作:ガーネット
----夕方のとある住宅----
「あ、いけな〜い。 お醤油切らしてるんだった。ちょっと買って来るね。すぐ戻るから。」
「あ、ママ 私も行く〜」
「よし、じゃ 一緒に行こうか。 ごめん、お鍋吹き零れそうになったら、火止めておいてくれる?」
「おーう いってらっしゃい」
「「いってきまーす」」
・・・約2時間後
「・・・遅い。携帯にも出ないし、一体何やってるんだ?」
----午後1時、お昼休みの終わったオフィス----
「さーて、午後も頑張りますかぁ・・・ってあれ? 瑞穂ちゃん、まだ帰ってないの?」
「いつもなら20分前には戻ってるんだけどなぁ。」
「おーい、誰か瑞穂がどこに行ったか知らないか?」
「誰もわからないのか。携帯は?」
「ここに置いて行ってます。」
「そうか・・・ アイツ、何処行ったんだ?」
----夕方、住宅街の交差点----
「それじゃ、私こっちだから。 また明日、学校でね。」
「おう、じゃあな〜
・・・・・・・・・・・・・・・ あ、スマン そう言えば今日の宿題・・・ あれ、もういない・・・」
ここ最近、全国各地で4,5歳から20代後半にかけての年齢の女性が失踪する事件が相次いで発生。
失踪者は日常生活の中で突然消えており、全員に失踪する理由や兆候が全く無かった事から
警察は誘拐の可能性も視野に入れて捜査をしたが、手がかりは一切掴めていなかった。
----東海地方の某都市----
時刻は18時をまわり、市街地の国道は帰宅ラッシュで長い渋滞が発生している。
車は一向に進まず、あちこちからクラクションが鳴り響く。
そんな騒々しい車列の中に一台、パトカーがいた。
「あーーーっ もう 一体どうなってるのよ!」
パトカーも捜査も全く進まない事に苛立ち、助手席に座ったポニーテールの婦警が声を上げた。
「ちょ、ちょっと落ち着いて 車止まってるからまる見えだよ」
運転しているロングヘアーの婦警が、
歩道や周りの車からイライラしている彼女を見られている事に気付き、慌てなだめる。
ポニーテールの婦警の名前は美奈、そしてロングヘアーの方が麗。
警察の制服に身を包んだ20代半ばの2人は、学生時代からの親友で
怒りっぽくてすぐに手が出る美奈を麗が抑えるのがいつものパターンになっていた。
「あ・・・ご、ごめん」
はっと我に帰った美奈は、
前に止まっているワゴン車から小さな子供がこっちを見ている事に気付くと
急に恥ずかしくなって顔を横に背ける。
「気持ちはわかるけど、周りをよく見ないと。 美奈ちゃんの悪い癖・・・」
「あれ?」
いつものように注意しようとした麗だったが、美奈の声で遮られてしまった。
「どうしたの?」
「麗、あれ見て」
そう言って美奈が指差した先には、開業準備が進められている小さなブティックがあった。
「あそこってもうすぐオープンのお店だったよね? それがどうかしたの?」
「ショーウインドウにあるマネキンなんだけど・・・」
歩道に面したショーウインドウに目をやると、歩くポーズをした2体のマネキンを作業員達が持ち運んでいるところであった。
渋滞した車列は未だに進まず、2人は作業の様子をしばらく見ていたが
よく見ると、作業員達は開業準備にもかかわらず、マネキンを2体とも梱包していた。
「確かに、このタイミングでマネキンをしまうのってなんか変な感じね。
でも、お店側になにか事情があっただけじゃないの?」
「そっちも気になるけど、それよりもマネキンの顔を見て」
「顔? そういえば普通のマネキンとはかなり違う顔をして・・・あ、え?あれ?」
美奈の言いたい事に気付いた麗は驚きを隠せなかった。
梱包されつつあるマネキンの顔が2つとも失踪した女性にそっくりであったからだ。
「たぶん、開業直前のこのタイミングでしまおうとしているのも、マネキンが失踪者にそっくりだと気付いたからじゃないかな。」
「あ〜なるほど 確かにそうかも それで、美奈ちゃんどうするの?」
「ちょっと話を聞いてくる。2体も失踪者そっくりのマネキンがあるなんて偶然にしてはおかしいと思う。
もしかしたら失踪事件の手がかりになるかも。
麗はこの渋滞が動いた時の為に残って運転続けてて。ここに駐車したら確実に渋滞悪化するだろうし」
「うん、わかった。いってらっしゃい〜」
「いってきます」
そう言うと、美奈はパトカーを降り、ブティックへ向かった。
----数十分後----
進みの遅い渋滞と言えど、既に2人がブティックのマネキンに気付いた時からは大きく進んでおり、
麗は美奈に連絡を入れて近くの路地に入って駐車していた。
ガチャッ
パトカーのドアを開け、ブティックから美奈が戻ってきた。
「おかえり。どうだった?」
「やっぱり片付けてる理由は想像通りだった。
それで、マネキンについて聞いてみたら業者から先日購入したばかりで他には何も知らないって。
この業者の場所を聞いてみたけど、ここからそんなに遠くないようだから今から行ってみよう」
「うん、わかった あ、でも本部への連絡はどうする?」
「正直に状況言っても、信じてもらえないか・・・
とりあえず、別の理由的当に考えて伝えておく」
「いいのかなぁ・・・」
「仕方ないじゃない・・・ とにかく、早くその業者へ向かおう。もう夜だし」
嘘の報告をする事に戸惑いながらも、美奈に促されて麗は教えられた業者へ向かってパトカーを出した。
----ブティックから数キロ離れた倉庫街----
時刻は19時半を過ぎ倉庫を所有する多くの業者は既に業務を終えており、辺りは人気も無くひっそりと静まり返っていた。
巨大な倉庫や、近くに残る廃止された貨物線の遺構が暗闇の中でおぼろげに浮かび、非常に不気味な雰囲気をしている。
「うわぁ・・・ もっと早くに来たかったなぁ」
「仕方ないよ美奈ちゃん。あのマネキンに気付いた時間が遅かったんだし。 あ、あそこかな?」
ブティックで教えられた業者にたどり着くと、幸いにもまだ業務をしているのか倉庫の扉が開いていた。
「よかった。まだやってるみたい。急いで話を聴きに行こう」
パトカーをそばに止め、2人は倉庫の中へと入って行った。
薄暗い倉庫の中には多くのマネキンが、等間隔に綺麗に並べられていた。
2人は従業員を探しつつ、それらのマネキンを観察していく。
裸のマネキンが入り口を背にして立ち並んでいるが、それらはどこでも見かける普通のマネキンであり
特におかしいところは見つけられなかった。
だが、裸のマネキンの列が途切れ、服を来たマネキンの列が現れるとその状況は一変した。
裸のマネキンたちはすべて同じ顔、同じポーズをした量産品だったが、
服を来たマネキンは一つ一つが違う顔、ポーズ、服装をしており同じ物は一つとしてなかった。
そのポーズは普通のマネキンには見られない物ばかりで、どれもが日常を切り取ったようである。
そして、これらの一風変わったマネキン達を見た2人は驚きを隠せなかった。
「な、何よこれ!」
「う、うそ・・・これ・・・みんな・・・?」
マネキン達の顔はそのどれもがブティックの2体と同様、失踪者と同じ顔立ちをしており
それどころか服装まで失踪時の物と同じだったのである。
「とにかく、早く従業員を探さないと。
失踪者そっくりのマネキンを造って同じ服を着せるなんて・・・一体何考えてるのよ!」
そう言いながら怒りに震える美奈は強くこぶしを握り締めると、すぐ横にあったOLのマネキンに叩きつけた。
「美奈ちゃん落ち着いて・・・ このマネキンも重要な証拠品になるかもしれないんだから、大切に・・・
それにしても、失踪者リストで見た顔と本当にそっくり これが本人だったりして・・・」
「なにいってんの?
あ、でも着てる服が本人の物の可能性も・・・そうなると本人は今・・・」
美奈が考え得る最悪の事態を想定していると突然奥の方から声をかけられた。
「いや、本人ですよ」
「「だ、誰?」」
突然の事に驚き、声のした方を見るとマネキンの列が途切れた倉庫の壁近くに作業着を着た2人の男が立っていた。
一人は小柄で、突然婦警が乗り込んで来た事に少し慌てており、
もう一方は長身で2人を見ても動じる様子はなく、その手には小さな箱のような物を持っていた。
感じからして、声をかけたのは長身の男の方だろう。
「ここの方ですね?このマネキンについて説明して頂けますか?
どうして失踪者そっくりのマネキンなんか作ったんですか?」
「だ、だから、本人だって言ってるだろ!」
美奈の問いかけに反応したのは小柄の男だった。
長身の男に比べると少々柄が悪いようだ。
「何をわけのわからない事を! あなた達が何十人もの女性達を誘拐していたんでしょう!
一体何のために、女性たちに似せたマネキンなんか・・・!」
「み、美奈ちゃん落ち着いて・・・」
小柄の男の発言に激怒した美奈は、なだめようとする麗を無視して声を荒立てた。
「わかんねぇヤツだな、だからそのマネキンが・・・!」
「言ったって無駄だ。普通の人間がそんな話信じないだろ」
美奈と張り合うように小柄の男が声を荒立てるが、長身の男がそれを制止する。
「信じられないのも無理ないですよね。生身の人間が・・・」
そう言いながら長身の男が、近くにあるの女子高生のマネキンに近づいて頬をノックすると、コンコンと固い音が帰ってきた。
「こんな固いマネキンになるなんて・・・
ですので、これから・・・」
男は手に持っていた箱を2人に向ける。その箱の先には赤い突起が見えた。
「実演して見せますよ。」
言い終わると同時に箱の突起から赤い光が麗に向けて放たれる。
「あ・・・」
「ちょ、ちょっとあんた!何やって・・・」
「あなたが見るべきなのはこちらではなく、そちらの彼女ですよ。ほら、既に変化してますよ」
荒げた声を遮られた美奈は、男の言われるままに麗を見ると言葉を失った。
麗は大きく口を開けたまま動きを止めており、その肌は徐々にテカりだしている。
それだけではない。
目が、黒目が無くなり、だんだんと周りの肌と同じ色になっているのだ。
「あ・・・あ・・・うそ・・・」
美奈は目の前で起きている事が信じられず、その場から動けないでいると、麗は変化が止まり完全なマネキンになってしまった。
「これでわかりましたか? 失踪した女性達は今のように我々がマネキンに変えていたんですよ。
そう言えばあなた、先ほど、そちらのマネキンを強く殴ってましたよね。」
「あっ・・・・・・」
長身の男は、呆然としている美奈に追い討ちをかける。
「もしヒビが入っていたら、もうそのマネキンは元に戻せませんよ。
そうなるとあなたが彼女をころ・・・」
「ということは・・・壊れてなければ元に戻せるのね?」
「え、えぇ。もっとも私たちはそんなつもりは一切無いですがね」
「そう・・・」
元に戻せる。そうわかった美奈に気力が戻る。
「なら、あなた達を捕まえて麗を、みんなを戻す!」
美奈は全身に力を入れ男へ向かって走り出した。
「なっ」
冷静さを保っていた長身の男も流石に慌てて、とっさに身構える。
だが・・・
「麗を・・・みんなを戻しなさい!」
そう言いながら美奈が繰り出した蹴りを腹に受け、男はマネキンの列へ飛ばされて気絶する。
そして、麗をマネキンに変えた箱が男の手を離れ地面へ落ちた。
美奈はそれを取ろうとするが、不幸な事に周囲のマネキン達がドミノ倒しのように倒れて来た事で、その箱がどこかに隠れてしまった。
「し、しまった・・・コイツが起きる前に探し出さないと・・・でもその前に」
そう、長身の男は気絶させたが、小柄の男がまだ残っているのだ。
「う、うわぁっ 来るな来るなー!」
小柄な男は近くに転がっている道具を投げて抵抗するが、慌てているせいか一つも当たる事は無く、美奈は簡単に男に近づくことが出来た。
長身の男と並んで小柄に見えていたが、近づくと美奈よりも背が大きい。
「ひぃっ 離れろ、離れろ!」
男は突き飛ばそうと必死で抵抗を続けるが、美奈には効かず、腕を掴まれて身動きが取れなくなる。
「うぁっ は、離せ!」
振り解こうとするが、強く掴まれており全く離れる様子が無い。
そして、美奈は腕を掴んだまま身体を回転させ男に背を向けたかと思うと勢いよく腰を曲げて男を投げ飛ばした。
「い、一本背お・・・ぐぇっ」
「や、やった・・・」
残った男を倒し、美奈はホッとしかけるが・・・
ピカッ
美奈の顔に突如赤い光線が当たる。
長身の男が目を覚まし、先ほどの箱をマネキンの下から探し出して動作させたのだ。
「あ・・・し、しまっ・・・・・・」
その後の言葉が続く事は無かった。
美奈は男を一本背負いで投げ飛ばしたポーズのまま、驚いた顔をしてマネキンになってしまった。
「流石にハイヒールでの蹴りはキツイな・・・」
お腹をさすりながら長身の男は小柄な男とマネキン化した美奈に近づく。
「まったく・・・売るなら"裏"の同業者だけにしとけよ・・・
"表"に売ったらこうなる事は予想出来ただろ」
「だってよ〜 "表"に売れば今まで生きてた人間が街中で気付かれずに飾られるんだぜ!?
その方が興奮するじゃねぇか。
それに、"裏"で個人向けに売ったらそれまでだが、"表"で店相手なら俺達も見れるだろうしよぉ」
「まぁ、わからんでもないが・・・せめてほとぼりが冷めてからにしとけよ。
ところで、いつまで寝てるんだ?」
「背中を打って痛ぇんだよ。しかもこの女、俺の腕掴んだまま固まってやがる。」
小柄な男がそう言って掴まれたままの腕を動かすと、美奈のマネキンも連動して揺れた。
「ってことで、スマン、痛みが引くまでちょっと待っててくれ」
「・・・後でマネキンをトラックに運ぶの手伝えよ。
婦警達が戻らない事を知った警察がここに来るだろうからな。それまでに片付けて撤収したい」
そう返すと長身の男はその場を離れた。
しばらくして・・・
「そろそろ大丈夫か。
よっ・・・こいしょー!」
背中の痛みが引いてきた男は美奈の腕を掴むと、自分の腕を勢いよく引き抜いた。
「あーだだだだだだっ まだ痛みが残ってら・・・」
小柄な男は背中をさすりながら起き上がると、相手がいなくなっても投げたポーズを維持している美奈に近づき
「痛えじゃねぇか!コノヤロウ!」
と、強く蹴飛ばす。
蹴られた美奈はゴトンッゴトンと2,3度跳ねながら地面に転がる。
マネキンと化している為に、強い衝撃がかかってもポーズは一切変わらない。
怒りが収まらない男は横倒しになった美奈に近づき、何度も強く踏みつける。
「コノッ コノッ コノッ」
「手伝えって言っただろ。何やってんだ。壊れたらどうする」
騒がしい音に気付いた長身の男は制止しようとするが・・・
「いっそ壊しちまおうぜ。それくらいしねぇと俺の気が・・・お!そうだ!」
「あ?」
何かを思いついた小柄な男は、転がる美奈の足首を掴むと上下逆さまに持ち上げて、ハイヒールを脱がす。
「太ももの辺りで切って靴下売り場とかにある足だけのマネキンとして"表"に売っちまおうぜ。
ほら、このハイヒール履いてた足の形とかぴったりだろ」
そう言うと小柄な男は美奈のストッキングに覆われた足を撫で回す。
「いや、そのまま"裏"に売ろう」
「えー なんでだよ」
「制服物は人気がある。
特に婦警はリスクが高いからな。それだけ数が少なくて、値段も高騰する。
2体もあれば結構な額が手に入るぞ」
「な、なるほど。そうか」
説明に納得した小柄な男は、手に持っている美奈に目をやる。
「命拾いしたな。もっとも次の持ち主が大事にするかは知らねぇがな」
「おい! 何やってんだ。 急いで片付けるぞ!」
「お、おう!」
小柄な男は、片付けをする為、美奈を持ったままマネキンの列の中へと消えて行った。
----翌日----
警察は連絡の途絶えた美奈と麗を探す為、彼女達の最後の報告にあったマネキン業者の倉庫へと向かうが
既にそこはもぬけの殻となっており、何も残っていなかった。
その後、警察はこのマネキン業者が失踪事件の唯一の手がかりとして捜査したが
何も進展しないまま失踪者だけが増えて行き、世論から大きな批判を受ける事になる。
そして、美奈や麗、他の失踪者達が戻って来る事は永遠に無かった・・・・・・。