作:幻影
僕はやってしまった。
銀行強盗を行い、多額の金を奪ってしまった。
ふとしたことで僕は借金を抱えた。でもその利息があまりにも膨大な数字で、返すどころか借金は増える一方だった。
このままでは借金取りに殺される。そう思ったときには、僕は銀行からお金を盗んでしまっていた。
町は今、僕を追って警察が見回りを行っている。
「どうしよう・・・このままじゃ借金地獄から出られても、今度は牢屋に入れられてしまう・・・!」
裏路地に隠れていた僕はひどく動揺した。いくら覆面で人相が分からないといっても、体系ですぐに分かってしまう。
僕は怖さを押し殺しながら、裏路地を進んでいった。そしてしばらく歩を進めたところで、
「ん?」
僕は人気のない裏道で、1人の老婆が座っているのを見た。少し近づいてみると、老婆の前に何か置かれていた。
(あっ!それ、懐中時計じゃないか。)
僕の中に好奇心が湧いた。
“「24時間の時計」売ります”
どうやらこの老婆はこの時計を売っているようだった。
「いらっしゃいませ。」
老婆がカラカラな声で僕に挨拶をしてきた。
僕はこの時計に引っかかるものを感じていた。
「なぁ婆さん、“24時間の時計”ってどういうことなんだ?」
僕は老婆に聞いてみた。
「それは、お買いになった方だけが分かることなのでございます。」
しかし老婆はまともな返答をしてこない。
(もしかしたらこの婆さん、かなりの商売上手なにかもしれないぞ。)
僕はなぜが優越感を覚えていた。
僕の疑問にはあえて答えず、実践してこの価値を理解してもらおうという魂胆なのだろう。しかもプレートに値段を表示していないところも、客に興味を示させる作戦なのだろう。
(丁度時計の調子が悪くなってきたから、ここで代わりを買っておくのもいいかな。)
僕は強盗をやってきたことも忘れて、その時計に興味を持った。
「じゃ、それ買うよ。いくらだい?」
僕は思い切って買ってみた。
「お代は100万円いただきます。」
「ひ、ひゃくまんえん!!?」
僕はその金額に驚いた。
確かにこの世界にそれだけの価値の時計は存在する。しかしこの時計は古ぼけていて、とてもそれだけの価値があるとは思えなかった。
「高いか安いかはお客様のお考え次第でございます。」
老婆は微笑を浮かべて僕を見ている。粘ってもおそらく金額は変わらないし、これ以上の詳細は聞けないだろう。
「分かったよ。僕の負けだ。100万で買うよ。」
「お買い上げ、ありがとうございます。」
売買が成立し、老婆が小さく一礼する。
今の僕には大金がある。この時計を買っても、借金の返済には支障はないだろう。
「あれ?これって・・」
そのとき、僕はおかしなことに気付いた。時計は動いていない。
「これ、動いてな・・」
僕は老婆に問い詰めようと振り返った。しかし、そこにいたはずの老婆は影も形もなくなっていた。
僕は改めて時計を見回した。時計の時間を合わせるネジは見当たらない。唯一あるのはボタン1つだけ。
(しまった!あの婆さんにボッタくられた!)
僕は憤りを感じたが、それをぶつける相手がいなく、ただ意気消沈するしかなかった。
「あっ!お前は!」
そのとき、1人の警官が遠くのほうから僕を指差してきた。
「しまった!」
僕は慌てて逃げ出した。警官も僕を追ってきた。
しかし警察の包囲網は思った以上に広がっていて、僕はついに行き止まりに追い詰められてしまった。
「これでお前は袋のネズミだ。」
「観念して投降しろ!」
刑事たちが僕を追い詰める。
僕はもうどうにもならないのか。暗い牢獄での暮らしを強いられてしまうのだろうか。
1人の警官が警防を持って、僕に詰め寄ってきた。
「ダメだ!もう終わりだ!」
僕は絶望にうなり、眼を伏せていた。その直後に警官に警防で強打されるはずだった。
しかしその衝撃が来ない。僕は不安を抱えながら、ゆっくりと閉じていた眼を開けた。
その眼の前にはあの警官がいた。彼は警防を振り上げた状態のまま動かなくなっていた。
彼だけではない。周りにいる刑事や警官たちも、微動だにしなくなっていた。
「あれ・・・?」
僕は何が起こったのか分からなかった。なぜみんな動かなくなってしまったのか。
そこで僕は、手に握り締めていた先程買った懐中時計に眼を向けた。12時で止まっていたその時計が動き出していた。
「もしかしたら・・」
僕はこの動き出した時計を見て確信した。僕がこの時計のボタンを押したことで、刑事たちの時間が止まったのではないだろうか。
夢を見てるのではないかとふと思い、僕はおもむろに刑事の1人に近寄った。しかし彼は全く反応しない。
ためしに頬をつねってみた。全く動かない。
その頬を縦に横に引っ張ってみた。それでも動かない。
「これだけやったら痛がるか嫌がるかするはずなのに、全然動かないぞ。」
僕は童心に帰ったかのように、警棒を振り上げている警官を移動させ、刑事の前に立たせた。この状態で時間を動かせば、同士打ちとなり、面白い展開になるはずだった。
移動を終え、少し離れてから、僕は時計のボタンを押した。しかし刑事たちの停止は解かれない。
「あれ?動かないぞ。」
僕は何度もボタンを押してみたが、全く効果はなかった。
「まぁいいか。ここでふざけてる場合じゃない。早く退散だ。」
僕は急いでこの場から離れていった。
しかし、時計の効力に驚かされるのはこれからだった。
止まったのは刑事たちだけではない。僕の周りにいる人全員が停止し動かなくなっていた。
けれど全てが止まっていたわけではなかった。
時間を刻む時計。自動に動くエレベーターやエスカレーター。
これらは何事もなかったかのように普通に動いていた。
そう。止まったのは僕以外の人の動きの時間。
人の動作が完全に停止してしまっているのだ。
「そういうことなら、少し遊んでみるのもいいかも。」
僕の中に好奇心が湧いた。
時計の前で待っている1人の女性。どうやら誰かが来るのを待っているようだ。
僕は彼女に近づき、その頬を指で突いてみた。そんなことをやられて不可思議に思わないはずはないのに、まったく反応しない。
ちょっとだけ彼女の胸に触ってみた。ふくらみがあって柔らかい。
それでも女性は動かない。これだけやられたら、普通悲鳴をあげるか抵抗するものだが。
僕は調子に乗って、彼女の上着を脱がし始めた。彼女の上半身が完全にさらけ出される。
しかし当の彼女も、周囲にいる人たちも反応しない。これだけの事が起きれば、喜怒哀楽の反応があるものである。
僕は彼女の肌や胸を見て緊迫して息をのむ。しかしあまり注視することができず、僕はたまらずその場から逃げ出した。
次に僕がやってきたのは、とあるハンバーガーショップだった。
中は客がわずかに列を作っているぐらいのものだった。
僕は堂々と入ってきたが、それに対する周りの反応は何ひとつない。
少し小腹がすいてきていたが、特に選んで食べたいメニューは思い当たらなかった。
そんな僕の眼に、ハンバーガーを持って食べようとしたまま停止している女子高生が映った。
僕はまた面白がって、彼女に近づき、そのハンバーガーを取った。
「うん・・おいしいな・・・」
僕は1人呟きながら、そのハンバーガーを食べる。
そこで僕は思った。このハンバーガーの代わりを出しておかないと。
そう思った僕は、彼女の隣に座っている、親友と思われる女子高生の腕を取った。そしてその親友の腕を女子高生に握らせて、口元に近づけた。
「さて、元に戻ったらどうなるかな・・」
興味津々に見つめながら、僕は懐中時計を取り出した。そこで僕は思い出した。この時計、止めることはできても、再び動かすことができないのだった。
僕は気乗りしない気分を抱えながら、このハンバーガーショップを出て行った。
それから僕は少し仮眠し、みんなが停止していることをいいことに、食事やお金、商品などを奪い取っていった。
今この世界は僕だけの世界。僕を中心に動いているのだ。
僕はそう有頂天になっていた。その後に悪夢が起きることなど知らないで。
僕はその調子のよさを抱えて、今度はファミリーレストランにやってきた。店の中は昨日止まったままになっていた。
僕が店の中に入ってきても、案の定反応がない。
それぞれのテーブルには、それぞれの客が注文したメニューが所々に置かれていた。それをいくつかつまみ食いしていく。
そこで僕は、厨房から出て行こうとしているウェイトレスを見つける。おそらく注文を伝えて戻ろうとしているのだろう。
僕は彼女に近づき、彼女の体に触ってみる。時計の効果で動かないのは承知の上である。
そして彼女のウェイトレス姿のスカートに手をかけ、まくり上げようとする。
「キャーーー!!」
(キャア?)
僕はその声に一瞬疑問符を浮かべた。その直後、強烈な何かが僕の顔面に叩き込まれた。
それはウェイトレスの足だった。彼女のキックで僕は吹き飛ばされたのだった。
「痴漢!痴漢よーー!!」
彼女が悲鳴をあげる。同時に周囲がざわつき始めていた。
僕は何がどうなっているのか分からない面持ちで、懐中時計を取り出した。するとその時計は12時を指したまま止まっていた。
(もしかして・・・この時計の効果が切れたってこと・・・!?)
僕はどうしていいか分からず、ただこの場にいるしかできなかった。
時計の効果が消えたことで、町ではいろいろ騒ぎになっていた。
僕を狙ってきた警官が、刑事に警棒を叩きつけてしまい、ひどく動揺していた。他の警官たちも、突然消えたように思えた僕の姿がないことに困惑していた。
僕に上着を脱がされて上半身裸にされていた女性が悲鳴を上げていた。周囲から様々な視線を浴びながら、どうなっているのか、どうしていいのか分からず、女性は自分の体を抱いてその場に座り込むしかなかった。
ハンバーガーを食べようとしていた女子高生だったが、持っているのが親友の腕ということに気付かず、そのまま歯を立てた。
「いったーい!!」
腕を噛まれた親友が悲鳴を上げる。
「えっ?」
一瞬きょとんとなる女子高生。自分が口に入れようとしたのが親友の腕だということに気付き、ひどく驚いた。
「え〜っ!!?どうなってるの、コレ!!?」
「それはこっちのセリフよ。なんであたしの腕が噛まれなくちゃならないのよ・・?」
動揺する女子高生をねめつけながら、親友は噛まれた腕をさすっていた。
僕は当然捕まった。強盗罪に痴漢行為、その他の窃盗の容疑をかけられた。
「いったいどうやってあの場から逃げ出したんだ?」
取調室で、僕は囲んだ警官たちの包囲網をすり抜けたことについて聞いてきた。
しかし言えるはずもなかった。24時間の間、周りの時間が止まっていたなんて。
「ま、お前は今度こそ逃げられはしないけどな。」
観念しろとばかりに、刑事が勝ち誇った笑みを見せて、取調室から出て行った。
あれから時計は全く動かない。何度ボタンを押しても時間は止まらない。
24時間の時計。
それは1度動かしてから24時間だけ、周りの時間を止めることのできる時計という意味だったのだ。