作:G5
成城学園高校。
周りを堀と林に囲まれた全寮制の女学園である。
校舎は南館と北館、そして両方の校舎を繋ぐ空中通路があり、通路の真ん中から階段が伸びている。
そこを降りると職員室や事務室などがある中央館に出ることが出来る。
近くの街まで歩いて30分、車で10分ほど掛かるので、買い物とかは不便でしょうがない。
寮は校門を出てすぐに第1寮から第3寮までが立ち並んでいる。
なぜこのような辺鄙な場所に学校があるかというと、この学校の特殊な教育課程が関係してくる。
この学校は大学のように学部というほどではないが、いくつかの専攻がある。
進学、就職、情報などの専攻学生は南館で学び、資格やセンター対策などの授業を受けている。
そしてもう一つ、わたしが通う北館の専攻はというと……
キーンコーンカーン
授業の終わりを告げるベルが鳴る。
この学校の中央館の屋上にはよく協会などにある鐘がある。
その鐘が始業と終業の合図を鳴らしている。
正直窓際で鐘に近い私は自堕落な安眠を妨害されて少し不機嫌だ。
授業の終わりが待ちくたびれて寝てしまった私としても、これで今日の授業は終わりかと思うと、待ち焦がれていた鐘も少し寂しく聞こえてしまうのは私がもっと授業を受けたいということなのだろうか?
それもしかたがないことかもしれない。
なぜならこの学園は全寮制のうえに街から離れている、つまりは、なにもない。
放課後だからといってカラオケや買い物に行くとか、そういう女子高生的な楽しみもなにもないのではまだ授業の方が退屈しないのかもしれない。
「じゃあ今日やったところは復讐しとくように、それと明日は課外実習だ。動きやすい靴を用意しとけよ」
担任の安形が声を張り上げて叫ぶ。
そんなに大きな声出さなくてもこっちは20人しかいないんだから聞こえてるっての。
そう、私達のクラスは20人しかいない。
理由は私達のいるクラスの専攻が特殊なため、人が少ないから。
私達の専攻は"生体科学"
どこぞの大学が研究していそうな専攻だが、いわばそれを高校のうちから研究しておこうというものだ。
さらにここでの研究を無駄にしないために進学先の大学には特別推薦枠が用意されている。
つまりはこのクラスにいる時点で進学先は決まったも同然なのだ。
そして今私たちが研究しているテーマは「ヒトの保存方法について」
現実離れしていると思うだろう?
だが実際はそうでもない、人の生殖細胞のバンクやロシアの偉大な方は現に冷凍保存というものが採用されている。
それを生きた人間に実行、保存し、解凍後も自由に動くことができるのならば、人類は飛躍的進化を遂げるはずなのだ。
例えば人類が宇宙に行く場合、強烈なGにより訓練を受けなければ危ない場合でもこの方法を使って、宇宙で解凍すれば安全かつ大勢の人間を動かすことが可能になるのだ。
さらに言えば超長距離の宇宙間移動も人類の寿命という概念から切り離された保存状態ならばそれも可能になる。
まぁそんなわけでこんな特殊な学科を受けたがるのは私らのような変わった連中なわけで、中にはこんなのもいる。
「すっみれ〜、やっと今日という日が終わったのさ! ならやることは決まってるよね? さぁ二人で誰もいない林をデ…もとい散歩しよう!」
「今デートって言いかけたよな? それになんで人気もない林をあんたと二人で歩かなければいけないんだ!」
「それはもちろん! 私のエゴさ!」
「威張って言うな!」
バコンッ
机の脇に掛けてあったカバンの角で思いっきり殴る。
今おでこを押さえてうずくまりながら隙あらば再び襲いかかろうとしているのは同じクラスの"久地浦 楓(くちうら かえで)。
右で纏めたサイドアップの赤いフレームの眼鏡が特徴的な少女である。
ちなみに私は身長が170くらいとそこそこに大きい、そして彼女は150あるかないかくらいのミニサイズだ。
そんな少女とは小学校からの腐れ縁でずっと同じ学校に通っている。
とはいっても最初からこんな感じだったわけではない。
小学校の時はクラスは同じでも別のグループだったし、あまり面識はなかった。
こんな風に付きまとわれ始めたのは忘れもしない中1の夏、ファミレスで友達と食事をしていた私はとなりの席でなんかどっから見ても"私不良で〜す"とアピールするような、まさにそんなやつにからまれているこの子を発見したのが運のつきだった。
始めはその子が誰かも分からなかったが、それが一応同級生だということに気付いた私は一応助けてやるかという考えで不良の肩をたたいた。
「あぁぁ〜ん? てめぇ一体なんのようだってんだぁ? あん?」
うわ……こんな不良みたいな言葉使うやつホントにいたんだ……と呆れた感じの表情を読まれたのか、不良は怒鳴り散らしながら私に殴りかかってくる。
それを軽く受け流してそのまま拳を不良のみぞ落ちに叩きこんでやった。
正直小さいころから通わされてめんどくさいと思ってた合気道教室もこの年になるとなかなかに使えると思えてきた。
護身用にはもってこいだし、なによりダイエットには最適な運動になる。
だからっていきなり実戦で自分より大きい、それも男の人を倒せるほど強いわけじゃない。
今回はたまたまこの不良がバカ正直に拳をまっすぐ振るったからかわせただけで、ちゃんとした人が相手だったらただの女子中学生が勝てる相手なんてそれほど多くないのだ。
だが彼女にはそんなことは関係ないようだった。
彼女が私を見る目は輝いている。もはや私が彼女を助けたという事実が彼女の頭の中で延々と再生されているようだ。
それが私"釧枝 すみれ"と"久地浦 楓"との出会いだった。
それからだ、彼女が私にちょっかいをかけてくるようになったのは。
後から知ったのだが実は小学校時代から私を気にかけていたらしい。
今思えばあの不良騒ぎも彼女の演技だったのではないかと思えてしまうのが怖い。
という訳で今に至る。
「じゃあ私帰るから。今夜の食事当番あたしだしね」
床に伏せている楓にそれだけ告げると私はカバンを片手に教室を出る。
「あ、待ってよすみれ〜」
急いで起き上がってあとを追ってくるが私は無視して進む。
そうなのだ、私達は同じ寮の同じ部屋で一緒に暮らしている。
最初はこれは学園側の陰謀か楓が裏で手をまわしたのかと思ったがなんてことはない。
ただ名字が近かっただけだった。
この時ほど自分の名前が恨めしかったことはない。
なぜならこいつは同じ部屋にいることをいいことにいろんな手で私に近づいてくる。
(まぁ別に嫌いってわけじゃないけど限度があると思う)
そんなこんなで私達の寮についたわけである。
私達の寮は第2寮の2階の角部屋。
寮は卒業生の空いたところを使うから一年の私達としてはとても使いにくい。
なぜなら掃除しているとはいえ前の先輩の生活跡が多々見られるため後始末が大変なのだ。
それが伝統になっているのだが……そんな伝統作らなくてもいいのに。
「ふぅ〜……」
ネクタイをゆるめながらソファに腰かける。
この部屋はそれなりに広い。二人用の設計なのかベッドも二つ置けるくらいに広いリビングにキッチンとバスルームが付いている。
「すみれ〜ひどいよ置いてくなんて……」
むくれっ面で部屋に入って来た志保は文句を言いながら汗をふく。
どうやら追いつくために走って来たようだ。
「ごめんごめん、コーヒー入れるけど飲む?」
キッチンに向かいながら志保に尋ねる。
「……飲む……」
「ミルクと砂糖は?」
「ミルクだけ……あ、待って! やっぱり砂糖も欲しいかも」
「はいはい」
フフ、素直じゃないなぁ、こうしているとかわいい少女なんだけど……
少しだけ笑って彼女に微笑むとコーヒーパックを探して棚を漁る。
「はい、コーヒー。ミルクと砂糖入りね」
「うん、ありがとう」
二人でひとつのソファに座る。
「こうやって二人で暮らし始めて結構立つけどさ……」
感傷に浸った私は少しだけ胸の気持ちを楓に打ち明ける。
「私はこれまであんたを邪険にしてきたけど別にあんたが嫌いだとかそういうわけじゃないんだよ?」
「……」
「あんたがこうやって私を慕ってくれるのはうれしいの。でもあんたのやり方がいつも度を超えてしまうからそうなってしまうだけで私はあんたのことを好きだとも思ってるんだよ……」
「すみれ……」
楓は黙ってこっちを見ている。少し顔が赤いのは気のせいということにしよう。
「だからさ、もっと普通の付き合い方しようよ、ね?」
「……」
楓は沈黙する。
そのまま少しの間私達はこの小さなひと時を静かに過ごしていた。
私はこれで彼女がおとなしくなってくれることを望んでいた、でもそれは私のただの希望でしかなかったことを……私は知る………
「で、そんな感じのいい雰囲気だったわけなんだけどどうして今私はこんな格好でこんな場所にいるのかな?」
私は今両手を鎖で繋がれてどこかの研究室のような場所に閉じ込められている。格好はなぜか着ていた制服を剥がされ、下着に靴下というなんともマニアックな格好だった。
「それは私がしてやったのさ!」
そして私の前には制服の上から白衣を着た楓が立っている。眼鏡が光の加減で光っているのか眼が見えないのがいかにもな雰囲気を作っている。
どうやらあの後うっかり寝てしまったのかその辺の記憶があやふやになっている。
「それでここはいったいどこさ?」
ここは学校の施設ではなかった。いろんな機材が並んでいたが、どれも見たこともないものばかりだ。
「ここは寮と寮を繋ぐ地下通路にある隠し研究所です」
「隠し研究所?」
うちの寮には非常時に移動が出来るように地下通路が整備されている。
「そうなんです。私はこの地下通路の掃除を任された時に偶然見つけたんですけどね? なんとここで研究されていたことは私達が今やっている研究なんですよ!」
「!? 何だって!?」
驚きを隠せない、なぜなら私達の研究はクラスのみんなで話し合って決めた研究テーマだ。それがどうして……
そこで私は気付く。そう、この研究をやりだそうと言ったのは誰だっただろうか?
「そうです、それは私ですよ! あの段階で私はすでにこの研究所を発見していました。だからこそあのテーマを提案したんですよ」
楓の目はどこか、いうなれば狂気と人はそう呼ぶかもしれない。そんななにか見ているだけでこちらが引き込まれそうな、そんな目をしていた。
「いったい……あんたは何がしたいの……」
「私の目的は最初からひとつ……それはあなたを手にいれること」
「……やっぱりね」
なんとなく分かっていた。この子が私を手に入れたいという思いでこの研究に取り組んでいたことも。
「本当はまだ時期尚早だったんですよ、でも、あんなこと言われたらそんなこと待っていられなくなっちゃった……」
「あんなこと……?」
私はなにか彼女の感性に触れることをいっただろうか?
「私はずっとあなたのことを見てきた、あなたは知らないだろうけど助けられたのは中学の時で2回目なんだよ?」
「え……?」
「小学校3年の夏休み、私は隣の街の親戚の家に一人で行くことになった。でも初めての場所で人見知り気味な私にとってはもうそこは未開のジャングルのように恐ろしくて、怖かった。でもね、そんな不安でいっぱいだった私に声をかけてくれた女の子がいたんだよ……」
その一言で私の忘れていた記憶が蘇えり始めた。
たしかにその時私はとなり街のおばあちゃんの家に行っていた。だからその街については多少詳しかった。そして女の子に道案内したこともある。でも、
「待て、確かに私は女の子に道を案内したがその子は眼鏡をかけていなかったぞ? あの頃のお前は学校でもずっと眼鏡をかけていただろう?」
そう、その子は髪もストレートに伸ばして眼鏡なんて掛けていなかった。あの頃の楓はたしかみつ編みに眼鏡であまり目立たない感じだったはずだ。
「あぁ、そうでしたね。では、これならどうですか……」
そう言って志保は眼鏡と右側で纏めていた髪を下ろす。
「な……?!」
それを見た瞬間私の記憶は完全に覚醒した。
あの時の少女はたしかに彼女だったのだと直感的に感じ取った。
まっすぐに伸びた長い黒髪がなびき、凛とした目が見る者を魅了する。
私はしばらくの間ボーと志保を見つめていた。
「やっと思い出してくれたんですね……私はさきほども言ったとおり人見知りでしてね、学校では目立たないようにあんな格好してましたがあれは夏休みですから、どこか解放的になったんですよね」
「その時からよ、あなたが気になり始めたのは……」
「でもあなたに声をかける勇気もない、だから私はあなたを見るだけで満足することにしたんですよ」
「でもそんな時……あの中一の夏のファミレスで助けてもらった時、私は運命を感じたんですよ」
「……」
「分かりますか? あなたにこの気持ちが? ずっと憧れつづけていた人が私のことを好きだと言ってくれたんですよ? これが私の幸せなんです」
「……った」
「それがあなたを不幸にするとしてももうこの気持ちを抑えることはできないんです……」
そういって机の上のパソコンをいじり始める楓。
すると私の後ろから大きなコンクリートのような石板が現れる。
そこに鎖が引っ張られ、張り付けにされる形で拘束されることになった。
「この装置は前のここの主が開発したものなんだけどどうやら完成していたようなんだよ、だけど被験者が居なくて発表はされなかった。だからあなたが最初の被験者なんですよ? すみれ?」
「…し……った……」
「? 何を言ってるのか分かりませんがそろそろ始めちゃいます」
パソコンのエンターキ―を押す楓。
すると目の前にノズルの着いたチューブが伸びてきて私の足に照準を合わせる。
ノズルから黒く輝く冷気が私の足に触れると足に寒さと痛みが一気に襲ってきた。
「…ぅあぁぁぁぁああああああああ!? ……」
初めて味わう冷たい感覚に悲鳴を上げるすみれ。
「どう? カーボンフリーズの感覚は? 冷たい? 痛い? でもそれもすぐ終わるの。あなたが私のものになるのももうすぐよ」
楓は冷気を浴びて震える私の顎に手を当てて顔を覗き込む。
「最後にいい残すことがあれば聞いてあげるわよ?」
「……私だって……あなたをずっと追いかけていたのよ……」
震えるような声で絞り出した声、だがそれでもはっきりと聞こえた。
「? どういうこと? 追いかけていたのは私のほうよ?」
疑問に思う楓の顔を見上げながら私は言葉を続ける。
「あなたは知らなかったと思うけど私には好きな人がいたのよ、ずっと前からね……でもその子と会ったのたった一回だけ。一目ぼれだった」
「……知ってたわよ、あなたに好きな人が居ることくらい。でもその相手が分からなかった。その子のことを諦めてくれれば私にもチャンスがあると思った」
「そうね、きっと分からなかったと思う。だって相手は女の子なんだから」
「!?」
すみれの身体は炭素冷却ガスの影響でもう腰から下が凍らされていた。
そしてその反応と共に後ろの石板に凍った部分からめり込んでいく。
だがそれさえも気にせずすみれは話し続ける。
「私はね、いい人でも何でもないのよ? 見ず知らずの人をただ助けるようなことはしないの」
「だったらなぜあの時私を助けたの?」
まだ驚きを隠せないまま、楓は食いかかる。
「あの時のファミレスではあなたのことは面識はあまりなくとも同級生。だから助けてもいいと思った」
「でもあの時の夏休みに出会った少女はね、なんの面識もなかったわよ。でも助けた……」
「……?! もしかして……?」
「そう、私が一目ぼれをしたのは……あなたよ? 楓」
そう、私はあの時、困っている彼女を見つけた瞬間、なんて可愛い子なんだろうと思った。だから、少しでも知りあいたいとおもって手を差し伸べた。
「す、すみれ……」
もうすみれの身体は胸から下が完全に冷凍されていた。
「!! ごめん、すみれ……わたし……」
「いいの、あなたのしたことなら私はなんだって受け入れるわ……」
「待ってて! 今この装置を止めるから!」
楓は机のパソコンに向かってキーボードを叩き始めるが、すでにカーボンフリーザーは工程の90%を終了しており、あとはすみれの顔を残すのみとなっていた。
「ごめん、すみれ……ごめん……」
楓はもうすでにレリーフのように身体を石板に埋め込まれたすみれに抱きついて泣いた。
「いいよ、もう……あなたが私の好きな人で本当によかったよ……」
「すみれ…すみれぇ!!」
「……楓……大好き……」
そういってすみれの身体は完全にカーボンフリーズされ、当初の「ヒトの保存方法について」という研究は成功のようだ。だが、
「私も……大好きだった! あなたのことが大好きだった……なのに……私はあなたのことを考えず私のエゴを優先して……ごめんね…すみれ………」
実はこの研究はまだ未完成だった。カーボンフリーズの技術は確かに完成していたがまだ解凍手段が確立しておらず、元に戻す方法は今現在ない。
この研究室の前の主は卒業した先輩だった。彼女は中学の時に留学先で出会ったとある少女の論文に感化され、日本に帰った後も彼女の論文を研究していた。
だが卒業するにあたってまだ解凍方法が発見できず、どうしても完成出来なかった彼女は研究データだけを大学に持って行くことにした。
よってこの装置の機構や理論はまったく残されていなかった。
「待ってて……必ずあなたを元に戻してみせるから……必ず」
のちに彼女はこの学校を首席で卒業するが、その後は大学に進学せずとある製薬会社に入社した。
周りは不可解に思ったが、”研究が出来るのは大学だけではない”という彼女の意思を尊重して納得することにした。
居なくなったすみれは学園七不思議のひとつとして成城学園で語り継がれるのであった。
その後楓とすみれがどうなったかは誰も知らない……