食欲のそそられる液体の製造方法

作:G5


私が目を覚ました時、そこは大きな倉庫だった。
「ここは・・・?」
記憶をたどってみるが、買い物帰りに急に目の前が真っ暗になったことまでしか思い出せない。
「気がつかれましたか?」
声が聞こえたのは倉庫の奥の方、灯りが届いていないので姿までは見えないが、声を聞く限り男の声だ。
「検体番号00145、深稲 東花。16歳、意識正常・・・異常なし、と」
男はまるで陳列棚に並ぶ商品の点検でもするように手元の紙に書き込んでいく。
周りを見ると私以外にも何人かの女性が横になっている。
「目が覚めた奴から順にと言っていたからこいつでいいか、よしお前、こっちについてこい」
私の方を指さしながら男が命令してくる。
抵抗してやろうかと思ったが、この状況で暴れたところで何にもならないだろうと踏んで、大人しくついていくことにした。
連れて行かれたのは倉庫の奥の怪しげな機械やビンが所狭しと並んでいる場所だった。
「ここに入れ」
男に促されたのは人一人が余裕で入れる大きなカプセルだった。
カプセルの横にはなにやら慌ただしく稼働している装置があり、そこから伸びるコードが他のカプセルにもつながっていた。
他のカプセルの中には茶色い液体が入れられており、中は濁っていて見えない。
「・・・いきなりそう言われてもね、少しくらい説明してくれたっていいんじゃない?」
「・・・・・・」
男は一瞬黙りこむと無線でどこかと連絡を取り、やがて口を開いた。
「お前は何も知らないようだから教えてやる。ここはある会社の商品の製造工場だ。そしてお前たちはある商人から買ったいわば賞品。そしてお前たちの仕事はここで新しい商品を作り続けること」
いきなりのことで頭が混乱しそうだが、いわば私は奴隷なのか・・・
他国じゃ最近はやっていると聞いてはいたがまさか日本でそんなことが行われていたとは知らなかった。
私が大口空けて驚いていると、男は怪訝な顔をして問いかける。
「あまり驚いてはいないんだな、他の奴らは泣きわめいては騒ぎ立てるのに」
「別に驚いていない訳じゃない、ただ私はただ日常に飽きていたからこういうのを待っていたからかもしれないわね」
そう、私の人生は平凡だった。
私の一生はこの程度のつまらないものなのかと、まるで周りに溶け込んでしまった水彩絵の具のように自然にそこにいるのが当たり前のようになってしまったことがいやだった。
どうせなら周りの配色を無視したような色の濃い赤や黒をそのきれいなキャンバスにぶちまけたいとそう願っていた。
でも現実にはそんなことが出来るわけなかった。
私も一人の人間、他と違う存在でいたいと思う一方でただ孤独になることを恐れていた。
だから私は傍観者と決め込んでいた。
輪の中に入っているけどそれはメビウスの輪のようにただ一人だけ裏っ返しになっている。
そんな場所からみんなの輪を見つめていたかった。
だからこんな非日常の世界に足を踏み込んだ今の方が心の底で何かがざわめいているのを感じる。
「・・・そうか、お前みたいなやつは久しぶりだな・・・なら、お前がこの後どうなるか教えてやろうか?」
それは男が珍しさに思いついた気まぐれか、私の心情察しての心遣いか、私はその申し出を受けた。
男が見せたのは丁度まだ液体の入っていないカプセルだった。
そこには裸でカプセルの中を叩いて必死に助けを請うようなそんな表情をした黄金像が入っていた。
「我々が作っているのは食卓で見る、いわゆる『焼き肉のタレ』というやつだ。その材料、というかある成分の抽出のためにこの黄金像が必要なのさ」
「・・・これ、元は人間ですか・・・」
私が質問すると男は無言でうなずく。
それで私は悟った。この人も好きでこんなことをやっているのではないと。この人にも家族がいるだろうしそれを養うには給料がいる。
「私もこうなるんですね・・・」
「あぁ、こうなったらもう意識はない、後は隣のカプセルのように原液を注入されるだけだ」
そして男は私をカプセルの裏側を見してくれた。
そこには茶色く濁りところどころが溶けてしまった女性を象った像が乱雑に放置されている。
「これは成分を抽出し終わった残骸だ。こうなってはもう人に戻ることはない。成分は命を削って絞り出すから絞り切ったこれらはもうただの塊だ。後は事後処理した後使えそうな部分だけ取り出して加工される。他は・・・」
言わなくても分かる。この結末を見せたのはきっとこの男の罪を認めて欲しいというただの自己満足だ。でも私はこの男に感謝しようと思う。
なぜなら私は本来何も知らされず、ただ金の塊となって命尽きるまで絞られてやがてはこの人だったモノのように捨てられていただろう。
「私は貴方を恨んだりしません。こうなった以上私は自分の運命を受け入れます」
「・・・あんた、大したもんだよ・・・」
私は男にとびっきりの笑顔を送って自分からカプセルの中に入っていく。
もとから手術着のような薄い布しか来ていなかったので私はそれをスルリと床に落として生まれたままの姿になる。
私が入ったのを確認すると男は操作盤をいじくって機械を動かす。
「ちなみに貴方の名前ってなんていうんですか?」
最後に話す人の名前くらい覚えていたかった。
「・・・俺は江原っていうんだ、嬢ちゃん準備はいいかい・・・」
「私は・・・って分かってますよね、私の名前は・・・そうだ。ひとつだけお願いがあるんですけどいいですか・・・?」
「?」
男に私はひとつの頼みごとをした。それが本当に叶うのならいいがこの人はきっと届けてくれるだろう。
「分かった、任せてくれ・・・」
男はそういうとまた操作に戻る。
カプセルの扉が閉まり、下から透明な液体が流れこんでくる。
液体は徐々に私の身体を飲み込んでいく。
つま先の方から金色の染みがじわじわと広がってくるが、不思議と痛みはない。
それどころかどこか解放感が胸の奥から湧いてくる。
染みがつま先から踵、足首、ふくらはぎと進み、液体も腰まで飲み込んでいる。
私の身体が人から冷たい金属に変わるにつれて解放感もどんどん膨れ上がっていく。
そうか、これが私の欲しかったものなのかな・・・
もうすでに液体が頭まで包み込み、髪と顔の一部を除いて金色に染まっている。
最後に眼を閉じて口元をゆるめると、そこには笑顔で微笑む黄金像が完成していた。
液体が抜かれてまた別の液体が注がれる。
やがて中の様子は完全に見えなくなり、東花は完全にこの世界から解放された。


数日後

ある家に小さな小包が届けられた。
送り主は娘からだった。
中には手紙が入っており、そこにはこう書かれていた。
『お父さん、お母さん、心配かけてごめんなさい。私は今海外にいます。ちょっとした都合で訳は言えませんが無事です。この先何があるか分からないけど私のことは心配しないでください。いつかまた帰ってくるのでそれまで待っていてください。 東花』
小包の中には一本の『黄金のタレ』が入っていた・・・


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