Blood File.22 ディアボロス

作:幻影


「ワタル!」
 ワタルを追ってきたいちごが、食事部屋に駆けつけた。その光景に彼女は驚愕した。
 ワタルと対峙している白い翼を生やした裸の少女に、彼女は見覚えがあった。
「め、めぐみちゃん・・・」
 いちごもめぐみの姿に動揺を隠せなかった。海気によって石化された彼女が、自分とワタルの眼の前で平然としていた。
 さらに視線を巡らすと、ワタルのすぐそばで海気が横たわっていた。
「海気さん・・」
 いちごの困惑はさらに強まる。
「ワタル、これってどうなってるの!?」
 いちごがワタルにすがりつく。同じく動揺していたワタルが、彼女の存在に気付いて振り向いた。
「いちご・・・オレにも分からないよ・・石にされたはずのめぐみが現れて、背後から海気を殺して・・」
 ワタルも困惑していたことは、いちごにも分かった。
 石化されたはずのめぐみが、ディアスの力を解放して自分たちの前に現れた。ディアスの神、ディアボロスの力を受け継いだ最大の敵として。
「あっ!いちごお姉ちゃんも来たんだ!」
 めぐみがいちごの姿を発見し、明るい笑顔を見せる。
「お姉ちゃん、私ね、ディアボロスの力を使えるんだよ。」
「ディアボロス?」
 いちごが疑問符を浮かべる。彼女の問いにワタルが答える。
「ディアボロス、ディアスを統治していた神であり、オレにブラッドの力を与えた者だ。」
「ワタルの!?」
「ディアボロスは、自分の意思ひとつで、様々なものを自由に操ったり変化させたりすることができる。オレとダークムーンをブラッドにした後、自らの命を絶った。しかし、オレの夢の中でディアボロスが言ってきたんだ。自分の力を継いだ最大の天敵が現れるって。まさかそれがめぐみちゃんだなんて・・」
 ワタルといちごが、笑顔を絶やさないめぐみと、その隣で棒立ちのまま石化されているなるの姿を見つめる。一糸まとわぬなるの石の体に、めぐみが甘えるように寄り添う。
「世の中、みんな辛い思いをしてる。なのにみんなは自分のことだけ考えて、誰も助けてくれない。だったら、私がこの世界をまとめて、みんなを幸せにするんだ。」
「めぐみちゃん、それは違うよ。オレがいる。いちごがいる。あゆみちゃんも、君のことを誰よりも想ってくれてる。」
 ワタルがめぐみに言い聞かせる。しかしめぐみは聞く様子を見せない。
「だったらなんで私のパパとママは、あゆみお姉ちゃんの友達はみんな死んじゃうの!?みんなが自分のことばかり考えるから、こんな辛いことばかり起こるんだよ!だから、私がディアスだけじゃなく、みんなの神様にもなる!」
「めぐみちゃん!」
 いちごが近寄ろうとした瞬間、なるから離れためぐみが翼を広げ、旋風を巻き起こした。荒々しい烈風が2人に襲いかかる。
「いちご、戦うんだ!このままやられたんじゃ、めぐみちゃんもみんなも救えない!」
「でも、それじゃめぐみちゃんが・・!」
「ブラッドの力を弱めるだけだ!めぐみちゃんに取り返しのつかないことをさせるわけにはいかない!」
 ワタルは力を込め、Sブラッドの力を解放した。続けていちごもSブラッドの力を解き放つ。
「いちご!?」
 いちごの変身にワタルが驚く。
「あゆみちゃんを守ろうって思って、そしたら私もSブラッドになれたんだよ。」
 笑みを見せるいちごに、ワタルは頷いてめぐみに視線を戻す。力を発動した2人の髪の色は白くなり、穏やかなオーラが体を包んでいた。
「いくぞ、いちご!」
「うんっ!」
 ワタルといちごが同時に紅い剣を出現させる。しかし、それらはすぐに消失してしまった。
「何っ!?」
「えっ!?」
 この一瞬の出来事に驚愕する2人。
「私が今消したんだよ。お兄ちゃんたちが出した剣をね。」
 めぐみの言葉にワタルたちが顔を上げる。
 ディアボロスの力を備えためぐみが、具現化した剣を、意思ひとつで簡単に消してしまったのである。
 イメージしたものを現実へと呼び起こす。それがめぐみの、ディアボロスの力である。
「そんな!こんなことって・・!」
「これがディアボロスの力だ。何でも思い通りになってしまうその力には、誰も打ち破ることはできないんだ。ディアボロスを殺すことができたのは、ディアボロス自身だけだ。」
 ワタルといちごが互いに寄り添って、めぐみの圧倒的な力に対する畏怖を抑える。その姿を見つめて、めぐみが再び笑顔を見せる。
「これで分かったでしょ?ワタルお兄ちゃんには分かってることだけど、ディアボロスもSブラッド。しかもその中でも1番の力を持ってたんだよ。その力をもらった私に、思い通りにならないことはないよ。」
 めぐみは背の翼を落ち着かせて、素足をワタルたちのいつ方向に進める。
「じゃ、お兄ちゃんたちも石になろう。これからまたディアスが悪いことをしても、私が何とかするから。」
  パキッ ピキッ
「あっ!」
 めぐみが思い描いた瞬間、ワタルのいちごの胸が石に変わった。着ていたシャツがボロボロに破れ、いちごのふくらみのある胸がさらけ出される。
「何にもされてないのに、体が石に!?」
「これがディアボロスの力・・思っただけで相手に力を及ぼしてしまう・・!」
 いちごが驚愕し、ワタルが毒づく。めぐみが笑みを浮かべながら、2人を優しく抱きしめた。
 背中の翼が大きく広がり、3人を包み込んでいく。
「ディアボロスの力を持った私にできないことはないよ。海気お兄ちゃんが考えた力は面白いね。嫌なもの、辛いことみんな忘れられるんだから。」
 めぐみの無邪気な声が、ワタルといちごの心を逆なでする。抱きしめるめぐみの胸が2人の腕に当たり、2人にさらなる緊張を与える。
  ピキキッ パキッ
 石化はワタルといちごの下半身にまで及び、ジーンズとスカートを引き裂く。
「もう逃げられないね、お兄ちゃんたち。私が最後まで見届けてあげる。お兄ちゃんたちが石になるのを。そしてみんな一緒に平和でいるんだ。もう2度と辛いことがないように。」
 めぐみが物悲しい笑みを見せる。その悲痛さに、ワタルといちごは返す言葉がなかった。
「お兄ちゃんたちもいろいろ辛かったんでしょ。ブラッドだから、ディアスだから。私がそんな辛さを消して、これからそんな辛さのない世界を作る。」
 めぐみの白い翼に包まれながら、ワタルといちごの石化が広がり、足の先まで浸食していた。
「さぁ、キスしてみせてよ。嫌なことをみんな吹き飛ばすくらいに。」
「あ・・ぁぁ・・・」
 まるで心まで操られたかのように、ワタルといちごがめぐみに促されるまま、互いの顔を近づける。そして脱力した虚ろな表情で、2人は唇を重ねる。
(ダメだ・・体が石になって、逆らうことができない・・でも・・)
(とても、気分がよくなってく・・・)
 めぐみの力に対する抵抗も次第に弱まり、ワタルといちごに楽観させるような高揚感が込み上げてくる。
  ピキッ パキッ
 唇までも固まり、2人の口付けを永遠のものにした。頬に石化が及ぶ2人の眼に涙が浮かぶ。
 めぐみの描く永遠の幸せを手に入れられる喜びなのか、変わりゆく自分の悲痛なのか。その理由を快楽に沈んでいくワタルといちごにも分からなくなっていた。
「いいよ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。とっても幸せそうだよ。安心して。私の力で石になった人は、どんなことになっても壊れたりしないから。」
   フッ
 めぐみの白い翼に抱かれて、眼からわずかな涙の雫を流したワタルといちごは、互いを抱き寄せたまま、裸の石像へと変わった。
 白い翼が飛び散り、力を治めるめぐみ。
 同じように石化されたなるの眼に、変わり果てたワタルといちごの姿が映し出される。
(そんな・・ワタルといちごが、こうも簡単に・・・)
 なるは胸中で、めぐみの圧倒的な力と、それに手も足も出ずに敗れ去ったワタルたちに絶望する。
 思い描いただけで、そのイメージを実現させてしまうディアボロスの力の強大さは、普通の人間から見ても明らかだった。
「さぁ、ちょっと出かけてくるけど、大丈夫だよ。すぐに戻ってくるからね。」
 石化したワタルといちごから体を離し、めぐみが明るい笑顔で窓へと駆け寄る。そして再び白い翼を広げ、羽を撒き散らしながらその場から姿を消した。

 なるの思いを受けて、マリアはワタルから聞いていた海気の屋敷を目指し、必死に街を駆け抜けていた。体力のあまりない彼女はその途中、小休止のために足を止めていた。
 大きく息をついて呼吸を整えるマリア。
(早く、いちごたちに知らせないと。でないと、また辛い思いをすることに・・)
 胸中で急かすマリア。急いでいちごたちのところに向かいたいという重いとは裏腹に、体がついてこれないでいた。
 そのとき、穏やかだった街中で、吹きすさむ強風がマリアを襲った。
「な、何です!?」
 何事かと前を見つめるマリア。風に乗って白い羽が飛び交い、その中から一糸まとわぬ姿の少女が現れた。
 天使のようにも見えたその少女に、マリアは驚愕した。なるを石にしためぐみが、無邪気な笑顔を見せて再びマリアの前に現れたからだった。
「め、めぐみちゃん!?」
「海気お兄ちゃんの家に行っても遅いよ。ワタルお兄ちゃんもいちごお姉ちゃんも、私が石に変えちゃったからね。」
「そんな!いちごたちまで・・!」
 笑顔を見せるめぐみのうちに秘めた威圧感に、マリアは恐怖して建物の壁に追い詰められた。
「2人ともブラッドの力を超えたSブラッドになってたけど、ディアボロスの力を持った私には何ともなかったよ。」
 めぐみはゆっくりと右手を伸ばして、困惑するマリアに近づく。
「ちょっと来てほしいの。私の作る平和の世界に協力してほしいから。」
 逃げようときびすを返したマリアを、めぐみは背後から捕まえ、白い翼を広げてそのまま飛び去った。

 夜の闇が晴れ、朝日が昇ろうとしていた時間、世界は太陽とは違うまばゆい光を目撃した。
 めぐみが上空で、白い翼を広げて宙に浮いていた。
 あるいは眼の前で、あるいは閉じたまぶたの中に映し出された幻として、人々は天使とも思える少女の姿を捉えていた。
「な、何なんだ、あれは!?」
「き、きれい・・・」
「まぁ、かわいい天使・・」
 出現したその少女に、人々はいろいろな反応を見せていた。恐怖する者、魅了される者、困惑する者。複雑な心境が渦巻く街の中心の広場に、めぐみは意識を失っているマリアを抱えて降りて来た。
「みんな、私の声は聞こえているね?私はみんなを幸せにしてあげたいと思ってるの。」
 めぐみがマリアを立たせて、自分の一糸まとわぬ姿を周囲に見せる。その姿と体を包む淡く輝く光に、人々は惹かれたり困惑したりする。
「みんなには仲良くなってほしいの。いろいろケンカしたりいじめたりするから、誰かが辛い思いをするから。」
 めぐみは神妙な面持ちで人々に願い出た。しかし、その願いを聞き入れる人はまずいなかった。
「なに夢みたいなこと言ってんだよ!そんな女の子の寝言はな、秘密の日記帳にでも書いとけよ!」
 群衆の中の数人が、めぐみに罵声を浴びせる。しかし、ディアボロスの力を宿しためぐみには、誰が暴言を叫んだのか明白だった。
 めぐみはその数人に、心を破壊するイメージを描いて送り込んだ。すると群衆に紛れた何人かが、ショックを受けたかのように頭を揺らし、崩れるようにその場に倒れこんだ。
 動揺を見せるはずの人々は、めぐみの放つ力に魅了され注目していた。
「大丈夫だよ。ちょっと穏やかになるようにしてみたけど、ショックが強すぎちゃったかな?」
 めぐみが照れ笑いを浮かべるが、周囲に気にした様子はなかった。めぐみは再びマリアの肩に手をかけた。
「起きて、マリアお姉ちゃん。」
 めぐみの呼びかけに答えるように、マリアはゆっくりとまぶたを開いて眼を覚ました。
「ここは・・・め、めぐみちゃん!?」
 マリアがめぐみの姿に、驚きの声を上げる。そしてめぐみに惹かれている人々にも動揺する。
「めぐみちゃん、これはどういうことなんですか!?みなさんに何をしたのですか!?」
 マリアがめぐみに訊ねる。周囲は完全にめぐみに心を奪われ、マリアの動揺には気にも留めなかった。
「私は何もしてないよ。みんなが私を好きになってるみたい。でも、何人かは悪口言ってたから、ちょっとやっちゃった。ショック療法っていうのかな?」
 めぐみが無邪気な表情で疑問符を浮かべる。マリアの困惑はさらに強まり、足を後ろに下げようとするが、思うように動かない。
「さぁ、見せてあげて、お姉ちゃん。私の力に包まれた、お姉ちゃんの綺麗さを。」
  ピキッ ピキッ ピキッ
 めぐみの言葉の直後、マリアの衣服が引き裂かれた。ボロボロになった服からのぞける肌が、白みがかった灰色に変わりヒビが混じっていた。
「そ、そんな・・・」
 マリアが自分の身に起こっている変化に驚愕する。裸の石像になっていく彼女の姿を目の当たりにした群衆から、大きな歓声が湧き上がった。しかしそれは驚愕と恐怖の悲鳴ではなく、めぐみの力に対する魅力だった。何人かは悲鳴を上げていたかもしれないが、歓喜の叫びにかき消されて聞こえなかった。
「どう、お姉ちゃん?何も恥ずかしがることはないよ。そんなことはここにいる誰も気にしていないから。だから、気分よくいきましょ。」
 めぐみが背後からマリアを抱きしめる。石になって冷たくなっていく体に、暖かな温もりが伝わっていく。
  パキッ
 めぐみの優しい腕に抱かれながら、棒立ちのままのマリアにかけられた石化がさらに広がる。右腕と手足の先を残して、体から人間の色が消えてしまっていた。
 ひどく動揺していたマリアだったが、周囲から魅了されている人々の反応もあって、次第に高揚感が生まれていた。
「私・・私は・・・」
「大丈夫だよ、マリアお姉ちゃん。みんな生まれたときは裸なんだから、何も気にすることはないよ。この胸も素肌も、隠しちゃうにはもったいないよ。」
 そう言ってめぐみが、マリアの石の胸に手を当てる。固まって揺れることのないマリアの胸を、めぐみは優しくなでていく。
「や、やめて、めぐみちゃん・・・ぁぁ・・」
 マリアに快感が押し寄せる。抵抗することもできず、あえぎ声を漏らす。
  ピキキッ パキッ
 それをよそに、石化はマリアの手足に到達し、顔を残すのみとなっていた。
「行こう、お姉ちゃん。ワタルお兄ちゃんもいちごお姉ちゃんも、みんな待ってるよ。みんなで一緒に暮らそう。もう辛いことなんて起きないから。私がさせないから。」
  パキッ ピキッ
 めぐみに抱きつかれたマリアは、快楽で表情が虚ろになっていた。常備しているペンダントも、石化に巻き込まれて地面に落ちた。
(ワタルさん、いちご、なる、私もめぐみちゃんに石にされてしまいました。誰も敵わないのかもしれませんが、それでも私は信じたいです。ワタルさんたちが、何とかしてくれると・・・)
  ピキッ パキッ
 胸中で呟くマリア。石化が彼女の唇を包み込み、頬を固める。
   フッ
 めぐみを崇める群衆に見守られながら、瞳さえも白くなり、マリアは完全な石像に変わっていった。
 周囲からの歓声が最高潮に達した。天使の姿に見える悪魔の少女に、人々は完全に魅入られていた。
 めぐみは落ちたペンダントを拾い上げ、再びマリアを抱き寄せた。
「それじゃ・・」
 めぐみは憧れの眼で見る群衆に別れを告げ、マリアを連れて広場から姿を消した。

 その瞬間を境に、世界は小さな争いしか起こらなくなった。憎しみが肥大すれば、それを感知しためぐみが仲裁に訪れると思っていたからだった。
 ディアボロスの力を持った彼女は、世界のあらゆる声を聞くことも可能となっている。しかし世界が争いをしなくなったため、その仲裁も行われずに済んでいた。
 そして、マリアを連れ去っためぐみは、同じく石像にされたワタルたちのいる食事部屋に戻ってきていた。
(マリア!?)
(ワタルさん、いちご、なる!そんな・・・こんなことって・・・)
 変わり果てた互いの姿に、いちごとなるが驚愕する。ブラッドであるワタルといちごにはマリアたちの心の声が伝わってきていたが、マリアたちにワタルたちの心の声が聞こえない。
 マリアを部屋の隅に置き、めぐみが笑みを浮かべる。
「これでみんな一緒だね。あとはあゆみお姉ちゃんだけね。」
 めぐみはきびすを返し、白い翼の下がった背中をワタルたちに向ける。
 部屋の出入り口に、もうろうとした意識で歩いてきたあゆみが寄りかかっていた。

つづく


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