作:G5
「お疲れさまでした」
間宮 晴美、株式会社テックジーナスに努めるOL。
大学卒業後、自分のやりたいことがまだ見つからないと、給料のいいこの会社に入社。
しかしその堅実さと淑やかさが功をそうして現在入社3年目であるプロジェクトのリーダーを任されている。
現在25歳。
容姿はまぁ好みではないが一般的に言えばかわいさゲージは伸びなくても美しさゲージなら美人に傾くだろう。
仕事中は長い髪を後ろでひとまとめにしたポニーテール、仕事帰りはポニーをほどいてきれいな黒髪ストレート。
正直こんなことでなければ普通に接してお近づきになりたいとも思う。
私の名前は・・・どうでもいいか。
私は今自分の会社からある密命を受けている。
私の会社は製薬会社なのだが、このテックジーナス社が新しく立ち上げたこのプロジェクトは我が方のテリトリーに深くかかわるものだ。
なので私は会社からそのプロジェクトのリーダーである彼女をなんとか始末しなければならない。
なぜかはしらんがその方法も会社は用意していた。
社長の趣味だとか言ってたが正直我が社は表向きはただの製薬会社だが裏で何やってるのか分からない。
現に今こうやって邪魔者掃除見たいな仕事をやらされているわけだし。
と、そうこうしているうちに彼女が会社から出てきた。
彼女の帰宅ルートは調べてある。
あとは作戦通りにやれば私に害はない、はずだ。
私は用意していた自転車にまたがり、彼女の後方を付けた。
しばらく行くと彼女は踏切を渡る。
そしてその奥には小さいが灯りも一目もないトンネルがある。
そこが作戦の決行場所だ。
すでにあの場所には細工をしてある。
後は彼女をそれにはめるだけだ。
彼女が踏切をわたる。
そしてトンネルに差し掛かったところで私はゆっくり自転車を漕ぎ出す。
彼女との距離を徐々に詰めて行く。
仕掛けのある場所まであと3m、2m・・・今だ!
私は彼女の右わきを通り抜けながら彼女の右肩をポンっと押した。
「きゃ!?・・・」
彼女は態勢を崩してトンネルの壁に寄り掛かるようにして態勢を立て直す。
予定通り・・・
私はあとは仕掛けがなんとかしてくれるので一目散に自転車を漕いでその場を立ち去った。
「ちょっと! 待ちなさいよ! コラッ!」
晴美は突き飛ばしといて謝らないくそ野郎にいら立ったが、まぁよくあることとその場は流した。
「たく・・・ってあれ? なんか、動けない・・・?」
晴美の身体はまるで接着剤でくっついたように壁から動けなくなっていた。
「どうして? と、とにかく誰か呼ばないと、おーい、誰か近くにいませんか〜?」
トンネルの反射を利用して大声で周りに助けを呼ぶ。
しかしここは灯りもないし、近くに民家もない野道、人気はゼロ。唯一あるのは踏切だけだがそれも電車からは死角になっている。
「携帯・・・あ、バッグの中か・・・」
バッグは衝突の時下に落としてしまい、中身が散らばっている。
身動きできないせいでしゃがめず、靴は革製で滑るのでストラップも掴めない。
「・・・どうしよう」
文字通り身動きできない晴美は途方に暮れていた。
しかし、その憂鬱さえも吹き飛ばす事態が待っていようとは、さすがに晴美も思わなかっただろう。
「!? なに・・・急に背中の感覚が・・・?」
背中に服越しに伝わっていたコンクリートの冷たい感覚が突然消えた。
動かせる手で背中をさすって見ると、服の柔らかな生地ではなく、コンクリートの固い感覚が帰って来た。
「はッ!? なに、え、私今どういう状況?!!!」
さすがにこれには驚きを隠せないようだった。
なぜなら彼女の服と背中はコンクリートに触れていた部分と同化し、そこから他の部分に浸食していったのだから。
徐々に感覚のない場所が身体を占めて行く感覚に晴美は恐怖を感じずにはいられなかった。
「そんな・・・なにこれ、私の中の私のはずのものが私じゃなくなって・・・いや、私ったらなにを言ってるの・・・?」
自分でもこの感覚の正体が分からず、意味不明なことを口走ってることに余計にパニックに陥っていった。
背中を向けているため、自分が周りのコンクリートに同化して行ってるのに気がつかない。
浸食はすすみ、すでに表側の皮膚にまで迫っていたが、首がすでに同化していたため下を見ることが出来ない。
見えるのは暗いトンネルの天井と向かいの壁だけ。
「な、なんか・・・胸が・・・苦しい・・・」
当然背中から浸食を受けているので、すでに肺、心臓、器官など内臓器官の同化も始まっていた。
もう身体はほぼ同化し、残すは頭の表面部分と指先だけだった。
自分の意識が消え入りそうになっているとき、突然暗かったトンネルに灯りが漏れる。
どうやら車が通るらしい。
これが最後のチャンスとばかりに大声で助けを求めようとするが、なぜか口が動かない。
いかんせん、すでに口は同化が進んで少しの穴を残して無機質なものに変わっていた。
朦朧とする意識のなかで目の前を通り過ぎる車の窓に反射した自分を見て、晴美はようやく自分がどういう状況なのかを知った。
(そうか・・・私・・・)
そこで晴美の意識は完全に途絶えた。
通り過ぎた車が出口の一歩手前で止まり、中から白衣の女性が出てきた。
「そろそろ時間だと思ったら丁度ピッタリ計算通り見たいね」
女性は物言わなくなった晴美の顎に手を当てながら語る。
「貴方は我が社にとって邪魔な存在だったの、貴方が進めていたプロジェクトが完成すれば我が社は不利益を被る。だから貴方はこの世から忘れられなければならない。貴方が忘れられれば貴方主導で進められていたこのプロジェクトはなかったものになるもの。勝手だと思ってるんでしょうけど貴方が悪いのよ? こっちがわざわざ忠告したのにそれを無視して進めるから。今回はこの新薬の実験でもあったんだけどうまくいったみたいね」
女性は懐から液体の入ったビンを取り出して見せつけるように振って見せた。
「これは塗られたものの周りを同じように同化させる薬よ。本来の使い方はがん細胞の周りの細胞に投与してガン細胞を健全な細胞にするものなのだけれど、この分だと問題なさそうね」
女性は成果を携帯端末で本社に結果報告を送った。
「これで貴方は用済み。これからはそこで寂しくじっとしてなさい。もっとも来月にはここ、取り壊されて新しくトンネル掘るらしいからそれまでに誰かに運ばれることを願うのね」
女性は車に乗ると夜の暗闇に消えて行った。
晴美は何もいわない。
当然だ、トンネルは話したりしない。
今の彼女はトンネと同化しているのだから。
半年後、新しく出来たトンネルには彼女の姿はなかったらしい・・・