白い館の誘惑

作:牧師


「ふぅ…、亮蔵さんが出張から帰ってくるのは、半月後か…」
 蒸し暑いある夏の日、主婦の加藤春香(かとうはるか)は小さくため息を吐きながら、
カレンダーに付けられた赤い丸印を指でなぞっていた。

 亮蔵と春香は大学卒業後にめでたく結婚したものの、七年経った今も子宝には恵まれず、
更に一年の大半を亮蔵が出張で家を空ける為に、その機会も大幅に制限されていた。
 新婚時代は出張から戻る度にベッドの上で激しく愛し合っていたが、去年辺りから亮蔵の態度が急変し、
出張から戻った後、疲れてる、週末から出張があるから、と亮蔵は一人で先に床に就く事が増えた。

「浮気を疑ってる訳じゃないんだけど、何かあったのかしら…」
 春香はいつでも長期の出張に持っていけるように、洋服箪笥から冬物の背広やシャツを、
クリーニングに出す為に整理していた時に、ポケットの中から一枚の名刺を見つけた。
「ソフトSMクラブ白い館…?」
 春香の脳裏に一瞬よからぬ考えが浮かんだ。
夫は以前から行為の最中に包帯で縛ろうとした事もあり、そういった趣味があるとは思っていたが、
こういった店に亮蔵が通っているとは考えたくは無かった。
 名刺には店の住所と店名は記載されていたが、女性の名前などは書かれていなかった。

 店の住所は電車で二十分程の場所だった為、春香はその日の夜に店を訪ねた。
「ここがそうね…」
 繁華街の片隅、白い大きなビルにその店は看板を出していた。
店に続く階段はごみ一つ落ちておらず、壁も綺麗に掃除してあり落書も見当たらなかった。
春香が地下一階の店に続く階段を進むと、白い館と書かれた大きな看板が掛けられていた。
『うわぁ…、なんて豪華な内装なの、やっぱり料金も高いのかしら?』
 春香が扉を開けて店内に入ると、眩い光を放つシャンデリア、台座の上に鎮座する白磁の壷、
その横には見事な絵画の数々、とてもビルの地下にある風俗店の受付とは思えない内装だった。

「いらっしゃいませ、当店には初めてのお越しで御座いますか?」
 受付に居た女性は春香に挨拶をすると、この店のシステムを説明し始めた。
全員に会員として登録させる事、全ての行為を合意の上でで行なう事、攻め受けで料金が違う事、
客同士か客と専用の店員のプレイ等のコースの違い、事故が起きない様に行為に限度がある点等など、
契約書に書いてある項目を一つずつ説明した後、女性はおもむろに切り出した。
「SMに興味があるけれど初めての方には、専用のインストラクターもご用意できます、
当店ではお客様に安心して楽しんで頂ける様に、常に心がけております」
 女性は優しく微笑みながら春香がサインをした書類を受け取り、側の端末に情報を入力し始めた。

「会員登録をして頂き有難う御座います、私は本日お相手をさせて頂く鏡花(きょうか)と申します。
春香様は初めてという事でしたので、私がリードさせていただきます」
 鏡花は一番手前の部屋に入ると、イスや小道具の確認を始めた。
包帯、ロープ等の拘束具や水鳥の羽、蝋燭といった責めの為の小道具をテーブルの上に並べ始めた。
「ふふっ…そんなに緊張しなくても大丈夫よ、傷や縄の跡が残るような事はしないから」
 部屋に入ると鏡花の口調が変わり、瞳が怪しい光りを放っていた。
 鏡花は春香を部屋の中央にある椅子に座らせると、両手足を椅子にベルトで固定し、目隠しをした。

「ほら、体が自由に動けず、目隠しをされて体に触られるだけで普段とはまるで違ってるでしょう?
ふふっ・・・ほんの少し触れただけでこんなに乳首を尖がらせて・・・」
 鏡花は春香の服を肌蹴させると美しい掌で優しく胸を包みこみ、弾力のある乳房をゆっくりと揉み始めた。
 見えないという恐怖が春香を襲う、部屋の中には二人きりだったはずだが、目隠しをされている為、
今胸に触れているのが本当に鏡花の物か、確認する事は出来ない。

「こんなのはいかが?少し熱いけど直ぐに気持ちよくなるわ」
 鏡花はテーブルの上に置かれていた赤い大きな蝋燭を手に取り、火をつけて春香の真っ白い肌に、
溶けた蝋を垂らし始めた。
 蝋が肌に落ちる度に春香は溶けた蝋の熱さに悲鳴を上げていたが、やがて唇から熱い吐息を漏らし始めた。
「熱い!!鏡花さん一体何を・・・、あ・・・れ、なんだか・・・気持ち良く」
 鏡花は春香のスカートとネットリとした糸を引くショーツを下げ、あらわになった秘所に指を這わせる、
春香の秘所からは銀色の蜜が止め処なく滴り続けていた。
「蝋燭がそんなに気に入ったの?胸でこんなに感じるならここに蝋を垂らしたらどうなるのかしら?」
 鏡花は春香のクリトリスを溶けた蝋でコーティングしていく。
今までに感じた以上の熱さと快感が春香の脊髄を駆け抜け、脳裏で激しい火花を散して頭を真っ白に染め上げた。
「あ・・・あつい!!ひゃあああん!!こんなの初めて!!やぁああああああ!!」
 絶頂に達し失神した春香が目を覚ましたのは、それから一時間も後の事だった。

 二週間後、一回の料金が三千円と格安であった事もあり、
春香は白い館に踏み入れた日から一日と置かず通い続けていた。
亮蔵の浮気を疑って通っていた春香だったが、一週間後には鏡花との行為で齎される快楽の虜になっていた。

 この日も指名された鏡花は春香に妖しい笑みを浮かべて近づいてきた。
「あら、いらっしゃい。すっかりこの館の常連になったみたいね」
 毎回部屋が変わっていた事もあり、鏡花に誘われるままに春香は一番奥の部屋に足を踏み入れた。
薄暗い室内には見慣れた拘束具付きの椅子、一方で壁には人を磔にする為の鎖がついた腕輪が垂れ下がり、
部屋の隅には使われる事が無いのか申し訳程度のベッドが置かれていた。
 その他にも春香が今ままで見た事も無い器具が、部屋中の至る所に無数に並んでいた。
「ごめんなさいね、今日はこの部屋しか空いてないのよ。その代わり特別な快楽を与えてあげるわ」
 鏡花は春香の衣類を脱がして全裸にすると壁際に誘い、慣れた手つきで壁から伸びる鎖に両手足を拘束し、
いつも通り目隠しをした。

 鏡花は春香の白く細い首筋に優しく口付けをし、豊かな胸を重ね合わせ、柔らかい膨らみでマッサージし、
硬くなった乳首を擦り合わせ、右手で春香の胸を揉み解し、左手でフトモモや腰の周りを優しく撫でていた。
 鏡花の愛撫を受けて、数分も経たないうちに春香の口から熱を帯びた艶かしい吐息と喘ぎ声が漏れ始め、
フトモモを撫でていた鏡花の指先を、春香の秘所から滴る銀色の愛液が湿らせていく。
「こんなに蜜を溢れさせて・・・、そろそろ蝋燭が欲しい頃かしら?」
 鏡花は白い大きな蝋燭を手に取ると、その先端に火をつけ、春香の胸を溶けた蝋でコーティングしはじめた。
溶け落ちた蝋は春香の柔らかい胸の谷間を埋め尽くし、溢れた蝋は胸を滑り落ち白い筋となって固まって行く。
「ひゃあああぁああっ!!鏡花さん、これぇ・・・、す、凄すぎますヤダッ、またイッちゃ・・・、イクゥウウウッ」
 溶けた蝋が肌に落ちる度に、気が狂いそうな程の快楽が稲妻の様に全身を駆け抜ける。
快楽で意識が朦朧とした春香は口から涎を垂らし、秘所からブシュブシュと音を立てて愛液を噴き続けていた。
 鏡花は絶頂から降りられなくなった春香に構わず、鎖で吊り上げた両手や肩、足の指に溶けた蝋を垂らした。

 十分後には春香の身体は両手、両足、肩口から胸にかけてを完全に蝋に固め尽くされていた。
「ふふっ・・・、どう?身体が蝋に変わっていく快楽は?一生に一度しか味わえない禁断の快感なのよ」
「ふわああっ・・・え・・・?か・・・身体が・・・蝋に?」
 消え去りそうな意識の中、春香は何とか鏡花の言葉を聞き取る事が出来たが、意味を理解する事が出来ない。
蝋に変わった手足には痛覚等の感覚は無く、春香の意思で関節を曲げる事も出来ない。
 その代わりに春香や鏡花の髪等が僅かに触れるだけで、脳裏を白く染め上げる程の快楽が齎される。
「らめぇえええっ!!こ・・・こわれるうっ!!これ以上イッたら・・・わたし・・・こわれちゃうっ!!」
 限界を超えた終りの無い絶頂の為、幾度と無く春香の視界は砂嵐の様なノイズで埋め尽くされた。

 上気して桃色に染まった春香の肌が、少しずつ侵食されて真っ白い蝋に変わっていた。
 鏡花は手にしていた蝋燭の火を消しテーブルに置き、代わりに蝋で出来たディルドーに手を伸ばした。
「すっかり快楽の虜になったみたいね。春香、凄くかわいいわよ。最後にとってもいいプレゼントをあげるわ」
 半分以上白い蝋に変わった春香の唇に優しくキスをすると、春香の膣口に白い蝋で出来たディルドーを宛がい、
柔らかい膣内を銀色の愛液が溢れる蜜壷の最深部まで一気に貫いた。
 膣顎まで突っ込まれた白いディルドーが、春香の身体を内部から蝋に変えていく。
「ああああぁあぁぁぁぁぁっ!!」
 春香の口から漏れているのは既に知性ある言葉では無く、快楽に犯しつくされた魂の叫びだった。
今まで齎されていたこの世の物とは思えない快楽は、実は決壊前のダムから漏れ出る水の量程度のもので、
ダム決壊後の濁流の如く押し寄せる圧倒的な快感に、春香の理性は欠片も残されてはいなかった。

 数分後には春香の身体は壁に鎖で貼り付けられたままの姿で、真っ白な蝋人形に変わっていた。
快楽の為に緩みきった顔では、白い歯が白い蝋製の歯に変わり、僅かに盛り上がった瞳の中央部分の蝋が、
人間であった頃の面影を残していた。
眉毛や髪の毛、額の産毛の一本に至るまで完全に蝋に変り、鎖で吊り上げられた腕は、鎖が外されても当然、
白い蝋の腕を天井に向けて伸ばした姿で永遠に固定され、秘所は愛液で濡れた肉襞や陰唇が白い蝋で形作られ、
ディルドーが引き抜かれた後も、奥まで見える程に膣口が大きく穴を開けたまま固まっていた。

 新しい蝋人形の出来を、鏡花は丹念に調べていた。
魂までは蝋に変えられていない春香は、指が触れる度に魂まで響く快楽の波に冒され続けた。
 蝋人形の身体で永遠に続く快楽は、この時まだ始まったばかりだった。


「美しい蝋人形の完成ね。さあかわいい私の僕達、元の姿に戻りなさい」
 鏡花が命じると春香の身体中で固まっていた蝋が一箇所に集まり始めた。
蝋人形に変わり果てた春香の足元に全て集まると、蝋燭の形になって動きを止めた。
「良い子ね・・・、また新しい獲物を見つけたら使ってあげるわ」

 鏡花の持っていた蝋燭の正体は白蝋蟲型の淫獣だった。
遥か昔、祓い衆の一員だった鏡花は老いて行く自ら肉体を若返らし、永遠の美貌を手に入れる為に、
封じる筈だった淫獣を自ら編み出した術で従順なしもべに変えた。
 以来、鏡花は数百年の間に一万人を優に越える女性達を、自らの美貌を保つ為に蝋人形に変えていた。

「心配しなくても貴方はご主人の元に送り届けてあげるわ。ご主人は加藤亮蔵さんだったかしら?
あの人は今までに蝋人形を二体も買ってくれてるお得意様だし。永遠に美しいまま愛されるといいわ」
 蝋人形に変えた女性達は、鏡花が気に入った物以外、館で定期的に行なわれるオークションに掛けられ、
常識では考えられないような高値で取引されていた。

 春香の夫である亮蔵は副業で得た資金を使い、自宅の他にもう一箇所大きな家を所持していた。
そこには幼い少女と二十四歳位の女性の二体の蝋人形が主の帰宅を待っていた。
 春香に出張から帰ると伝えた日の前日、既に亮蔵はこの家にいた。
亮蔵が蝋人形に変えられた女性の胸のラインと、蝋独特なツルツルした感触を楽しんでいた時、
宅配便で大きな箱が届けられた。
 亮蔵が箱を開けると、そこには、一通の手紙と白い蝋人形に変えられた春香が納められていた。
「貴方に愛される為に、春香は蝋人形にその身を変えました。か・・・、そこまで愛してくれてたなんて・・・、
嬉しいよ春香。美しいままの君を、僕は永遠に愛し続けるよ・・・」

 数日後、この家には春香と繋がったまま蝋人形に変わり果てた亮蔵の姿があった。
蝋人形に変わった春香と交わった為、間接的に精気を吸い上げられてその身を蝋人形に変えられた。
 二人は結婚した時に思い描いていた姿とは違うが、永遠に一つになった。


「おねえさま、あの・・・こういったのって初めてなんですけど。痛いのとかは嫌ですよぉ」
 数日後、学生風の女性二人が白い館を訪れていた。
これから待ち受ける運命を、この時、まだ彼女達は知らなかった。


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