風の魔女 【Versus】

作:永遠の憂鬱


闇夜の町の横道を、風のように走り抜ける影がある。
割と細身の女性のようだ。
「痩せた」ではなく「細い」身体は、ボリュームこそないが、すれ違う人がいれば男女問わず振り返らずにはいられない美しいフォルムである。
そのスラリと伸びた腕、足は、何かから全力で逃げるためにフル稼働している。
髪は闇夜に溶け込む黒。ショートカットなのは、髪が邪魔にならないようにだろう。
まだ成人したてぐらいだろうか、気の強そうな顔は、しかし恐怖と怯えを混ぜていた。
身軽なハンティングスーツを身にまとった彼女は、全力で走りながら、「追手」の気配を探る。

・・・話は数分前に戻る。

「魔女討伐」と呼ばれる依頼を受けた弓使いの彼女は、魔術師の少女、そして屈強な男の傭兵と共に、「ラボ」と呼ばれている「魔女」の住処へと踏み込んだのだ。
魔術師はあらかじめ魔法薬を揃え、傭兵は全身を「魔法解除」の呪文を掘られた鎧でつつみ、自身もまた、後方で物陰に身を隠して狙いを定めていた。
万全の布陣だった。
だが、彼女達は知らなかった。
何故、相手が「Magician」でも「Wizard」でもなく、「Witch」と呼ばれるのかを。

魔術師は、その魔力に「あてられた」のか、「魔女」が現れた時、攻撃も詠唱も中断してしまった。
無力な魔術師を無視し、「魔女」は傭兵に何かの砂を振りかける。
と、その砂はすぐに渦を描き、傭兵を覆った。
「私、むさい男は嫌いなの」
その言葉と同時に「魔女」がパチン、と指を鳴らすと、一瞬にして激しくその渦は消える。
残ったのは、「魔法解除」の鎧だけ―――微細な砂は、鎧を無視して傭兵へと魔法をかけ、そして彼を消し飛ばしたのだ。
ガシャン、音とともに魔術師は我に帰る。
魔法薬に手を伸ばす・・・が、「魔女」に触れられた途端、また少女は止まってしまう。
「魔女」が少女を抱きよせ、キスをする。顔が離れた時の表情は、もうすでに虜になってしまったものだった。

あっけなかった。
わずか数十秒の間に、2人がやられてしまった。

「あなたも可愛いわね・・・?」
こっちに向けて、「魔女」が語りかける。
その言葉を受けた瞬間、彼女はすぐに逃走を開始した。
それが、これまでの出来事だ。

「魔女」の存在を知覚する。すでに彼女は数km走っているが、「魔女」はラボからまだ出てすらいない。
早く遠くへ逃げてしまうと、意識を切り替えようとして・・・
気配が移動した。一瞬で。彼女を追い越し、「魔女」は目の前に現れる。
「なっ・・・」
「ふふふ・・・」
驚愕の表情の彼女を見て、妖しく笑う「魔女」。
「くっ」
すぐさま反転、一瞬の加速ののち、今度は逆方向に走る。
(気配は・・・!?)
気配を探る必要すらなかった。
また、「魔女」は目の前に現れたのだ。
「鬼ごっこもいいけど・・・やっぱり私、おとなしい子の方が好きだわ」
(勝手なことを)
人が一人通れるぐらいの小道へとターン。
しかし、彼女は、それから走り続けることはできなかった。

ふっ・・・
と、一陣の風が足元を吹き抜ける。と、同時に、急激な激痛が両足を襲った。
「!! ああああああああ!?」
見れば、ふくらはぎまでが一瞬にして石のようになり・・・
そして、ボロッとその境目から「外れて」しまった。
その傷口は、まるで「何かざらざらしたもの」でこすったかのようにぼろぼろで・・・
「あぐ、痛、ああああああ!?」
とめどなく鮮血があふれ出していた。
「身体の一部が『化石』になったのよ。一瞬にしてあなたの両足は数万年の時を過ぎ、そして死んだ足は、生きた肉体にはついていけない、そのまま別れるのみ」
悠然と語る「魔女」の、しかしそんな話を聞いている余裕は彼女にはなかった。
「さて・・・今度はその両腕、無くなった時には・・・あなたはどんな鳴き声を聞かせてくれるのかしら?」
無情な言葉とともに、また風が例の砂を混ぜて吹き抜ける。

バキッ

「いやあああああ!!」
両腕をつく形でいた彼女の腕は、足と同じように劣化させられ、彼女の体重をささえられずに「外れ」てしまった。
ゴトッと鈍い音とともに落ちる。
「ぐあ、ぁあ、ぁ・・・」
ゆっくりと歩み寄る「魔女」の靴が、目の前に来た。
死ぬ・・・それを予感した途端、彼女はだんだんと意識をぼやけさせていた。
恐怖、緊張、絶望、そして・・・両足、両腕からの大量出血。
そう彼女の生命自体が、すでに危険だったのだ。
もはや叫ぶ気力も、身を動かす体力もない彼女の顎に「魔女」は手をかけ、ぐいっ、と自分に目を合わさせると、彼女にささやきかける。
「いい子になったわね。さぁ・・・私と一緒にいらっしゃい」
壁にもたれかけるような格好にさせられたあと、彼女は「魔女」の作り出した風を受ける。
足と腕の傷がふさがる・・・治っているのではない。失くした足や腕のように、傷口も化石となったから血が止まったのだ。
身を包んだスーツも、砂に巻き上げられて、まるでそれ自体も砂でできていたかのように飛んでいく。
細く美しい身体のラインをそのままに、時は彼女の身体をむしばんでいく。
ぼろぼろと、自分が死んでいくのがわかる。
薄れゆく意識の中、最後に聞こえたのは・・・
「大丈夫、あなたは壊れないわ」
なんだか安心した。死ぬと言うのに、自分が自分でなくなるというのに・・・
自分の姿が残ることを。

「ん・・・あぁ、あああああん」
「あらあら・・・待ちきれなかったのね。大変なことになってるわ・・・」
言葉とは裏腹に、うれしそうに魔女は笑う。
魅了されたのち、「ラボ」に置き去りにされた少女は、その身体の疼きに耐えられず、自慰にふけっていた。
少女が寝かせられているベッドは、彼女自身の愛液でぐっしょりと濡れている。
その瞳はもはや正気も理性もなく濁り、ただ、「魔女」を見つけると、焦点の合わない瞳を向けてくる―――その傍らにある、かつての仲間の石像を気にも留めず。
しかし、その手は秘所を離れることはない。
「ふふ・・・今夜は楽しませてあげる・・・あなたも、私のものよ」
「はぁ・・・あああ、魔女さまぁ・・・」
「私の名前は『ナタリー』よ。ちゃんと覚えておいてね」
「あぁ、ナタリー様、ナタリーさまぁ・・・」
「ふふ・・・いいわよ・・・」
ナタリーは少女に覆いかぶさった。

夜は更けていく・・・


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