危険な研究結果 後編

作:牧師


研究所内は私が放ったスライム(仮称)による、巨大な実験場に変わっていた。
私は壁面のモニターに映る、監視カメラの映像を切り替えていく。
「スライム(仮称)八型や十一型は失敗作だと思ったが、こうして見ると状況次第という事か」
モニターにはスライム(仮称)十一型に襲われようとしている女性研究員が映っている。
「いやっ、こっちに来ないでっ!!いやっ、いやぁーーーーーーーっ!!」
スピーカーから響く、空気を引き裂く様な彼女の悲鳴。
まあ、あんな物が目の前で蠢いていたら当然と言える反応だろう。
彼女の目の前には、既にスライム(仮称)十一型に襲われ石像に変わり果てた同僚の姿がある。
その事が彼女により一層恐怖を与えているのだろう。
「ひゃあっ、ああああああああっ!!」
スライム(仮称)十一型が彼女の足首辺りまで取り込んだ時点で、彼女は嬌声をあげた。
十一型を失敗作だと判断した理由に、神経を使い強制的に快楽の信号を脳に送り込む為、
被験者は精神に重度の障害を起こす事が上げられる。
つまり、理性を奪い去り、完全に廃人となり快楽の奴隷と化すからだ。
「はあん・・・、あああん、いいっ、すごいぃぃっ!!あはっ、あああああっ!!」
上下の口からダラダラと涎を垂れ流し、瞳は焦点を失い、口からは既に意味のある言葉は出てこない。
彼女は人から、人の形をした獣に変わり果てた。
「もっとも彼女も、もう直ぐ人の形をした獣では無く、人の形をした石に変わるのだがな」
スライム(仮称)十一型は既に彼女の体を胸の辺りまで飲み込み、白衣ごと灰色の石に変えていく。
「ああああっ、ごぶっ」
顔まで飲み込んだスライム(仮称)十一型が口に潜り込んだらしく、少し苦しそうな表情に変わる。
しかし、直ぐに元の快楽に溺れた表情に戻り、彼女はそのまま灰色の石像に変わり果てた。
「十一型は過程が問題だったが、施設を制圧すると言った目的には適しているのかも知れないな」
私はモニターを切り替え、他のスライム(仮称)の被験者を探した。

「山中さん、黒田さん・・・、皆、石像にされてしまったの・・・、いやっ、誰か!!助けて下さい!!」
モニターに映ったのは竹中仁美(たけなかひとみ)確か二十三才の研究員だ。
彼女の豊満な胸が私の目の前で弾む度に、何度、私の繊細な心に傷が付いた事かわからない。
確か97のFカップだとか、そんな話を耳にした記憶がある。
瞳は大きく、カモシカのように細く、白磁の様な美しい足、研究員なのに白魚の様な細い指。
鈴の様な透き通った声を発する形のいい唇。
こんな研究機関のほかに幾らでも就職先があっただろうに。
「こんなのいやっ、ああっ足が石にっ!!お願い、誰でも良いの、たすけてっ!!」
ニュチュニュチュ、ミチュミチュと音を立て、スライム(仮称)が容赦なく仁美の体を飲み込み、
パキパキと乾いた音と共に石に変えていく。
スカートから覗く元から白い足が、さらに真っ白い大理石に変化して行くのが滑稽だった。
「大理石・・・、という事はスライム(仮称)十型か、快楽を与えず、大理石に変える変種だったな」
モニターの向うでパキパキと乾いた音を立て、次第に大理石に姿を変える仁美。
スライム(仮称)十型に飲み込まれ、柔らかい二つの膨らみが、白く硬い大理石に変わろうとしていた。
「お願いです、助けて下さい!!石にっ!!石になんてなりたくないの!!だれかっ!!」
鈴の様な美しい声も、今は悲鳴と助けを繰り返し求めるだけ、まるで壊れたレコードのようだ。
「い・・・や・・・、どう・・・して・・・」
いつも優しい微笑が絶えなかった彼女は、悲しみに彩られた表情で大理石像に姿を変えた。
「なかなかいい表情だったな。え?」
彼女の体からスライム(仮称)が離れた後、それはおきた。
大理石像の仁美が、ユラユラと揺れたと思った次の瞬間、勢い良く前に倒れたのだ。
ゴトン!!と音を響かし、大理石像の仁美は床に叩きつけられた。
「大きな胸が石になった事で重量のバランスが崩れたか。流石に何処か砕けたかな?
 なに!!あれだけの衝撃で首や腕すら砕けていないなんて・・・」
以前、動物で実験した時にも感じた違和感だ。
ウサギを石に変えた後、どんな衝撃を与えても耳はおろか毛の一本すら折れる事は無かった。
「フム、これだけ研究を重ねた私の知らない謎が、スライム(仮称)にはまだあるといった事か」
私はこれらの映像やデータを次々にDVDに落とし、此処を去った後の資料にする為カバンに収めた。

「これだけのデータがあれば今後の研究に困らないだろう、実験への協力を感謝する」
私は所内の廊下を歩きながら、様々な格好で石像に変わり果てた元同僚に挨拶をした。
七型、八型に襲われ、恐怖で凍り付いた表情で石像に変わった女性所員。
九型に襲われ、歪な形に腹部を膨らませ、そのままの形で石像に変わった少女。
「これは九型に襲われたのか?九型は口や肛門、膣口から進入して体内を動き回るからな・・・」
歪な腹部、苦悶の表情で石に変わり永遠にその姿を留めた事は、ご愁傷様としかいい様が無い。
「運が悪かったな」
私は彼女の肩を軽く叩き、聞こえる筈も無い慰めの声をかけ、再び廊下を進み始めた。

廊下の角を曲がると、目の前に信じられない物が存在した。
「何だこれは?こんな事をするタイプは居ないはずだ・・・」
そこにあったのは様々な格好で石像に変わった女性所員達を、
天井から床に伸びたガラスの柱の様なものが包み、キラキラと光を反射させていた。
「この質感、ガラスかクリスタルか・・・、こんな事をする新種が居たとは・・・」
おそらく幾つかのタイプのスライム(仮称)が融合して進化をしたのだろう。
スライム(仮称)のサンプルも各種カバンに収めてある。
今後の実験の課題にすればいい。
私の周りにもスライム(仮称)が蠢いているが、私の着けているネックレスの効果で襲ってくることは無い。
このネックレスのおかげで私だけがこの惨状からまのがれているわけだ。
私はこの地下深くから出る唯一の手段であるエレベーターの前に立ち、到着を待った。

チィンと音を立て、到着したエレベーターの扉が開く。
エレベーターから見た事の無い女性が姿を現した。
「お前は誰だ?まあいい、今日此処に来るとは、運が無いな」
彼女に向かい数匹のスライム(仮称)が這い寄る。
おそらく何型かわからないがスライム(仮称)に飲み込まれ石像に姿を変えるだろう。
「あらあら、いい子に育ったみたいね。こんなに沢山の精気を集めるなんて」
驚いた事に、女性はスライムに触れても石になる事も無く、なにやら愛しそうに語りかけている。
「嘉納葵ちゃんだったかしら?この子達を此処まで育ててくれて、とっても感謝してるわ」
女性は私に向かって訳のわからない事を言い始めた。
初対面の私に何を感謝しているのか、まったく理解できない。
「もう憶えてないみたいね、八年前にかけた術だし、仕方が無いわね」
八年前。
そうだ、どうして私はこんな所に来る事になったのか?
あのスライム(仮称)をどうやって入手したのか?
その記憶が完全に抜け落ちていた。
「今までこんな所に閉じ込められて研究ばかりの日々、とっても辛かったでしょう?
 お礼に、これからゆっくり休ませて上げるわ、さ、いきなさい」
彼女が合図すると、襲って来ない筈のスライム(仮称)が私の体を這い上がって来る。
「なっ、ネックレスをしているのに何故?あああっ、なんだこの感覚?ああっ、気持ちいいっ、ひゃあっ」
スライム(仮称)が私の体を石に変えていく。
石に変わり通常の感覚を失う反面、変わりに凄まじい快感が石に変わった体から押し寄せる。
「そうそう、このネックレスは返して貰うわね」
彼女は私からネックレスを外すと、自らに着け、石像に変わり行く私に、にっこりと微笑んだ。
「さようなら」
そう言って彼女はエレベーターに乗り、研究所から去っていった。
その後姿に見覚えがあり、私は薄れゆく意識の中、記憶の糸を辿った。
「そう・・・か、八年前・・・、このスライム(仮称)とネックレスを私に手渡した・・・」
あの時、彼女は自分の事を魔族だとか言っていた気がする。

その後、脳裏が真っ白に塗りつぶされ、永遠の快楽を生み出す石の体に私の意識は閉じ込められた。

彼女が私を使い此処で行っていた事こそが、真に危険な研究で、これがその結果なのだと私は理解した。

おわり


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