さまだぞ。」

「あ〜あ、イヤになっちゃったなぁ〜。」
 謹慎処分を受けたトモは、源三の研究室の隣の休憩室の椅子に座り込んでため息をついていた。同じく休憩室を訪れていたサエも、近くの自販機で缶ジュースを、トモの分と合わせて買って持ってきた。
「あんまり気にしないでね。気持ちは分かるけど・・」
 差し出されたジュースを受け取るトモ。
「あの人がこのGLORYに来てくれたら、世界が平和になる日も大分近づくのに・・」
「その人のこと、救世主って言ってたね。アヤって言った?」
「うん。でも私たちのこと眼の仇にしてるみたいで、難しいんだよね。」
 ため息をつくトモを、サエが心配そうに見つめる。それを察して、トモが弁解する。
「だ、大丈夫よ。私もあの人も。絶対に分かり合えるときが来るわよ。」
 その慌しいトモの態度に、サエから笑みがこぼれる。
「よかったぁ。」
「え?」
「この調子ならそんなに落ち込んでるわけじゃなさそうね。大丈夫だよ。トモなら何でも乗り越えられるから。」
「あ、ありがとう、励ましてくれて。」
「でも、トモってけっこう人に頼ったりするんだね。」
「あ、当たり前でしょ!?誰だってそんな弱いとこがあるんだからね!」
 トモが赤面して、笑顔で逃げるサエを追い回す。そんな屈託のないつかの間の休息が、戦いの日々を送るトモにとって、体だけでなく心の安らぎになっていた。
 そのとき、GLORY本部のサイレンが鳴り響き、トモたちのいる休憩室にも聞こえてきた。
「またブラッドが出たのね!」
「でもトモは今は謹慎中だから、出て行けないね。」
 サエの指摘にトモがふくれっ面になる。
“北東305エリアに、ブラッド部隊が出現。現在、ウラヌスを所持している人物を交戦中。正式隊員は直ちに出動してください。”
「ウラヌス!?」
 トモが血相を変えて、放送に耳を傾ける。
「トモを助けた人の持ってた破邪の剣だよね!?」
「あたし、行ってくる!」
 休憩室から飛び出そうとするトモを、サエが腕を掴んで止める。
「ダメだよ、トモ!今出てったら、どうなるか分からないよ!」
 引き止めるサエに、トモが慌しく向き直る。
「放してくれ、サエ!このままじゃ、救世主が敵になっちゃうよ!止めなくちゃ!」
 サエを突飛ばし、トモはネプチューンを持って飛び出していった。
「トモ!」
 サエも続いて休憩室を飛び出し外に出るが、既にトモはイーグルスマッシャーを走らせて、姿が見えなくなっていった。

 北東305エリアと指定されている街の広場の中心で、アヤはブラッド部隊に囲まれていた。
「貴様か、破邪の剣、ウラヌスを使い、我らに敵対しているという人物は。」
「だとしたら何だ?」
 巨体の男の問いにアヤは口調を変えない。
「大人しくウラヌスを渡せば、命だけは見逃してやる。絶好に好機が与えられるんだ。ありがたく思え。」
 悠然と言い放つ男に、アヤは携帯電話をセットして、ウラヌスの力を解放する。
「ふざけるな!ブラッドは全て私の敵だ!お前たちはこの場で葬る!」
 アヤの言葉に取り囲む男たちがいきり立ち構える。アヤは番号2と決定ボタンを押して、細身の剣を出現させる。
「お前たちなど、これで一掃してやる。」
 アヤは言い終わると同時に、ウラヌスを回転させて周囲の男たちをなぎ払った。その中の数人が腰を真っ二つにされ、返り血が彼女に降りかかった。
「あっけないものだな。」
 アヤがウラヌスの力を消失しようと携帯電話に手を伸ばそうとしたとき、ただならぬ気配を感じ取った。
 たくさんのバイクや車がアヤの周囲を囲み、多くの武装した集団が銃や剣を構える。
「動くな!」
「・・GLORYか・・」
 アヤの呟きどおり、その集団はGLORYだった。ブラッド部隊の壊滅とアヤの持っているウラヌスの奪還を目的に、ここまで急行してきたのだった。
「まず名前を教えてもらおう。」
 取り囲む隊員たちをかき分けて、リョウが銃を構えながら前に出る。
「アヤ。」
「君はブラッドだな。隠してもムダだ。我々にはブラッドをサーチするレーダーを持ち合わせている。それに君は、普通の人間には使えないはずの破邪の剣を使いこなしている。これ以上の証拠がどこにある?」
 リョウの指摘にアヤは嘆息する。
 GLORYは、ブラッドにあって人間にはない独特の波長を探知する特殊なレーダーを所持している。たとえ特殊コンタクトで紅い瞳を隠したとしても、その波長をキャッチしてブラッドであることを見分けることができるのである。
「目的は何だ?ウラヌスか?それとも、私の命か?」
「・・両方だ。」
 しばらく間を置いてリョウが返答すると、隊員たちの構えにさらに力が入る。アヤもウラヌスを構えて迎撃に備える。
「ちょっと待ってぇーーー!!!」
 そのとき、かん高い叫び声と同時にバイクが隊員たちの群れに突っ込んできた。慌ててよける隊員たちをかき分けて、バイクはアヤの立つ広場の中心で停車した。
「トモ!?」
 呼び止めたのはトモだった。イーグルスマッシャーから降りた彼女の姿に、リョウが驚愕する。
「トモ!君は謹慎処分を受けているはずだろ!」
「この人と話をさせて下さい!」
「トモ!」
 アヤの前に立ちはだかるトモに、リョウが声を荒げる。
「君が今していることは我々に対する反逆以外の何事でもない!取り返しがつかなくなるぞ!」
「今この人を処罰したら、それこそ取り返しがつかなくなります!どうか私に!」
 業を煮やしたリョウが、立ち塞がるトモに銃口を向ける。しかしトモは退こうとはしない。
「ぐっ!」
 アヤは舌打ちして、携帯電話の#と番号9と決定ボタンを押して跳び上がった。ウラヌスの9の効果は、光の棒を形作るもので、威力を増大させることで、棒の長さをさらに伸ばすことができるのである。
「しまった!」
 リョウやGLORY隊員が見上げる中、アヤが空中で身をひるがえし、包囲網をかいくぐる。ウラヌスで着地の反動を抑え、そのままゲートブレイカーを駆って広場を後にした。
「アヤ・・・」
 消えゆくアヤの姿をまじまじと見つめるトモ。そんな彼女に、銃を収めたリョウが殴りかかってきた。
 倒れ込むトモが殴られた頬を押さえて、怒りの治まらないリョウを見上げる。
「君は我々に対する反逆を働いた。組織人としてあるまじき行為だ!もう誰からの弁解も受け入れられん!相応の処分を覚悟しておくんだな!」
 きびすを返し、隊員を引き上げさせるリョウ。視線は彼に向いているが、トモの心の中では、完全にアヤの姿が映し出されていた。

つづく


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