Blood File.5 血に飢えた本能

作:幻影


 次の日、バイトが休みであるワタルは、すでに被害者が30人を越えた昏倒事件を追った。
 警察は躍起になりながらも、未だに事件の真相にたどり着けないでいた。
 ワタルも犯人がディアスという目星は付けていたのだが、そこにたどり着くには到っていなかった。
 そして昼間、ワタルの必死の捜索にも関わらず、犯人の手がかりさえも発見することはできなかった。

 その日の放課後、いちごはあかりは掃除当番として、まだ教室に残っていた。
 教室のゴミをゴミ置き場に運ぶ途中にゴミ箱をひっくり返してゴミを廊下に散乱させてしまったため、かなりの時間を費やす結果になってしまったのである。
「ずい分遅くなっちゃったね。」
「あそこでゴミ箱落としちゃったのがいけなかったね。おかげで体力と時間の無駄使いになっちゃったよ。」
 あたふたしながら自分の机の上に置かれたバッグを取りに駆け寄る。そのとき、
「わっ!」
 いちごが足をつまづいてうつ伏せに倒れた。
「ち、ちょっと、いちご、大丈夫!?」
 大げさに倒れたために、あかりが慌しくいちごに駆け寄る。しかしいちごは何の外傷もなかった。
 安堵するあかりにすがりつくいちご。その様子にあかりが不安を感じた。
「いちご・・?」
 きょとんとなっているあかり。
 いちごは意識がもうろうとしていた。倒れたときの衝動なのか、足がおぼつかなくなり、あかりに寄りかかる形となった。
 そして何かにとりつかれたように意識が消失した。あかりに寄り添ったまま、顔をあかりの首元に近づけた。
 あかりの中で戦慄が走った。いちごが飢えたように口を開き、犬歯を光らせていた。
 危険を感じたあかりは、反射的にいちごを突き飛ばした。その衝動で我に返り、体を起こしたいちごはあかりとともに呆然となる。
「いちご・・・!?」
 困惑するあかりに、いちごは悲しく笑って顔を背ける。
「・・信じられないよね・・ヴァンパイアだなんて・・・」
「まさか、いちごが・・」
「この前、私がヘンな男の人に連れて行かれたことがあったでしょ?そのとき、私を助けに来てくれたワタルをかばって、死にそうになったのよ。私の血を吸えば助かるって言ったら、ワタルはかたくなに拒んだわ。それでも私、自分の気持ちを押し付けて、吸血鬼ブラッドになったの・・」
「それじゃ、ワタルさんも・・」
「ブラッド、吸血鬼よ。でもワタルも私も、人を襲わず、人として生きていくことを心に決めてる。だから・・」
 あかりは動揺を隠せないまま、いちごの話を聞いていた。
 いちごが血に飢えたヴァンパイアになった。大きく変わってしまった親友の突然の出来事に、あかりは心の整理が付かないでいた。
 そしてあかりは涙を浮かべながら、いちごに駆け寄って抱きしめた。
「ちょっと、あかり・・?」
「あたし、それでもいちごがあたしの友達だということに変わりはないと思う!人間じゃなくたって、ヴァンパイアだって、いちごはいちご、あたしたちの大切な友達だよ!」
 あかりは大粒の涙をこぼしながら、自分の想いをいちごに伝える。その言葉にいちごは安堵する。
 ブラッドになって大きく変わってしまった自分の在り方。その現状にいちごの心は大きく揺さぶられていた。
 そんな中での親友の心からの言葉は、今のいちごにとって何よりも嬉しいものだった。

 その夕方、ワタルといちごは同時に家に帰ってきた。
 食事を終えて、ワタルはいちごに昏倒事件に関して、パソコンにのめり込んでいる知人について聞いてみた。昼間の捜索は、結局は何の手がかりも見つけられなかった。
「知らないなぁ、そういうパソコンおたくは。」
「そうか・・すまない。」
 肩を落としてワタルが寝室に戻ろうとすると、いちごは思い出したように声をかけてきた。
「思い出した!1人だけいたよ。最近あんまり学校に来てないから忘れてたよ。」
「何だって?」
 ワタルも足を止めて振り返った。
「浅野亮二。3ヶ月前にバイトで貯めたお金でパソコンを購入。インターネットにハマり出して、それっきり学校に来なくなっちゃったのよ。あんまり印象深くないんで、みんなから忘れられてるんだけど。」
「それで、彼の家はどこなんだい?」
「ここからちょっと歩いたところだけど・・でも、それがどうかしたの?」
「いや、何でもないんだ。」
 ワタルは苦笑しながら玄関に向かおうとする。しかし、そこをいちごに止められる。
「今日はもう遅いよ。少し休まないと体に毒だよ。」
 いちごの笑顔の説得に、ワタルは安堵の吐息をついてうなずいた。
「そうだな。今日はもう寝るよ。」
 しかしこのとき、いちごはワタルに伝えるべきことを言わなかった。
 ブラッドの本能に心を奪われかけたこと、自分の正体をあかりたちに明かしたこと。
 自分の運命を左右することのはずなのに、いちごはそのことを打ち明けることができないでいた。

 人々が寝静まっている深夜の街。
 ワタルが眠ったのを図って、いちごは家を飛び出した。
 外は夜の冷たい風で寒くなっていたが、着用したコートとブラッドとしての耐久力で、それほど寒く感じなかった。
 彼女はこんな夜遅く出かけたのには理由があった。
 ワタルの質問の真意、亮二との関係、ディアスの起こす事件への可能性。
 不安を胸に秘めたいちごは、亮二の家に向かって飛び出したのであった。
「確か、この寮のはず。」
 いちごは亮二の住所である寮の前にたどり着いた。その寮の1階の1室にまだ明かりが灯っていた。
 夜遅くまで何かをしている証拠である。
「相変わらず、ネットに熱中しているみたいだね。」
 小さく呟きながら、いちごはその部屋に駆け寄った。

 その日の夜も、亮二はパソコンに釘付けになっていた。その様子をあざ笑うように見つめるリザドス。
 そんな中、玄関のドアが叩かれる音が響いた。
「何だ、こんな時間に?」
 椅子から立ち上がり、亮二が不審そうに玄関に向かう。リザドスも本来の姿から、ペットのトカゲの姿へと形を変えた。
「あれ?お前は・・?」
 亮二がドアを開けると、いちごが小さく笑みを浮かべていた。彼はパソコンに没頭したためにあまり学校にいっていないので、訪れてきた人のことをうる覚えでしか思い出せなかった。
「やっぱり忘れているみたいだね、浅野くん。いちごよ、天宮いちごよ。」
 紹介されても、亮二はまだ思い出せないでいた。
「ねぇ、あがってもいいよね?」
「ああっ、おい・・!」
 亮二の制止も聞かずに、いちごは部屋に勝手にあがり込む。
 部屋の中はパソコンの機材やソフトで散らかっていて、隅にはペットと思われるトカゲが1匹、水のない水槽に入っていた。
「思ったとおり、整理整とんがされてないわねぇ。」
 呆れるいちごの後ろで、亮二が苛立って彼女に詰め寄る。
「おい、いい加減にしろよ!人の家に断りもなく勝手に入り込みやがって!」
 亮二の怒号が飛ぶ部屋で、いちごはふと視線を止めた。
 部屋の隅にはいくつもの水晶玉が置かれていた。その中には眼をとして眠っている本物の人間が入っていた。
「これって・・!?」
 その様にいちごが驚愕する。振り返ると亮二が悠然とした態度で彼女を見つめていた。
「バレちまったんなら仕方がないな。おい、出てきてもいいぞ。」
 亮二が哄笑しながら玄関のドアを閉める。困惑しながらいちごが振り返ると、水槽の中にいたトカゲが飛び出し、その体を大きくさせていた。
 ディアス、リザドスが、いちごにその本当の姿を明らかにする。
「ディアス!?浅野くん、あなた・・!?」
「お前も知っているはずだよ。人が突然、昏睡状態に陥った事件のことを。そいつを引き起こしたのはオレたちだ。」
「亮二のストレスを晴らしつつ、オレもオレの食事をもらってたわけだ。こんなお互いの喜びは誰にも邪魔できん。そして秘密を知った貴様を、ただで帰すつもりはない。魂を奪ってくれる。」
 人間大の体を広げて、リザドスが大きな口を開ける
 危機感を感じたいちごは振り返って外に飛び出そうとするが、亮二に腕を掴まれて止められる。
「オレたちのせっかくの喜びを潰されてたまるか!」
 部屋の中にとどめておこうとする亮二に、いちごは振り向いて鋭い視線を向ける。その瞳は夜の闇に溶け込んで青く染まっているが、ブラッドとしての殺気が込められていた。
 その威圧感に押され動揺する亮二。その間に腕を払い、いちごは部屋を飛び出した。
 いちごはそのまま近くの公園まで逃げ込んだ。
 彼女はまだ戦い方も、ブラッドとしての力の使い方も知らない。今の彼女は逃げること以外に、この危機を脱する手段はない。
(どうして・・浅野くんがどうしてディアスと一緒に・・・!?)
 大きく息をつきながら、いちごは胸中で動揺する。
(あの事件は浅野くんとあのディアスが引き起こしてたってこと!?それにワタルが聞いてきたこと、知っていたってこと!?何がどうなってるのよ〜!)
 呼吸は落ち着いてきたものの、不安と焦りは増えるばかりである。
「逃がしはしないよ。ここまでいい気分をしてるんだからよ。」
 突然の声に振り返ったいちごの視線の先に、後を追いかけてきた。深夜の公園はひと気が少なく、ディアスが動くには最適の状況だった。
「感じたぞ、娘。その血に飢えた殺気、お前はブラッドだな。なぜ同じディアスのオレの邪魔をするんだ?」
 リザドスが悠然と動揺するいちごを見つめる。
「私は、私はアンタたちとは違う!私とワタルは決して人を襲わない!アンタの勝手にはこれ以上ならない!みんなを解放しなさいよ!」
 必死の叫び声を上げるいちごに、リザドスが哄笑する。眼の前にいる少女が人間でないことを知った亮二は、その場で困惑していた。
「ずい分と自信があるんだな。それほど力を感じない。殺気もあの一瞬を過ぎてから散漫になっている。そんなんでオレたちの至福の時を阻めるのか?」
 公園の広場で、1人の少女と悪魔ディアスが向かい合う。
 ブラッドの力を使いこなせていないいちごだが、この現状が自分でまいた種である以上、自分で何とかしなければならない。そう考えて、ワタルに頼ることをあえて拒んだ。
(私が何とかするしかない。私じゃなきゃ、浅野くんは助けられない。)
 密かに決意を固めながら、いちごはリザドスを見据える。ワタルが使うような剣は出なくても、身体能力は人間を大きく上回っているはずである。
 しかし、相手はディアスである。人間の力を延長させたような向上では勝てる見込みはほとんどない。
「鬼ごっこはもうしないのか?じゃ、その魂を頂くとしよう。ブラッドの魂は今まで味わったことのないくらいに極上の味なのだろうな。」
 リザドスが舌を出していちごを狙う。いきなり窮地に立たされたいちごは、
(力がほしい。ワタルみたいなすごい力を。浅野くんを助けるための、力を!)
 いちごは、ワタルが紅い剣を作り出す姿を思い出し、その剣の形を想像し始めた。
 敵を切り裂く刀身。柄を握りしめる手に感じる感触のイメージ。
 意識を集中し、その形を頭の中で描く。そして両手の中に、紅く淡い光が灯り始めた。その光が形を変え、ワタルが使うような剣へと変わっていった。
「何っ!?」
 リザドスが驚愕の声を上げる。
 いちごが閉じていた眼を開けると、紅い剣が右手に握られようとしていた。
「・・できた・・・」
 覚醒した自分の力に、思わず安堵の吐息を漏らすいちご。
「じゃ、いくわよ!」
 いちごは柄を両手で握り締め、剣を振り上げてリザドスに向かって飛び出した。
 リザドスは振り下ろされた剣をかわすが、いちごはそこから横なぎ剣を振り払った。
 バランスを崩していたリザドスの右腕を切り落とす。
「ぐふっ!」
 うめき声を上げながら、リザドスが後退していちごとの間合いを空ける。
 優勢に立っているにも関わらず、いちごには余裕の色がうかがえない。
 覚醒を果たしたとはいえ、彼女はまだ力を制御し切れていない。
 力をうまく使えないと、力がうまく発動しなかったり、力の媒体となる血を余計に消費したりしてしまうため、寿命を縮めたり、自らを死に至らしめてしまう結果となることも少なくない。
 そんな状況下でも、いちごはリザドスを押しているように思えた。
 しかし、それでもリザドスは不気味な哄笑を崩さない。
「なかなかだ。今初めて力を使いながら、オレをここまで追い詰めるとはな。だが・・」
 リザドスが力を込めると、いちごに切られた腕の断面が盛り上がり、新しく腕が生え変わる。
「オレは心臓か頭を潰されない限り、再生し続けることができるんだよ。」
 復活した腕を凝視しながら、いちごが困惑する。
「それに、お前は力がまだ不安定じゃないか。これではすぐにまいってくるな。」
 リザドスが勝ち誇ったようにいちごをあざ笑っていた。

つづく


幻影さんの文章に戻る