バジリスク 目覚めた凶眼

作:牧師


アメリカ、ワイオミング州の、とある森の一角。
広大な森林の奥にある、小さな洞窟の中でそれは目を覚ました。
ピキピキと卵にヒビが入り、中から小さなトカゲが頭を覗かせた。

数ヵ月後。

ジョージ・サイモンの家族は、久しぶりにキャンプを楽しんでいた。
「はい、お姉ちゃん」
少し離れた所で、姉のキャサリンは妹のナタリーと楽しくビ−チボールで遊んでいた。
「はい、あっ」
ナタリーの投げたボールは横にそれ、ビーチボールはバウンドしながら転がっていく。
「お姉ちゃんごめんね」
ナタリーが謝るとキャサリンはビーチボールを拾いに、森の奥へと歩いて行った。
「あった」
キャサリンがビーチボールを拾った時、奥の繁みが、ガサリと音を立てて揺れた。
「何?」
キャサリンが草むらに視線を向けると、大きなトカゲの頭が繁みを割って出てきた。
トカゲに驚き、思わず、手に持っていたビーチボールを地面に落としてしまう。
「・、」
キャサリンが悲鳴を上げるより早く、トカゲの両眼が開かれる。
その瞬間、キャサリンの体は服ごとパキパキと灰色の石へと変化した。
キャサリンを石像に変えたトカゲは、何かを食べているのか、口を動かしていた。

「なにかあったのお姉ちゃん?」
少しして帰ってこない姉を心配して、妹のナタリーが森の奥に足を踏み入れる。
「あ、いた、お姉ちゃん」
探していた姉の姿を見つけ、ナタリーはキャサリンの元へと走っていく。
「お・・・お姉ちゃん」
ナタリーが目にしたのは、ビーチボールを持ったような格好のまま動かない
物言わぬ石像と化した姉のキャサリンのだった。
「なに?どうして?」
姉の姿に驚いたナタリーは、狼狽しながらも石に変わった姉に少し近づいた。
その時、草むらから覗いた凶眼はナタリーの姿を逃さなかった。
姉に向かい一歩踏み出したその姿のまま、ナタリーも石像へ姿を変えた。

「あなた、そろそろお昼にしましょう。キャサリン達を呼んできて貰えない?」
妻のシェーンは、夫のジョージに、姉妹を呼んでくるようお願いした。
「そうだね、はいこれ」
ジョージはマスの入ったバケツをシェーンに手渡して、森の奥へと向かっていった。
「キャサリン、ナタリー、そろそろお昼にしよう」
姉妹の名前を呼びながらジョージは、辺りを見回す。
「何処まで行ったのかな?あれ?」
ジョージの視線の先では、草むらがガサガサと揺れていた。
「隠れて脅かそうとしてるのかな?よし」
ジョージは足音を立てないように、ゆっくりと草むらに向かっていった
「キャサリン、ナタリー、パパを脅かそうとしたのかな?」
ジョージが草むらを覗き込むとそこには姉妹の姿は無く、凶眼を携えた魔獣が居た。
「なっ」
ジョージが逃げ出すより早く、その眼はジョージの体を石へと変えた。

「まったくみんな何をしてるのかしら」
昼食の準備を済ませたシェーンが、戻ってこないジョージ達を探しに向かう。
「あ、ジョージ。キャサリン達は見つからないの?え・・・」
シェーンの目に映ったのは、草むらを覗き込んだままの格好で石化した
ジョージの姿だった。
「え?何なの?何が起きてるの?」
シェーンはあわててジョージの側に駆け寄ると、泣きながら石化した体に触れた。
ツルツルとした冷たく硬い石の感触が伝わってくる。
その時、パキリと小枝を踏み折る音が聞こえた。
「なに?」
シェーンの横の木陰から大きなトカゲの頭が現われ、凶眼でシェーンを睨み付ける。
その瞬間、ジョージの横に新たな石像が一体増えた。
サイモン一家を石像に変えたトカゲは満足そうに、森の奥へと消えていった。

トカゲは伝説にある【バジリスク】に酷似した凶獣だった。

数週間後。

「ひゃっほう」
猛スピードでキャンピングカーを運転するジャックが奇声を上げる。
「少しスピード上げすぎじゃない?」
サンディがスピード狂のジャックをたしなめる。
「細かい事は気にしないの。ね、ジャック」
ジャックの恋人のエミリーが、サンディに向かってにこやかに話しかけた。
キャンピングカーには他にマリーとウイックが乗っている。
「やっと着いたな、俺の運転でかなり速かっただろう」
五人を乗せた車はキャンプの目的地に着いた。
広大な森が広がり、少し先には湖がある。
「一月ほど前に近くの国立公園も見たんだけど、ここのほうがいいと思ってね」
ウイックが広大な森を見ながら、ジャック達に話しかけてきた。
「確かにここならアレを使うことが出来るかもな」
ジャックが怪しい笑いを浮かべながら、ウイックに返事を返した。
「ジャック、ウイック早くテントの準備をしてください、私達は昼食を作ります」
マリーは昼食の準備を始めた。ジャック達も車からテントを出して組み立て始めた。

「完成、見事な出来だろう?」
ジャックが組み立て終えたテントの前で胸を張っている。
「ああ、流石だ。それよりそろそろ昼食にしよう。あっちも出来てるみたいだし」
車から伸びたテーブルの上には、パエリアや茹でた海老などが並んでいた。
「お疲れ様、はい、ジャック」
エミリーがパエリアを盛り付けた皿を、ジャックに差し出した。
「サンキュー、おっ、美味いな」
ジャックはパエリアを頬張ると、満足そうにエミリーに笑いかけた。
「はい、ウイックもお疲れ様」
それを見てサンディがウイックに、パエリアの盛り付けられた皿を渡す。
「ありがとう、二人はいつもの事だし、仕方ないだろうな」
ウイックはそういうと、笑いながらパエリアにフォークを伸ばした。

「少しこの辺りを散策してみるか」
食事のかたずけが終わった後、ウイックは皆に提案した。
「そうだな、アレが使える場所も探しておきたいし、エミリーも来いよ」
ジャックがエミリーも強引に誘う、他の仲間もクスクスと笑いながら後に続いた。
「あれ?他にもキャンプに来てる人がいるのか?」
穴場だと思った場所だったが、少し先に一台のキャンプカーが止まっていた。
「昼食の準備が済んでる、あれ?」
近づいてみると、テーブルの上には昼食の準備は確かに終わっていた。
しかし、パスタや焼き魚と思われるものは干からびた上、木の葉などが積もっており
たった今作られたものとは到底思えなかった。
「何かあったのかな?誰かが怪我をしたとか」
怪我人が出たらレスキューを呼ぶだろうし、キャンプ所ではなくなるだろう。
「そんな所かな?この近くで起きた殺人事件とかの話も聞かないし」
状況から考えられる事を、マリーとウイックは話した。
「居ないならどうでもいいさ、おい、あっちに何かあるぞ」
ジャックは少し先に、シェーン達の石像があるのを発見した。
「凄い、こんな森の中に、ここまで精巧な石像が飾ってあるなんて」
カレッジで美術を専攻しているマリーは、草むらを覗き込んだままの格好で
石化したジョージと、手を触れたままの状態で石化したシェーンの石像を
興味深そうに見ていた。
「俺は男の方はどうでもいいが、この女性の方はリアルに出来てて好きだな」
ジャックはシェーンの石像を見ながらそう呟いた。
「あれもそうじゃない?」
森の少し先の所に影を見つけ、サンディがその方向を指差した。
「今度は二人の女の子か」
ウイックが見たのはビーチボールを持っていた様な格好で石像と化したキャサリンと
その方向に、一歩踏み出した格好で石像と化したナタリーだった。
「この石像も凄い出来だね、まるで生きてるみたい」
マリーはナタリーの石像に触れてみる。体温はもちろん感じなかったが、もし石像が
動き出したとしても不思議ではないなと感じていた。
「もういいだろう?そろそろ戻ろうぜ」
興味のあまり無いジャックは、テントに戻ろうとした。
「ん?」
目の前の草むらが揺れたかと思うと、白い一匹のウサギが姿を現した。
「何だウサギか、熊なら撃ち殺してた所だ」
禁猟区などお構い無しに、ジャックは持っていたガバメントで撃ち殺しそうだった。
「キャンプにまでそんな物もって来ないでよ」
サンディは少し表情を曇らせて、ジャックに言い放った。

その夜。

「んっ、ここじゃまずいでしょ」
エミリーとジャックは、恋人同士の時間を楽しもうとしていた。
「テントはまずいと思ってここにしたんだが」
キャンピングカーの中で行為に至ろうとしたジャックにエミリーは言った。
「たまには森の中で、っていいと思わない?」
言葉の意味を理解して、ジャックはエミリーと車を後にした。
月明かりを頼りに森の奥に二人は足を進めていく。
「この辺りならいいかな?」
エミリーは上着を脱ぎ捨て、ジャックを妖しく誘う。
「そうだな」
二人がキスをし、ジャックが胸に手をあてた時、近くでガザリと何かが動く音がした。
「だれ?」
エミリーが辺りを見回すが誰も見当たらない。
「気のせいだよ、ほら」
ジャックがキスをしようとエミリーを見つめた時、バジリスクの眼が二人を捉えた。
二人はお互いを見つめたままの格好で、硬く冷たい灰色の石と化した。

翌日の朝。

「おはよう、マリー」
ウイックは朝食の準備をしていたマリーに挨拶をした。
「おはよう、ウイック。ジャックは帰ってきた?」
ウイックの居たテントに誰も居ない事を見越して、マリーは聞いてきた。
「いや、昨日の晩に出てったままだ、エミリーは?」
おそらく二人一緒だと確信しつつ、ヴィックはマリーに聞き返した。
「ご想像通りよ。しかも困った事をしてくれてるし」
キャンプカーからサンディが険しい表情で出てきた。
「何かあったのかい?」
「そうね、とても困ってるわ、車が動きそうに無いの」
朝、サンディが車を見ると、完全にバッテリーが上がってるらしく、
エンジンもかからない状態だった。
「昨晩、ジャック達が電気をつけっ放しにして行ったって事ね」
何をするために森に向かったのかは、全員予想済みだ。
「それは二人が帰ってきたら言ってくれ、朝食にしよう」
ウイック達はマリーの作った朝食を、先に食べ始める事にした。

一時間後。

「幾らなんでも遅いと思わないか?」
帰りの遅いジャック達をヴィックが心配し始めた。
「そうですね、探しに行きませんか?」
マリーも心配そうにヴィックに話しかける。
「俺とサンディで探しに行くよ、入れ違いにならないようマリーは居てくれ」
マリーをテントに残し、ウィックとサンディは森の中へと足を運んだ。

「一体何処にいるんだ?」
広大な森を殆ど何の手がかりも無く探し回る。
「ジャック!!エミリー!!何処ですか?」
サンディは二人の名前を大声で叫び、二人に呼びかけた。
「返事は無しか・・・。ん、アレは?」
ウイックの目には、少し先の木陰に人影らしきものが見えた気がした。
「ジャック、エミリー。居るなら返事くらいしろ」
ウイックとサンディは人影らしき物に近づく。
「そうですよ、二人とも。えっ?」
サンディは言葉を失った。そこにはジャックとエミリーの姿をかたどった
精巧な石像があったからだ。
「これ、まさか本物のジャックとエミリーでは無いんですか?」
エミリーは上半身裸だった。足元には石化してない上着とブラが落ちていた。
「ジャックの持ってたガバメントも石になってる」
ジャックのズボンに差してあったガバメントも、そのまま石化していた。
「何が起きているんだ?」
ウイックは辺りを見回したが、木々のざわめきだけが辺りを支配していた。
「テントに戻りましょう」
目に少し涙を浮かべながら、サンディはテントに足を向け、ウイックも続いた。

「そんな、信じられない」
ウイックとサンディの話を聞いたマリーの第一声がそれだった。
「俺も信じられないさ、しかし、それ以外に考えられない」
マリーは昨日見た精巧な石像の姿を思い出した。
「それじゃあ、昨日私達が見た石像の女の子たちも、生きてた人間って事?」
ウイックは頷くとこれからの事を考え、マリーとサンディに話し始めた。
「これからどうする?逃げるにしても車は動かないし、ジャック達を石に変えた
 何かが襲い掛かってこないとも限らない」
ウイックがバッテリーの上がった車を見て、マリーたちに尋ねた。
マリーとサンディはお互いを見て少し考え、サンディが口を開いた。
「昨日見たキャンプカーは?」
サンディはサイモン一家が乗ってきたキャンプカーの存在に気が付いた。
「それだ、確かあそこにキャンプカーがあった。あれで逃げよう!!」
ウイック達はキャンピングカーに戻ると、必要な物を持ち出すことにした。
「これ・・・。ジャックの?こんな物まで持ってきてたの?」
マリーが発見したのは、M16A2アサルトライフルと七十センチほどの筒だった。
「ジャックはそれを撃ちたかったらしいな、何処で手に入れたのか解らないけど」
ウイック達は荷物を持って、サイモンのキャンピングカーに向かった。

「動きそう?」
マリーは運転席に乗り込んだウイックに尋ねた。
「ダメだ、鍵は付いてるんだが、燃料も無いし、バッテリーも死んでる」
シェーンは調理をするのに車を使い、使った状態のまま石化させられたため、
そのままになっていた車のバッテリーが死んでいた。
「これからどうするの?」
サンディは運転席から降りてきたウイックに尋ねた。
「このまま歩いて道路まででて、乗せてもらうしかないかな?車が通らなければ
 最悪、町まで歩くしか無い」
来る途中、一台も車とすれ違わなかった事を思い出し、ウイックは重い口調で言った。
その時、サンディが遠くの草むらの影から、何か大きな物が覗いてる事に気が付いた。
「なにあれ?蛇の尻尾?」
草むらから覗いていた物は、大きな蛇の尻尾にも見えた。
「あんなに大きな蛇がこの辺りに居るのか?あの尻尾の太さの蛇だとしたら
 十メートル近い大蛇だと思うぞ」
ウイックは背中に差してあった、ベレッタM92Fを構えた、キャンピングカーから
唯一持ち出した武器だった。
「刺激しなければ大丈夫よね?道路に向かいましょう」
尻尾が見えた方と反対側に向かって三人は歩き始めた。サンディがパキッと音をたてて
小枝を踏み折った。
「あっ、しまった?」
尻尾があった所に視線を向けると、音に気付いたらしく、草むらは激しく揺れていた。
「こっちに気が付いた。何だあの大きさは?」
そこに現われたのは、体長五メートル程にも成長した、バジリスクの姿だった。
一見、コモドドラゴンのようにも見えたが、足は左右に四対、合計八本生えていた。
「八本足のトカゲなんて聞いたことないわ。大変、こっちに向かって来てる」
バジリスクは八本の足をゆっくりと動かしながら、ウイック達に迫ってきた。
その眼は閉じられていたが、体温を感知して、正確にウイック達を捕らえていた。
「逃げるぞ、まだ距離はあるけど、トカゲとかワニって奴は狩りの時だけ素早いんだ」
ウイック達は全力で逃げ始める、バジリスクはその後を追いかけて来る。
「キャッ!!」
最後尾を走っていたサンディが、地上に迫り出していた木の根に足を取られ転倒する。
ウイック達が気が付くと、二十メートル程後方でサンディが膝を抱えていた。
「サンディ!!」
ウイックがサンディの元に駆け寄ろうとした時、サンディの五十メートルほど後方で
バジリスクがゆっくりとサンディをその凶眼に収めようとしていた。
「あっ」
バジリスクの眼がサンディの姿を捉えた。パキパキと硬化する音をたてながら、
足を抱え、バジリスクの方を見た姿で、サンディの体は灰色の石に変貌していった。
「サンディの体が石に・・・、ジャック達を石に変えたのもこいつの仕業か!!」
ウイックはベレッタのセーフティーを外すと、バジリスクに向かいトリガーを絞った。
「サンディ達の仇だ、たっぷり受け取れ!!」
数発の銃弾がバジリスクの体に穴を穿つ。何発かははずれて横の木に弾痕を残した。
「これでどうだ?」
ウイックは全弾撃ち尽くし、バジリスクに視線を向けた。
バジリスクは口を僅かに動かすと、血を流しながら横の草むらに消えていった。
「倒せたの?」
マリーがウイックに尋ねた。ウイックは首を横に振りながら答えた。
「手傷を負わせただけだ、もう弾も無い、急いで逃げよう」
マリーは石像と化したサンディを少し見つめた後、ウイックの後の続いた。

森を進むがウイック達はなかなか道路にたどり着く事が出来ない。
「まだ道路に出ないの?こっちで間違いない?」
マリーはウイックにこの方向でいいのか訪ねた。
「ああ、あのトカゲが来ないように、少し離れて道路に向かってるはずなんだけど」
ウイックはバジリスクの進路を予測しながら、鉢合わせしないように計算していた。
「あっちに向かえば直ぐに道路に出るじゃない、急いでいけば大丈夫よ」
ウイックの静止も聞かず、マリーは道路の方向へと駆け出していく。
「ダメだよマリー」
ウイックはマリーに声をかけながら、その後を追った。
「大丈夫、こんな広大な森の中で、そんなに都合よく鉢合わせしないわ」
マリーは道路に向かい、全力で駆けて行く。その姿にバジリスクは気付いていた。
「きゃあ!!」
マリーの目にもバジリスクの姿がはっきりと見えた。バジリスクはその凶眼でマリーを
石に変えるため、ゆっくりと距離を詰めて行く。
「いや、来ないで!!」
マリーは逃げようとしたが、恐怖で体が思うように動かない。
バジリスクはマリーに顔を向けると、ゆっくりと目を開けようとした。
「危ないマリー」
横から飛び出してきたウイックは、マリーを突き飛ばす。
バジリスクの凶眼は、突き飛ばしたウイックを捉え、その体を石化させた。
後にはパキパキと体が石に変わる音だけが残った。
「ウイック!!」
マリーは命を助けてくれたウイックの名前を叫んだ。
バジリスクはウイックを石に変えた後、その場に留まり、口を動かしていた。
「ごめんなさいウイック、私が悪かったわ」
忠告を無視し、道路に向かったマリーを命がけで助けたウイック。
マリーはその思いを無駄にしないため、最初に向かったコースで道路を目指した。

「軍曹、キャンプの下見に付き合わせるなんて話聞いてませんよ」
初老の男が運転する車の助手席で、少しだけ若い男性が不満を言っていた。
「いいじゃないか、どうせ暇だろう?それにもう軍曹はよしてくれ」
男が退役して既に三十年ほど経過していた。
「アンダーソンさんて呼ぶ方が自分には合いませんよ、軍曹と呼ばせてください」
この会話も逢うたびに繰り返されている。
「まあな、俺もヘンドリクスと言うより、リック伍長と言う事の方がが多いからな」
何気ない会話をした二人の車の前に一人の女性が飛び出してきた。
「危ない!!」
急にハンドルを切った車は横の岩に乗り上げ、そのまま木に激突した。
「いたたたっ。大丈夫ですか軍曹?」
リックはアンダーソンの安否を確認した。
「ああ、俺は大丈夫だが、車はお釈迦だな」
何とか這い出したアンダーソンは、大破した車を見てそう言った。
「それより、飛び出してきた奴は何処だ?」
リックが辺りを見回すと、マリーが泣きながら向かってきていた。
「すみません、助けて下さい!!」
車を潰した相手だったが、その真剣な眼差しに興味を惹かれ、話を聞くことにした。

「なるほど、そのトカゲに友達四人を石にされ、命からがら逃げてきたと?」
マリーの話を聞いたリックは、とても信じられないといった表情で、呟いた。
「本当です、ジャックも、エミリーも、サンディも、ウイックも石にされたんです」
泣きながらマリーはアンダーソン達に訴えた、リック達は顔を見合わせ
ため息を付いた。
「マリーさんだったかな?我々に素手でそのトカゲを殴り倒せと言うのかな?」
車は大破して逃げる事も出来ないうえ、武器になりそうな物は持っていなかった。
「そうだ、いくら軍曹でも、素手でそんな危険な事は出来ない」
リックは続けて呟いた。
「せめて何か武器があれば・・・」
リックの呟きを聞いて、マリーはあることに気が付いた。
「武器は・・・あると思います」
ジャックが持って来ていた物を思い出し、マリーはリックにそう言った。

「M16A2か、コイツをまた使うことるとはな」
アンダーソンは慣れた手つきでM16A2に弾倉を差し込むと、
チャージングハンドルをシャコッと音を立てて、操作した。
「こんなものもありますよ軍曹」
リックが見つけたのは七十センチほどの数本の筒だった。
「M72A2(携帯用使い捨てロケット砲)か、懐かしい武器ばかりだな」
リックは三本のM72A2を持ち出した。
「ベトナム以来だが、勘は鈍ってないだろうな、リック伍長」
アンダーソンは不敵な笑みを浮かべて、リックに話しかける。
「まだ腕は落ちてないと思います。軍曹こそ年で手が震えてないですか?」
リックも負けないように、アンダーソンにやり返した。
「まだまだ行けるさ、見てろ」
周りの安全を確認し、アンダーソンは少し離れた木の枝に向かって、トリガーを絞る。
放たれた弾丸は正確に枝を捉え、枝を吹き飛ばした。
「お二人はベトナム戦争で、勲章とか貰った英雄とかなんですか?」
マリーがアンダーソン達にそう言うと、アンダーソンは少し笑いながら答えた。
「マリーさん、ベトナムで勇敢に戦った兵は皆、英雄だよ。我々だけじゃない」
アンダーソンが言うと、リックがマリーの肩に手を置いた。
「それで軍曹。どうやってトカゲを退治しますか?」
リックが聞くと、アンダーソンは周りを見渡し、少し離れた丘に目をとめた。
「あそこを利用しよう、リック伍長、作戦は・・・」
アンダーソンはリックに無線式の通信機を手渡し、作戦の内容を説明した。

「トカゲを発見、誘い込むぞ」
アンダーソンがバジリスクに向かい、距離を取りながら威嚇射撃をしつつ後退する。
「了解、こちらも準備完了です」
通信に答えたリックはM72A2の安全ピンを外し、インナーチューブを引き出す。
バジリスクを捉える為に、ランチャーを肩に乗せ、照準を合わせる。
「後は距離の問題だ、もう少し・・・」
バジリスクはアンダーソンを追いかけ、藪の中をガサガサと走り回る。
距離が遠く、バジリスクもアンダーソンに石化の視線を向けることが出来ない。
「しぶとい奴だ、普通のトカゲなら俺の銃撃だけでも、十分死んでるはずなんだが」
頭部に何発も銃撃を受けながら、バジリスクの追撃は止まる事がなかった。
「今だ!!くたばれ!!」
リックがトリガーを押すと、M72A2から放たれた、66mmHEATロケット弾は
バジリスクの腹部に吸い込まれていった。
激しい爆発音が響き。砂煙が舞い上がり、バジリスクの空気を引き裂くような悲鳴が
マリー達にも聞こえた。
「念のため、もう一撃だ」
撃ち終えたM72A2を投げ捨てると、リックは次のM72A2の発射準備をし
バジリスクの居た場所に照準を合わせた。
砂煙が晴れると、バジリスクがリックの居る場所に向かう為、傷ついた体で
這いずり回っている所だった。
「まだ生きてやがる」
予測していたとはいえ、腹部にロケット弾を受け、内蔵をのぞかせた状態で這い回る
バジリスクの生命力に、リックは言い得ぬ恐怖を覚えた。
リックに顔を向けたバジリスクの頭部に、アンダーソンが容赦ない銃撃を浴びせる。
「さすが軍曹。頼りになります」
銃撃で動きの鈍ったバジリスクの頭部目掛け、リックは二回目のトリガーを押した。
M72A2から放たれた、二発目の66mmHEATロケット弾は
バジリスクの頭部に命中し、多くの人を石像に変えた凶眼と共に砕け散った。
「流石に死んだか・・・」
リックは三本目のM72A2も準備したが、バジリスクは二度と動く事はなかった。

「災難でしたね」
通報で駆けつけた警察官は、アンダーソンとリックに話しかけた。
「キャンプはまたの機会にするよ。マリーさん、あまり気を落さないようにな」
戦場で戦友を多く失ったリック達にも、マリーの気持ちは痛いくらいわかっていた。
「そうです、仇は取れた訳ですから」
リックがそう言うと、マリーは警察の車で保護されて行った。
「石にされた人はどうなる?」
マリーの姿が見えなくなって、アンダーソンは警察官に聞いた。
「一応、保護と言う名目で運び出す事にします」
石にされて生きてるとは思えない。だが調べて手を尽くせるだけ尽くすだろう。
「あと、俺の車は廃車にしておいてくれ。来週、新車が届くんでな」
アンダーソンが笑いながら言うと、リックも笑っていた。
「では、帰るとするか。すまない出してくれ」
警察官に言うと、アンダーソンはパトカーで家へと送られていった。
後には警察が辺りを調べ、念入りに調査をしていた。


数ヵ月後。

小さな洞窟の中でそれは目を覚ます。
ピキピキと卵にヒビが入り、中から小さなトカゲが頭を覗かせた。
その目を開くと近くに居た鼠が、不思議そうな顔で石に変わっていた・・・。




この物語はフィクションです 
実在する地名、人名などとは一切関係ありません。


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