水谷弥生の石化事件簿

作:牧師


窓の無い真っ暗な部屋の片隅。
二十歳程の年齢の女性が壁に両手足を縛り付けられ、口に猿轡をされた状態で監禁されていた。
「んん〜〜〜っ、んっ、んっ〜〜〜〜!!」
猿轡をされている為、声を出せないが、それでも出来る限りの力で助けを求めていた。
「ほう、まだそんな元気があるとはな。さて、これでどうかな?」
男は片手に直径四センチ長さ十五センチ程の砲身を持つ銃のような物を、女性の右足に向けた。
そしておもむろにトリガーを引くと、シュウシュウと水蒸気を上げ、パキパキと乾いた音を鳴らしながら、
女性の右足が灰色の石に変化していく。
『何?何が起きてるの?足が・・・熱くて、冷たくて、痛くて・・・、う・・・動かない・・・』
女性は大きな胸が視界を邪魔している為、自らの足に起きている変化を見る事が出来なかった。
「やはり、この程度の出力ではこんな程度の範囲しか石に出来んか・・・」
男は手に持った銃の様な物を側の籠に放り投げると、胸のポケットから小さな何かを取り出し咥えた。
『石?この人何を言って・・・、ああああっ、熱・・・』
次の瞬間、女性の全身からシュウシュウと水蒸気が上がり、パキパキと乾いた音を立てながら、
数秒で髪の毛の一本も残す事無く、灰色の石に変化した。
「やはりこれが一番か・・・、もしくはあれを使うのが確実な方法だな」
男は実験の結果に満足すると、石像に変わった女性をそのままに部屋を後にした。
「このまま事を起こすのも面白味に欠けるな、ギャラリーは多い方がいいからな・・・」
男の脳裏にある人物の名前が浮かんだ。
一年ほど前、新聞やテレビで男が良く見かけた名前だ。
「彼女を招待してみるかな、彼女が勝つか、私が勝つか。楽しみは多い方が良い」



十二月十五日


水谷探偵事務所に一通の封書が届いた。
所長の水谷弥生(みずたにやよい)はダイレクトメールかと思い、開けずにシュレッダーにかけようとしたが、
差出人の名も広告主も書いていない封書が妙に気になり、磁石で危険を調べた後、開封する事にした。
「拝啓、水谷弥生様、貴方を優秀な探偵と見込んで挑戦したい事があります。
 同封してある地図の村でこれから、ある事件が起きます、その謎を解き明かして頂きたい。
 私の挑戦を受けられるなら、村にお越し下さい、旅館を宿として用意いたします。か・・・」
弥生はまたかと思った。
以前、ある事件にかかわり、解決に助力をした事がテレビや新聞で取り上げられ、
この手の手紙が頻繁に送られてきた事があったからだ。
その殆どは只の冷やかしで、実際に足を運んでも何もない事が当たり前の様な状況だった。
「もう一枚あるわね・・・」
いつもなら一枚だけの手紙が、今回に限り二枚目が存在した事が妙に気になった。
「つきましては水谷様の口座に依頼料の前金を入金させて頂きました・・・。か」
前金の入金。
今までのケースとはこの事が大きく異なった。
依頼料などが振り込まれたケースはおろか、依頼料の話を記入していた事など一度も無かった。
冷かしの為にわざわざ依頼料の事にまで考えが及ぶ者が居なかったのだろう。
「澪、依頼料が振り込まれてるか確認して欲しいんだけど」
弥生が助手兼事務員の本多澪(ほんだみお)に入金を確認させた。
手紙に書いてあるだけで、依頼料が入金されるという保証は何処にも無い。
「はい、・・・銀行の口座ですね。・・・弥生さん、二百万って何ですかこの入金?」
「けほっ・・・、に・・・二百万?二十万じゃなくて?」
弥生が澪のデスクのモニターに表示された口座を確認してみると、確かにそこには二百万と表示されていた。
「この人スイス銀行に振り込むような商売の人と間違えてるんじゃないの?私、探偵なんだけどな・・・」
探偵の依頼料は、基本的に一日あたり一万円から二万円と必要経費が相場だ。
しかもこれで前金という事は、これの倍近い報酬が解決後に貰える事になる。
「弥生さ〜ん。受けましょうよ〜、返金先もわからないし、何も無ければ旅館で温泉三昧ですよ〜」
勝手に手紙に同封されていた地図や宿泊先の旅館の情報を見た、アルバイトの笠原鈴(かさはらすず)が、
弥生に猫撫で声を出しながら擦り寄ってきた。
「す〜ずちゃん。勝手に手紙の中身を見てはいけないと、いつも言ってるはずよね?」
これまで弥生に何度注意されても、鈴は開いている手紙を盗み見る事を止めなかった。
「ごめんなさ〜い、・・・で弥生さん、この依頼は受けるんですよね?旅館で温泉〜、美味しい料理〜」
今叱られたばかりなのに、いつもと変わらぬ口調で温泉をねだる辺りが鈴の性格を現していた。
「仕方ないわね、依頼料が返せない以上受けるしかないわ。ちょうど鈴ちゃんの冬休みに入る時期だし、
 何事も無ければ社員旅行もかねましょう。でも澪、鈴ちゃんクリスマスも挟むけどいいの?」
弥生の言葉に澪と鈴は視線を逸らし、溜息を吐いた。
「ごめんなさい・・・」
弥生も含め、誰一人付き合っている彼氏がいなかった。



十二月二十三日


地図に書かれていた場所は、雪に化粧された白い山々に囲まれた小さな集落。
人口五百人に満たない過疎の進んだ村だった。
此処まで弥生は高速を下りて既に三時間、車を舗装されていない雪の積もった山道に走らせていた。
凍った雪の敷き詰められた道をチェーンの叩く、ガチャガチャと五月蝿い音と振動が車内に響いていた。
辺りに少し視線を向ければ、錆びた年代物の自動販売機、庭木に埋め尽くされた主のいない無数の民家、
半壊した教会、今は使われていない大きな診療所や本屋、レンタルビデオ屋やレストラン跡、
コンビニが撤退したと思われる店舗跡そんな在りし日の姿を偲ばせる物ばかりだった。
弥生はこの村が地図から消える日が、遠い未来の話ではない気がした。
「時代に取り残されてるって言うか、すっごい寂れ方ですね〜。まるで昔にタイムスリップしたみたい・・・」
弥生が運転する車の中で、鈴が正直な感想を述べた。
誰でも感じ取れる事だが、あえて言葉に出せる所が中学生の鈴の強みだろう。
「鈴ちゃん、わかってると思うけれど、村の人や旅館の人にそんな事を言っては駄目よ」
もし何か起った時には、村人から情報を集める必要がある。
そのときの心象を悪くしていれば、聞ける情報も聞けなくなってしまう。
何事も無いに越した事は無いのだが、万が一には備えておく必要があった。


「ここが旅館ね、それにしてもこんな静かな村で事件が起きるなんて思いたくないわね」
高台の上に建てられた歴史を感じさせる古びた旅館の駐車場に車を止め、荷物を出しながら弥生は呟いた。
犯罪や事件とは縁が無さそうなのどかな山村。
警察は来る途中に駐在所が一箇所在ったきりだった。
「何も無ければ温泉三昧ですよ〜、温泉、温泉っ〜〜〜」
鈴に至ってはこの時点で完全に旅行気分だった。
真面目な澪ですら、この村で事件が起きるとは思って無さそうな様子だった。
三人はそれぞれ着替え等の入った大きなカバンを抱えて旅館のロビーに向かった。


「ようこそお越し下さいました、私が旅館の女将の奥村美姫(おくむらみき)です」
女将の美姫が弥生達三人を笑顔で迎えた。
「予約をしていた水谷弥生と本多澪、笠原鈴ですが確認していただけますか?」
弥生達の名前を宿帳の予約確認をし、美姫は弥生に答えた。
「水谷弥生様・・・三名様で今日から十日、孔雀の間をご予約でしたね、確かに代金を頂いております」
「もう代金が支払われてる?誰が払いに来てるかが直ぐにわかるかしら?」
美姫の言葉を聞き、弥生は直ぐに聞き返した。
もし代金を払いに来た人間が誰だかわかれば、事務所に届いた手紙に書かれていた、
これから起きると予告された事件の事が少しだけでもわかると思ったからだ。
「一昨日、旅館の口座に直接振り込まれています。水谷様、どうかされましたか?水谷様」
弥生は人差し指を曲げたまま唇にあてた、深く考える時の彼女の癖だった。
数秒そのままで考えを廻らせていたが、一人頷き美姫ににこやかに話しかけた。
「まあいいわ、細かい事は気にしないでいきましょう。部屋に案内してもらえますか?」
弥生の言葉を受け、美姫は三人を眺めの良い、広い部屋に案内した。
三人が荷物を置く合間に、美姫はテーブルに座布団を並べ、お茶と茶菓子の準備を済ませた。
テーブルの上にあった茶菓子は、弥生と澪も一つずつは口には運んだが、殆どが鈴のお腹へと消えた。


「それでは何か御用がありましたら、こちらの電話から内線でお知らせ下さい」
美姫は部屋の端に設置してある、灰色の電話の受話器を上げると電話をかける仕草をし、
弥生達に微笑みかけた。
美姫が部屋を後にしたのを確認し、弥生と澪は室内を細かく探索した。
室内にはテレビ、その台座をかねる金庫、小さな冷蔵庫、ポットなどの他に、小さな机があった。
「どうやら盗聴器や隠しカメラは無さそうね。代金が支払ってある上に部屋も指定されてたから
 何か仕掛けてあると思ったんだけど拍子抜けね」
大きな窓からは村の様子が手に取るようにわかった。
おそらくこれも依頼者の演出の一つなのだろうと、弥生と澪は見抜いた。
お茶も飲み干し、鈴はまるでリードを目の前に散歩を待たされた犬のようにそわそわしていた。
その様子を弥生と澪は楽しそうに見ていたが、にこやかに語りかけた。
「此処に来るのにも疲れたでしょ?情報収集は明日からにして、今日は骨を休めましょう。
 鈴ちゃんそんなにそわそわしなくても、もう旅館を見て回って来ても良いわよ」
「は〜い、それじゃあ弥生さん、いってきま〜〜〜す」
弥生がもう旅館を〜と言った辺りで、待ちきれなかった鈴はパタパタとスリッパの音を立てて、
廊下を駆けて行った。


鈴が旅館の探検に出かけた後、弥生は暫く人差し指を曲げたまま唇にあてて考え込んでいた。
「澪どう思う?」
弥生が口にしたのはそれだけだったが、付き合いの長い二人にはそれだけで十分だった。
「前金が二百万、旅館の宿泊費が食費込みでおよそ八十万、それに旅館の部屋まで指定してある。
 此処までされるとあの手紙に書かれていた内容が、只の冷やかしや冗談ではなさそうですね」
依頼主が犯人で何かしようとしているのか、それとも何か気が付いた第三者が知らせてきたのか、
この時点では情報が不足しており、確たる予測など出来るはずもなかった。
しかし、此処まで三百万近い金が動いているのである、只の冗談と笑い飛ばすには多すぎる額だった。
「鈴ちゃんにはこの旅館で寛いで貰って、明日から情報収集に行きましょう。
 此処最近、この静かな村で何か起って無いか、事件が起る前に打てるだけの手を打ちましょう」


日も暮れ、夕食の時間になり鈴はようやく旅館内の探検から帰ってきた。
テーブルに所狭しと並べられた刺身や山菜、小さな鍋など豪華な料理を見て、鈴は瞳を輝かせていた。
「う〜〜わ〜〜っ、凄っごいご馳走ですね〜〜〜。いっただきま〜〜〜す」
鈴はテーブルに着くと、目の前の料理を次々に胃袋に収めていった。
「鈴ちゃん、料理は逃げないから、そんなに慌てて食べなくても良いわよ。
 それより随分時間が掛かったみたいだけど、この旅館に何か面白い物があったの?」
料理をつまみに地酒の冷酒を枡で飲みながら、弥生は楽しそうに鈴をみながら話しかけた。
「んっ?んんっ・・・、そういえば弥生さんこの旅館、色々と変わってるんですよ。
 普通こういった旅館にはレトロなゲームコーナーがあるじゃないですか?それが無い所とか。
 代わりに碁会所がある所とか、土産物屋の品揃えとか、部屋の名前も統一感ないですし。
 それに私達の他にはもう一組お客さんがいるだけみたいなんですよ」
鈴は口の中の料理を飲み込むと、半日かけて見て回った事を矢継ぎ早に話し始めた。
話をしてる間にも、料理に箸を伸ばす事は忘れてはいない。
「旅館内の違和感・・・。これも何かの仕掛け?それとも偶然?」
少し濁った地酒に映った自分の顔を覗き込み、弥生は自らに問い掛けた。
全てを疑って掛かると真実を見逃す恐れもある。
この旅館を疑うように仕向けている事が、犯人の狙いである可能性も捨てきれないからだ。
「弥生さん、結論を出すのはまだ先なんですから、今日は料理と温泉を楽しみましょう」
弥生が思考の迷路に落ちないように、澪は努めて明るく話しかけた。
温泉を楽しみにしている点では、弥生と澪の楽しみにしてることに若干違いがあるのだが。


食事を済ませ、浴衣に着替えた後、鈴の強い要望で三人は美人の湯と立て札に書かれた温泉に向かった。
「綺麗で、広くて、それに窓の向うに見える雪景色が最高ですよね〜」
鈴は腰まで伸ばした長い黒髪を体が濡れないようにタオルで頭に巻き、湯気の立つ浴室にいた。
身長百四十四センチの小柄な体に、七十センチと控えめな胸をおおきなバスタオルで隠し、
弥生と澪の整ったスタイルを恨めしそうに眺めていた。
弥生は肩まで伸ばしたやや栗色の髪の毛に普段は大きな黒々とした瞳、透き通るような声を出す形の良い唇、
身長百六十四センチ、八十二センチの豊かな胸、細い腰に長く伸びた手足とまるで雑誌のモデルのようだった。
ただし、黒々とした大きな瞳は、深く考える時には必ず細く鋭くなる。
澪の身長は百五十八センチとやや小柄だが、弥生の上を行く八十九センチの大きな胸を隠そうともせず、
プルンプルンと大きく揺らしながら浴室を歩いていた。
澪も背中まで伸ばした長い黒髪を鈴と同じ様に頭にタオルで巻いていた。

弥生は檜で出来た小さな手桶に湯を汲み、体を流した後、少し白濁した温泉の沸く湯船にゆっくりと浸かった。
「ん〜〜〜〜っ、良い湯ね。これだけでも来た甲斐があったかな」
澪と鈴はお互いに少し離れた所で檜のイスに腰を掛け、体を石鹸のついたタオルで洗っている所だった。
弥生は雪景色を眺めながら、そばに置いた盆に乗った酒瓶を傾け、枡に冷酒をなみなみと注いだ。
「弥生さん、お酒も良いですが程々にしておいて下さいね。ん?鈴ちゃんどうしたの?」
いつの間にか澪の直ぐ隣に来ていた鈴が恨めしそうな顔で、澪の豊かな胸をみつめていた。
「んぎゅっ、澪さんの胸、大きくてやわらかいです・・・、それに比べて・・・、はぁ・・・」
「ちょっ・・・鈴ちゃんいきなり何するの?」
鈴は手を伸ばして澪の胸をむにゅむにゅと揉んだ挙句、膨らみの少ない自分の胸に手を置いて溜息を吐いた。
「鈴ちゃんはまだ中学生なんだからその位でも大丈夫よ、そのうち大きくなるわ」
枡で酒を楽しみ、苦笑いをしながら弥生が鈴に慰めの言葉を掛ける。


その時、弥生は澪の鈴に向けた視線の変化に気がついた。
『うぁ・・・、スイッチ入ったかな?鈴ちゃんが急に澪の胸を揉んだりするからよ・・・』
澪は鈴の体を優しく両手で包み込むと、豊かな柔らかい胸に鈴の顔を埋めた。
「鈴ちゃん、そんなに気にしてるなら、私が胸が大きくなるおまじないをしてあげるわ。んっ・・・」
戸惑う鈴に構わず、優しく唇を重ね、体から力が抜けた事を確認すると、右手を鈴の小さな膨らみに添え、
ゆっくりと痛くならない様に優しく愛撫していく。
「どう?鈴ちゃん気持ち良い?私が胸が大きくなる様に揉み解してあげるわ」
耳元で囁くと鈴が返事をするより早く、耳たぶを優しく噛んで首筋にキスをし、舌を這わせ、再び唇を塞いだ。
その間も胸を愛撫する右手を休める事は無い。
『え?澪さん・・・、んっ・・そんな女性同士で・・・、でも・・・優しくて・・・気持ち良い・・・』
最初は少し抵抗を感じていた鈴だが、澪の優しい愛撫に次第に心を許し始めていた。
その鈴の変化を感じ取った澪は、背中に回していた左手を太ももに這わせて、下腹部周りの愛撫を始めた。
優しく、そして焦らしながら、少しずつ少しずつ感触を確かめるように膣口周りをせめていた。
「鈴ちゃん・・・、もっとよくしてあげる」
持っていたバスタオルを床に敷き、そこに鈴を寝かせると、胸を舐め回し、胸を口で咥え、
ちゅうちゅうと優しく吸い上げ、乳首を舌で転がし、更にヘソまで腹部のラインに舌を這わせ、
まだ薄い繁みを超え、太もも周りから膣口まで丁寧に舌を滑らせた。
「み・・・澪さん、お願いですからそんな所を舐めないで・・・ああんっ」
澪は鈴の願いに構わず、陰核を口に含み舌で優しく皮を捲り上げると、舌で転がし、優しく噛んだ。
「ひゃうっ、うぅ、ああああん、それ・・・すごいっ・・・あああん」
陰核から口を離し、溢れ出す愛液でヌルヌルになった膣口にキスをすると膣内に舌を差し込んだ。
「んっ、ちゅるちゅる・・・、ちゅううぅぅぅっ」
「え?何か来る!!きちゃう!!やっ、あああああああん!!」
澪が音を立てて愛液を吸い上げると、鈴の脳裏を真っ白に染め上げるほどの快感の波が襲い、
鈴は生まれて初めての絶頂を味わった。
「はぁ・・・はぁ・・・、澪さん・・・、んっ」
澪がまだ朦朧としている鈴の顔を覗き込むと、鈴の方から澪に腕を絡ませて、唇を重ねた。
『鈴ちゃんも澪の毒牙にかかっちゃったか、相変わらず上手よね私の処女を奪っただけの事はあるわ・・・』
学生時代、後輩の澪を保健室で介抱した時、誰も居ない事を確認して澪が弥生に襲い掛かってきたのだ。
それから家などで何度か体を重ねた後のある日、澪は双方向のディルドーを取り出して弥生の処女膜を奪った。
その後、弥生が探偵事務所を開くと、直ぐにバイト兼、事務員として押し掛けて来て現在に至っている。
「二人ともほどほどにしておくのよ、それと澪、鈴ちゃんの処女まで奪ったら事務所を追い出すわよ」
澪に釘を刺して弥生は温泉を後にした、盆に乗っていた三本の酒瓶はすっかり中身がなくなっていた。



十二月二十四日


「今日はクリスマスイヴだというのに、私達は寂しく情報収集か・・・」
車を雪の降り積もった道を走らせながら、弥生は呟いた。
相変わらずガチャガチャとチェーンの音が五月蝿く、多少の呟きはお互いの耳に届く事無くかき消された。
「弥生さん、やーよーいさん!!聞こえてますか?あそこをみて下さい!!」
突然、澪が大きな声をあげ、左手にある古寺を指差した。
「どうしたの澪?あの寺がどうかしたの?」
「こういった土地なら住職と話が出来れば、過去に村で起きた事などは聞く事が出来ると思います」
山に囲まれた閉鎖された土地柄、確かに役所や商店で話を聞くより情報の確かさなどは上だろう。
「そうね、尋ねるだけ尋ねてみましょう」
車を寺の前の空き地に駐車させ、弥生と澪は寺を尋ねた。
割と広い道があるにもかかわらず、辺りには駐車禁止の標識はおろか、点滅式の信号すら存在していなかった。


寺に居たのは老齢の住職で、十センチ以上は伸びた見事な白い顎鬚が特徴的だった。
「こんな寂れた古寺に、美しい女性が尋ねて来られるとは珍しい、何もありませんが奥にどうぞ」
二人を奥に案内すると茶請に饅頭と温かいほうじ茶を差し出し、住職は笑顔で弥生と澪に話しかけた。
こういった点では男性に受けの良い女性である身がありがたい事ではあった。
「ありがとうございます、では頂きます」
お茶を飲みながら三人は暫く当たり障りの無い会話をしていた。
弥生と澪は肝心な話を切り出すタイミングをじっと伺っていた。
「幾つかお尋ねしたい事があるのですが。この村で何か変わった事があれば教えて頂きたいのですが」
突然の弥生の質問に、住職は顎鬚を撫でながら何かを考えている様子だった。
「変わった事ですかのぅ?特には無いと思いますが、この村はご覧の通り寂れた村に過ぎません、
 今居る若者がいつ村を捨てて出て行くか、それだけが気がかりでしてのぅ・・・」
昨日感じた時代に取り残された村の印象。
未来に不安を覚え、一人、また一人と村の若者が都会に出て行ったのだろう。
「では、何か事件とかありませんでしたか?些細な事でも良いんですが」
絶妙のタイミングで澪が住職に質問を投げかける。
「事件ですか?そういえば一週間ほど前になりますか。鉱山跡に不法投棄してあった廃液が川に流れ出し、
 井戸が使えなくなり飲み水に困った村の為に自衛隊が来て給水活動を行なってくださった事、位かのぅ」
その事件は知っていた、不法投棄していた会社から圧力があったのか、それとも無用な混乱を避ける為か、
村の場所や鉱山跡などの情報は一切明かされなかった。
「二日ほどで井戸水の取水制限も解除されましたしのぅ、今は何事もありませんじゃ」
流出した廃液が何だったのか、鉱山跡が何処なのか、調べる事は以外に多い様に思えた。
「それと、この村は閉鎖的な所も多くてのぅ、言い方は悪いかもしれなんだか余所者を嫌いましてな、
 話を聞こうとしても、良い顔をされない事も多いと思いますじゃ」
そこで一旦言葉を切り、少し考えた素振りの後、言葉を続けた。
「この村で他に話が聞けそうなのは、酒屋の森永さん、農業指導をされている安斎さん、
 旅館で働いている白木さん、旅館の女将の奥村さん位かのぅ」
弥生は森永、安斎の住所を詳しく聞き、礼を述べて古寺を後にした。


酒屋の森永夏子(もりながなつこ)に話を聞いたが真新しい情報はひとつも無かった。
夏子は町の高校を卒業したばかりの十八歳。
まだ年齢が若い事と町で暮らしていた為、閉鎖的な他の村民とは反応が異なっていた。
この事を考慮して住職が紹介してくれたのだろう。
新しい情報の代わりに弥生は地酒の一升瓶を四本、両手に抱えて店を後にした。
夏子は突然出来たお得意様を嬉しそうに見送っていた。
農業指導をしている安斎宅も尋ねたが運悪く留守だった為、弥生達は旅館に戻る事にした。


「弥生さん、澪さん、おっかえりなさ〜〜〜〜〜い」
旅館に戻った二人を見つけ、鈴が散歩を喜び尻尾を振る犬の様な勢いで駆け寄ってきた。
「ただいま鈴ちゃん、お留守番ご苦労様、何か変わった事は無かった?」
すっかり澪に懐いて腕にしがみ付いてる鈴の姿に、苦笑いしながら問い掛けた。
「えっと・・・、特にありませんでしたよ。そうだ、他に泊まってる人に会いましたよ。
 髭がちょっと気になったけど、背の高いすっごくかっこいい男の人でした。
 誰も知らない秘湯巡りって本を出す為の取材なんだって〜〜〜」
「そう、もう一組の宿泊客は男性だったのね」
弥生は心の中で安堵の息を吐いていた。
男性なら昨日の温泉内での鈴と澪の濡れ場を、覗き見られていた心配が無いからだ。
もし女性なら脱衣所で二人の行為に気付かれて、そのまま引き返された可能性すらあった。
理解がある女性に期待するのは無理な注文で、最悪、不審者として旅館に苦情が入っていた事だろう。
「今日はこの位にして、奥村さんと白木さんには明日話を聞く事にしましょう」
弥生達は浴衣に着替え、食事とを済ませると、この日も温泉で体を休めた。
鈴と澪が今日も温泉で行為に及んでいる所を、弥生は酒が注がれた枡を片手に見守っていた。



十二月二十五日


その日、朝から村は異様にざわついていた。
クリスマスムードを吹き飛ばす不穏な空気。
弥生達にその事を知らせたのは、旅館で働く白木悠子(しろきゆうこ)だった。
昨日、古寺の住職が教えてくれた人物の一人でもあった。
「人が・・・石になった?」
弥生は自らの耳を疑った。
人の体が石に変わる、そんな事が現実に起るとは思えないからだ。
「弥生さん、とにかく現場に行きましょう」
澪は素早く身支度を整えると、弥生に声をかけた。
「わ・・・私も行きま〜す」
鈴も車のドアを開け、後部座席に潜り込んだ。
「二人ともシートベルトは締めたわね?飛ばすから手すりをしっかり握ってなさい」
そう言うが早いか、弥生はアクセル全開で、雪の積もった道を人が石像に変わった家まで爆走した。


「此処がそうね・・・」
この寂れた村の何処から集まったのか、幾重もの人垣が目的の家を取り巻いていた。
車から降りて近づく三人に、まるで酷い腫れ物でも見るような視線が向けられた。
『なるほど、余所者は邪魔者扱いか・・・、あの住職の話は確かだったようね。あ・・・あの人は』
弥生は人垣の中に見知った顔を見つけた、酒屋の夏子だ。
澪と弥生は夏子に近づくと他の人に聞こえないように、小さな声で尋ねた。
「何があったんですか?」
あくまでも何も知らないフリをして、夏子に話しかけた。
話を聞き出す時は、こちらが何も知らないと見せかけておいた方が相手も話し易いからだ。
「えっと、水谷さんでしたよね?俄かには信じられないかも知れないですが、
 この家に住んでいる木下まひるさんと娘さんのきさらちゃんの体が石になったって話です」
旅館で悠子に聞いた話が、嘘でも間違いでも無かった事が明らかになった。
「きさらちゃんはまだ八才だったんですよ、酷い話ですよね・・・」
「森永さん、もう少し詳しく聞きたいんだけど時間良いかしら?」
弥生は車に視線を向け、夏子に同行を促がした。
夏子も無言で頷くと、車に乗り込んだ。
「後は鈴ちゃんだけね、あ・・・帰ってきた」
家の方角から鈴が車に向かって走ってきた。
「弥生さんお待たせしましたっ」
鈴が乗り込んだのを確認すると、ゆっくりと旅館に向けて車を走らせた。


旅館に着くと夏子を孔雀の間に案内し、四人でテーブルに着いた。
「それじゃあ知っている事を教えて貰えるかしら?」
お茶とお茶菓子を用意し、それぞれ一息ついた後でゆっくりと夏子は話し始めた。
「私が聞いた話ですが、今日の早朝、木下さんのお隣の川中さんがお裾分けを持っていった所、
 台所で石像に変わり果てた、まひるさんときさらちゃんを見つけたそうです。
 川中さんは急いで駐在所の鈴木さんに連絡したそうですが、駆けつけた警察の鈴木さんも、
 こんな事件は前例が無いらしく、手の施し様が無いそうで・・・」
こんな現実離れした事件に前例が在る訳も無く、警察も救急もまるで手を出せない状態らしく、
数時間の現場検証が終った後、立ち入り禁止のテープをまひる宅に貼り付けて帰ったきりらしい。
「立ち入り禁止か・・・、そうすると木下さん宅に行っても詳しく調べるのは不可能ね・・・」
その後、まひるの家の事や、人間関係、隣の川中の話など聞ける限り、全ての事を聞き出し、
鈴と澪を旅館に残し、弥生は一人、夏子を車で家まで送り届けた。
帰りの車内に夏子の代わりに地酒の一升瓶が助手席に横たわっていた。


「人が石になるって事が、手紙に書いてあったある事件?こんなのどうしろって言うのよ・・・」
帰りの道中、弥生は車を走らしながら、ブツブツと考えを廻らしながら独り言を呟いていた。
あの手紙が、こんな人知を超えた事件の予告状だったとしたら、自分達の手に余ると考えたからだ。
「どうやって人を石に変えたのか・・・、方法は?石に変えるのに必要な時間は?分からない事だらけね」
それでも弥生は今ある情報を頭の中で整理しながら、事件の真相に近付こうとしていた。
「でもこれ以上犠牲者は出したくないわ、第二、第三の事件が起きる前に犯人を探し出さないと・・・」
人を石に変えるのを止める事も、石になった人を元に戻す事も出来ない弥生には、
犯人を探し出す事が、第二、第三の事件を防ぐ唯一の方法であった。


「ただいま、澪、鈴ちゃん何か変わった事はあった?」
弥生が戻ると、旅館の孔雀の間で澪がノートパソコンに一台のデジカメを繋いで、何かをしている所だった。
「あ、弥生さんお帰りなさ〜い、これっ見て下さい!!」
鈴は弥生の側に駆け寄ると、腕を引いてノートパソコンの前に弥生を座らせた。
「何なのよいったい・・・。えっ?これって・・・」
ノートパソコンに映し出されていたのは、二体の女性の石像だった。
一体は二十歳後半の女性、もう一体は小さな子供だった。
その石像の正体が何なのか、弥生には直ぐ分かった。
「あの時、デジカメで撮影したんですよ。褒めて褒めてっ」
まひる宅前で弥生と澪が夏子と話している間、鈴はこっそり家に侵入して撮影したらしい。
住居不法侵入に公務執行妨害の確実な犯罪行為だが、今の弥生にとっては貴重な情報だった。
「鈴ちゃん、あまり大きな声で言っては駄目よ、でも良く撮れたわね・・・」
様々な角度で石像に変わったまひるときさらの映像が収められていた。
人物だけで無く、室内の様子も事細かに撮影している辺りが、探偵としての鈴の能力を窺い知れた。
「このまひるって人の様子から見ても、きさらって子の様子から見ても争った形跡や苦しんだ様子が無いわ、
 と、言う事は殆ど一瞬で石に変えられたって事ね」
液晶ディスプレイに映ったデジカメの画像を、拡大、縮小しながら事細かに調べて行く。
テーブルに、ケーキ、紅茶のポット、鶏の足の乗ったお皿、おそらく夕食の準備中に石に変えられたのだろう。
ガステーブルの上の銀色に輝く真新しい鍋にはおそらくスープが暖められて、
その横の、同じく真新しいやかんでは紅茶を飲む為に湯を沸かしていたのだろう。
「この子がきさらちゃんね・・・、こんな小さな子まで・・・。あれ?これはどうして?」
弥生は一瞬、違和感を覚え、きさらの映像を拡大と縮小をさせながら何度も眺めた。
そして、服が場所により、石になっている所と石になっていない所がある事に気が付いた。
「この事も何か関係があるのかしら?」
弥生は食入る様に映像を見ながら、人差し指を曲げたまま唇にあてて考え込んでいた。
普段は大きな黒々とした優しい瞳が、見る間に細く鋭くなっていく。
その日、夜遅くまで弥生と澪はノートパソコンの前で考えを廻らせていた。



十二月二十六日


この日の昼、幾つかの事件が同時に発生した。

村はずれに住む、井手さやか(いでさやか)と言う女性の家で小火が発生し、消火に当たった消防隊員が、
焼け焦げた室内から石像に変わったさやかを発見した。
さやかはコタツに座った格好のまま、みかんを片手に持った状態で石像に変わっていた。
手にしたみかんと着ていたどてらは、石にならなかった部分が火災で焼け落ちていた。
出火原因はストーブの上に乗せられていた、やかんの空焚きといわれていた。

更に、数キロ離れた場所で数人の子供が、凧揚げをして遊んでいる姿で石像に変わったのが発見される。
どちらも石になった瞬間を目撃している者が無く、悲鳴さえ聞いた人が居なかった。


弥生の体調を心配した澪は、鈴と二人で情報収集に向かい弥生を旅館で休ませることにした。
「止められなかった・・・。こんなに犠牲者を出してしまった・・・」
「水谷様、どうかしたのですか?」
自らを責める弥生の姿に、心配した悠子が話しかけてきた。
「白木さんだったかしら・・・。実は・・・」
弥生は依頼料や幾つかの事を隠し、手紙に書いてあった事を掻い摘んで悠子に話した。
「そんな手紙が・・・、それじゃあこの事件は全部、誰かの仕業で、まだまだ犠牲者が出る可能性があるって事ですか?」
悠子は顔を青くし、体を震わせていた。
無理も無い事で、自分も犠牲者に加わる可能性があるのである。
「ごめんなさい、あなたまで不安にさせちゃったみたいね、そこでお願いがあるんだけど
 最近この村で起った事を出来る限り教えて欲しいの、それと今の手紙の事は他の人に行っては駄目よ」
弥生の言葉に頷くと、悠子は自らの知る限りの事件を語り始めた。


「弥生さん、ただいま帰りました〜」
悠子から話を聞き終えた更に数時間後、澪と鈴が部屋に戻ってきた。
誇らしげに手に持ったデジカメを翳している所を見ると、無事に二つの事件現場の撮影に成功したのだろう。
「お帰りなさい、すまなかったわね、二人だけに行かせて」
「いえ、そんな事はありませんよ、直ぐにデータをパソコンに移しますから待っていて下さい」
澪は机にノートパソコンをおき、デジカメをセットすると、今日撮影した映像の転送を開始した。
「そういえば、火事の現場でもう一人の宿泊客の男の人に会いましたよ」
『偶然?只の野次馬?そういえば私はその人に一回も会ってない・・・』
弥生は人差し指を曲げたまま唇にあてて考え込んだ。
「弥生さん、データの転送終りました。弥生さん?」
澪に話しかけられ、ようやく思考の迷路から戻った弥生は、ノートパソコンに映った映像を、
一枚一枚隅々まで見始めた。


夜、夕食と入浴を済ませて、部屋の片隅の小さな机の前で弥生は今までの情報を整理していた。
一番古い事柄から、手紙の差出人の事、鉱山跡の廃液流出事件、自衛隊の給水活動、
木下まひる母娘石化事件、井手さやか石化火災事件、広場で起きた子供の無差別石化事件。

犠牲者は木下まひる(二十七歳)木下きさら(八歳)井手さやか(二十三歳)
如月美奈(きさらぎみな)(七歳)清水健史(しみずたけし)(九歳)細川桃子(ほそかわももこ)(八歳)
犠牲者の六割以上が十歳以下の子供であることが弥生の心に重く圧し掛かっていた。

「一体誰が何の目的でこんな事をしているの?」
事件の共通点は現時点で分かっている情報には見当たらなかった。
誰かを脅迫して大金を得る金銭目的でも、事件後に声明文を発表する愉快犯やテロ行為でも無く、
犯人が何の目的で何をしようとしているのか、弥生には見当も付かなかった。



十二月二十七日


この日、村に情報収集に出ていたのは弥生と鈴で、澪は旅館で一人ノートパソコンの画像を調べていた。
弥生は農業指導をしている安斎瑛土(あんざいえいと)を尋ね、話を聞くことが出来た。


「戦前、この村の近くの山で金が採れたらしく、村は金が取れた僅かな期間、大変栄えたそうだ。
 やがて金が取れなくなると多くの人はこの村を去り、更に戦後、疫病が流行った事もあって、
 今ではご覧の通り、廃村の一歩手前まで来てしまった。
 私はこの村で十年程前から地質改善や農作物の品種改良、酒造りの為の水質調査など様々な活動をして、
 何とか出て行った村人が戻ってきてくれるよう、特産品の開発に取り組んでおります」
安斎は寂しそうな瞳で村の歴史を語り始めた。
「この村の人間は、外部から来た者は、村から金を奪い去り、食い物にするだけして去って行った、
 強盗の様な連中だと考えていて。今でも排他的風習が根強く、余所者には冷たい。
 私も来た当初は随分と疎まれたものです。話も聞いて貰えず、何一つ仕事になりませんでした。
 まあ、十年も付き合って来たおかげで、最近は普通に挨拶をしたり、作物等を持って来てくれる様になりましたが、
 先日の奇怪な石化事件も、余所者が来たからだと噂している者も多い」
安斎はそこまで話すと、弥生と鈴に視線を向け、二人の反応を待った。
「悪い事は言わん、あんたがたも事件に巻き込まれんうちに、出来るだけ早くこの村を出る事だ。
 こんな奇妙な事件の起きた不気味な村にいつまでも滞在しないといけない理由がある訳でも無いんだろう?
 温泉で寛ぐなら他の温泉を探すと良い」
そこまで話すと安斎は家の中に姿を消した。
住職に紹介して貰った人とはいえ、事件の起きた後では余所者に良い顔をする事さえ出来ないのだろうと、
弥生は理解した。


その頃、旅館では澪がノートパソコンの画像データを比較して、共通点や怪しい点を探していた。
「このなかに犯人の残した証拠があるはず。それを見つけないと・・・」
澪は石像に変わったまひるとさやかの映像を何度も見比べていた。
「気になる点は此処ね・・・」
その時、部屋の入り口が静かに開けられ、一人の人物が室内へと侵入した。
「弥生さんお帰りなさい、随分早かった・・・」
澪が振り返ると、そこに居た人物は弥生では無かった。
そして、その口元には小さな筒が咥えられていた。
「えっ?ああああ・・・・」
澪が自分の身に何が起きたのか理解するより早く、全身からシュウシュウと水蒸気が上がり、
パキパキと乾いた音を立てて、灰色の石へ変化していった。
振り向いた瞬間、ふわりと宙に浮いた髪がそのままの形で細い灰色の石に変わって行く。
ぷるぷると揺れた柔らかかった胸も、そのままの形で硬い石に変化していった。
僅か数秒で澪の体は完全に灰色の石に変わり果ててしまった。
「・・・」
美緒が石になった事を確認すると、侵入してきた人物は、テーブルの上にあったノートパソコンのケーブルを外し、
無言で室外へと持ち去った。
後には浴衣姿で上半身を振り向かせた格好で灰色の石に変わった澪だけが残された。


旅館に戻った弥生と鈴を待っていたのは、澪と悠子が石に変えられたと言う凶報だった。
掃除から帰って来ない悠子を探していた美姫が石像に変わり果てた澪を見つけ、警察に知らせた所、
更に悠子が温泉で石像に変えられているのが発見されたのだ。

「うわ〜〜〜〜ん、澪さん!!どうしてこんな事に!!、一体誰が澪さんを石に変えたんですか!!」
鈴は石像に変わり果てた澪に縋りつくと、流れる涙を止める事無く泣き叫んだ。
「澪・・・、どうして・・・」
弥生も顔を蒼白にして、その場に立ち尽くしていた。
「弥生さん、澪さん助かりますよね?元に戻るんですよね?ね?」
鈴は弥生の側に駆け寄ると、腕を掴んで捲くし立てた。
しかし弥生にはその質問に対する答えを持ち合わせてはいなかった。
部屋から持ち出されたノートパソコンは、悠子が石像に変えられた温泉の湯船の中から発見されていた。


その夜、弥生と鈴は食事も取らずにいた。
鈴は澪の石像に縋りついたまま泣き疲れて眠りに落ち、弥生は机の前で澪を巻き込んだ事を後悔していた。
『私がこんな依頼を受けなければ、澪が石像に変えられることは無かった。
 私のせい?私の責任?このまま留まって、もし鈴ちゃんまで石にされてしまったら・・・』
此処で引き返せば澪を見捨てる事になるのは勿論、更なる犠牲者が出たら後悔してもしきれない。
進退窮まったこの状態が弥生を更に苦しめていた。


十二月二十八日


この日、弥生はある結論を出した。
「鈴ちゃん、先に町に帰って貰えるかな?鈴ちゃんまで危険な目に合わせる訳にはいかないから」
その言葉を聞き、鈴は目を点にした後、見る間に顔を真っ赤にして怒りはじめた。
「弥生さん酷いです!!私も澪さんを石に変えた犯人を見つけて仇を討ちたいんです!!」
その後、一時間以上説得を試みたが、鈴は一歩も引かず、最後は弥生が根負けして同行を許可した。
弥生と鈴は、まず旅館内の温泉で石像に変わっていた悠子の所に向かった。


悠子は何かに驚いたのか他の石像と違い尻餅を付き、空中に手を伸ばした格好で石像に変わっていた。
その表情も何かに怯えている様に見えた。
「白木さんはおそらくノートパソコンをここに捨てに来た犯人と出くわして、そのまま石にされたのね」
発見されたノートパソコンは完全にショートして使い物に為らなくなっていた。
高温の源泉に沈めた上、水が浸入しては仕方のない事ではあったのだが、
鑑定の結果、手掛かりになる指紋一つ採取出来なかったそうだ。
「つまりあの画像の何処かに、犯人の残した手掛かりがあったんだわ」
弥生は鈴を連れ、まひるとさやかの家をもう一度尋ねる事にした。


弥生は先に火災で焼け落ちたさやかの家に向かった。
さやかの家は消火活動の後の状態のまま、放置されていた為、降り積もる雪に所々埋もれていた。
「屋根が一部焼け落ちてるとはいえ、酷い状態ね・・・」
そのままにしてあったさやかの石像には雪が降り積もり、融けた雪が灰と混ざって酷く汚れていた。
鈴は出火場所のストーブ周辺を念入りに調べ、火災原因の焼け焦げたやかんを見つけた。
「やかんだ・・・、電気ポットじゃなくて、まだやかんなんか使ってるんですね」
あまり家事の得意ではない鈴は、やかんで湯を沸かす事など殆ど無かった。
お茶や珈琲を飲む時は、必ず電気ポットのお湯を使用していた。
「鈴ちゃんはお酒を燗にする事なんか無いから仕方ないわね。空気の乾燥した時期は、
 やかんをストーブの上において加湿器の代わりにしたりもするのよ」
さやかが石にされた後、そのままの状態でストーブの上に置かれていた為に火災が起きたと考えられていた。
「鈴ちゃん、行くわよ。鈴ちゃん?」
鈴はやかんを興味深そうに見ていたが、弥生に促がされ、渋々と後に続いた。


「何とか侵入に成功したわね」
玄関に鍵は掛かっておらず、家の前にも見張りの警官一人配置されていなかった。
「でもこれって住居不法侵入ですよね。見つかりませんかね・・・」
今更の様に鈴が常識論を口にした、厳密に言えば先ほどのさやか宅の探索も不法侵入なのだが。
「大丈夫よ、見つからない様に調べ終わったら直ぐ帰るわ」
問題の台所に付くと、弥生はまひるときさらの石像を丹念に調べ始めた。
それと対照的に鈴はテーブルやガステーブル周りを調べていた。
「此処にもやかんが・・・」
夕食の準備中なので仕方が無いとは思ったが、その形が妙に気になった。
「弥生さん、この注ぎ口についてる部分、邪魔じゃないんですか?」
「それは沸かす時に便利なのよ、ちゃんと注ぐ時には邪魔にならない様に出来てるわ」
弥生は鈴に説明しながらまひるときさらの石像を調べていた。
『布の厚い場所は石になっていない、逆に直接肌に触れている所は完全に石になってる』
デジカメではわからなかった所を重点的に調べ、二人はさやか宅を後にした。
この時、二人は影からみつめる視線に気が付いてはいなかった。



十二月二十九日


この日の昼、新たな犠牲者が出た。
帰郷していた女子高生の生田優(いくたゆう)と同じ高校に通う友人の北田朋花(きただともか)、
それに酒屋の森永夏子の三人だった。
夏子はまひると同じ様に台所で食事の準備中に石にされたらしく、買い物から帰った母親に発見された。
優と朋花は雪道を歩いていた所を一瞬で石にされたらしく、並んで話している状態のまま、
体を灰色の石に変え時間を止めていた。


美姫が偶然従業員と話している所を目撃した弥生は、美姫に頼み込み、話を聞かせて貰った。
驚く事に今までと違い、今回は怪しい人影を見た人がいるということだった。
「目撃者がいるの?いったい誰?」
美姫の話では目撃したのは古寺の住職と言うことだった。
弥生と鈴は急いで車で古寺に向かい、住職に詳しい話を聞く事にした。


「おお、良くおいでなさった」
二人を奥に案内すると茶請に饅頭と温かいほうじ茶を差し出した。
「いただきま〜す」
薦められるままに鈴はお茶菓子に手を伸ばし、それを住職は優しい眼差しで見守っていた。
「今日此処に来たのは昼に起きた事件についてお聞きしたいからです」
以前と違う鋭い瞳で、弥生は住職に問い掛けた。
「あんたがたも同じか、先ほども警察等に話したばかりじゃが、
 わしが見たのは水蒸気を上げて石に変わっていた彼女達と、その後立ち去った二つの人影ですじゃ」
住職の言葉に弥生は思わず息を呑んだ、やっと犯人に繋がる情報が聞けたからだ。
鈴も茶菓子を口に運ぶ手を止め、住職の言葉に耳を傾けていた。
「人を疑うのは良くない事かも知れなんだが、その人影のうち一人は先日紹介した安斎さん、
 それともう一人の男性はこの村の人では無さそうでしたな」
弥生は住職が知らないもう一人の男性を、鈴が見たと言うもう一人の宿泊客だろうと見当をつけた。
『安斎さん?それとも宿泊客?もしかしたら二人が手を組んでいる可能性も・・・』
人差し指を曲げたまま唇にあて、頭の中で今まで得た情報の整理をしていた。
「それと安斎さんじゃが、あの人は十年前この村に来たが、実はもっと昔にこの村で暮らしていた事がある。
 この村の外れに今は閉じておるが大きな診療所後があるじゃろ?あそこで医者をしておったはずなんじゃ。
 奥方に先立たれた後、診療所をたたんで村を出て行ったはずなんじゃ。
 細菌や風土病に詳しい人でな、まあ酒にしても味噌にしても微生物の力を借りておる所は同じじゃが、
 それを農業に利用する仕事に転向するとは思ってもいませんでした」
その横で、鈴が住職と何か話をしていた様だが、弥生の耳には入っていなかった。
住職に礼を述べ、弥生は安斎宅に車を走らせた。


「細菌研究をしていた人が医者を辞めて、農業指導の仕事に就くって可笑しな話ですよね〜」
安斎宅に向かう車内で鈴が繰り返しその事を聞いてきた。
「細菌の種類も様々だから、確かにお酒や味噌や醤油、それに納豆や乳酸菌飲料、
 菌類の力を借りている物は日常に溢れてるわ。
 まあ、確かに医者から農業ってパターンは珍しいと思うけど・・・」
安斎宅に到着すると、二人は車を降り、弥生は平静を装ってチャイムに指を伸ばした。
「留守・・・みたいね」
何度チャイムを鳴らしても、安斎が姿を現す事は無かった。
「弥生さん、弥生さん・・・こっちです・・・」
家の周りを調べていた鈴が、裏庭で何かを発見し、小さな声で呼び掛けながら弥生に手招きをしていた。
「何?鈴ちゃん」
鈴の前には何の変哲も無い木造の物置が建っていた。
「その物置がどうかしたの?あ・・・」
鈴が物置の戸を開けると、そこには荷物が詰まれる事無く代わりに床に大きな穴が開き
地下へと伸びる階段があった。
「これは・・・、こんな物良く見つけたわね。鍵がかけられていなかったの?」
弥生の台詞に鈴は笑みを浮かべながら、小さな針金をかるく上下させた。
「まったく・・・、いつの間にそんな事を憶えたのよ・・・」
弥生は苦笑いしながら、階段の先に進み、鈴もその後に続いた。



階段の先には鉄製の丈夫そうな扉があり、それも鈴が針金で鍵を外すと、弥生は息を殺して扉を開けた。
「此処は・・・、ああっ」
扉の向うには、二十畳ほどの石造りの部屋が隠されていた。
その部屋の片隅で、二十歳程の年齢の女性が壁に両手足を縛り付けられ、口に猿轡をされた状態で、
灰色の石に変わり果てていた。
その横には籠があり、そこには銃の様な物と、やかん、音叉などが放り込んであった。
籠の近くの小さな机の上には、何冊ものノートが積み重ねられ、壁面には銀色の冷蔵庫らしき物、
コポコポと音を立てる怪しい培養ポットや、背表紙が英語やラテン語等で書かれた沢山の本の並んだ本棚。
白い大きな机の上にはシャーレや試験官、顕微鏡にビーカーなどが並んでいた。
「これ・・・、やっぱり安斎さんが犯人だったのね・・・」
小さな机の上のノートを捲ると、そこにはあるウイルスを使った実験と石化事件の記録が残されていた。


十二月十日

レトロウイルスの純粋培養に成功。
同時にワクチンの開発にも成功した。
 
一月二十五日

実験中の事故により、ウイルスの意外な能力を発見。
発見したウイルスの能力を使い、三十年前の復讐を果たそうと思う。

三月二十八日

事故が起きた時に見せたウイルスの能力の再現実験に失敗。
今回で百回を超えた。
あの時の、一体何が引き金になったのかもう一度検討する事にする。

五月三日

今日の実験で、ようやく何が引き金になったのかが判明。

七月十日

動物実験を行なう為に、ウイルスの増産を開始。

九月二十四日

数十匹のマウスにウイルスを投与。

十月一日

マウスによる実験に成功、水蒸気を上げ完全に石化するまでおよそ一秒。

十月四日

ウサギ、猫、犬にウイルスを投与。明日まで経過を見守る事にする。

十月五日

検査の結果、ウサギと猫は完全に感染している事が確認されたが、犬はその大きさ故か完全ではなかった。
もう一日経過を見守る事にする。

十月六日

犬もウイルスに完全に感染している事が確認できた。
後はマウスと同じ結果が出るかが心配だ。

十月七日

ウサギ、猫、犬の石化に成功。
石化の進行は個体の大きさに関係なく、ほぼ数秒で終る事が判明。

十月十日

石化したマウスから細胞を採取。
石化した細胞内でウイルスが生きている事が判明。

十月十五日

石化した動物にワクチンを使用するも効果無し。
ウイルスは死滅するも、石化した動物は元に戻らないことが判明した。

十一月二十九日

運悪くこの地下室に気が付いた女性を拘束。
面倒な事になる前に始末する事にする。

十一月三十日

拘束していた女性にウイルスを投与。
経過を見守る。

十二月二日

ウイルスが四十八時間で感染者の体内に行き渡る事を確認。
銃型と笛型で石化実験を行なうも銃型は効果が薄い事を確認。
以後の計画には笛型と音叉型を使用する事とする。

十二月八日

一回目のウイルスの散布を開始。
石化の条件は起りにくいので事が発覚する事は無いと予測される。

十二月十日

一回目のウイルスの散布から四十八時間が経過。
増殖速度から考えてかなり広範囲がウイルスに汚染されている筈だ。

十二月十三日

近所の犬を捕まえて、石化実験を行なう。
犬は水蒸気を上げ数秒で灰色の石に変わった。
ウイルスがこの村を汚染している事は間違い無い。

十二月十五日

水谷弥生の口座に依頼料を振り込んだ。
鉱山跡で見つけていた廃液の詰まったドラム缶に穴を開け、川に流す事に成功。

十二月十六日

予測通り、井戸水の給水制限と自衛隊による給水活動が始まる。

十二月十八日

井戸水の水質調査と称し、全ての家の井戸にウイルスの入ったカプセルの投下に成功。
念の為、商店や集会所に再びウイルスを散布しておく。

十二月二十日

二回目のウイルスの散布から四十八時間が経過、これで私の計画はほぼ達成された筈だ。
旅館の口座に水谷弥生とその助手の宿泊費を振り込んでおいた。

十二月二十一日

思い掛けない事に協力者が出来た。
これで更に復讐がやりやすくなる。

十二月二十三日

水谷弥生と助手達が村の旅館に到着。

十二月二十四日

水谷弥生がこの村の住職等から情報を集めている様だ。
今日、木下まひるに例の物を届けた。
早速使うと言っていたので明日になればもっと面白い事が起きる筈だ。


ノートにはそこまでしか書かれていなかった。
しかしこのノートの存在が安斎が犯人である動かぬ証拠だった。
「協力者って誰?どうやって澪をウイルスに感染させたの?まあ良いわ証拠は見付けたわけだし」
弥生がノートをビニール袋に入れた時、ドアを開け一人の男が侵入してきた。
「此処を見つけるとは、たいした行動力だな。おっと、この娘が石に変わって行くのを見たくなければ
 おとなしくそこを動かない事だ」
安斎は手に小さな銀色に光る筒を持ち、鈴の正面に立っていた。
「此処で直ぐ石に変えるもは簡単だが、ここまでたどり着いた褒美をやろう
 明日の正午、旅館の近くにある丘に来て貰おうか。
 それまで、この娘は人質として預かっておく、約束の時間になっても姿を現さなければ、
 この娘を石に変えて崖から叩き落してやる。
 ああ、それとこの事を誰かに喋った場合でも同じ運命が待っている」
そう言うと、安斎はスタンガンか何かで鈴を気絶させ、鈴を軽々と抱えて階段から消えていった。
「鈴ちゃん・・・、必ず助けるから・・・」
弥生が旅館に戻り、美樹にもう一人の宿泊客の事を尋ねると、男は既に宿を引き払った後だった。
『協力者はやはりもう一人宿泊客の男だったのかしら?』
弥生は一睡も出来ないまま、運命の日の朝を迎える事になった。



十二月三十日


弥生は指定された場所に一時間以上前に向かったが、そこにはもう安斎の姿があった。
「ほう・・・早いではないか、約束の時間まで、まだ一時間はあるぞ」
男の傍らにはロープで縛られ、猿轡をされた鈴が、怯えた表情で震えていた。
『鈴ちゃん・・・良かった無事だったのね・・・』
安斎が約束を守らず鈴を石にしている可能性もあった。
「約束通り此処に来たんだから、鈴ちゃんを帰して貰えるかしら?」
弥生の言葉を受け、安斎は鈴を弥生の側に突き飛ばした。
鈴の側に駆け寄ると、弥生は急いでロープと猿轡を外した。
「弥生さん!!怖かった、怖かったです!!」
弥生が猿轡を外すと、鈴は弥生に抱きついた。
「予定より早く来たんだ、少し昔話を聞かせてやろう。
 あれは三十年程前の事だ、私は新人の医者としてこの村で診療所を始めた、
 父が資産家でね、開業祝に建物や設備は全て揃えてくれたものだ。
 そして、数年この村で診療を続けていたが、以前も言ったがこの村は余所者に冷たくてな
 医者の私でさえ信用される事は無かった。
 それから暫くして村で自動車事故が起きた、事故にあったのは私の妻と村長の娘だった」
安斎は遠い目で自らの過去を語り始めた。その手には銀色の小さな筒が握られている。
「診療所に運ばれて来たのは村長の娘だけで、私の妻が運ばれて来たのはその一時間以上も後だった。
 その時、妻は手の施しようの無い状態だったよ。
 しかも事故の原因は明らかに村長の娘にある筈だが、村長の娘には何のお咎めも無く、
 まるで私の妻が事故の原因であるかのように言われた。
 今ではこの村でその事を知るものは、古寺の住職位だろうな」
そこで安斎は言葉を詰まらせ、咳を一つすると再び話し始めた。
「私は追い出される様にこの村を後にした。だが私の胸の奥にはいつも妻の無念そうな顔が浮かんでいた、
 いつかこの村の住人に復讐することを誓って、私は母校の大学で細菌の研究に没頭していた。
 そこで、偶然、あのレトロウイルスを発見した。
 そしてこの村に舞い戻り、村民の信用を得る為に十年、我慢をして善人顔で接して来た。
 その甲斐があり、ようやく信用を得る事が出来た」
安斎は満足そうな笑みを浮かべると、更に言葉を続けた。
「だがそれも終わりだ、あと少しで教会の鐘の合図と共に村中に仕掛けた笛と音叉が一斉に響き渡る。
 そうすればこの村の住人は一人残らず物言わぬ石像に変わる」
安斎が手に持っている銀色の筒の様な物は、犬笛を改造した物の様だ。
「もしかして凧揚げをしていた女の子達や、歩いていた少女達を石に変えたのも・・・」
「ああ、それは私だ、小さい時から菓子を配ったり、祭りで優しく接したりして来たからな。
 警戒されること無く、石像に変えることが出来たよ」
小さい子をその手にかけた事に、罪悪感の欠片も無い様な口調で安斎は答えた。
「木下さやかさん母娘や井手さやかさんは、改造した笛の付いたやかんで石に変えたんですね」
鈴の言葉に安斎は感心した様子だった。
「ほう、良く気が付いたな。あのやかんは特別製でね、笛の部分がこれと同じ物になっている、 
 予想と違う点は、沸騰して笛がなる時間と石化する時間に若干の誤差があった為、
 全ての家が火事にならなかった事位だ」
「八歳のきさらちゃんまで巻き込んで恥かしくないんですか?それに澪や白木さんを石に変えて、
 この上まだ沢山の人を石に変えようとするなんて」
弥生の言葉に、安斎は心外と言いたそうな面持ちで、言葉を返した。
「澪や白木と言う旅館での事件はわしの所業では無い、それは協力者の仕業だ、姿を見せてやれ」
安斎がそう言い放つと、旅館の方向から歩いて来る人影が見えた。
「そんな・・・奥村さんが協力者なの?信じられない・・・」
「水谷さん・・・、ごめんなさい・・・私・・・」
美姫は涙を流し、俯いたままだった。

「一人娘を人質に取られ、仕方なくと言っておった割には、随分と協力的だったな
 お前達の食事にウイルスを混ぜて投与したのは彼女の仕業だ。さて、これで役者は揃った、
 三・・・二・・・一、時間だ!!さあ人を石に変える為の鐘がなるぞ!!」
時計の針が正午をさした。
「馬鹿な!!なぜ鐘が鳴らない!!」
安斎は懐から懐中時計を取り出し、時間を確認した、確かに時間は正午を過ぎていた。
「役者はまだ揃ってなかったのさ」
「なにっ!!」
雪に覆われた大きな木の影から、二人の人物が姿を現した。
「馬鹿な・・・お前は・・・」
「ああっ・・・そんな・・・」
安斎と弥生の声。
「澪さん!!それにあの人は・・・」
澪の隣にいる男性は、昨日宿を引き払った筈のもう一人の宿泊客だった。
「あんたの仕掛けは全て取り外しておいた。幾ら待っても鐘も音叉も作動する事は無い」
男は安斎に向かって言い放った。
「お前は一体・・・」
男は髭をペリペリと剥がし、変装を解いた。
「真田晃(さなだあきら)。探偵だ!!」
「くっ・・・、ではせめてこの二人だけでも石に変えてやる、おあああっ」
安斎が笛を吹こうと手を動かすと、晃の放った無数の黒い針の様なものが突き刺さり、
その痛みの為、地面に笛を落としてしまう。
「今がチャンスね・・・、えぃっ!!」
弥生は怯んだ安斎を突き飛ばすと、鈴を縛っていたロープを使い三人がかりで安斎の体を縛り上げた。
地面に落ちていた笛は、鈴がしっかりと回収した。

「でも澪さん、どうして元に戻れたんですか?」
「真田さんが助けてくれたのよ」
澪の言葉を聞いて、弥生と鈴が晃に好奇の視線を送る。
「偶然さ、仕掛けを取り外した時、うっかり変形させた音叉を地面に落としてしまってね。
 その時、地面に転がっていた石の鼠が元に戻って動き出した。
 それで石にされた人達を元に戻す方法がわかったのさ」
晃自身は既に地下室から盗み出したワクチンを投与していたらしく、既に石になる危険が無かったそうだ。
「それと、元に戻すには順序があったのさ。まず、この変形した音叉を使ってウイルスを再び反応させた後、
 ワクチンを投与すればよかったんだ。先にワクチンでウイルスを殺すともう音叉に反応しないからな」
そのことは警察に伝えてあるので、石に変えられた人々も直ぐに元の体を取り戻す事だろう。
「あんたたちが派手に動き回ってくれたおかげで、安斎に気付かれる事なく仕掛けを取り外すことが出来た。
 だが今度から危険な真似はやめておくんだな」
晃はそう言うと、弥生達に背を向けて歩き始めた。
「そうだ、誰も知らない秘湯巡りは、ほんとに出すから買ってもらえると嬉しいな。じゃあな」
最後に晃が言い残した台詞はそれだった。

「終ったわね」
こうして連続石化事件は幕を閉じた。
奥村美姫は安斎に脅されて仕方なく協力させらていた事もあり、数日で無事釈放された。
安斎は逮捕後の検査で末期症状の癌が発見され、程無く息を引き取った。
自らに残された時間が少ない事を承知していたが為、安斎も焦っていたのだろう。
弥生を村に引き入れたのも、美姫を協力者に仕立て上げたのも、自らの復讐を誰かに知って欲しかった、
安斎の本心だったのかもしれない。

この事件の後、村人は一人、また一人と去って行き、程無く村は地図から姿を消した。
残ったのは古寺の住職と旅館の奥村美姫母娘だけで、二人はいつまでも安斎とその妻の供養を続けている。

年に一度、訪れる客が美姫にはとても嬉しい事だった。
「美姫さん、今年もお世話になりますね」
弥生の手には、晃が監修した、誰も知らない秘湯巡りの初版が握られていた。


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