東方白兎襲「同盟の計略」

作:G5


―― 3月14日 ホワイトデー当日 ――

―― 紅魔館 ――
「お嬢様、はいどうぞ」
長い貴族の座るような大きなテーブルの上座に一人の少女と従者がいた。
館の主、レミリア・スカーレットとメイドの十六夜 咲夜。
咲夜がテーブルに出したのは大きなプリンだった。
器に盛りつけられたプリンの周りには生クリームが飾られ、イチゴやメロン、キウイにオレンジと
周りには色とりどりのフルーツが彩られ、上には真赤なサクランボが一つ。
しかし、鮮やかで美しいプリンを前にそれに負けず劣らずの可憐な主は
「ありがとう、いつもすまないわね。でも今日はやけに豪華じゃない? どうしたの?」
「はい、今日はホワイトデーということで、先日のバレンタインデーのお返しも含めています」
咲夜は少し照れ気味に訳を話す。
「そうだったわね、実は私からもお返しがあるわ、これよ」
レミリアの手には小さな袋が握られていた。
「お嬢様……これは……」
「あまりうまく出来なかったけどね、一応頑張ったんだから受け取りなさい」
それはクッキーだった。
出来はあまりいいとは言えない。
形は不格好でところどころ焦げた跡もある。
でも咲夜には分かっていた。
昨日の夜、お嬢様がパチュリー様に聞きながら、思考錯誤でこれを作っていたことを。
今ではもう見えないが今朝までお嬢様に手には絆創膏が張られていた。
「……ありがとうございます、お嬢様」
咲夜の顔は幸せで満ちていた。


―― 白玉楼 ――
「ねぇ妖夢。今日が何の日か知ってるわよね?」
幽々子が台所で給仕している妖夢に大きな声でわざとらしく尋ねる。
「……分かってますよ、今大福を作ってますからこれで勘弁して下さい」
台所から丸いお盆に乗せられて大量の大福が運ばれる。
「フフ、ありがとう妖夢。やっぱりあなたが作る大福は最高ね」
「いえ、そんなことはありませんよ」
照れ隠しに持っていた木製の大きな丸いお盆で顔を隠す。
「じゃ、いっただきま〜す」
大福をひとつ手にとり口へ運ぶ。


―― 寺子屋 ――
「ふぅ……」
ちょうど休み時間なのか一息付く慧音。
「おう、ここにいたのか」
扉をガラガラと開け、袋をもった妹紅が入って来た。
「なんだ妹紅か、どうしたんだ?」
「いやなに、いいものが手に入ったからちょっとな」
妹紅の持つ袋を開けると、中には指輪が二つ入っていた。
金色のちょっと高そうな指輪だ。
「どうしたんだこんな高そうなもの?」
「いやな、この前助けた人がお礼にってくれたんだけど、せっかくだからお前にもひとつと思って」
「妹紅……ありがとう、ではさっそく」
二人は互いに指輪をはめる。
「……どうだ、似合ってるか?」
「ああ、大丈夫。妹紅も似合ってるよ」
「……」
「……」
二人とも急に恥ずかしくなり、黙ってしまった。


―― 守矢神社 ――
「お〜い、早苗〜」
守矢神社の境内にて掃除をしていた早苗の元に二人の神が舞い降りる。
「あ、お二人ともどこにいってたんですか? 姿がないので心配してたんですよ?」
「いやぁ〜ちょっと買い物にね」
「それはいいとして早苗、ほら、これ」
神奈子が渡してきたそれは手鏡だった。
「? 神奈子様これは?」
「先月のバレンタインデーにチョコもらっただろ? それのお返しを買いに行ってたんだ」
「またお菓子でもよかったんだけど、この前お前の手鏡割っちゃっただろ? だから二人でこれをさ」
早苗は感極っていた。確かにお気に入りの手鏡だったがまた買いなおせばいいと思ってそのままにしていた。
それをまさかお二人から頂けるとは夢にも思っておらず、目から涙がこぼれおちる。
「早苗?」
「あ、いえ……ありがとうございます。その、なんかうれしくって……」
早苗は手鏡を胸に抱えてその場で泣いた。
「そうだ、私からもお二人に渡すものがあったんでした。えっと……これです」
そう言って早苗が取り出したのは手造りの人形だった。
「これは……」
「お二人のために作ったんですけどどうですか?」
「いや、ありがとう早苗」
「ありがとう」
まだ寒さの残るこの季節に守矢神社はほんのり暖かかった。


―― 永遠亭 ――
「お師匠様、これ……」
優曇華が手に小包を持って永琳の部屋を訪ねてきた。
「なにかしら……あら? その小包は?」
「さぁ……玄関にありました。中身はお師匠様宛なのですが……」
「なにかしらねぇ、あらこれは」
箱の中には水晶玉が入っていた。
「なんに使うのかしらね……普通の水晶玉のように見えるけど……」
「なんですかね……」
優曇華はいらなくなった箱を片付けようと立ち上がる。


―― てゐの隠れ家 永遠亭監視用 ――
「フッフッフ、さていよいよこの私! 因幡 てゐの逆襲劇の始まりよ!!」
てゐの手には昨日にとりから渡されたリモコンが握られている。
「さぁ、私の恐ろしさ……たっぷりと味わうがいいうさ!!!」
てゐがリモコンのスイッチを押した瞬間、隠れ家の屋根に取り付けられた電波塔から強力なエネルギーの波動が幻想郷中に広がった。
それは各地に設置された10の中継アンテナによって瞬く間に広がっていき、幻想郷を蒼いもやのようなエネルギーが覆い尽くした。


―― 紅魔館 ――
エネルギーが紅魔館を直撃し、異変が館を襲う。
「!? きゃぁぁぁぁあああああ!?」
今まさにプリンを食べようとスプーンを握っていたレミリアはそのままスプーンと同じ銀色の像に変わってしまった。
プリンにスプーンを突きたてようとした格好で。
咲夜は手に持ったクッキーを一口つまみ、それを目で味わっていた。
その顔は幸せそうで、自分の身体が今食べようとしているクッキーそのものに変わっていることにも気付かないまま、
彼女は香ばしい香りを漂わせるクッキーになった。
美鈴は柱に身体を預けていたせいかそのまま柱にとりこまれるように同化した。
小悪魔は片付けの途中だった本に挟まれ、本自体になって床に落ちている。
それをパチュリーは何事もなかったように広い、自分の椅子に座ってそれを読み始めた。
「ごめんなさい、あなたもどうにかしたかったけどあいにくこのバッジは私の分しかないの」
紅魔館は一カ月前と同じように再び静寂へと誘われた。


―― 白玉楼 ――
「あ〜ン……!?」
今まさに自分の手にある大福を食べようとしていたら、大福がなくなっていた。
いや、それどころか目線もどこか違う。
ちゃぶ台の足がすぐ目の前にあって、地面がすぐ近くにあった。
そう、幽々子は大福になってしまった。
自分の立場も分からず、それでもあせらず自分の従者の名前を呼ぶ。
(よ〜む〜、ど〜こ〜?)
しかし、声にならないの叫びは届くわけもなく、白玉楼は静寂に包まれた。
あたりをきょろきょろと見渡すと、さっきまで妖夢が抱えていたお盆が床に落ちていた。
よく見ると、さっきまでとは模様もどこか違う、そんな気がした。
(妖夢……)
そう、そのお盆はまさに自分が今探していた魂魄 妖夢だった。
丸いお盆に妖夢の顔が描かれていて、まるで本人を上から押しつぶしたようだった。
しかし違うのは、それが肌色ではなく、木で出来ていることだろう。
木になったせいか妖夢は表情一つ動かさず、少しさびしくなってきた。
(……まぁだれかがなんとかするでしょう)
とりあえず今を楽しむことにしたのであった。


―― 寺子屋 ――
「……」
「……」
いわずとも分かるだろう。
そう、慧音と妹紅の二人は指にはめた金の指輪と同じ金の像となっていた。
二人で照れた表情はどこか見ていてほほえましかった。


―― 守矢神社 ――
「なんだ!?」
「なに?」
「ほぇ?」
三人ともなごみすぎていて、エネルギーの波動を感じたのはまさに直撃まであと数十センチのところだった。
防御など意味もなく、波動を直撃した三人は光に包まれた。
そして光が止むと三人の姿はどこにもなく、地面に緑色の手鏡と人形が二つ落ちていた。
もともと手鏡は青銅色だったが今では鮮やかな緑色となり、手に持つ部分には白いヘビが巻き付き、
鏡に部分はどこかカエルを象ったようにも見える。
早苗の作った人形は布と綿で作ったお世辞にもうまいといえるものではなかった。
だが、今ここにあるのはまさに本人とそっくりの人形だった。
注連縄やZUN帽までそっくりに作ってあり、無論早苗にこんな器用なことが出来るわけではなかった。
一筋の風が吹いて、今まで立っていた竹箒がバタリと倒れる。


―― 永遠亭 ――
「ん……ここは? わたしは一体……!?」
永琳は水晶玉を見ていた時に強烈な光に襲われて、気付いたらどこか狭いところに閉じ込められていた。
「優曇華? どこにいるの?」
いくら呼んでも優曇華は返事をしない。
「ここはどこかしら? なにか丸い感じの透明な壁……最近こんなものを見た気がするんだけど……まさか!?」
永琳はガラスに顔を当てて、外をよくみた。
そこは自分の部屋、でもなにか違う。部屋のものがやけに大きい。
「やっぱりここはあの水晶玉のなかなのね」
「そのとうりだよお師匠様!」
「!?」
声が聞こえた方を見るとそこにはてゐが立っていた。
それもなんか大きい。
「気分はいかがですか?」
「……こんなことをしてただで済むと思っているんですか……」
しかし、てゐは笑みを崩さない。
「分かってるうさよ、だからこれからが本番、お楽しみはこれからうさよ……」
てゐの笑いが今だけ不気味に響く。
このあと自分に襲いくる恐怖を永琳は感じずにはいられなかった。

つづく


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