Asfre 第11話「沖田神楽」

作:幻影


 真紀の死後、童夢は隊員たちに銃を向けた。
 私たちにこれ以上かまうな。聞き入れないヤツは容赦なく撃ち抜く。
 彼女がそういうと、隊員たちは困惑しながら、真紀の亡がらとともにここから退散した。
 それから彼女は、夕菜とともに神楽の部屋に戻っていった。住民たちの不安や憤りもあったが、神楽の自己解釈で、童夢と夕菜を勝手に居座らせることを決めてしまったようだった。
 途中のままにしていた食事を終わらせ、神楽はその後片付けをし、童夢と夕菜はそれぞれ自室へと戻っていった。疲れきってしまっていたのか、夕菜はすぐに寝てしまったようだが、童夢は窓の外を見つめたまま起きていた。
 アスファーやその対策部隊に対する警戒だけではなかった。真紀の死を彼女は悲痛に感じていた。
 姉を失い、孤独の中に放り込まれていた彼女を救い、その能力を開花させたのは真紀だった。しかし復讐だけを見ていた彼女は、感謝の意を示すことはなかった。
 その感謝と後悔を感じ、童夢は打ちひしがれていた。
 そこへ部屋のドアが開き、童夢は振り向き身構える。その先には神楽の姿があった。
「まだ起きてたんだ。」
「ああ。」
 神楽の沈痛の言葉に、童夢は平然を装って頷いた。
「気にしてるのかい?」
「え?」
「話は聞いたよ。あの人、童夢を引き取った人なんでしょ?・・辛いんだね・・・」
 悲しい眼で見つめてくる神楽に、童夢は情に流されまいと視線を夜空にそらした。
「辛くないと言ったらウソになるな・・・アイツは姉さんを奪われた私に、戦う機会と力を与えてくれた。だから、私はあのアスファーの復讐をたぎらせた。しかし・・・」
「しかし?」
「今思えば、とても空しいものだな・・・」
 童夢は思わず嘆息する。
 それでも彼女は割り切ることができなかった。胸のうちにある憎しみを、振り切ることができないでいた。
 復讐者になった人間の、拭うことが困難な宿命である。
「もし、真紀の言うとおり、アイツと同じ姿をしたアスファーがいるなら、おそらくそいつが私の敵だ。」
「まさか、童夢・・!?」
「いや。ただそいつの姿を1度見てみたいだけだ。正確には再確認だがな。もしも姉さんが帰ってくる可能性があるなら・・・」
 童夢は懐から銃を取り出し、見つめる。
「私は迷わずに、この武器を使う。この引き金を引く!」
 手に持った銃を構え、銃口を窓から見える夜空に向ける童夢。
 姉の想い。真紀の志し。それらが彼女に決意を与えた。
「止めてもかまわないぞ。邪魔をさせるつもりはないけどな。」
 振り向き、神楽にたずねる童夢。しかし神楽は安堵の表情を浮かべていた。
「大丈夫よ。アンタは復讐や憎しみのために戦うわけじゃないから。それなら止めるつもりはないから。」
 神楽がそういうと、童夢も安堵の笑みを浮かべる。

 それから一夜がすぎ、夕菜と神楽が先に眼を覚ましていた。
 最も警戒心が強いはずの童夢は、ベットと壁にもたれかかったまま、眠りについていた。
 次第に復讐の呪縛から解放されていっているのか、安堵して気が緩んだのだろうと、2人は思うことにした。
「ところで、真紀さんの言ったことは、本当なんでしょうか・・?」
「真紀さん?・・童夢の上官でしょ?」
「うん。私と同じ姿のアスファーがいるなんて、ちょっと辛くなっちゃう・・しかも、その人が童夢の姉さんを石化したなんだからなおさら・・・」
「確かに複雑になっちゃうよねぇ・・・でも、アンタはアンタ。速水夕菜でしょ?」
 言い聞かせて、夕菜を後ろから優しく抱きしめる神楽。夕菜がその抱擁に、思わず顔を赤らめる。
「か、神楽さん・・・?」
「だったらこんなつまらないことをいつまでも気にしてないで、ドンと胸を張っていればいいのよ。」
「胸は・・・張るほどないです・・・」
 赤面しながらいう夕菜に、神楽はしまったとばかり苦笑いを浮かべる。
「ア、アンタはこれからだから・・し、心配しないで・・・!」
 慌てて弁解しようとする神楽に、夕菜はふと微笑む。その彼女の態度に、神楽は一瞬あっけらかんとなり、そして再び苦笑する。
「アンタもけっこう意地悪なんだね、夕菜。」
「神楽さんほどじゃないよ。」
 互いに笑みを見せる2人。少し微笑んだ後、童夢の寝ている部屋を見つめる。
「しばらく寝かせておこう。アイツは気が和らいできてるんだろ。買い物に行こう。冷蔵庫の中身が寂しくなってきたからね。」
「でも、部隊の人が警戒しているんじゃ・・」
「気にしない、気にしない。別に悪いことしたわけじゃないし。」
「してますよ。」
「え・・?」
 夕菜の笑みに悲しみが宿り、神楽は笑みを消した。
「私は童夢を殺そうとした。亜季さんを殺したあの人が、許せなかった・・・でも、そのせいで街の人たちを傷つけることになった・・」
「でも、反省はしてるんだろ?」
 神楽の問いかけに夕菜は小さく頷いた。すると神楽は再び笑みを浮かべて、
「間違いを反省する気持ちがあるなら、誰もアンタを責めることはできないよ。」
「神楽さん・・・」
「さぁ、いろいろ買うものがあるからね。夕菜も少し覚悟しといたほうがいいかも。」
 屈託のない話題に戻り、神楽と夕菜は微笑み、買い物に出かけていった。

 童夢が眼を覚ましたのは、それから5分後のことだった。
「いつの間にか、寝てしまっていたのか・・・」
 部屋の時計を見て驚く童夢。しかし、しまったという焦りは感じなかった。
 自分自身を縛り付けていた復讐の鎖。その束縛が次第に和らいでいることに薄々感じ始めていた。
 完全に覚醒していない意識を覚ますのを兼ねて、童夢は部屋を出てリビングに足を進めた。しかし、神楽と夕菜の姿が見当たらない。
 視線を巡らせると、テーブルの上に書置きと思しき紙が置かれていることに気付く。

“ちょっと買い物に出かけてくるから、留守番ヨロシクね☆    神楽”

 神楽の書いた書置きに、童夢は思わず笑みをこぼしていた。その中でかすかな呆れも感じていた。
 外はまだ、夕菜を監視している部隊の隊員たちがいるというのに、気楽に出かけて行っている。その言動に彼女は苦笑していた。
 仕方なく留守番として待つことにし、再び部屋に戻ろうとした。
 そのとき、童夢は足を止め、眼を見開く。不安感と緊張が、彼女の心に強くよぎっていた。
「これは・・・まさか・・!?」
 童夢は振り返り、なりふりかまわず神楽の部屋を飛び出した。懐に常備している銃を確認しつつ。
(この感覚・・・間違いない!姉さんを奪った、真紀が言っていた、あのアスファーだ!)

「ふう。調子に乗ってずい分買っちゃったね。」
「そうだよ、神楽さん・・」
 買ったものを入れた重い袋を持ちながら、神楽と夕菜が呟く。いろいろ買っていくうちに、次第に買ったものの量が増し、運ぶのに一苦労なほどになってしまっていた。
 学校で常に運動を欠かせていない神楽とは違い、夕菜はそれほど力があるわけではなかった。
「さて、早く帰らないと、童夢がご立腹かもよ。」
 そう呟きながら、神楽は買い物を入れた袋を持つ手に力を込めた。
 そして余談を挟んで疲労を和らげながらしばらく進んでいくと、彼女たちの前に人が1人立っていた。
 黒いニット帽を被って現れたその少女には、夕菜と同じくらいの背丈と雰囲気があった。
「やっと見つけたよ・・速水夕菜ちゃん。」
 その少女から夕菜と同じ声色が発せられ、夕菜と神楽は耳を疑った。2人の動揺をうかがって、少女が小さく微笑む。
「やっぱり驚いたね。そんな反応されると、私は嬉しいわ。」
「な、何なのよ、アンタ・・・!?」
 神楽が不安を抱えながら、その少女に声をかけた。すると少女は微笑みながら、頭にあるニット帽に手をかける。
「私はメデュース。アスファー対策部隊の指令役を任されてるんだよ。」
 自己紹介をしながら帽子を外した少女の顔に、神楽と夕菜は驚愕する。その顔は夕菜そっくりだった。
 短い白髪。左頬には星と三日月の痕。まさに夕菜の姿だった。
「ゆ、夕菜が・・・2人・・・!?」
 夕菜とメデュースを見比べている神楽に、戸惑いを隠せなかった。しかし、自分と同じ姿をした少女を目の当たりにした夕菜の動揺のほうが強かった。
「ちょっと夕菜ちゃんに用があるの。一緒に来てくれないかな?」
 メデュースは妖しい笑みを浮かべて、夕菜たちに手を伸ばす。
「夕菜、逃げて!」
 困惑する夕菜をかばおうと、神楽が手を差し出す。すると夕菜に近づいていたメデュースの足が止まる。
「こいつはアンタをどうにかしちまう気だ!ここは私が食い止めるから、アンタは早く逃げなさい!」
「でも、それじゃ、神楽さんが・・!」
「真紀って人も言ってたんでしょ!?こいつと夕菜を会わせちゃいけないって!だから、アンタは逃げなくちゃいけないのよ!」
 夕菜に必死に言い聞かせながら、メデュースの前に立ちはだかる神楽。
「だから、アンタは童夢のところに行って!今の童夢なら、きっと力を貸してくれるから!」
「神楽さん・・・」
 夕菜はしばし考え込み、そして迷いを振り切ってきびすを返す。
「分かったよ、神楽さん。でも、絶対無事でいて!」
 振り返りたい気持ちを抑えて、夕菜は全速力で駆け出した。
「もう、逃げちゃダメだよ。」
 メデュースが呆れ顔で再び足を進める。しかし、彼女の前に神楽が立ちはだかる。
「悪いけど、アンタはここで止まってもらうよ。アンタからはイヤな感じがするんだよ。」
 真剣な眼差しでメデュースを見据える神楽。またも足止めを受けたメデュースから笑みが消える。
「とりあえず1つ教えてあげる。私は邪魔をされるのが嫌いなのよね。」
「そうかい?だったらとことん邪魔してあげるよ。」
 不機嫌さを見せるメデュースに、神楽が不敵な笑みを向ける。持ち前の運動能力を使って、白髪の少女に挑む。
「普通の人じゃ、私を足止めすることだってできないよ。だって、私はアスファーだから。」
 メデュースの言葉に、神楽が眼を見開く。
「まさか、アンタが・・・!?」
 驚愕をあらわにした神楽に、メデュースが満面の笑みを浮かべる。すると彼女の姿が、神楽の視界から一瞬にして消える。
「えっ・・!?」
 身構えながら周囲を見回す神楽。しかしメデュースの姿が見当たらない。
「捕まえたよ。」
 突然、背後から声が聞こえて、神楽が硬直する。メデュースが音もなく現れ、神楽を後ろから手をかけていた。
「いくら運動ができるからって、普通の人じゃアスファーの私についていくこともできないよ。」
「瞬間移動、なのか・・・!?」
「う〜ん、簡単に言えばそうかな。」
 恐怖を浮かべている神楽に、メデュースは首をかしげてみせる。
「さて、私の邪魔をしてくれたお礼をしなくちゃいけないね。私があなたを心地よくさせてあげる。」
「な、何をする気だ・・!?」
 妖しく微笑むメデュースの手を、神楽は振りほどくことができない。少女とは思えないような力と、彼女の中の恐怖がかかっていた。
「私の眼を見て。そうすればあなたは気分がよくなるよ。」
 メデュースが神楽の顔を見ようと、顔を近づける。彼女の額が不気味な動きを始める。
 そしてその割れ目が開かれた瞬間、

    ドクンッ

 激しい心臓の鼓動に、神楽の意識が一瞬揺れる。それからメデュースは彼女から体を離す。
 何が起こったのか分からず、神楽はその場に立ち尽くしたままだった。
「これでもう、あなたは私のものだよ。」
 メデュースが満面の笑みを浮かべ、神楽を見つめる。
「アンタ、私に何を・・・!?」
  ピキキッ パキッ
 何事か分からずにいると、神楽の靴と靴下が突然弾けた。その素足が白い石になり、ところどころにヒビが入っていた。
「な、何なのよ、コレ!?・・私に何をしたのよ!?」
 恐怖に包まれた神楽が、必死の思いでメデュースに叫ぶ。そんな彼女の様子を微笑みながら見つめているメデュース。
「見れば分かるでしょ?私はあなたに石化の力をかけたの。」
「石化・・!?」
「これが私のアスファー能力。額に開く眼を見せて、その人を石に変えてしまうの。私はその力に、ある特殊な力を加えてあるの。」
 メデュースの笑みに冷徹さが宿る。
「着てるもの全てを引き裂いて、裸にするように、ね。」
「やっぱ、アンタが童夢の姉さんを・・・!」
 神楽の抱えていた疑問が確信に変わる。
「話の続きはちょっと後にして。とりあえずここを離れましょ。こんな道の真ん中で裸になりたくないでしょ?」
 微笑をもらしながら、メデュースは石化を始めた神楽を再び抱く。
 困惑と恥じらいを感じている神楽とともに、メデュースは瞬間移動を使って、この場から姿を消した。

 一方、ただならぬ不安を感じていた童夢は、神楽の部屋を飛び出し、外を駆けていた。街のほうに出かかったとき、慌しい様子の夕菜を発見する。
「お前!」
 叫ぶ童夢の前で立ち止まり、大きく息をつく夕菜。その深刻な様子に、童夢は彼女の肩をつかんだ。
「おい、いったい何があった!?神楽は、アイツはどうしたんだ!?」
 問いかける童夢。夕菜は何とか呼吸を整えようとしながら、その問いかけに答える。
「ハァ・・か、神楽さんが・・・私と・・ハァ・・私と同じ姿の人に・・・!」
「何だとっ!?」
 夕菜の言葉に驚愕する童夢。
(まさか・・真紀も言っていた・・・姉さんを連れ去ったあのアスファーが・・!?)
「神楽さん、私に逃げろって言って、自分だけ残って・・・」
 沈痛の面持ちを浮かべる夕菜の肩を振り切り、童夢はその横をすり抜ける。
「場所はどこだ?」
「えっ・・・?」
「ヤツが現れた場所だ!」
 戸惑う夕菜に童夢が怒鳴る。夕菜は一瞬息をのんで、
「この先の突き当たりのT字路の辺りだよ。」
 童夢はメデュースの居場所を聞き出すと、何も言わずに駆け出した。彼女のジャケットの内ポケットから、常用している銃を取り出して。

 使われなくなってから数年が経過した倉庫。そこは街のデパートが使用していたのだが、今では古びたマネキンたちが無造作に置かれているだけだった。
 その倉庫の中央にメデュースはいた。彼女は神楽を石化しながら、その肌を弄ぶことで快感を覚えていた。
 神楽は足を石化され、さらにシャツのボタンを外され、ジーンズやパンツを少し脱がされ、その柔肌をメデュースに舐められていた。
「どう?気持ちよくなってきたでしょ?」
「な、何を言って・・・?」
「人間はこうして体を触られると、とっても気持ちがよくなるんだよ。あなたの体も私に触られて、その気分を求め始めてるよ。」
 メデュースは妖しく微笑みながら、神楽の下腹部に顔を近づける。そしてその秘所に舌を入れ始めた。
「ちょっと!何をす・・・あはぁぁ・・・」
 抗議しようとした神楽だが、押し寄せてきた刺激と快感に思わずあえぐ。
「やめて・・・そんな、とこ・・・ああぅぅぅ・・・」
「我慢しなくていいよ。ここは人が1番心地よくなれる場所なんだよ。あなたの気持ちのよさが、ここからあふれ出てくるんだよ。」
「いやあぁぁ・・・ぁあああぁぁぁぁ・・・・」
 さらに秘所にメデュースが舌を入れ、神楽が絶叫を上げる。その激しい快楽に、秘所から愛液があふれ出てくる。
「うくっ。」
 愛液が顔に降りかかり、メデュースは一瞬うめいた。しかし顔についたその愛液を舌ですくい取りながら、彼女は優越感を感じる。
「そう・・この味だよ・・・あなたの愛がこもってるこの味が、私にも喜びを与えてくれるのよ・・」
 快楽に身を沈めて、メデュースが安堵の吐息をもらす。神楽はその快楽に押しつぶされて、完全に冷静を保てなくなっていた。
「もういいわ。そろそろオブジェになる喜びを感じさせてあげないとね。今の調子なら石になることも気持ちよくなれるよ。」
 メデュースが立ち上がりながら、意識を神楽に向ける。
  ピキッ ピキッ ピキッ
 足を包んでいた石化がせり上がり、神楽の体を白い石に変える。脱がされかかっていたジーンズもパンツも引き裂かれ、秘所からあふれていた愛液が石化の衝動で弾ける。
 神楽は着ていた衣服を全て剥がされ、一糸まとわぬ石像になりつつあった。薄れていく意識の中で、石の殻を貼り付けられた心地を感じ、不思議な気分に陥っていた。
「やっぱりこうして裸にして見るのは、服を着ているときとは違う気分を感じるね。もっとも、あなたのほうが気持ちよくなってるんだけどね。」
 白い石の肌をさらけ出す神楽の姿を、メデュースは満面の笑顔で見つめる。神楽は頬を赤らめて、弱々しく呼吸していた。
 そのとき、メデュースの左方の床に小さく火花が散った。ふと動きを止めたメデュースが、その方向に視線を移す。
 そこには童夢が銃口とともに、鋭い視線を向けていた。発砲した銃から緩やかに煙が昇っていた。
「久しぶり、というべきか、アスファー?」

つづく


幻影さんの文章に戻る