雨宿りと黒い傘

作:牧師


栞は仕方なく、目の前にある古い民家の軒先で雨宿りをする事に決めた。
古い民家は土壁がはがれ、屋根は所々で瓦が欠けており、廃屋の様にも見えた。
周りに人影は無く、静かな軒先に雨音だけが響いていた。
「小雨になってから、急いで家に帰るしかないかな?」
栞の期待と裏腹に、雨は小降りになるどころか、激しさを増して行った。
ザァザァとバケツを引っくり返したような雨が、容赦なく地面を叩きつけている。
「髪が濡れちゃった、家に帰ったら、シャワーを浴びて乾かさないといけないな」
栞が髪をなでると、指を伝ってポタポタと濡れた髪から水が落ちていった。
「ベトベトして気持ち悪い、あんなに晴れてたのに急に降り出すんだもん・・・」
栞は雨に濡れ肌に張り付いたブラウスを、気持ち悪そうに引っ張った。
「嫌だ、ブラが透けて見えてる。周りに誰も居ないからいいかな?」
濡れたブラウスの下には、薄いピンク色のかわいいブラが透けて見えていた。

雨は止む気配を見せず、飽きもせずに、ザァザァと降り注いでいた。
「早く止まないかな・・・、あれ?」
栞が見たのは、軒下に無造作に置かれている、黒い傘だった。
「ああっ傘だ、誰のだろう?借りても良いよね?」
喜んで傘に駆け寄ると、傘が破れていないことを確認し、辺りを見渡した。
「お借りしま〜す」
にこやかにそう言うと、栞は傘を差し、一歩踏み出した。
「助かった〜、でもあんな所に傘なんてあったかな?あれ?」
栞は一歩踏み出した時、言いえぬ違和感に気がついた。
「何これ?いやっ」
黒い傘を握った手がパキパキと音を立て、ゆっくりと灰色の石に変化していた。
「いやっ、離れて、離れてよ〜っ」
傘を握った形のまま石化した手は、まるで一体化したかの様に傘を離さなかった。
「えっ?傘の色が変わってる。右手が石になってく!誰か助けて、手が動かないよ〜」
栞は理解不明な出来事に混乱し、泣きながら助けを求めるしかなかった。
石化した右手に握られている傘の色は、全体が黒から灰色に変わっていった。
栞は傘を離そうと腕を振るが、腕は傘を足に当てた状態で完全に石に変わった。
「足が・・・。傘が触れてる足が石に変わって行く。いやっ、助けて!!」
降り注ぐ雨に濡れる事も構わず、顔をあげ、助けを求めた。
瞳からとめどなく流れる涙が、降り注ぐ雨に洗い流されていく。
そのうちに栞の足は、雨に濡れた靴も、足に張り付いたロングソックスも色を失い
硬く冷たい灰色の石に変化して行った。
「体が動かない、こんなのいや・・・、私・・・こんな所で石に変わるの・・・」
足元から進行した石化は、雨に濡れて張り付いたスカートや、下着の透けて見える
濡れたブラウスも灰色の石に変えていく。
腕から進行した石化も、ピッタリ張り付いた服から進んで、首筋を灰色に染め上げ
雨で濡れてペットリとした髪を、まとめて石化していく。
「あれ?目が・・・霞んで・・・、もう何も見えない・・・」
栞の体はパキパキと音を立て、瞳の光を奪い、灰色の石像へと変わり果てていった。
灰色の石像に変わった栞の体に、激しい雨が降り注ぎ、水しぶきを上げていた。

やがて灰色に変色した傘は、石になった栞の手をするりと抜けて地面に落ちた。
そして傘の部分からまっ白い霧を吐き出すと、傘は黒色に戻っていった。
白い霧は栞の体を包み、霧が晴れると栞の姿はその場から消えていた。

軒下から姿を消した石像に変わった栞は、古民家の土蔵の中に現われていた。
そこには、栞と同じように、雨に濡れた服が肌に張り付いた姿で石像に変えられた
無数の少女達の石像が立ち並んでいた。

古い民家の軒下で、黒い傘は新たな犠牲者が雨宿りに来るのを待ち構えていた。


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