土の魔女

作:永遠の憂鬱


名残惜しそうにしていた夕日も沈み、真夜中の闇に包まれた。
鉱山の街の時間の流れは速い。男達は朝日が顔を出す前に仕事場へ行き、日が暮れるとすぐ仕事を終え、街へ戻る。
街へ戻ると彼らが一番に行く場所はひとつだ。酒場。彼らの陽気な喧騒が聞こえてくる。
「おーい、シェリスちゃん、ビールもっと持って来てくれ〜」
「は〜い」
シェリスと呼ばれた少女は、この酒場の看板娘である。
160cmほどの身体に着ている服は、華美な衣装ではなく、質素な服にエプロンをした姿である。
儚げな少女は、鉱山の力強い女性達と比較すると少々頼りないが、裏表が無く、話し上手なので人気が高い。
「シェリス〜、こっちにもビール頂戴〜」
ふと、男達の塊から、高い声が聞こえてきた。
「シエラ、お酒弱いんだから、無理しない方がいいんじゃない?」
「い〜や、今日こそはエドガーに勝つんだから・・・いつまでも『半人前』扱いはさせないわ!」
シエラは、鉱山の仕事を男達と一緒に行っている少女である。
シェリスとは同い年の幼なじみ(鉱山の街の狭さで、面識の無い人などいないが)で、お互いが真逆のタイプである。
身長は180cm。男達と肩を並べられる長身で、鍛え上げられた身体は細身だがゴツゴツした力強さを持つ。
顔の造形は「この年頃の男の子」で、さわやか系の顔は、長身でありながら年相応の子供っぽさを持つ。
彼女自身は「年増に見られなきゃいいや」と、本人はほとんど気にしない。
女であることに無頓着な彼女は、飾り気の無い作業着だ。
褐色の髪は1つに束ねられており、それは膝のあたりまで伸びている。だが、埃がかかってゴワゴワした手触りだろう。
悲しいかな、物心ついた頃から仕事をしていた彼女は『脂肪』にまるで縁が無く、胸の膨らみはとてもささやかだ。

「う〜、うぅ〜・・・」
「あ、シエラ、大丈夫? ・・・まったく、また無理するからよ」
友人に水を飲ませながらシェリスが言う。今日もまた、酒の飲み比べでシエラは負け、ベロベロに酔ってしまっていた。
「う〜・・・外の空気吸ってくる・・・シェリス〜、肩貸して〜」
「はいはい」
そう言ってシェリスはシエラを担ぐようにして、支えながら酒場の出入り口まで運んでいく。
160cmに運ばれる180cm・・・どう考えても逆である。
「あ、ここでいいよ・・・」
「ホントに大丈夫? 家まで送ろうか?」
正直、このまま一人で帰らせたら、途中で力尽きてそのまま寝てしまいそうだ。そうなれば彼女の格好では、さすがに風邪を引いてしまうだろう。
「だ〜いじょ〜ぶぅ〜、ちゃんとせ〜ぶして、のんだんだから〜、ほんきになったら、もっとすごいんだよ〜・・・う〜」
「じゃあ、気をつけてね・・・」
言って聞く人間ではない。長いつき合いのシェリスが一番知っている。
「お〜う、みてろ〜、えどが〜。つぎこそはあたしが、かつんだからね〜」
これまで何百回と同じセリフを言う、懲りない友人を苦笑いで見送りつつ、彼女は仕事へと戻った。
宴はまだ続いている。

外の冷たい風に当たり、酔いが中途半端に冷めてくると、今度は頭痛と気分の悪さと喉の渇きが襲ってきた。
うめき声を上げながら井戸で水を飲むと、少し楽になったが頭痛がおさまらない。
(こりゃマジでぶっ倒れちゃうかも・・・)
そんなことを考えながら前へと歩く。
だが、ロクに場所の確認も方向の確認もしなかったがために、彼女は村の外へと出てしまった。
回れ右をして村へ戻ろうとすると、ふと、斜面からコロコロと不思議な光を放つ石が転がってきた。
(なんだろう・・・何かの宝石かな?)
手に取って見ると、光を反射しているわけではなく、それ自身が発光している。
(どうなってるんだろ?)
朦朧とした頭で、石を目の前に持ってきてみると、それがはっきり見えた。
丸い透明な色をした石で、紫色に見える。中には発光する何かがあるのではなく、『光そのもの』のような光源があるようだ。
『ねぇ、あなた・・・』
「へ!?」
いきなり声が聞こえ、酔いが吹っ飛んだ。驚いてあたりを見回すが、誰もいない。
『ここよ・・・』
手の中にある石が話しかけているらしい。その声からは、不思議と不信感が湧かない。
石から妖しい光がさらに強く輝き出す。
『ねぇ、私を助けてくれない・・・? ここに閉じ込められてるの』
「え、でも・・・どうやって・・・?」
『簡単・・・あなたが私を、食べちゃえばいいの』
「え? 食べる? ・・・この石を?」
いきなり思いもしなかった方法を言われた。石を食べたことなんか流石にない。
『人の体の中で、この封印石は溶けるから・・・そうすれば、私は自由になれるの。ねぇ、お願い』
「う〜ん・・・」
状況が状況だけに多少混乱していたシエラだが、石からのすがるような声に、最後は、
「んじゃ、のみこめばいいんだね?」
そう言って彼女は石をつまみ上げ、一瞬ためらいながら、それをのみこんだ。
身体の中から声が聞こえる。
『ありがとう・・・代わりにいい物をあげるわ・・・とてもいい物を・・・』
と、急激に睡魔に襲われ、彼女はそのまま眠ってしまっていた。

「あ、おはよう。シエラ、大丈夫?」
「ん・・・シェリス?」
目を覚ましたのは、見慣れた自分の家だった。
「村のすぐ外で寝てたのよ・・・まったく、だから『送ろうか?』って言ったのに」
「え、あ、あ、そう・・・ありがと・・・」
ふと、昨日のことを思い出す。が、ヒドイ頭痛がする以外、特に変わったところも無い。「夢だったかな」と思っていた。
ふと、自分の状態を振り返ってみる。
「うわ、汗臭い・・・ちょっと身体洗ってくるよ」
「は〜い。朝ご飯作っておくから、一度こっちに戻ってくるよ〜に」
そんなやりとりをしながらシエラは家を出る。

鉱山の街では、人の飲めるくらい綺麗な水は貴重だ。
だから、近場の湖の水で身体を洗ったり、その水を引いて洗濯をする。
時間が時間であり、誰か来るかも知れない。彼女は作業着を脱いで、下に着ていたシャツとズボンの姿になり、髪を束ねていた紐を取ると、そのまま水へと入る。
埃まみれだった彼女の入ったあとは、そこだけ少し濁った。が、すぐに埃は沈んで、もとの澄み渡った水になる。
湖の中心付近まで行き、立ち泳ぎ。
「シェリス、朝ご飯何作ってくれてるのかな・・・」
そうつぶやくと、彼女のお腹から音が鳴った。誰もいないが、さすがに決まりが悪く、顔を赤らめる。
水に潜る。と、下に何かがうごめいている。と、同時に声が聞こえた。
『これは、私が作った物。でも、私はもう「ない」から、あなたにあげる』
昨日の声だ。
『私のこと、全部教えて上げる。 何者なのか、何ができるのか、何をしていたのか、何 を し た か っ た の か・・・』
「うっ」
彼女の意識の中に、別の意識が送り込まれてくる。意識だけではない。記憶、精神、魂までも、別の誰かと1つになる。
「うあ、あ・・・」
水面に上がる。が、送り込まれてくる、自分の物より大きい情報が止まることはなかった。

「ちょっと、シエラ、大丈夫!?」
なかなか戻ってこない友人を呼びに来たのだろう、シェリスが来ていた。水の上で苦しそうにしているシエラを見て、靴を脱いで飛び込もうとしてる。
『私のしたいこと・・・私の、私と一緒に、永遠を送ってくれる仲間が欲しい。 ま ず 彼 女 に 永 遠 を』
(ダメ・・・アレ?)
混ざって来た情報に、彼女はどちらが自分でどちらが声か、わからなくなった。
彼女は自分が聞いたことのない言葉を、しかしはっきりと意味を理解してつぶやく。
「え? ・・・きゃ、や、やぁーー!!」
シエラを助けようとしていたシェリスを、巨大な触手が食いつく。
『魔女の魂』が過去に作っていた、『ワーム』の品種改良である。
彼女は『ワーム』にあっという間に飲み込まれる。が、ワームはそれを飲み下すことはしない。
彼女がいるのであろう、多少膨らんでいるところはグネグネと蠢き、しきりに何かを送り込んでいるようだ。
シエラは『ワーム』に近づいていく。しばらくして『ワーム』は動きを止め、中に入っていた物を出した。
それは、シェリスだった。もはやシェリスではなく、透き通ったダイヤモンドの彫像で、あった。
『ワーム』の唾液でベタベタの服には破れたところは一切無く、ただ彼女だけが宝石へと変わり果てた。
「ごめんね・・・でも、私は、『永遠』に付き合ってくれる人が欲しいの・・・私は土の、『命』を作り替える力を持った。でも、私自身の力じゃ、あなたを『永遠』にさせれないから・・・」
悲壮な表情で、宝石となかった友人の唇に軽く口づけをして、彼女は『作品』を、『魔法実験生物』達に運ばせる。

夜。街に灯りが灯る。
今、いなくなった2人を探すための捜索隊を、酒場で男達が組んでいる最中だ。
街が一番見える場所に、彼女は立っていた。
「さぁ・・・お行き・・・」
言うが早いか、たくさんの『子供達』が街へと群がる。

地図から街が消え、魔物の巣と変わった。


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