Blood File.19 欲望に沈む者

作:幻影


 ワタルといちごは、強大な力の発動を感知して、駆けていた足を止めた。
「何っ!?すごい力が!」
「これは、ディアスか!?・・とにかく急ごう!何か、悪い予感がするんだ。」
 そう言ってワタルは、再び街を駆け出した。
 海気がそばにいるのは分かっているのだが、それでもこの不安を拭い去ることはできなかった。

 街のビルの一角から、街の様子を見下ろしている1人の少女。かつて、あゆみの妹だったいずみである。
 彼女はあゆみの行動を始め、彼女を追う警察の様子もうかがっていた。
「もっとも信頼できるはずの警察に追われるなんて、お姉ちゃんもホントに大変だね。お姉ちゃんの苦しむ顔が見られるのは嬉しいけど、あんまりこの辺をウロウロされるのは、ちょっと目障りなんだよね。」
 いずみが右手から鉄色のオーラがあふれてくる。
 彼女の矛先、いや、力を得るための獲物は、あゆみを狙う警察へと向けられた。

「海気さん、いったいどうしたんですか・・?」
 困惑するあゆみとめぐみの見つめる中、海気が顔を上げて不気味な視線を投げかける。その雰囲気に恐怖を感じる2人。
「とうとう他人に入れ替わるところを見られてしまったか。」
 小さく呟く海気が、何とか立ち上がったあゆみに振り向く。
「まぁ、いいさ。今度は君だ。僕の渇きを埋める役になってもらうのは。」
「何を言ってるんですか・・・!?」
 困惑がさらにひどくなるあゆみに、海気が妖しい笑みを浮かべて近づいていく。壁に追い詰められた彼女を捕まえようと、海気が手を伸ばした。
「お姉ちゃん!」
 そのとき、めぐみが背後から海気にしがみついた。
 自分を捕まえている腕を振りほどこうとする海気だが、めぐみは離れまいと必死だった。
「お姉ちゃん、逃げて!キャッ!」
 あゆみに逃げるように呼びかけためぐみが、海気に腕を掴まれて突き飛ばされる。海気が彼女に振り向いて、妖しい笑みを見せる。
「悪いけどめぐみちゃん、邪魔しないでくれないかな。」
「めぐみちゃん!」
 声を張り上げると同時に、あゆみから紅いオーラが放たれる。ブラッドとしての力を発動したのである。
「めぐみちゃん、今のうちに逃げて!早く!」
 あゆみが横目でめぐみを促す。しかしめぐみは困惑していて、立ち上がることさえ手間取っている。
「君もブラッドだったのか。ワタルのヤツ、ウソを言ってたんだな。理由はだいたい分かるけど。」
 あゆみのブラッドとしての姿を見つめて、海気が悠然と笑う。
「海気さん、これ以上めぐみちゃんに手を出さないで!じゃないと、私・・」
「戦うと言うのかい?ムリだよ。君じゃ僕を退けることはできない。たとえ君がブラッドだとしても。」
 右手を上げるあゆみと、余裕を見せる海気。何とか立ち上がっためぐみが、ふらつきながら2人の様子をうかがう。
「それでも、私はめぐみちゃんを守る!私の大切な人たちを、失いたくないから!」
「失う?それは違うよ。僕は君から、いや、誰からも何かを奪ったりはしない。ただ、君に僕の心を癒してもらいたいだけだよ。」
「海気さんの、心・・?」
 動揺するあゆみに、海気が右手を伸ばして淡い光を灯す。あゆみは反射的に光を警戒し、海気に向けてとっさにオーラを放出した。
 しかし、烈風のように吹き付けてきたオーラは、海気をよけていくかのように左右に外れていく。
 海気は内に秘めた力を発動したのだ。その衝撃波は、あゆみの放った力を払ったのである。
「これで分かっただろ?僕と君の差は歴然だ。」
「海気さん・・ディアスなの・・?」
 動揺の中で声を振り絞るあゆみに、海気は力を抑えて答える。
「ちょっと違うな。確かにこれはディアスとかいう悪魔の力だ。ただ、僕はその悪魔と契約して力をもらっているに過ぎないよ。」
 あゆみのひどい困惑は混乱へとつながった。冷静さを欠いた彼女のブラッドの力は、全く威力のないものになってしまった。
 ディアスの力は、使う人の心理状態に大きく左右される。友人との敵対といかんともしがたい力の差に、あゆみは落ち着いた判断が利かなくなっていた。
「さぁ、僕と一緒に行こう。僕を想う君の心が、今の僕に最も必要なものなんだ。」
 放心同然のあゆみの頬に触れ、海気が笑みを漏らす。あゆみにはこの場から逃げようとする思考さえ働いていなかった。
「ダメッ!」
 そのとき、めぐみが再び海気にしがみついた。あゆみを助けようと、懸命に海気に立ち向かっていった。
「お姉ちゃんを、あゆみお姉ちゃんを連れて行かないで!」
 振り払われても離れないめぐみ。次第に笑みが消えていく海気は、あゆみの頬に右手を当てたまま、左手でめぐみの右肩を掴んだ。
「イヤッ!放して!」
 海気の左手を掴んで離れようとするめぐみに、海気は苛立ちを込めた口調で話しかけた。
「しつこいね、めぐみちゃん。ちょっとお仕置きが必要だね。」
 危険を感じて顔を背けるめぐみを海気は見た。その瞳が不気味な紫色に光り出し、めぐみに呪いともいえる力を送り込む。
 めぐみは何かに取り込まれたような気分を感じ、海気の掴む手を払ってその場を離れる。そして思わず自分の胸に手を当てる。
「あゆみちゃん、特別にここで見せてあげるよ。ディアスの魔力と僕の欲が合わさった力がどんなものか。」
 あゆみに視線を向ける海気。あゆみは困惑しながら動揺するめぐみを見つめる。
  ピキッ パキッ
 海気の視線が鋭くなったと同時に、めぐみの着ていた服がはじけるように破れ、腹部がさらけ出される。その肌は白みがかった灰色に変わり、ところどころにヒビが入っていた。
「め、めぐみちゃん!?」
 めぐみの変化に動揺を隠せなくなったあゆみ。しかしめぐみの動揺はそれ以上だった。
「お姉ちゃん!私、どうなってるの!?」
「これが僕の力さ。ディアスとの契約で手に入れた力は、その人間の心に強く影響する。女性の肌に快感を覚える、僕の欲望に忠実な力になってくれたよ。着てるものを引き裂く石化。めぐみちゃんはその呪いにかかったんだよ。」
  ピキッ ピキッ ピキッ
 悠然と2人の少女を見回す海気。めぐみにかけられた石化が広がり、スカートもシャツもボロボロになっていく。
「めぐみちゃん、君はずっとここにいるんだ。この移りゆく街の様子を見守り続けながらね。君は僕の心を満たすにはあまりにも未発達、未成熟だよ。だから君は連れて行けないよ。でも、心配しなくていいよ。石になっても感覚がなくなることはない。この夜風で寒い思いをするけど、石の体には何の症状の変化も起こらないから。」
  パキッ ピキッ
「あ・・ぁぁ・・」
 めぐみの動揺はもはや混乱になっていた。彼女が見下ろす自分の体は、手や足の先まで石化が進行して、その力によって衣服は全て破れて生まれたときの姿をさらしていた。
「めぐみちゃんを元に戻して!あの子は、私の大切な人なの!私と同じ辛さや悲しみを抱えている子なの!」
 あゆみが海気にしがみついて呼びかける。すると海気は、あゆみの顔の前に手を掲げて、淡い光を放つ。その力で、あゆみは意識が遠のいて海気にすがりついたまま脱力して倒れ込む。
「だから心配しないで。めぐみちゃんは死ぬわけじゃない。むしろ僕の力を受けたことで、決して死ぬことはなくなったんだよ。」
「めぐみ・・ちゃ・・ん・・」
 もうろうとする意識で、必死にめぐみに手を伸ばすあゆみ。めぐみは石化の影響で、体から力が完全に抜け、虚ろな表情で固められるのを待つようにその場に立ち尽くしていた。
  ピキッ パキッ
「お・・おね・・え・・ちゃ・・・」
 めぐみは声を発することさえできなくなっていた。
   フッ
 唇と瞳も石に変わり、めぐみは完全な石像に変えられてしまった。
 彼女の眼の前で、海気が気絶したあゆみを連れて姿を消した。
 意識も視界もはっきりしているのに、指一本、唇さえも動かせず、わずかな瞬きもできない。
(お姉ちゃん・・・)
 めぐみの呟きが、彼女自身の心にこだまする。街灯がわずかしか当たらない薄闇の裏路地で、めぐみは一糸まとわぬ姿で放り出されていた。

 突然発せられた力。その発信源を求めて、ワタルといちごは街を駆け回っていた。
 彼らのブラッドとしての聴覚が、あゆみとめぐみの悲痛な声をかすかに捉えていた。海気もその力に巻き込まれたのではという不安が、ワタルたちにさらなる焦りを呼び起こさせていた。
「あれ?ワタルさんにいちご?」
「お、おい、ワタル、いちご!」
 街から外れようとしていたワタルといちごを、近くを通りがかっていたなるとマリアが呼び止めた。
「えっ!?なる、マリア、なんで!?」
 驚きの声を上げるいちご。
「実はなるに無理矢理カラオケに連れて行かれまして、それでこんな遅くになってしまったんです。」
「ちょっと、あたしが誘ったらマリア、嬉しそうにしてたじゃないか。」
 マリアが苦笑いし、なるも照れ笑いする。2人の様子に、ワタルといちごの緊張がほぐれる。
「ところで、いちごたちもこんなところで何してるんだ?もしかして、またディアスとかいうヤツが現れたのか?」
 なるが話題を切り替え、ワタルたちに緊張が戻る。
「かもしれない。今、邪悪な力を感じて、それを追っている。あゆみちゃんたちが近くにいるから、急いでるんだ。海気がそばにいるから大丈夫だとは思うんだけど。」
 ワタルの不安が顔に表れ、なるとマリアにも伝わっていく。
「分かった。あたしたちも捜すよ。例の誘拐事件のために警官が見回ってるけど、犯人も女性たちも見つからないから、ちょっとあてにならないんだよなぁ。」
「あゆみさんもめぐみちゃんも、私たちの親友でもあるのです。構いませんね?」
 なるとマリアが、あゆみたちを捜すことを心に決めた。仲間思いの強いなる。彼女の気持ちに感化されたマリアも、あゆみたちを親友として助けたいと思っていた。
 彼女たち、そしていちごの気持ちを理解し、ワタルは笑みを見せて頷いた。
「分かった。だけど、何が起こるか分からない。危険を感じたらすぐに逃げるんだ。」
 言い聞かせるワタルに、マリアは頷いた。なるは視線をそらすが、納得したとワタルといちごは思った。
「別れて捜そう。力は確かにこの辺りから発せられたはずだから。」
 いちごの提案で、4人はそれぞれ違う方向を進んでいった。

 暗闇に包まれた部屋。
 あゆみが目を覚ますと、頭を刺す痛みと暗闇の恐怖に襲われた。
 ぼやけた意識の中で何とか立ち上がるが、周囲が真っ暗で何も見えず、その場を動くことができなかった。
「気が付いたようだね。」
 突然響いた声にあゆみが振り向くと、部屋に明かりが灯る。その光に、彼女は顔に手を添えてその眩しさをさえぎる。
 やがて視界がはっきりとしてきたあゆみは、周囲に騒然となる。
 部屋にはたくさんの裸の女性の石像が並べられていたのだ。その群れをかき分けて、海気が姿を現した。
「か、海気さん・・・」
 困惑するあゆみの眼の前で、海気は足を止めた。
「ブラッドの力は使えないよ。使っても頭痛で不安定になっていて、威力が限りなく弱くなるよ。」
 悠然とした態度をとる海気が、部屋を満たす女性の石像を見回して笑みをこぼす。
「分かってると思うけど、この石像たちは元々は人間の女性だったんだよ。そしてここは僕の家の中に作り上げた異空間。普通の人にここは突き止められないよ。」
 あゆみが見つめる中、海気が1体の長髪の石像の肌に触れ始めた。
「女性の肌に触れていると心が安らぐ。この触り具合、滑らかな曲線、くびれ、胸やお尻のふくらみ、そして潤いのある唇。全てが僕の心を満たしてくれる。」
(あ・・・ぁはぁ・・ぁぁ・・)
 石の肌に手を滑らせながら、海気が満面の歓喜をあらわにする。あゆみの耳に、女性のあえぎ声が響き渡る。
「なに・・?」
 震える唇で必死に声を振り絞るあゆみ。その呟きに海気が振り向く。
「ブラッドの君にも聞こえたようだね。この女性の心の声が。」
「えっ?」
「たとえ石になっても、意識や感覚は残る。僕に触られた彼女の心の声や反応も、僕の心を満たすものになるんだよ。」
「やめて・・やめて、海気さん!」
 あゆみが突然、大声を上げた。その言葉を聞いて、海気が女性から体を離す。
「こんなの、こんなの海気さんじゃないよ!だってワタルが、海気さんは妹さん以外の女性の前だと緊張しちゃうって!」
「それは昔の僕だよ。女性に触れることに魅力を感じる今の僕とは違うんだよ。変わったんだ。ディアスの力に触れることで、本当の自分を見つけることができた。」
 海気があゆみの両腕を掴み、彼女をそのまま押し倒す。
「イヤッ!海気さん!」
 体を押さえられ、あゆみが海気の腕を掴んで抵抗するが、力強く押さえつけるその両腕を払うことができない。
「抵抗するなら、君も石に変えるよ。」
 海気のその呟きに、あゆみは押し黙ってしまう。たとえ抵抗を続けたとしても、石に変えられてそれも封じられる。そして感覚の残る石の体を触られ、結局は同じことである。
 抗う術を失くしたあゆみは、海気に体を委ねるしかなかった。
 満面の笑顔を見せる海気が、彼女の服の手をかけてひとつずつボタンを外していく。
 そしてシャツを脱がし、スカートをもはがしていく。最後に下着も外され、あゆみは一糸まとわぬ姿で床に横たわっていた。
「僕の心は女性の肌に触れることで満たされる。ディアスからもらった力で石にしてしまえばそれは簡単だ。だけど、人の肌の本当の暖かさと柔らかさが感じられなくなる。君は全てをさらけ出すことで、僕の心を完璧に満たすことになるんだ。」
「か、海気さん・・・」
 顔を赤らめるあゆみの上に海気がのしかかるように寄ってくる。肌に頬を当ててくる海気を前にして、あゆみに緊張が走る。
「や・・やめて・・」
 あまりの動揺に、あゆみが赤面して思わずあえぎ声を漏らす。彼女の反応に、海気の笑みがさらに強まる。
「そうだ。この感触と温もりだ。石の体では感じることのできない柔らかさ。これこそ僕の心を本当に癒してくれるものだ。そして、その反応の声。心の中だけじゃなく、耳に直に響くのもまたすばらしい。」
 海気があゆみの体に手を滑らせる。その暖かさを確かめるように、ゆっくりと彼女の肌を撫でていく。
 その妖しい抱擁に、あゆみは次第に快感を覚えるようになった。
「君も気分がよくなってきたようだね。人は優しく弄ばれることで、安らぎを感じることができるんだ。あゆみちゃん、僕が優しく君を包んであげるよ。だから、君の全てを僕に見せてほしい。」
 海気があゆみの胸を揉み解していく。その刺激に、あゆみの背が反れる。
「イヤッ!私は、私は!」
「君はディアスに親友も家族も奪われ、君自身も血を吸われてブラッドにされてしまった。辛かっただなんて、一言で言い表せるものじゃないよね。だけど、これ以上そんな思いはさせない。僕がその痛みから解放してあげる。僕の心を埋めてくれるなら、僕は何でもしてあげるよ。」
 海気のすがるような抱擁に、叫び声を上げるあゆみの中に快感が広がっていく。その体を突くような刺激に歯止めが効かなくなり、ついに秘所から愛液があふれ出てしまった。
「ハァ・・ハァ・・ハァ・・」
 あゆみの呼吸が次第に荒くなっていく。海気はそんな彼女にさらなる接触を行う。
「そうだよ。君も自分の全てをさらけ出してくれ。その中の心の傷を見出して、ちゃんと受け止める。」
 海気は体を起こし、少し後退してあゆみを見下ろす。快楽の海に沈んだ彼女は、愛液を滴らせてうなだれていた。
 再び満面の笑みを浮かべて、海気は身をかがめて、あゆみの秘所に顔をうずめた。
「ちょっと、海気さん!・・あはぁ・・」
 あゆみに今までにない刺激が伝わってきた。すぐにでも海気を突飛ばしたかったが、石にされることの恐怖がそれをためらわせた。
 海気はあふれ出る愛液を舌ですくい取ってから顔を上げ、快感と悲痛に顔を歪めているあゆみに視線を送る。
「君から出てるこの液は、君の思いが込められているんだよ。君の辛さを理解するために、僕はその液を吸い出してるんだ。さぁ、もっと見せてくれ。君の心の中を。」
 そう言って海気は再び顔をうずめた。快感を感じて悶えるあゆみの秘所から、愛液を吸い出していく。
 あゆみから発する声はもはや言葉になっていなかった。荒々しい息遣いが、海気が作り上げた2人だけの世界にこだまする。
(め、めぐみちゃん・・私、何も・・・)
 海気によって石化されためぐみの姿が、あゆみの脳裏によぎる。眼から涙を流しながら、彼女の意識は遠のいていった。

つづく


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