作:G5
ここはこの世ともあの世とも違う狭間の世界。
周りの世界は歪み、1歩前が1メートル先なのか100メートル先なのかも分からない世界。
そんな世界の片隅に建物が一つ……
それは一見するとただの廃墟にしか見えないが、そもそもこんな場所に建物があること自体がおかしなことだ。
周りは建物を中心として、半径500メートル程の円形の地面が見えるだけで、そこから先は闇に包まれて見えない。
そんな殺風景な場所に、少女は立っていた。
紺のブレザーに赤いネクタイ、膝上くらいのチェックのスカートをはいて、ベージュのセーターを着込んだ少女は肩より少し長い髪の先を指でクルクルとしながらこの状況に困惑していた。
この殺風景な場所には場違いな少女はじっと立ち止まったまま思考を巡らせる。
「……おかしいなぁ、確かあの道は公園に繋がってたはずなんだけど……」
考えが声に出ながらも、誰もいないこの場所では関係ないとして、気にはしていないようだ。
少女は学校からの帰り道、急いで家に帰るために、普段はあまり使わない路地裏の近道を通っていたはず。
しかし、いつの間にか彼女は、この狭間の世界という常識外れな空間に迷い込んでしまった。
「近くに人の姿もないし、時間は5時、まだ明るいはずなのになんでこんなに暗いの?」
少女の目に映るのは、廃墟と暗闇だけ。
それ以外には人はおろかなにもなかった。
「とりあえずあの廃墟に行ってみるしかなさそうね……」
このまま考えても埒がないと、ひとまず廃墟に足を運んでみる少女。
―― 廃墟前 ――
近づいてみるとその不気味さが余計に際立つ。
窓は全部割れ、外壁は崩れ、ここがどのくらい放置されていたのか分からないほどだった。
窓を数えると4階建てのようだが、4階から屋上までに妙な空間があることが気がかりだった。
すでに機能していない自動扉を見つけ、手動ではあったが中にはいることには成功した。
―― 玄関 ――
中は意外と壊れていなく、まだまともな様相だった。
「けっこう立派なのね……もっと壁とか崩れてるのかと思ったけど」
スイッチを探して灯りが着くか試すも、電気は案の定通っておらず、付かない。
とりあえずかばんに常備してあった懐中電灯を探していると、
「あ、あの〜?」
ビクッ!?
後ろから急に声を掛けられてびっくりした私は、慌ててかばんを落としてしまった。
あたふたと荷物を拾っていると、声の主も手伝ってくれるようだ。
「近藤……き…いさん?」
声の主が唐突に私の名前を呼ぶ。
どうやら私の生徒手帳を拾ったようだ。
「え……あぁ……、うん、そう、私は近藤 紀衣(こんどう きい)です。あなたは?」
私が自己紹介をするともうひとりの少女がゆっくりと口を開く。
「こよみ……神原 暦(かんばら こよみ)です……」
荷物の中から懐中電灯を見つけ、彼女の顔を照らす。
暗くてよく分からなかったが、まだ幼さが残っていて、小顔できれいな娘だった。
黒い髪を後ろで一つにまとめ、丁度腰くらいまで伸びている。
前髪が長くて表情までは読めないが、恥ずかしがっているようだ。
「暦さんだね、歳は? 中学生?」
「いえ……高一です……」
「え、うそっ!? 私と同い年? ごめん、てっきり年下かと……」
「いえ、いいんです……慣れてますから……」
気まずい空気になってしまったのでなんとか話題を変える。
「そういえばここがどこだか分かる?」
「いえ、私もいつのまにか……ひとりで心細かったので、ここにいたんです」
どうやら彼女も私と同じでいつのまにかここに迷い込んだらしい。
やっぱりここは私が偶然迷い込んだ訳ではなく―――
「誰かに連れて来られた……?」
「…!? 誰かって、だれですか?」
「いえ、可能性の範囲よ。でもこの異常な事態が人為的に可能なのかということだけど……」
そう、これが人為的だとして一体なんのために? そしてどうやって連れて来られたのか?
私たちは別に眠らされたわけでもなく、普通にここに足を運んだ。
人が入り込むよちなんてなかったはず……
とりあえずここに居ても仕方がないので私たちは奥の階段から2階へ移動した。
―― 2階 事務室 ――
階段を上がるとすぐ左に“事務室”と書かれた部屋があった。
私たちはなにかここのヒントがあればと思い、中に入る、すると
「「「 !? 」」」
3人の制服を着た少女が中を探索中だった。
「……あなた達は……?」
とっさに身構える私と背中に隠れている暦を見て、警戒しているようだ。
私は構えを解いて彼女達に話しかける。
「私たちは怪しいものじゃないわ、ここがどこなのか知りたいだけなの」
少女達は一瞬険しい表情を見せたが、すぐに警戒を解いてくれた。
「……私は雪、こっちは友達の深夏と春香よ。私たち、いつのまにかここにいて、なにがなんだか分からないからとりあえず手掛かりを探していたのよ」
3人は私達と同じ高校生で、帰り道の途中で迷い込んだらしい。
リーダー格の少女が相澤 雪(あいざわ ゆき)。赤いヘアバンドを付けた元気そうな娘だ。
となりでまだ何か探している小さいのは桐沢 深夏(きりさわ みなつ)。
それを母のように見つめるのが森下 春香(もりもと はるか)だった。
「そうなんですか、私は紀衣、こっちはさっき知り合った暦です。よかったらいっしょに行動しませんか?」
私の提案はすぐに受け入れてもらえた。
大勢で行動した方がなにかと安全と判断したようだ。
この場所を探索して分かったことはここが私たちのいた場所とは全く違う場所であること。
みんな自分の足でここに迷い込んだこと。
そしてここの業務用と書かれた案内からここには地下が存在するということ。
私たちは他に人がいないか上の階から調べることにした。
――2階 通路 ――
「それにしても、なにもないな」
「ああ、なにもない」
「ないですね」
「ないね」
「……」
私のぼやきに雪、春香、深夏、暦と続く(暦は喋ってないが)、みんな同じことを考えていたようだ。
ホントになにもないのだ、幽霊が出たり、殺人鬼が出たり、本来そういうのが出るだろうと誰もが予測するのに一切出てこない。
いや、出てきてほしい訳ではないのだが……
「どうする……人を探そうにもこれじゃあ……あれ? 春香さんは?」
さっきまで私たちの後ろ側を歩いていたのにいつの間にか居なくなっていた。
誰も行方を知らないどころかいつ居なくなったのかも分からない。
(この展開は……やっぱり……)
私の頭の警報が鳴り響く。
「……ち、みんな、急いで春香さんを探しましょう」
―― 2階 ??? ――
居なくなった春香は同階の空き部屋にいた。
最後尾を歩いていた時、急に後ろから引っ張られ、この部屋につれて来られてしまった。
「い、いやぁ、来ないで……」
春香の前には、犬のかぶり物をした人が1人。
体格だけでは、それが男なのか女なのかも分からなかった。
ただ犬マスクの手には、怪しいビンが握られている。
青々とした液体はどこからみてもあやしい薬に間違いなかった。
犬マスクは春香をじわりじわりと部屋の隅に追いやる。
春香としても、なんとか隙をついて逃げ出したかったが、そんな隙など欠片もなく、とうとう角に追いやられてしまった。
「お願いします! お願いします! なんでもしますから命だけは……」
「………………」
懇願する春香だが犬マスクは一切返事をしない。
それでも必死に命乞いをする春香のあごに犬マスクの手が置かれる。
あごを上げられ、目を見開いて涙を流す春香の表情には絶望しかなかった。
犬マスクが手に持っているビンを春香の口元に運ぶ。
「ひっ?! や、やめて……」
最初は抵抗した春香も狭い隅ではろくに動けず、その液体を飲んでしまう。
「う、あ……ゴク、はぁ、はぁ、はぁ……」
無理やり飲ませられたので、少しむせたが体調に別段影響があったわけではなかった。
「はぁ、はぁ、あなた……一体…なにを飲ませたの?」
質問の答える気がないのか犬マスクは無言のまま部屋を出て行く。
「ちょっ、待ちなさいよ! 質問に答え……ッッ?!」
急に胸の奥から苦しくなる。
まるで胃酸が逆流してくるような痛みに襲われ、その場でうずくまる春香。
身体の中が焼けるような苦しみが春香を襲う中、身体の外にも影響は出ていた。
「う、はぁ……?! なに? 足が……?!」
春香の足は膝から下が灰色に塗りつぶされていた。
染みが広がるようにじわじわと今も上へ上へと広がってくる。
ただ灰色になったのではなく、表面もざらざらと石のように硬くなってしまった。
身体の中から来る痛みと、外から来る恐怖によって、春香の精神はもう崩壊寸前だった。
「……う、ぐぅ、はぁッ!! お…かあ……さん…………」
灰色の波はもう腰にまでおよび、春香の精神は崩壊した。
意識を失って、虚ろな目でよだれを口から垂らした格好で春香は床に倒れている。
灰色の波も胸、肩、腕と、首から下の自由を奪った。
もっとも、自由を奪ったところですでに春香には抵抗する力もないが、
そしてとうとう波は首から上にまで浸食し始めた。
涎を流したまま開け放たれた口も。
涙に溢れた虚ろな瞳も。
きれいに整った鼻、耳も。
全てが灰色に染め上げられる。
最後に髪の一本一本が石に変わると一体の石像がそこにはあった。
6畳の部屋の真ん中に頭をドアに向け、胸を押さえながら涎や涙を流した石像。
服は暴れたときに乱れ、整った制服はボタンが取れ、ブラウスもほどけて下着がボタンの隙間から見えている。
髪は床に広がり、大人しそうな雰囲気からは想像できない淫らな姿だった。
『新月』だった月はいつの間にか灯りが戻り、『既朔』になっていた。
紀衣達が春香を発見するまであと半刻ほど……