Limbo

作:ガーネット


 どこにでもあるようなありふれた住宅街。
今は夕飯時で、あちこちから美味しそうな香りが漂う中、ある一軒では人知れず異変が起きていた。
他の家と同じようにここからも夕食の香りがするのだが、ただ一つ大きく異なる点があった。
中から会話が全く聞こえないのだ。

 別に一人暮らしと言うわけではない。
事実、この家には若い母親と幼い兄妹がいる。
いや、あると言うべきか。
夕飯が並べられたテーブルの横で、兄妹が怯えたような表情で強く抱き会い
2人の前で庇う様に母親が左腕を横に広げ右腕は顔を庇うようなポーズを取ったまま静止していた。
3人の身体からは白い煙が出ており、夕飯から立ち上がる湯気とは対象的に床に向かって下っている。
その正体は冷気。そう、3人は凍結しているのだ。

フクシュウシテヤル・・・

 突如カタコトの言葉が室内に響く。
声の主は凍てついた3人の正面に立っていた。それは・・・・・・・・・手足が生えた一台の冷蔵庫。

ナニガ エコガエ ダ! タッタイチネンデステヤガッテ

怒りに震える冷蔵庫は右胸の製氷器が内蔵された小さな引き出しを開けると一塊の氷を母親目掛けて投げつける。

ゴンッ
・・・・・・グラッ・・・

硬い音を立てて氷が命中、そしてその衝撃で母親が兄妹がある後ろへと傾きだす。

コレデサンニンマトメテオワリダ!

母親の身体が兄妹に衝突しようとしたその瞬間
「えいっ!」
どこからともなく声がしたと思うと、母親が光に包まれて宙で静止する。
「ふぅ・・・あぶなかったぁ」
そして、同じ色の光が何もない空間に発生したかと思うと直ぐに消え、代わりに一人の少女が現れる。

ナ、ナヌモノダ!?

「私はアイリス。あなたを封印しに来ました」
長い髪を大きな紫色のリボンでツインテールにし、
随所にフリルがあしらわれた白い服を着て、腰に大きなリボンをつけ、そして白いタイツにリボンと同じ色のエナメル靴を履いた少女は
手にしたステッキを冷蔵庫に向けてかざす。
「気持ちは分かるけど、人を襲った時点でもう同情できない!」

ニンゲンニオレノキモチガワカルカ! オマエモコオラセテヤル!

冷蔵庫が全ての戸を開けると中から強い冷気が一斉にアイリス目掛けて吹き出す。
彼女は避ける事はせず、一言「ファイア!」と叫ぶとかざされたステッキから大きな炎が飛び出す。
勢いよく吹き荒れる冷気は炎によって彼女に達することなく蒸発していく。

オレノフルバーストガキカナイダト!? ナントイウマリョクダ!

冷蔵庫が怯み、冷気が止まるとアイリスも炎を止め、ステッキを天井に向ける。
ステッキの先端からバチバチッと音がし始めると再び彼女は冷蔵庫に向けてステッキをかざす。
「これで終わりです!」
言い終わると同時に眩い閃光が走ったかと思うと冷蔵庫目掛けて強烈な電撃が発生。

ウガァァァァ

冷蔵庫は許容量をはるかにオーバーした電撃でたちまちショートし、機能を停止させる。
そして、静かになったその筐体から小さな赤い光が現れるとステッキの先端に吸い込まれた。
「ふぅ。一件落着、かな?」
「うん、ちゃんと冷蔵庫の"九十九神"が封印されてるようだね。お疲れ様」
アイリスの言葉に答えたのは彼女と同じように光と共に現れた一匹のオスの兎だった。
「ほら、凍らされた家族も無事みたいだ」
そう彼が言うと凍っていた3人が解凍されて、元に戻っていく。
「良かったぁ。 ・・・気持ちは晴れないかもしれないけど、その力をみんなの為に使うから我慢してね」
アイリスはステッキを胸に当て、封じたばかりの冷蔵庫に向けて囁く。
「さぁ、アイリス。長居は無用だよ。ママさんが心配するから帰ろう」
「うん!」
そして、再び光が発生すると1人と1匹の姿が消え、後には気を失った母子とショートした冷蔵庫の筐体が残された・・・







ジリリリリリリリリリ

 清々しいまでによく晴れた朝、心地よい気分を打ち壊す耳障りな音が部屋中に鳴り響く。
「おはよう、アヤメ。朝だよ」
なかなか起きない少女に声を掛け、頬をぺちぺちと叩くのは1匹の兎。
「う、う〜ん・・・もう朝かぁ・・・ おはよう。セタナ」
少女はゆっくりと起き上がり、声を掛けた兎に返答する。

 一見すると奇妙な光景だが、別に彼女が寝ぼけて幻聴を聞いたわけではない。
実際に兎が喋っているのだ。
このセタナと呼ばれた兎は、冷蔵庫事件の時にいた異世界出身の兎であり
彼と共にいたアイリスの正体はセタナに協力する小学6年生の少女アヤメであった。
「昨日はお疲れ様。まだ体力が回復し切ってないみたいだけど大丈夫?」
「うん、大丈夫。思ったより回復が早いみたい。これも地下の魔石から出る魔力のおかげかな?」

 魔石とはアヤメの家の地下に埋まっている強い魔力を放出する石の事である。
最初はセタナの居た世界にあった物なのだが、強力な魔力を放ち続けるが為に扱いづらく
また悪しき者から頻繁に狙われていた為に、異世界とアヤメ達の世界との狭間に投棄されていた。
本来はこのまま誰の手にも触れることなく漂い続けるはずだったが、投棄場所がこの世界に近すぎたのか、はたまた未知の力なのか
セタナの仲間達が気付いた時には、魔石はこの世界の地中に現れ、
更に開発が行われてアヤメの住む家が建ってしまっており、回収は不可能な状態だった。

「そういえば、昨日あの家に入る時に使った転移魔法で魔石を取り出せないの?」
「残念だけど、あれは自分自身を移動させるだけで、相手や物を飛ばす事は出来ないんだ。
 こちらから魔石のそばへ転移しても、地中である以上身動きが取れなくなるだけだし、下手をすれば魔石に埋まっちゃってそのまま・・・」
「い、いしのなかにいる・・・」
「君、歳いくつ・・・・・・・・・?」

 やがて、魔石の存在は異世界の悪しき者("魔物")達に気付かれ、彼らがアヤメ達の世界へ向かおうとするようになる。
セタナの仲間達が総動員でこれを阻止しようとするが、何体かはそれを潜り抜けてしまう事があった。
セタナは異世界間移動した魔物達や、魔石の力によって魂を持った物("九十九神")を止める為にこの世界にやって来たのだ。
だが、やがて魔石の力で強化されていく魔物や九十九神に対抗出来なくなってしまう。
異世界の仲間達も、魔物の移動を阻止する事で精一杯だった為、
セタナはやむなく魔石の直上に住み、放出される魔力をその身に直接受け続けた少女に協力を依頼した。

それが彼女、アヤメであった。

「ごめんね。 巻き込んじゃって」
セタナは申し分けなさそうにアヤメに寄り添う。
「ううん。気にしてないよ」
「魔石を掘り出すにしても、大人の前にいきなり喋る兎が現れて『この下に魔石が埋まってます。
 悪い魔物を呼び寄せて危険なので家を取り壊して掘り出させてください』とは言えないしね・・・」
「あはは・・・(汗」
「せめて短い期間で世代交代できれば負担も軽く出来るけど、この街じゃあ・・・」
セタナがそう嘆くように、アヤメに代わる魔法少女が現れにくい事情がこの街にあった。

コンコンッ
1人と1匹の会話を遮る様にドアのノック音がする。
「アヤメ、起きてる〜? 朝ご飯よ〜」
「は〜い。 行こっ、セタナ。 あっちでは喋らないでね」
「うんっ」
母親に呼ばれ、1人と1匹は、朝食の待つ居間へと向かった。



「おっ 出てきたな〜」
ショートカットの活発そうな少女が隣の家の玄関先を見つめていると、支度を終えてランドセルを背負ったアヤメと
紺色のスーツに身を包んだ母親が出てきた。
母親は腰まである長い黒髪に、タイトスカートから伸びたベージュのパンストに包まれた細い脚、結婚指輪がはめられた細い指等、
その身体が描き出すラインすべてが美しく、とても一児の母とは思えないほど若々しい。
「それじゃ アヤメ、気を付けてね」
そういうと突如母親はアヤメに強く抱きつく。
「もう〜 お母さん 恥ずかしいからせめて家の中にしてって言ってるのに〜」
これがアヤメ母娘のいつもの姿であった。
「おうおう 相変わらず妬けるね〜」
「あ、まりもちゃん、おはよう。 今日もアヤメをよろしくね」
「おはようございます 任せて下さい!一日中守り続けますので!」
まりもと呼ばれたショートカットの少女は自信たっぷりにコブシで胸を叩く。
彼女は幼稚園入学前からアヤメの隣に住んでいる幼馴染であった。
「ちょ、ちょっとまりもちゃん〜」
「うふふ。頼もしい。それじゃ、そろそろ行くわね」
「「いってらっしゃ〜い」」
挨拶が終わり母親がアヤメを解放すると、それぞれ別方向に向かって歩き出す。

「相変わらず、アヤメママはアヤメLOVEだね〜。見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうよ」
まりもは、先ほどの光景を思い出しながらにやける。
「あはは・・・。でも、私が生まれる前の事を考えると仕方ないかも」
「え?」
いつもの軽い冷かしのつもりが、急に空気が重くなる。
「お母さんは私が生まれる少し前、お父さんが事故で亡くなってひと月もしないうちにここへ引っ越してきたんだけど、
 その時は、今とは別人みたいに暗くて今にも自殺しそうな状態だったんだって。
 でも、すぐにお腹に私が居ると分かってからはだんだん元気になって行ったって・・・
 それを聞いたらあれくらいは仕方ないかなって思うようになったの」
「そうだったんだ・・・ ごめんね、そうとは知らずに」
「あ、ううん 気にしないで。こっちこそごめんね。急に重い話しちゃって」

「・・・でも、そんな大事な娘が魔法少女として戦ってるって聞いたらショックは相当な物になりそう。
 私もばれないように努力するけど、アヤメも気をつけたほうが良いよ」
「うん・・・」
まりもの口から普通に魔法少女と言う言葉が飛び出す。
彼女はアヤメの秘密を知り、協力をする唯一の人間だった。

「でも、魔力を間近で受け続ける以上、いつかは限界が来るかも。
 胎内にいた頃から浴び続けたアヤメほどでは無いにしても、この周辺、いや、この街全体の人々が魔力を堆積させ始めてる。
 アヤメがアイリスになると"一時忘却魔法"が自動発生して、普通の人ならアヤメの事を忘れるんだけど
 それが君に効かず、正体がばれたのがその証拠だよ」
と、セタナが真面目に語り出すが・・・
「おわっ セタナ、居たのか! 今日こそモフらせろ〜」
「うわわっ ちょっと、話聞いてた〜!?」
彼の存在に気付いたまりもは急に眼を光らせ、話そっちのけで追い掛け回す。
彼女は、セタナと出会った頃から彼を抱いてモフモフする事が野望になっていた。最も、セタナ自身が嫌がる為に未だ実現していないが。
「あはは・・・まりもちゃんはいつも元気だなぁ」

「・・・って、ちょっとまって。アヤメの魔法が強い理由ってのが生まれる前からここに居たからって事は
 この街の性格上、他に魔法少女になれる人はほとんど出て来ないんじゃ・・・」
重大な事実に気付き、セタナを追うのを止めたまりもが尋ねる。
「あ、聞いてたんだ」
「うん、そうなんだ・・・ 
 ここが普通の街だったら、魔石のそばに住む家庭で子供が生まれれば、
 その子供にアヤメと同じくらいの魔力が備わるんだけど、この街ではそうも行かない。
 このままだとアヤメに何年も、何十年も戦ってもらう事になっちゃう」
「わ、私は大丈夫だよ。魔法少女の生活も悪くないし・・・」
肩を落として暗くなるセタナを励まそうと、慌ててアヤメが声を掛ける。
それを見たまりもは
「まったく、当時は"女性専用〜"なんてのがあちこちに出来るような風潮だったらしいけど、女性だけの街だなんて馬鹿げてる!」
と、声を荒立てる。

 そう、アヤメに代わる魔法少女が現れない理由とは、この街が女性専用として造成された為に、
一人で生活出来ない中学生以下の母子家庭の男子を除くとすべての住民が女性であり、転居・転入しない限り世代交代が起こらないからであった。
性犯罪から女性を守る為とはいえ、常識で考えて一つの街レベルで引き離すなど普通は誰も考えるはずがないのだが・・・

「昔はニュース、凄かったよね。幼稚園より前だけどずっとやってたって事ははっきり覚えてる」
「アニメとかバラエティとか潰して、毎日やってたからねぇ」
幼少期の頃を思い出す2人。
「そうそう 前にアヤメが言ってたニュースに出てきたって言うY字型の蝋燭。昨日のニュースで私も見た。 本当だったんだ・・・」
まりもが言っているのは、ニュースでこの街を作った議員達が出た際に必ずY字形の奇妙な蝋燭を見たと、昔からずっとアヤメが口にしていた事であった。
「あ、まりもちゃんも見たんだ。何なんだろう、あれ」
「なんだろう・・・」
会話の中で一つの謎が生まれたところで、次第に2人が通う学校が近づき、周囲に人が増えて来る。
「この話題はここまでにした方が良さそう」
「そうだね。 セタナも、この先は喋っちゃダメだよ」
コクッ
セタナが口を閉ざして頷くと、以後は学校に着くまで2人で昨日見たテレビや他の友人の事など他愛もない会話を続けるのだった・・・







 立ち並ぶビルによって日光を遮られ、昼でも暗い裏路地。

コッコッコッコッ・・・
「はぁっ はぁっ はぁっ・・・ い、いったい何なの!? あれは・・・」

一人の若い女性が何者かに追われていた。
コッコッコッ・・・ガツッ
「あっ・・・」
ドサッ
息を切らした必死の走りも虚しく、運動に向かないハイヒールだったのが災いして転んでしまう。

ゴツッゴツッゴツッ

鳴り止んだ女性の足音の代わりに路地に重い、石が擦れる様な音が響き渡る。

ヤットオイツイタ。 サァ、アナタノエネルギーヲチョウダイ。

カタコトで喋る、重い音の持ち主。
それは、女性の形をした岩の集まり。RPGによく出てくるゴーレムそのものだった。

ゴツッゴツッ

女ゴーレムは転んだ痛みと腰を抜かした事で動けない女性に一歩ずつ近づき、

スゥゥッ・・・

と、大きく息を吸い込む。

「いっ 嫌・・・」

すると、女性の周りからオーラのような物が現れ、ゴーレムの口に吸い込まれていく。

「あ、あ・・・・・・」

やがて指先、爪先から順にオーラが薄くなって行き、それに同調するように肌が灰色へと変わる。
そんな様子を気に止めることなくゴーレムのオーラ吸引は途切れることなく続き、一分もしないうちに吸い切ってしまう。
ゴーレムが口を閉じて視線を落とした先に女性の姿は無く、在るのは服を着た一体の石像だけだった。

フウ。ゴチソウサマ。

 一言、石像に向かって話すと、ゴーレムは踵を返してその場を後にした。
その言葉は、先程と比べてわずかに滑らかになっていた・・・



「!!」
給食も終わり皆が気だるくなる午後の授業。
そんな中、アヤメが気配に気付きその身を緊張させる。
(敵が出たの?)
その様子に気付いた近くの席のまりもが小声で話す。
(うん、そうみたい。異世界からセタナの仲間がテレパシーで教えてくれたの。ちょっと行って来るね)
(あたしも連れてって)
(え?)
まりもの突然の提案に戸惑うアヤメ。
(今朝ママさんにアヤメを守るって約束したからさ。大丈夫、足手まといになりそうになったらすぐに離れるから)
(う〜ん・・・わかった。でも、危なくなったら絶対に遠くへ離れてね。
それじゃ、一時忘却魔法と認識阻害魔法を掛けるよ。それっ)
そう言いながらアヤメが机の下でこっそりまりもに人差し指を向けると、まりもの身体が一瞬淡い光で包まれる。
(もう大丈夫?)
「大丈夫だよ。もう普通に話してても誰も気付かないから。ほら、誰もこっちを注意しないよ」
小声のまま恐る恐る尋ねるまりもに対し、普通に話をするアヤメ。
それまで小声だったからか、授業中の空気のせいか普通の声量でも大声に感じる。
「それじゃ、変身するよ」
「え!? ここで!?」
「誰も気付かないから大丈夫」

 アヤメはポケットから小さな棒を出して上へ掲げると、棒は一本のステッキへと変化する。
そしてそのステッキを胸の前に持ってくると一言、
「変身!」
と叫ぶ。

 すると、どこからともなく大量な白と薄紫色の花びらが現れてアヤメの周りに集まっていく。
白い花びらが首から下全体を包みこむとそれまで着ていた服が消え、花びらが純白の服とタイツに変化する。
薄紫の花びらは頭の両側で髪を束ねるように輪を描き、腰、足の周りにも集まるとそれぞれリボンと靴になり、変身が完了する。
「魔法少女アイリス。参上! ・・・ってあれ、まりもちゃん?」
最後に名乗って決めようとしたが、気がつくとまりもが苦しそうなほど笑っていた。
「ははは、ゴメンゴメン。だって、皆が普通に授業やってる後ろで変身してるんだもん。シュールすぎて」
「もう、笑ってる場合じゃないよ。ここで変身したのだっていつ敵が来てもすぐに戦えるようにする為に・・・」
「そ、そうだよね。わ、笑ってごめん。って、そう言えばセタナは?」
「笑い、こらえ切れてないよ・・・。 セタナは先に向かったみたい。私達も行こう」
「うん」
2人は手をつなぐと、転移魔法を使い教室を後にした。

 2人が来た場所は日が射して明るい教室とは対照的に薄暗く陰鬱な雰囲気漂う路地だった。
「あ、セタナだ。って、あれ? そばに居るのは誰だろう?」
アヤメは近くにいたセタナの存在に気付くと、すぐ横に人がいる事が気になった。
だが、近づくとそれが人ではない事が判った。
「服を着た石像・・・?もしかしてこれ・・・」
「うん、今度の敵の被害者だ。
 アイリス。今後は、敵への攻撃以外で魔法は使わないように。それから、まりもはすぐにここから離れて」
いつに無く真剣な様子でセタナが答える。
「今度の敵ってそんなにヤバイの?」
まりもは、つい数分前まで笑っていた高いテンションがすっかり吹き飛んでしまっていた。
「かなり・・・。 今度の敵は恐らく僕達がこの世界の神話に倣って"ガラテイア"と呼んでいた女ゴーレムだ。
 ガラテイアはゴーレムでありながら人間になりたいと永い時間願い続け、
 いつ頃からか、人間から生命エネルギーを吸い取る事で本当に人間に近づく事が出来るようになってしまったんだ。
 そして、生命エネルギーが無くなった人間は石になってしまう」
「この人は元に戻せないの・・・?」
「・・・こんな言い方はあまりしたくないんだけど、戻すことが出来るからこそ今回の敵は厄介なんだ」
「「え?」」
予想外の返事に驚く2人。
「元に戻す方法はただ一つ。ガラテイアを捕まえて身体に蓄えられた生命エネルギーを被害者に再注入させるんだ。
 つまり、倒さずに捕獲しないといけない。間違って倒してしまうと、吸い取ったエネルギーが消滅して戻せなくなってしまうからね・・・
 そして、僕が一番心配してるのが、生命エネルギーと同時に被害者の身体に堆積した魔力も吸っている可能性があることなんだ」
「そ、そんな・・・」
「まりも。僕が離れてって言ったのは危ないからだけじゃない。
もし君がやられたら、あいつ自身の魔力量と合わせるとほぼ確実にアイリスを上回っちゃうからなんだ。だから今すぐに・・・」

モシカシテ、ワタシノハナシヲシテイルノカシラ? マホウツカイサンタチ。

「「「!!」」」
突然、後ろから声を掛けられ驚く2人と1匹。


 その声の主は、まさに今、危険と聞かせられたガラテイアだった。
「ヤ、ヤバ・・・」
「アイリス! 攻撃してまりもが逃げる時間を稼ぐんだ!」
「う、うん! ファイア!!」
セタナに指示され、アイリスがガラテイア目掛けて炎を出す。

グッ・・・

「よし、今のうちに逃げるんだ!」
「わ、わかった! アヤメ、気を付けてね・・・」
まりもはセタナに促されるとアイリス達に背を向けて一目散に駆け出す。

コ、コンナホノオガ・・・キ、キクモノカ!

強がっていても言葉が途切れ途切れになっており、効果があるのは明白だった。
だが、そんな状況下でも彼女は一歩、また一歩と少しずつアイリスに近づいていく。
石の体であるために炎によるダメージがわずかに軽減されているのだ。
「くっ・・・」
ガラテイアが近づくごとに、アイリスは一歩ずつ圧されるように後退する。
そして、それまでそばにあった被害者の石像にガラテイアが近づくと・・・

コレデモ、コウゲキデキル?

と、石像を持ち上げられ、盾にされてしまう。
「しまった!」
止むを得ず、アイリスは炎を止めるが、ガラテイアはそれを待っていたとばかりに彼女に向かって駆け寄る。
そして、

コレデモクライナサイ!

と、手にした石像をアイリス目掛けておもいきり振り下ろす。
「き、きゃあぁぁぁぁぁ・・・」
「アイリスーーーー!」
・・・ピカッ
今、まさにアイリスぶつかろうとする刹那、一瞬彼女と石像が光るが、

ドゴォッッッ

すぐに轟音とともに砂埃が舞い上がり、何も見えなくなってしまう。
やがて、砂埃が無くなるとそこには石像の下敷になったアイリスがいた。
石像は大きな衝撃を受けたにもかかわらず、一切損傷はみられない。

アラ、ヤサシイノネ。タベカスマデマモルナンテ。

ガラテイアの言葉通り、アイリスはぶつかる直前に自身と石像に防御魔法をかけたのだ。
だが、それでも衝撃は大きく彼女は気を失ってしまった。
「アイリス!アイリス!起きて!」
セタナの必死の呼びかけも虚しく彼女は全く反応を示さない。

ソレジャ、エネルギーヲイタダクワネ。マホウツカイサン。

「そうはさせない!」
アイリスを守ろうとセタナが小さな光の弾を出しガラテイアにぶつけるが、全く効いていない。
「くっ・・・ やはり僕じゃもう敵わないのか・・・」
そして、抵抗虚しく捕まえられ、

アナタモ、ネムッテナサイ!

「うわぁぁぁ」
ドガッ

と、地面に叩き付けられて気絶してしまう。
邪魔物がいなくなったガラテイアはアイリスの真横に立ち、大きく息を吸い始める。

が・・・

!? エネルギーガスエナイ!? ボウギョマホウガマダキイテイルノカ!・・・ナラバニゲタムスメカライタダクカ。

アイリスから吸うことを諦めたガラテイアは先に逃げたまりもに目を付け、この場を去ってしまった。




「はぁっ はぁっ はぁっ・・・ こ、ここまで来れば大丈夫・・・かな?」
必死で逃げ続けていたまりもは体力が切れ、アイリス達と別れた地点からかなり離れた繁華街の路地で立ち止まり、呼吸を整えていた。
「ふぅ・・・ もう少し離れとくか」
そう言って、再び進み始めるが

ドンッ

よろけて通行人にぶつかってしまう。
「あ、すみません・・・ って見えないんだっけ・・・」
ぶつかった通行人が怒らずに、受けた衝撃を不思議がっているのを見て自身に魔法がかかっている事を再認識する。
体力が切れたのは走り続けた事はもちろんだが、周りから見えないために常に歩く人を避け続けて来たからであった。
「これで敵からも見えなければ良いのに。・・・って流石に都合よすぎか」
そんな独り言で恐怖を紛らわせつつ、動きやすいように人の少ない方向へ歩みを進めていると・・・

「ちょっと、そこの君!」
「っ!!!!!」
一瞬、まりもはガラテイアに見つかったと思い警戒する。
しかし、そうではなく、そこにいたのは一人の婦警だった。
だが、衝撃的な事に変わりはない。
「認識阻害が・・・効いていない!?」
魔法の効果が続いている事は、たった今自分自身で確認したはずだった。
それでも、気付かれたという事、それはつまり・・・
「私と同じ・・・魔力がかなり溜まっているんだ・・・!」
「さっきから、なに訳のわからない事を言ってるの?
 今は学校がある時間でしょ?あなたの学校はどこ?お母さんにも連絡しないと!」
婦警は目線の高さを合わせようと、腰を曲げ、前かがみになって話しかける。

 だが、まりもは驚きと混乱のあまり彼女の話も、周りの状況も頭に入らない。
そのせいで婦警の後ろに迫る者に気付く事が出来なかった。
そしてそれは、目の前にいる問題児を叱り続ける婦警も同様だった。
まりもが気付いたのはふと下を向き、
「!!! あ、あ・・・」
自分を叱り付ける婦警の脚がストッキング越しに灰色に変わっているのを見た時だった。
「良い?これから、学校とお母さんに連絡す・・・る・・・・・・か・・・・・・・・・・・・」
彼女の言葉が緩慢になり、すぐに途切れる。
まりもが恐る恐る顔を上げるとそこにあったのは冷たい石と化した婦警の怒り顔だった。
そして・・・

グラッ

前かがみで重心が前にある為にバランスを崩し、まりも目掛けて傾き出す。
「う、うわっ   ・・・・・・っ!」
とっさに避けようとするが、間に合わず脚にぶつかってしまい、

ゴドンッ
ドサッ

その衝撃で、彼女は婦警の像と共に倒れこむ。
幸い、石像はぶつかったことで横方向に逸れ、下敷きにはならなかった。

「っ! 痛・・・」
頬にアスファルトと小石の感触がする中、強い痛みと衝撃で閉じていた目をゆっくり開くと、
目の前には先ほどと同じように彼女を向いて叱りつける婦警の顔があった。
(どうしよう どうしよう、アヤメ・・・)
目の前で生きた人間が石となった事、大量の魔力が吸われたかもしれない事にまりもは放心状態となり、
今すぐ逃げると言う発想に至ることができない。

だいじょうぶ?

 石像を横にして動けないでいる彼女に声がかけられる。
(ガラテイア・・・にしてはさっきと感じが違う。 普通の人?
 アイツは近くにいないのかな・・・? でも、確かに婦警さんは石になったばかり・・・)

不思議に思うまりもは戸惑いながら
「え、ええ。 ち、近くに動くゴツゴツとした石像いませんでした?」
と尋ねる。
ガラテイアに気づいていないなら、
(なに変な事聞いてるんだろうと思われただろうな)
と、自嘲気味になる。

ええ、"ゴツゴツとした"せきぞうならいないですよ。

「そ、そうですよね。 なに変な事言ってるんでしょうね、私。 大丈夫ですので気にし・・・な・・・・・・!!!!!!!」
痛めた脚をさすりながらゆっくり起き上がり、声のした方を向いたまりもは思わず硬直する。

 そう。確かに"ゴツゴツとした"石像はいなかった。
そこに居たのは岩が集まったような像ではなく、美術館にでも置いてありそうな美しい裸婦像。
そして、その石像は僅かに拙いものの、人間とほぼ同じような発声で声を出す。

あとちょっとなの。あとちょっとでにんげんになれるのよ。だから、あなたのエネルギーをちょうだい。

「ガ、ガラテイア・・・なの・・・? もうこんなに人に近づいて・・・」
まりもは恐怖で脚を震わせる。
早く逃げなければならないのに動くことが出来ない。
既に、エネルギーを吸われているのではないかと、脚に目をやるが、幸いまだ石化はしていなかった。
だが、それも時間の問題である。
今まさにガラテイアは彼女からエネルギーを吸い取ろうと口を大きく開こうとする所だった。
その様子を見たまりもは半ば諦めた様に目を閉じる。
(ゴメン・・・アヤメ・・・!)

まりもはすぐに身体全体が冷えていくのを感じた。
(石になるってこんな感じなんだ・・・)
今、どのくらい石化が進んだのか、どのくらいで意識が消えるのか・・・彼女は恐る恐る目を開ける。

 だが、目に映った自分の手足は全く変色しておらず、思い通りに動かせる事から、固まりかけている様子も無かった。
それどころか目の前に居るガラテイアの方が動きが緩慢になっている。
(じゃあ、この冷たい感じは一体・・・)
よくよく見渡してみると、ガラテイアの周囲には白い煙が漂っている。
(これ・・・冷気?)

「危なかった・・・ まりもちゃん、大丈夫だった?」
「!!!! あ、ああ・・・ アヤメーーー!!」
聞き覚えのある声、自分に優しくかけられる声にまりもは涙を流し、その声の主に駆け寄る。
「だめだ。今のアイリスの状態ではアイツを凍らせ切る事が出来ない・・・
仕方ない、転移魔法で一度離れよう!」
セタナの言う様に、ガラテイアは凍りかけてはいるものの動きが停止する気配が一向になかった。
「う、うん!」

くっ。まちなさい!

転移を止めようとガラテイアは彼等に駆け寄ろうとするが思うように身体が動かない。
そして、その隙にアイリス達は魔法を使ってガラテイアの前を離れた。





「・・・かなり人間化が進んでたね。一体いつの間に・・・」
「私の横に倒れてた婦警さん、私のことに気づいてたんだ。認識阻害がかかってたのに。
 たぶん、私と同じくらいの魔力が溜まってて、それをアイツが吸って一気に・・・」
「なるほど・・・それで・・・」
転移先の雑居ビル屋上で今の状況を話し合うアイリス達。
「ゴメン・・・アヤメ・・・。ママさんに守るって約束したのに、結局やられそうになって・・・足手まといだよね」
「そ、そんなこと・・・ないよ・・・」
自分を責めるまりもに強く反論したかったアイリスだが、魔力と体力を消耗しており、言葉に力が入らない。
「今はそんなことを言い合ってる場合じゃないよ。とりあえず、2人共よく休むんだ」
「で、でもその間にガラテイアが他の人を襲ったら・・・」
「今戦っても、その状態じゃすぐに負けてしまう。
 僕だって胸が痛むけど・・・でも、被害者は死ぬわけじゃないし、元に戻せるんだ。
 それなのに今無理してやられてしまったら、みんな永遠に元に戻れなくなるんだよ!!」
事実、遠くまで行くつもりの転移魔法でやって来たこのビルは、まりもがガラテイアに襲われた場所からあまり離れていなかった。
それほどまでにアイリスの魔力は消耗し切っていたのだ。
「でも・・・」
セタナの言うことに理解を示しつつも、やはり被害者を見捨てるようで納得し切れないアイリス。
ふと、その横で聞いていたまりもがある事に気づきセタナに尋ねる。


「ね、ねぇ。セタナやアヤメって石化魔法とか使えないの?」
「「??」」
突然、敵の能力と似た事を口にした彼女にセタナとアイリスは困惑する。
「無理かな・・・?」
「いや、出来ないこともない。
 炎や冷気と違ってその属性の技を持つ九十九神を封じてないから、"詠唱"が必要だけど・・・
 でも、どうして?」
「あ、えーと、ほら。
 人が生命としてのエネルギーを吸われた事で石に変わるのなら、
 こっちから石にしちゃえばいつでも戻せるし、アイツもエネルギーを吸えなくなるんじゃないかなって思って・・・」
「!!!! そうか! その手があったか!
まりも。 君は足手まといなんかじゃないよ。 僕が保障する!」
「え、えへへ〜」
「え・・・!? えぇ〜〜〜〜!?」
思わぬ打開策に、提案者のまりもを褒めるセタナに対しアイリスは困惑の度合いを増させる。
街の人を見捨てるようで休めないと言っていたところに、今度は自らの手で石にする話になったのだ。無理もない。
「ちょ、ちょっと〜〜〜。まりもちゃんもセタナもなに言ってるか判ってる!?
石にするだなんてそれじゃガラテイアと同じじゃ・・・」
「同じじゃないよ。だって、アイツの場合は襲った事で石に変わるけど、こっちは守る為に石化させるんだから」
「う・・・うん・・・・・・」
アイリスが説得されても納得できないで居ると

「きゃーーーーーー!」
「な、なんなのよ!あれ!」
「お、お願い。この子だけは・・・!」

 下のほうから次々に悲鳴が響いてくる。
急いで2人と1匹は声のした方へと駆け寄り、地上を見下ろす。
そこには、通りを逃げ惑う人々と、服を着た数体の石像、そして、半分凍りついたままのガラテイアが居た。

うふふ。こんなじょうたいでもふつうのにんげんあいてならじゅうぶん。
さぁ、みんな。わたしのためにエネルギーをちょうだい。

「い、い・・・や・・・・・・」
「ママーーー!マ・・・マ・・・・・・ァ・・・・・・」
「た、た・・・す・・・・・・け・・・」
「あ・・・ぁ・・・・・・」

次々と悲鳴が途切れ、人々が石へと変化していく。
「ひ、酷い・・・」
「もう・・・見てられない・・・」
「さっきまでは、一人ずつしか吸えなかったのに・・・あんなに一気に・・・
アイリス!早く石化魔法を使おう! 足りない魔力は僕とまりもで補うから!」
「え!?私の魔力使えるの!?」
「う、うん!」
惨劇を目の当たりにし、ようやく決意を固める。

 その時。
「や、ヤバイよアヤメ・・・ あれ! あれ!!」
まりもが地上のある様子に気づく。
彼女が指差した先には・・・
「っ・・・!! お母さん!」
逃げる時につまづいたのか、地面に倒れこんでいるアヤメの母がいた。
「いや・・・こないで・・・!」
彼女は起き上がろうとするが、腰が抜けてしまったのかガラテイアのほうを向いてへたり込んだまま、動けないでいる。
「あのままじゃ、すぐにエネルギーを吸われちゃう! アイリス! ママさんを守るためにも早く!
 まりもはアイリスに手を添えて!」
「わ、わかった!」
セタナの指示に従い、アイリスの肩に手を添えるまりも。
そうこうしているうちにも、ガラテイアはアヤメの母親に迫る。
「な、なんて詠唱すればいいの?」
「僕の後に続けて! いくよ!」
「う、うん!」

「「この地に眠る大地の力よ。人々の身体を硬き石の鎧へと変化させ、守りたまえ!」」

アイリスとセタナが詠唱するとステッキの先端に光が集まっていく。
「この詠唱内容って・・・」
「そうだよ。この魔法は元々、敵に襲われた無力な人達を守るためにできたんだ。
さぁ、ステッキを上にかざして!」
言われるままにステッキを上に向けると、集まった光が上昇し始める。
そして、すぐに上昇が止まると光は大きな輪となって街全体を囲む。

「これでひとまず大丈夫なんだ・・・よね・・・。アヤメ・・・。
 私は・・・ちょっと・・・休む・・・・・・ね・・・。
 あと・・・は・・・、頼・・・んだ・・・・・・よ・・・・・・・・・」
「っ!! まりもちゃん!」
アイリスの肩に手を添えていたまりもの動きが緩慢になっていく。
石化魔法がまりもにも効いているのだ。
「うん・・・任せて。 きっと・・・ううん、絶対に勝ってみんなを元に戻すから」
「が・・・ん・・・・・・ばっ・・・・・・t・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして完全に動かなくなる。
ガラテイアの被害者とは違い、服も一緒に石と化している。
「まりもちゃん・・・・・・」
アイリスは自分の肩に添えられた灰色の手に自分の手を添える。
だが、周囲の状況が彼女に感傷に浸る時間を与えてはくれない。
「や・・・やめて・・・おね・・・が・・・・・・い・・・・・・・・・」
地上から自分の母親の声が途切れるのが聞こえてきたからだ。
「ど・・・どっち!? お願い、私の魔法が効いていて!」
恐る恐る覗き込むと・・・そこには全身、服まで灰色に染まった母親の姿があった。
そのすぐ脇で、ガラテイアが驚いている。

「よかった・・・間に合った・・・」
「さぁ、これで被害者が増えることも、ガラテイアの力が増す事も無くなった。
 今は、魔石の近く・・・君の家でゆっくり休もう」
「うん。・・・まりもちゃん。すぐにあいつを倒して戻ってくるからね。今はちょっとだけ眠ってて・・・」
アイリスは横にあるまりもに語りかけると、転移魔法でその場を離脱する。
後には空中に手を添えて優しく微笑む一体の石像だけが残された。






数日後・・・

「まさかこんなに掛かるなんて・・・。石化した人たち大丈夫かな・・・」
 自宅へと戻り、変身を解いてゆっくりと休んでいたアヤメだったが
自身の魔力量が多い事、そして相当消耗していた事から完全回復までかなりの時間を要してしまっていた。
「時間が掛かったのは仕方無いよ。今のガラテイアを相手にするには万全の状態でいるのが必須条件だ。
 それと、石化した人の方は安心して良いよ。
 石にしてると言っても、防御用として作られてる魔法だから本物の石像のように壊れると言う事はまずない。
 それに石化解除はかけた本人にしかできない。いくら頑丈でも敵に解除されたら終わりだからね」
「そうなんだ、ちょっと安心した。
 それで、ガラテイアとはどうやって戦おう・・・
 認識阻害魔法が効かない人が吸われちゃったって、まりもちゃんが言ってたから私よりも魔力量が多くなってるんだよね・・・?」
そう、アヤメがいくら回復しようと、既にガラテイアはそれ以上の魔力を得ているのだ。
「それなんだけど、まともに相手にせず、不意打ちで捕獲しようと思うんだ。
 君の言うとおり、ほぼ確実に魔力量はアイツの方が上だ。まともに戦うと多分、君が圧されてしまうだろう。
 そこで、ガラテイアに気付かれないように近づき、全力の魔力を込めた冷気を放って一気に凍らせるんだ」
「凍らせる?石化じゃダメなの?」
相手の動きを止めると言う意味では類似した2つの魔法。
セタナが使用したばかりの石化魔法ではなく冷気を選んだのにはちゃんとした理由があった。
「ダメじゃないけど、詠唱が必要な以上不意打ちには向かない。その点、冷気ならこないだ冷蔵庫を封じているからすぐに放つことが出来る」
「そっかぁ。確かにそうだね。でも、前に冷気を放った時は完全には凍らなかったよね?」
「あの時は、君が消耗してたからね。
 それに、ガラテイアはあの後もエネルギーを吸って、より人に近づいてるから、石の身体よりも冷気が効きやすいはずだ」
石の身体では、元から固い為に冷やしてもあまり効果がない。
人間に近づいているからこそ出来たガラテイアの新しい弱点だった。
「それじゃ、そろそろ行こう」
「うん! 変身!」
アヤメはアイリスに変身する。
「みんな・・・後ちょっとだから、待っててね・・・!」
そして、1人と1匹は自宅を後にした。


 外は強い雨が降っていた。
薄暗い空と、辺り一面がびしょびしょに濡れている中、アイリス達がやって来たのは彼女が石化魔法を放った雑居ビルの近くだった。
ここはガラテイアが最後に人間を襲った場所であり、この周辺を境に布の服を着た石像と、石の服を着た石像が分かれている。
布の服の方はこの雨に濡れて石の肌に張り付いており、生地が薄い物に関しては灰色が透けている。
そして、石の服の像が並ぶ方に目をやると・・・

走るポーズをしていながら仰向けに倒れている女性。
互いに抱きあった状態でレストランのガラス窓に半身を突っ込ませ、テーブル上の料理が付着した2人のOL。
うずくまって泣いている少女の上に圧し掛かっているロングスカートの女性・・・この2体の下のアスファルトには大きな亀裂が入っている・・・
ドミノ倒しのように並んで倒れている走るポーズの幼稚園くらいの幼い少年少女達。
近くにはエプロンを着けた保母らしき若い女性が両腕を広げて庇うようなポーズで仰向けになっている。恐らく遠足か何かだったのだろう。

目に入る石像達全てがそのポーズと今の状態が一致しておらず、ガラテイアが暴れた事は明白だった。
「酷い・・・」
「エネルギーが吸えなくなって苛立っているんだろう・・・ さっきも言った通り、壊れる心配は無いから今は大丈夫。
 でも、元に戻す前に、何人かは場所を変えないと危ないかも」
「そうだね・・・ あれ、お母さんは・・・?」
そう、この場所にはエネルギーを吸われる直前で間一発アイリスによって石となったアヤメの母があるはずだった。
「確かこの辺りだったのに・・・
 あ・・・」
母があった場所に近づくと、アイリスはある事に気付く。
アスファルトに大きな亀裂と窪みがあるのだ。
そして、それは少しずつ間隔を空けて続いており、それを辿っていくと・・・
「っ! もしかして、あれ・・・」
その先には、ショーウインドウのガラスが大きく割れたブティックがあり、その割れた部分からはハイヒールを履いた足が覗いていた。
近づいて見るとそこにはバラバラになったマネキンと、それの上に圧し掛かる石像。
へたり込むポーズをした石像は横向きになっており、ガラスから外側に出た足は雨に濡れて色が変わっている。
そして、その顔を覗きこむと、アイリスのよく知る顔があった。
「・・・。 やっぱり、お母さんだ・・・」
その表情は恐怖の感情に満ちたまま凍りついている。
「お母さん・・・怖かったんだよね・・・」
そう言うと彼女は母親の像に抱きつく。
毎日、毎朝抱きつかれていたが、自分から抱きつくのは初めてだった。
本当だったら、きっと大喜びするのだろう。
だが、今は冷たく、固い感触が返ってくるのみだ。
「大丈夫。すぐに戦いを終わらせて、戻してあげるから・・・」
「アイリス。そろそろ・・・」
セタナに声を掛けられ、アイリスは母親の石像から離れる。
「うん・・・。そうだね。それじゃ、行って来ます。お母さん」
そう言うと、彼女たちはブティックを後にする。
振り返らず、真っ直ぐ前を見るアイリスに対しブティックを見つめ続けるセタナ。
彼は、アイリスが母親と接している間、店内を見回していたが
ショーウインドウから離れた奥の棚の服まで散らかっている事に気付き、疑問に思っていた。






 アイリス達が街中を歩いていると、遠くの方から

ドガッ ガコンッ ガシャン

といった、固い物がぶつかったり何かが割れる音が聞こえて来た。
アイリス以外で動く者がいない今、音が発生する原因は明らかである。
(ガラテイアだ!)
すぐに声を潜めると、立ち並ぶ店舗の陰に隠れながら、少しずつ音のする方向へ向かう。
やがて・・・
(いた! あそこだ!)
セタナが指す方向には、激しく苛立ち、石像にあたるガラテイアが見えた。

 だが、その姿には数日前に見た時とは大きく異なる点が一つあった。
そしてそれは、セタナがブティックで抱いた疑問の答えでもあった。
(服を着ている・・・!もうほとんど人間になった気でいるんだ!
 アイリス、準備は良い?)
(うん!)
少しずつ、ガラテイアに近づくにつれて緊張感が増していく。
アイリスのステッキを握る手にも力が入る。
(アイリス。たぶん話が出来るのもここまでだ。
 良い?冷気を放つのはアイツが石像から手を離した時だ。盾にされたらまずいからね。
 それと、放つ前に気付かれたらすぐに転移魔法で遠くへ離れるんだ。少しでも凍らせようとは考えないように)
(うん)
失敗が内容念入りに忠告するセタナ。
やがて・・・

ドゴォォォッ

石像が叩き付けられた音が響く。
そしてそれは、ガラテイアが石像から手を離した合図でもある。
そのガラテイアは次に怒りをぶつける石像を探してこちら側に背を向けた。
(今だ!)
セタナの合図と共にアイリスが飛び出してガラテイアへ向けてステッキをかざすと
「フリーザー!」
と叫び、セタナと共にすべての力を込めて一気に冷気を放出する。

「キャアアアアアアッ」

冷気はガラテイアの背に直撃し、悲鳴を上げさせる。
こちらを振り返ろうとしている時には既に動きがぎこちなくなっており、凍りはじめているのがわかった。

「な、生意気ね・・・ わたしの・・・ほ、方が、魔力が・・・う、上なのよ。
 凍り・・・つく、ま、前に、え、エネルギーをす、吸い取ってあげるわ」

言葉が途切れ途切れになりながらも自信に満ちたガラテイア。
数日前、婦警の後も人々からエネルギーを吸い続けていただけに、言葉遣いが更に人間に近づいていた。

 ギシギシと凍りかけた身体から音を立てつつこちらを向くと、大きく息を吸い始める。
その吸引力はそれまでの比では無く、ガラテイアの口へ向かって強い風が吹き出す。
「く・・ぅう・・・」
アイリスは、全ての力を冷気に集中させているだけに
吸い寄せられる力から抗い切る事が出来ず、少しずつガラテイアに近づいてしまう。
「こ、このままじゃ・・・」
そんなセタナの心配とは裏腹にアイリスが引き寄せられる速度はだんだんと落ちて行き、最後は完全に抗うようになる。
「アイリス、踏ん張れてるの!?」
「ち、ちが・・・あ、脚が・・・」
「!!!!」

 そう、それは彼女が脚に力を入れていたからでは無い。
脚が石となって重しとなっていた為である。
そして、それはガラテイアにエネルギーを吸われ始めている事を意味していた。
「だ、ダメだ! 今すぐ転移魔法を・・・」
「もう無理だよ・・・だって、腕が・・・」
アイリスの言う通り、ステッキをガラテイアに向けたままその腕は完全に石となっていた。
「でも、まだ諦めてないよ! 私が石になる前にガラテイアを凍らせちゃおう!」
「わ、わかった」
退く事が不可能となり、彼女たちは相手に冷気をぶつける事だけに集中する。

 やがてアイリス、ガラテイア、共に全身の動きが鈍くなっていく。
その固まり具合はほぼ同じ。
どちらが勝ってもおかしくは無い状態である。
「アイ・・・リス・・・! まだ大丈夫かい?」
「う、うん・・・」
極限状態が続き苦しくなる中、互いに声を掛け合う。

「あとちょっと・・・あとちょっと・・・!」
意識が朦朧としかけはじめる中、ガラテイアの頭部まで凍結しかけているのが見える。

 そして・・・ついに・・・
「風が、止んだ・・・」
ガラテイアへと向かう風が無くなった。そう、彼女は完全に凍結したのだ。
その様子を見届けたセタナは
「や、やった・・・ね・・・。アイリ・・・ス・・・・・・」
と言い残し、意識を失ってしまう。
彼の意識が消える直前に、物音は一切聞こえなかった・・・。





 しばらくした後・・・

(・・・セタナ!アイリス!聞こえるかい? セタナ!アイリス!)
(そっちにガラテイアが行ったと連絡が来て心配してたけど大丈夫?)
セタナの脳内にテレパシーで呼びかける2人組みの声が響く。
声の主はセタナの仲間だった。
「・・・ヒダカにチトセか・・・ガラテイアは捕獲したよ・・・今はカチカチに凍ってる・・・」
(!? 捕まえたのにどうしてそんなに暗いのよ! 周りの状況は!?)
戦いが終わったにも関わらず、暗い反応を示すセタナに、チトセと呼ばれた声が問いかける。
「死者は0人・・・」
(良かったじゃない!それならもっとテンションあげ・・・)
「生存者も0人・・・」
(!? それ、どう言うことよ! アイリスは・・・アヤメちゃんはどうしたの!?)
おかしな報告をするセタナにチトセは怒鳴り返す。
(落ち着け、チトセ・・・
 セタナ・・・ガラテイアと戦って、その報告と言う事はつまり・・・)
敵の能力とセタナの報告から冷静に状況を推測するヒダカ。
「・・・僕の視覚情報もテレパシーに載せるよ。それで状況がわかるから・・・」
セタナがそう言うと、すぐに2人の頭に映像が浮かびあがる。

 見えて来たのは、玩具箱をひっくり返したようにあちこちに散乱する石像と一体の氷像。
大きく口を開けたその氷像はアイリスによって凍らされたガラテイアだ。
(凄い・・・!やったじゃないの!アイリスは、アヤメちゃんはど・・・こ・・・・・・)
 動かないガラテイアを見て喜ぶチトセだが、
その手前側にある服を着た石像に気付いて言葉を詰まらせる。

 前の方へと向かってなびいたまま固定された可愛らしいツインテール。
それとは対象的に風を受けて後ろへはためくスカート。
白かったはずの服やタイツは薄汚れた上に、雨に濡れたままだった為ゴワゴワとなっている。
そして、苦しそうに前方を見つめるその顔は・・・アイリスその物だった。

(そんな・・・アヤメちゃん・・・!)
「・・・僕の作戦ミスだ・・・ 街の人を石にした後、戦う前に一人でもそっちから増援を呼ぶべきだったんだ・・・
 そうすれば相打ちなんて事は・・・」
セタナは石化したアイリスに触れながら、自分を責める。
(あまり自分を責めない方が良い。こちらもついさっきまで魔物を抑えるのに精一杯で増援を送る余裕は無かったんだ。
 別に彼女も他の被害者も死んだわけではない。君が立てた作戦はその時点では最良の選択だったんだよ)
「でも・・・」
(今は後悔するより、この後どうするかを考えなさい!
 このままだと、一人で魔物や九十九神を相手にしつつガラテイアの氷を維持しないといけないじゃない!
 そんな精神状態でそれが出来るの!?)
落ち込んだままのセタナに苛立ちを隠せなくなるチトセ。
(だから落ち着けって。
 だが、チトセの言う通りだ。かなり前の段階で敵に及ばなくなっているのに両方をやっていけるのか?)
「そう・・・だよね・・・」
厳しい事実を突きつけられ、余計に落ち込む。
(あ〜〜〜もう!見てられないわ! ヒダカ!こっちの戦力増強はもうすぐ終わるんでしょ?)
(あ?あぁ・・・もう一部は既に魔物を抑えに向かってるはずだ)
そう、実は2人が言うように、異世界側では魔物に対抗する為の戦力を増加させている真っ只中だった。
(なら、そろそろ余裕も出来るはずね! 私、そっちに行くわ)
(何!?)
「えぇ!?」
チトセの突然の発言に驚くヒダカとセタナ。
(だって、一人じゃ無理も同然でしょ?)
(確かにそうだな・・・それじゃ、よろしく頼む)
(よろしくね!)
「う、うん・・・。ありがとう、チトセ」
彼女の勢いに押されながら、少しずつ元気を取り戻すセタナ。
(それじゃ、準備してくるわね)
チトセがそう言うと、彼女とのテレパシーが切れる。
(セタナ、今の戦力増強が完了すればガラテイアの魔力に対抗出来るほどの戦力をそちらに送れる筈だ
 そうすればアイリスや他の被害者に生命エネルギーの再注入が出来る。
 それまでは、チトセと共に頑張ってくれ)
「ありがとう。ヒダカ・・・」
皆を戻せる希望が出来た事で、セタナから暗い雰囲気が完全に無くなった。
(あと、その街全体に忘却魔法と認識阻害魔法を掛けておこう。
 それで不要な混乱や騒動は抑えられるはずだ。
 それじゃ、そろそろテレパシーを切るぞ)
「うん、わかった」

 テレパシーが切断されると、ヒダカの言葉通り、街を囲むように2つの光の輪が発生し、すぐに消える。
忘却魔法と認識阻害魔法が掛けられたのだ。
その様子を見届けたセタナは、前へと突き出したアイリスの腕に乗り、顔を見上げて話しかける。
「アイリス・・・いや、アヤメ。こんな事になってゴメン・・・
 でも、もうすぐ・・・もうちょっと先になるかもしれないけど絶対元に戻すから。
 そしたら、またまりもと一緒に遊ぼうね。
 ・・・あ、まりもには元に戻ったらモフモフさせてあげよう。
 それから・・・・・・・・・」

 みんなが元に戻った時の事を考え、楽しそうに語るセタナ。
その表情は希望に満ちていた・・・・・・・・・


戻る