Blood File.12 闇に輝く心の光

作:幻影


「いちご、いちごはあたしのかけがえのない友達だと信じてた。でも、もういちごはいらない。いちごはいてはいけないんだよ。」
 あかりはワタルといちごの心の世界で、渦巻く黒煙を見つめていた。彼女は2人が黒煙に取り込まれ、心が活動を完全に静止したものと思っていた。
 彼女にとって敵となる人物は存在しない。そう思っていた。
 そのとき、治まりつつあった黒煙が突然膨れ上がり、あかりがいる場所にまで及んできた。
「な、何っ!?」
 巻き上げられた煙を払いながら、あかりが驚愕の声を上げる。風にあおられる黒煙の中から、ワタルといちごが姿を現した。
 あかりが真剣な眼差しを向ける2人に愕然とし、言葉が出なかった。胸中でかつてない困惑が彼女を襲う。
(な、何で!?この煙に沈んだ心は、仮死状態同然になる!いくらブラッドでも、1度沈んだら2度と出てこられないはずよ!)
 完全に困惑しているあかりに、ワタルが口を開いた。
「ブラッドの力は、使う人の心理状態に強く左右される。オレたちが強く思えば、その力は限りなく増す!」
 ワタルの体からまばゆいばかりの光が放出した。あまりの眩しさに、あかりは両手で顔をかばった。
「そ、そんなことって・・キャァァァーーーー!!!」
 激しく輝く閃光に押され、あかりが空間の闇の中へ吹き飛ばされた。

 ワタルから放たれた光によって、あかりはワタルたちの石の体から抜け出てきた。心の世界と違い、彼女はちゃんと服を着ていた。
 1回空を映し出している床を転がり、体を起こして2人に視線を向ける。彼女はワタルの力を受けて、呼吸が荒くなっていた。
 その視線の先で、ワタルといちごの石の体の、ところどころに付けられているヒビが広がっていく。
 やがて石の肌が殻のように剥がれ落ち、まばゆい光に包まれた生身の肌が現れた。あかりの石化の力を打ち破り、ワタルといちごが命の輝きを取り戻した。
 その光景に、あかりは動揺の色を隠せないでいた。
「あ、ありえない・・あたしの石化は、オブジェにした人から力を全部もらうはずなのに!」
 あかりからは、奪ったワタルといちごの力は抜けてはいなかった。光として放出されていたこの力は、2人からあふれ出していた。
 閃光が治まり、石化によって衣服を全て剥がされて全裸になっているワタルといちごの姿がはっきりと現れてきた。
 2人は真剣な眼差しを困惑するあかりに向けた。
「これはオレといちごが、お互いを信じようと思う心だ。」
「私はワタルと一緒に、精一杯生きる。この世界に生きる人間として。」
 ワタルといちごの決意の言葉。しかし、あかりの困惑を憤怒の色に塗り替えるだけだった。
「そんなの許さない!ブラッドはあたしたちの幸せを奪っていくホントの悪魔よ!これ以上あたしたちの友情を、引き裂かせないよ!」
 あかりが怒号とともに力を放出する。荒々しい風圧がワタルといちごを襲うが、2人は全く動じない。
「体の奥から力が湧き上がるなら、あたしがさらにそれを奪っちゃうんだから!この力がある限り、あたしの思い通りになる!あたしたちの友情は、ずっと変わらない!」
 あかりが右手を伸ばして、2人の力を再び奪い取ろうとする。ワタルといちごからあふれてくるオーラが、彼女の右手に吸い込まれていく。
 しかし、力を吸い取っていくうち、彼女の右手の周囲で火花が散り、大きくなっていく。
「こ、こんなにすごいの、いちごたちの力は!?ダメ!いくらあたしでも、こんな力を一気に吸い込めないよ!」
 あかりが右手の突き刺さるような激痛に顔を歪める。
 最強のディアスの力を持ったとしても、強烈な力を一気に吸い込むことはできない。最悪の場合、力を吸収する部分がその力の吸引に耐え切れなくなり、再起不能になるほどの損傷を負う危険が出てくる。
 2人の力に押され、あかりは力の変換で発生していた火花に弾き飛ばされる。拒否反応が起こったのである。
 激痛の走る右手を押さえ、あかりが息を荒げる。
「何なのよ!何なのよ、あなたたちは!?」
 完全に錯乱した状態のまま、あかりは必死に言葉を発する。真剣な眼差しを崩さずに、ワタルが再び口を開いた。
「オレたちのこの体は紛れもなくブラッドだ。だがオレたちは、それでも人間として生きたいと願っている。オレたちにも君たちにも、暖かい真っ赤な血が流れているんだ。心のこもった、人の血が。」
「私たちは人として生きるブラッド。人の心と、ブラッドの力が合わさって、その強さは何倍にもなるんだよ。」
 2人の言葉に、あかりの中に苛立ちが込み上がってきた。
 ワタルはいちごを抱き寄せたまま、紅い剣を具現化させた。
「オレたちは強く生きる!生きたいと強く願う!」
「そんなことさせないわ!」
 あかりが憤怒し、持てる力の全てを放出させた。強烈な風圧がワタルといちごに吹きつけ、空を映し出している空間を揺るがす。
「強さはそんなことで手に入れられるものじゃないわ!あたしはこの力でみんなの力を奪ってオブジェに変えてきた!それはみんなを楽にしてあげたいっていうあたしの願いなの!」
 あかりの顔が次第に悲痛に歪む。
「みんなの幸せを奪うブラッドは、あたしがやっつけてやる!」
 あかりの伸ばした右手から衝撃波が発射され、ワタルたちに向かって飛んでいく。
 しかし、ワタルたちに接触した瞬間、衝撃波は無力化されて霧散した。彼は剣を振り抜くどころか、防御の体勢さえとってはいなかった。
 まるで自然に衝撃波を打ち消したのである。
 驚愕して唖然となったあかり。すぐに覇気を取り戻し、空間を歪めて瞬間移動を開始した。そして全く動じないワタルの背後に、彼女は姿を現した。
 彼女は直接ワタルに触れようと手を伸ばした。
 しかし、彼女が彼の体に触れた瞬間、激しい火花が散り彼女を吹き飛ばした。
 自分の力をことごとくはね返され、あかりは困惑から立ち直れなくなっていた。
「そんな・・空間を自由自在に操れるあたしの力が、全然効かないなんて・・・」
「今のオレたちの心は、決して揺らぐことはない。空間はねじ曲げることができても、オレたちの心は曲げられないぞ!」
 ワタルの迷いのない言葉に、あかりは威圧されて言葉を返せなかった。
「ワタル・・」
 いちごに声をかけられ、ワタルは彼女に顔を向けた。
「私の血を吸って。私の力を使って。」
「いちご・・!?」
 いちごのこの言葉に、ワタルの顔が強張る。いちごは悲しい顔のまま、言葉を続ける。
「私じゃ、絶対にあかりと戦えない。あかりを傷つけるなんてできないよ。」
 いちごの顔が流れる涙でぐしゃぐしゃになる。
 親友を傷つけることは、いちごにはできなかった。どんなに非情になったとしても、心のどこかでそれを拒むだろう。
「オレにあかりちゃんを助けられる保障はどこにもないけどな。」
 ワタルはいちごに物悲しい笑みを見せる。いちごが首を横に振る。
「それでも、私はワタルを信じる。」
 真剣な眼差しを送るいちご。彼女の一途な想いに、ワタルは笑みを見せて頷いた。
「分かったよ・・」
 ワタルはいちごの首筋に顔を覗かせ、吸血鬼の牙を入れた。
「あ・・ぁぁ・・ぅ・・・」
 いちごの中に、ブラッドとして覚醒したときと同じ快感が押し寄せてくる。
 体の中の血が速く流れ、ワタルへと吸い取られていく。その流れが、いちごに立ち昇るような快楽を与えていたのである。
 ある程度彼女の血を吸って、ワタルはいちごから顔を離した。口の端には、小さな紅い雫が付いていた。
「いちご、君の力、君の想い、ちゃんと受け取ったよ。」
 ワタルはいちごを強く抱きしめた。あかりを想う彼女の心が、ワタルへと受け継がれた。
 絶対に負けられない。せめてこの想いをあかりに伝えたい。
 ワタルの中で、揺らぐことのない決意が固まった。
 一方、その光景を見せられたあかりは、今までにない憤怒で心を満たしていた。
 自分の目の前でいちごがワタルに血を吸われた。それがあかりに荒々しい怒りを呼び起こした。
「許さない・・絶対に許さないわ・・保志ワタル!!!」
 怒号とともに、あかりからすさまじいオーラが放出される。
 ワタルはいちごを抱き寄せたまま、手に持った紅い剣を構えた。
「あかりちゃん、聞いてくれ!オレの話を、いちごの話を!」
 ワタルが必死にあかりを説得しようと試みる。しかし、怒りに囚われたあかりに、彼の言葉は耳には入っていなかった。
「これ以上、あたしの幸せを奪わないで!!!」
 あかりが放出されているオーラを両手に集め、あかりはワタルに向かって飛び込んだ。
 悲痛に顔を歪めて歯を食いしばり、ワタルは紅い剣を突き立てた。
 鈍い音が空間に響き渡った。
 あかりは驚愕し、自分の眼を疑った。
 ワタルの紅い剣が彼女の胸を貫き、刀身に血が流れ伝っていた。ワタルの剣も紅かったため、眼を凝らさなければ判別できないほどだったが、彼女の鮮血が徐々に彼女の着ている服を紅く染め上げていた。
 あかりは眼の前の現実が信じられず、困惑して言葉が出なかった。
「これだけ頼んでもダメなのか・・もう君には、いちごの想いは届かないのか・・・!?」
 悲痛に顔を歪めて、ワタルが怒りを押し殺しながらうめく。
 紅い剣があかりの体から抜かれ、鮮血が飛び散ってワタルといちごに降りかかる。虚ろな表情で、あかりが脱力してその場に崩れ落ちる。
「あかり!」
 ワタルのもとを離れ、いちごが倒れたあかりに駆け寄った。
「あかり、しっかりして!」
 いちごが眼に涙を浮かべながら、血みどろのあかりの体を抱き起こした。いちごの裸の肌に紅い血が付く。
「い・・ちご・・・」
 もうろうとする意識で、あかりはいちごに手を伸ばす。悲しい顔をして、いちごがその手を握り締める。
「これで何もかも失くしちゃった・・みんなの幸せだけじゃなく、あたしの命まで・・」
 あかりの見せる物悲しい笑みが、いちごの胸に痛々しい辛さを与える。
「そんなこと・・そんなことないよ!」
 涙ながらに叫ぶいちごに、あかりは一瞬呆然となる。
「あかりには私たちが、みんながいるじゃない!それに、私たちはみんな幸せを持っているよ!私にも、なるにもマリアにも、あかりにも!」
 いちごの心からの叫びに、あかりは眼を閉じてうっすらと笑みを漏らす。
「あたしにも分かんないよ。今のあたしが幸せかどうかなんて。どっちにしても、あたしはもうじき死んじゃって、力もなくなる。オブジェにしたみんなも元に戻っちゃうね。せめて、あたしの残った力で・・」
 あかりは残された力を振り絞り、上げた手から光と灯らせ力を放った。
 彼女たちのいる空間が微妙に揺れ、ワタルが警戒して周囲を見回す。
 やがて揺れが治まり、あかりは上げていた手をだらりと下げて、作り笑顔をいちごに見せる。
「みんなの精神に入り込んで、みんなを自分たちの家にワープさせちゃった。これでいちごたちに面倒なことが起こらないね。」
「あかり・・・」
「でも、ちょっと力が足りなくて、なるとマリアはワープできなかったよ。エヘへ・・」
 ワタルといちごは悟った。あかりに自分たちの想いが通じたことを。そして彼女は最後の力で、石像にした人たちを帰るべき場所へと戻したのだった。それによって、彼女はワタルといちごに、要らぬ疑いをかけられないよう気遣ったのである。
 そしてあかりの力がなくなり、石像にされていたなるとマリアの石の体に刻み付けられていたヒビが広がり、殻のように剥がれ落ちた。
「あれ?あたしたち・・」
「あかりの力がなくなって、元に戻れたのですわ。」
 彼女たちが自分の体の無事を確認した。そして、呆然と立ち尽くすワタルと血みどろに倒れたあかり、その体を抱きしめているいちごの姿を眼に留めた。
「あかり、いちご!」
 なるが2人のところへ駆け寄る。マリアはワタルの隣まで歩み寄り、彼女たちの様子を見下ろす。
「なる、みんな元に戻っちゃったんだね・・」
 なるとマリアの姿を確認して、あかりが安堵の吐息を漏らす。出血多量した彼女の姿を見て、なるが苛立ちを隠せなくなり顔を歪める。
 やがて空を映していた空間が歪み、あかりの部屋へと戻っていく。
 あかりは笑みを消して、困惑しているワタルに手を伸ばした。
「ワタルさん、いちご、お願いがあるんだ・・・あたしの血を、全部吸い取ってほしいの・・」
 あかりの願いに、いちごとワタル、そしてなるとマリアも驚愕する。
「あかり、何を言ってるの!?そんなことしたら、あかりは・・!」
 完全に困惑しきってしまい、いちごがあかりに叫ぶ。あかりがうっすらと笑みを見せる。
「大丈夫だよ、いちご・・あたしは生きるよ・・いちごとワタルさんの中に・・みんなの心の中に・・・」
 あかりの優しい言葉を聞き、ワタルは手に持っていた紅い剣を消し、戸惑いながらあかりに寄り添ういちごに近づいた。
「本当にそれでいいのか・・本当に・・・」
 ワタルの眼から大粒の涙がこぼれる。いちご同様、ワタルもあかりを殺めることは望んではいなかった。
 あかりは眼から涙をこぼしながらうなずいた。
 悲痛に顔を歪めてしばらく困惑してから、ワタルは覚悟を決めた。
「いちご・・」
 ワタルに声をかけられ、いちごは歯を食いしばりながら小さくうなずいた。
 2人に願いが届いたと見たあかりは、満面の笑みをこぼした。
「やめろ!そんなこと、あかりが頼んでもあたしは許さないよ!」
 その横から、なるがワタルたちを制止する。仲間思いの彼女にとって、親友が死ぬことは、たとえその親友が望んでも絶対に許せなかったのだ。
 しかし、あかりはなるの手を取って、首を横に振った。彼女の想いにこれ以上逆らうことができず、なるは押し黙ってしまった。
 マリアはあかりたちを見下ろしたまま、無言で立ち尽くしていた。
「さぁ・・おね・・がい・・・」
 あかりに促され、ワタルといちごは彼女に顔を近づけた。
 2人の牙があかりの首元に刺さり、血を吸い取っていく。
 激しく蠢く血の流れに、あかりは安堵とともに快楽を感じていた。
 血を吸い取っていくワタルといちごを強く抱きしめ、あかりはあえぎ声を漏らしながら快感の中に身を沈めていく。風前のともし火が消える直前に激しく燃えるように。
「あぁ・・ぁぁ・・」
 あかりが快感で顔を歪め、小さな声を漏らす。
「あ、あかり・・!」
 マリアが耐えかねてあかりに近寄ろうとしたところをなるに押さえられる。
「なる・・・」
「あかりがどうしてもそうしてほしいって願ったんだ。好きにさせてやろう。あたしとしては、どうしても止めたかったんだけど・・・」
 なるは悔しかった。自力で行方不明になったマリアを助けようと必死になったはずなのに、ディアスとして覚醒したあかりに石にされ、今も彼女を止められず何もできないでいた。
 どんなに願っても、なる自身の無力さがその願いを拒んでいたのである。
「ぁ・・・ありが・・とう・・いち・・・ご・・・」
 満面の笑みを見せるあかり。ワタルといちごは彼女から顔を離した。
 あかりは幸せそうな顔をしたまま、脱力して眼を閉じて動かなくなった。
「あかり・・ぅぅ・・・」
 いちごは泣きじゃくり、悲痛に顔を歪めているワタルに泣きついた。
 なるは彼女たちに生き血を吸い取られ、その命を閉じた。
「私、間違ってたのかな!?私、あかりがホントに幸せだって伝えたかった!だから、彼女の願いを聞き入れて上げたかった!でも、やっぱり止めるべきだったのかな!?あかりがどんなに願ったとしても!」
 いちごは自分のしたことを責め、後悔していた。困惑していた彼女たちは、あかりの願いを受け入れるしかなかった。
 彼女たち自身の困惑のため、あかりの願いにすがっていたのかもしれない。
 かけがえのない親友の命を絶った。その事実で罪悪感を感じ、いちごとワタルは冷静さを失っていた。
「いちご、前に言ってくれたじゃないか!自分がそうしたいからするんだって!あかりちゃんは、オレたちにそうしてくれって頼んだんだ!彼女がオレたちを恨んだりはしないよ!」
 ワタルもいちごを強く抱きしめる。
 たとえ間違った選択をしたとしても、あかりがそれを受け入れていると信じたい。2人は今、お互いにすがりつくことで壊れそうな理性を保っていた。
 そして2人は横たわり、ワタルはいちごの胸を揉み始めた。
「ワタル、もっと・・もっとやって!」
 いちごが快楽を求めてワタルに叫ぶ。彼女はあかりを殺めた罪を、快感によって一時的に押し殺したかったのである。
「ち、ちょっとアンタ!」
「いいの、なる!いいの・・ハァ・・」
 いちごに対するワタルの行為に見かねたなるが詰め寄るが、いちごが制止する。
 ワタルは必死にいちごの胸を撫でていき、快感を与えていく。
「いきましょう、なる。」
 マリアが部屋のドアを開け、なるに呼びかける。
「いちごもワタルさんも、とても辛いのです。このままにしてあげましょう。そして私は、家に連絡して着る物を持って来させます。」
 マリアは困惑するなるを連れて、連絡を取ろうと部屋から出ようとした。
「すまない・・本当にすまない・・」
 ワタルの声で、2人とも立ち止まって振り返る。ワタルが少し体を起こしてこちらを見ていた。
「オレは君たちの親友を殺した・・君たちからどんなに恨まれても仕方がない。気が済むようにしてくれ・・」
 罪悪感を1番に感じていたのは、あかりに紅い剣を突き立てたワタルだった。
 その罪の償いとして、いちごを始めとしたたくさんの人から憎まれ恨まれること、そして復讐として命を奪われることも覚悟していた。
 そしてなるが悲痛と苛立ちに涙し、体を震わせる。
「アンタはどこまで勝手なことを言えば気が済むんだよ!アンタはあかりの、人間としての心を取り戻してくれた!あたしはこれ以上、アンタは責められるわけないじゃない・・!」
 ワタルは思った。いちごやなる、マリアもそう思っているだろう。
 最後の最後で、あかりはディアスの呪縛から解放され、1人の人間に戻ったのである。ワタル再びいちごの体に触れながら、そう信じた。
 涙が治まらないなるをそっと寄せて、マリアは静かに部屋を出て行った。

 30分後、マリアの秘書が事情を聞き、ワタルたちの衣服を持ってあかりの家に訪れた。
 ワタルといちごは罪悪感を紛らわすために快楽に身を沈め、床に愛液をあふれさせて眠りに付いていた。
 あかりにそれぞれ自宅へ転送された他の女性たちも石化が解け、無事に意識を取り戻した。
 当然、この事件に警察は動いたが、被害者のあまりにも非現実的な証言の数々に警察は頭を悩ませ、結局変質者のわいせつ事件として処理された。
 既に死亡している犯人を追って、数十人の警官が動いていた。
 それをよそに、ワタルたちは日常へと戻っていった。心に穴が開いたような虚無感を抱えながら。
「ありがとう、マリアさん。」
「いいんですよ。いちごとワタルさんのためですから。」
 特殊コンタクトレンズを受け取ったワタルに、マリアは満面の笑みを見せた。
 あかりの石化によって、ワタルといちごは“星空のピアス”を除いて、身に付けているものを全て壊されてしまったのである。瞳の色を黒く映し出す特殊コンタクトも砕け散り、マリアに新しく作ってほしいと頼んだのである。
「けど、何か腑に落ちないんだよなぁ。」
「そうね。やっぱり、あかりがいないと・・」
 なるの愚痴を聞いて、いちごがうつむく。重い空気がいちごの家の玄関にいる4人にのしかかる。
「何言ってるんだよ。あかりちゃんは、ちゃんと生きてるだろ?オレたちの中に・・」
 ワタルが励まそうと言葉をかける。3人が顔を上げて、作り笑顔を見せる。
「そうだな。あたしたちがしっかりしないと、あかりに悪いよな。」
「私たちはちゃんと幸せでいないといけませんね。」
「私たちは精一杯生きるよ。このピアスが、私とワタルだけじゃなく、みんなが幸せでいられると信じて。」
 いちごとワタルは、互いの耳に付けている星のピアスと三日月のピアスを手に取った。
 “星空のピアス”は2人の想いを込めて、崩壊しかかった友情を守る心の光となったのだ。
「おい、いちご、グズグズしてると遅刻しちゃうよ。」
「あっ!なる、ちょっと待って〜!」
 なるに呼びかけられ、いちごが慌てて振り返る。
「あっ!ワタル!」
「えっ?」
 いちごが再び振り返り、ワタルに声をかける。
「今夜もやっちゃおうか。」
「おいおい・・」
 満面の笑顔のいちごに、ワタルは顔を赤らめて苦笑いする。
「それよりも、急いだほうがいいぞ。みんな待ってるから。」
「うんっ!」
 いちごはワタルに軽く口付けを交わし、なるとマリアのところに向かって走り出した。ワタルも笑顔で彼女を見送った。
「さて、オレもジョージアさんのところに急がなくちゃ。」
 ワタルは振り返り、出かける準備をするため、自室に向かった。

 BLOOD
 自らの血を媒体にして、様々な力を自在に操る吸血鬼。
 その能力故に、人々から忌み嫌われてきた存在。
 しかし、忌まわしき力も、使う人の心の在り方によって、無限に広がる光に変えられる。
 人として生きるワタルといちごは、決して揺らぐことのない想いを秘めている。
 心の強さが、絆をより強くする。
 運命という闇を切り開く心の光は、その輝きを消えることは決してないのである。

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