第弐話 「好奇心の代償は−Compensation of curiosity−」

作:アッリア
イラスト:ハカイダー03


麻帆良学園に通う双子の姉妹・・・鳴滝風香(出席番号22番)、鳴滝史伽(出席番号23番)は
急ぎ足で自分達の寮へと急いでいた。
ちなみに、ツインテールヘアのツリ目が姉の風香、お団子頭でタレ目が妹の史伽である。
とにかくおもしろい事が大好きで好奇心旺盛な性格の二人は「近づいてはいけない」と、
部活の先輩達から注意されていた森の中をブラブラしていて、ついつい帰りが
遅くなってしまったのだ。

「お姉ちゃん、急いで帰るです。夕食の時間に間に合わなくなるです」
「よーし、寮まで競争だあー」
「・・・ま、待ってください。おねーちゃん」
速度をあげた姉の風香を、必死に追いかける妹の史伽。
森の出口へと急いでいる二人の視界の片隅を、何か黒い影が動いた。
それは瞬く間であったが、小柄な人の姿であり、肩に大きな袋を担いでいたのを
二人は見逃さなかった。
驚くべきことに、その人影は二人の見知った顔・・・彼女達のクラス2−Aの担任
ネギ・スプリングフィールドであった。

「ネギ先生?こんな時間に、なにしに行くんだろうねー」
「お子様なのに、夜遊びは駄目なのです!!」
「史伽!こっそりと先生の後をつけてみようか?」
顔を膨らまして怒る史伽に、にやにや笑いながら風香がいたずらっぽく言った。
「うんっ!!」
家路を急いでいた二人であったが、迷わずネギ先生の後を追うことにした。
ネギ先生はその小さな身体に似合わない、大きな袋を肩に担いでいる。
そのくせ、異様に歩く速度が速い。
普段から散歩で足腰を鍛えている二人をしても、見失わないようについて行くのがやっとだった。

森の奥へ奥へと進むネギ先生・・・。
それを見失わない様に、必死に追いかける二人・・・。

しばらくすると、ネギ先生の行く手に古ぼけた一軒の洋館が見えてきた。
日はすっかり暮れてしまい、既に空には月が出ている。
洋館の門前でぴたりと立ち止まるネギ先生。
慌てて近くの木立に隠れる二人。
ネギ先生は周囲を見回して、誰もいないことを確認すると洋館の中へと入っていった。

「ほえ〜っ、こんな所にお家があったなんて驚きなのです」
「ネギ先生、この家に何しに来たんだろねー?」

程なく洋館の一室に灯りがつく。
二人は灯りのついた部屋にこっそりと近づき中を覗く。
雑多な物で散らかった部屋に、ネギ先生がいた。
肩に担いでいた袋を床に下ろし、それを開けると、一人の少女が姿を現した。
双子と同じ中等部の制服を着た、前髪で顔を隠しているおとなしそうな少女だ。

(あーっ、本屋だ)
(あわわわわわ、もしかしてもしかするとですー)

少女は、二人と同じクラスの本屋こと宮崎のどかであった。
彼女は口に手を当て、驚いた表情のままぴくりとも動かなかった。
良く見ると肌が異様に青白く、驚きで大きく見開かれた瞳には生気が無い。

(はにゃ、動きせんね?)
(・・・人形!?先生、そんな趣味だったんだ〜)

ネギ先生は分厚い本がぎっしりと詰まった本棚に近づき前に立つと、赤い背表紙の本を奥へと押しこんだ。
本棚は音を立てて横にスライドして行き、新たな部屋が現れる。

本棚の向う側・・・薄暗いその部屋には、麻帆良学園の小・中・高等部、大学部の生徒と思われる
何十人もの少女が立っていた。
セーラー服、ブレザー、ワンピース風の制服姿を始め、体操着やスクール水着などの定番や、
新体操のレオタードやチアガール、テニスやラクロスなどの部活のユニフォーム、
果ては寝巻きや下着姿とバリエーションに富み、ポーズもさまざまであった。
のどかと同じく、誰一人として動かない・・・瞬き一つしないのだ。

「ひぃ!?」
風香は、悲鳴をあげようとした妹の口を塞ぎながら息を呑んだ。
一週間前から行方不明の神楽坂明日菜と近衛木乃香の二人の姿を、
立ち並ぶ少女達の中に見つけたからである。
他の女の子達とは違い、二人とも全裸で、その肌は石膏の様に白かったが・・・。

ネギ先生はのどかを軽々と担ぐと、明日菜の横へと置いた。
「のどかさん、恥ずかしがらずにちゃんと先輩達に挨拶するんですよ。」
「明日菜さん。のどかさんのこと、よろしくお願いしますね」
身動きひとつしないのどかや明日菜に向かって、ネギ先生は話しかける。
薄暗い部屋に月の光が差し込む。
(こぉら、何、勝手なコトをほざいているのよ、このネギ坊主!!!
私達を早く自由にしなさい!?タダじゃ、すまなせないわよッ!!)
(ネギ君、ウチからもお願いするわ。おじいちゃんも心配しているやろしー)
(えっ・・、あ・・・・。ど・・・・どーしたの、私。か・・、身体が動かないです・・・)
明日菜、木乃香、のどかの罵声や哀願、狼狽した声が、双子の頭に直接聞こえてきた。
月が彼女達に何らかの影響を与えたようだ。

(お家に帰して・・・・)
(もう、こんなの嫌〜っ、誰かぁ、助けてぇ・・・・)
(ここから出して・・・・)
(イッソコロシテ、モウラクニナリタイヨ・・・・)
他の少女達の悲鳴や嘆きも聞こえてくる。

「・・・分かっていますよ。じきにクラスメートのみんなも連れてきてあげますよ」
(・・・人の話しを聞けーーーーーーーっ!!!)
(のどかさん、貴方はネギ君にどうやってさらわれたん?)
(あっ、こんにちはーー木乃香さん。わ、私はですね・・・)
(木乃香っ、呑気に世間話なんかしないでっ!!!)


息を殺して窓から離れた双子の顔は、共に恐怖と驚きに彩られていた。
「みんなに知らせなきゃ・・・」
「そ・・、そうだね、お姉ちゃん」
妹の手を引いて、洋館から急いで離れようと駆け出す風香だが、突然その場に立ち止まる。
「ど、どうしたの・・・お姉ちゃん」
姉の背中から恐る恐る前を見ると、部屋の中にいたはずのネギ先生が目の前に立っていた。
「風香さん、史伽さん・・・人の後をつけるのはよくないですよ・・・」
顔は笑顔だが、目が笑っていない。
「悪い子には・・・お仕置きが必要ですね・・・」
奇妙な言語で呪文を唱えながら、右手に持った杖を史伽に向ける。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」
「キング・ミダス、コエウンテース、サギテント・イニミクム、サギタ・マギカ!!」
掛け声とともに、杖の先から黄金の光が史伽に向かってほとばしる。
「きゃあああっ・・・!?」
「駄目〜〜〜〜〜っ!!」
恐怖で身がすくんで動けない史伽の前に、風香が庇うように立ちはだかる。
風香の胸に黄金の光が吸い込まれる。
「お、お姉ちゃん!?」
「・・・あれ、・・・何とも無い?」
黄金の光が直撃した胸元をまじまじと見た後、ネギ先生を見る。
彼は首を捻って、不思議そうな顔をしていた。

胸がチクッと痛んだ。
風香は、右手で軽く心臓を押さえた。
再度、胸元を見た彼女の瞳が、ひときわ大きく見開かれる。
「な、何これ・・・・?」
右手で押さえた辺りに、金色のシミが出来ていた。
金色の染みは、じわりじわりと制服の下へ下へと広がって行く。
「先生っ!何をしたのっ!?」
「ゴ、ゴメンなさい、また間違えちゃいました。
少しばかり痺れてもらおうと”電撃”の呪文を使ったのですが・・・。未熟なもので・・・」
ネギ先生は、自分の頭を左手で小突きながら、舌を出しておどける。

制服を、肩に掛けた鞄を、シュートパンツを金色に染めたシミは
風香引き締まった太股へと広がっていく。
「い・・・っ、痛いっ!!やぁっ!止めてぇっ!!」
「どうしたの、お姉ちゃん、お姉ちゃん!?」
怯えのためか、風香の肩と左手の裾をしっかりと握ってその後ろにいる史伽が心配そうに訊ねる。
後ろにいる史伽には、風香の身に何が起きているのか分からないのだ。
シミは哀願を続ける風香に容赦すること無く広がって行く。
「痛いっ、痛いぃっ!!もう止めてっ!許してぇっ!!」
「お、お姉ちゃん・・・な、なにこれ、痛いよう!」
風香の後ろにいる史伽が、姉に助けを求める声を上げる。
史伽の声に風香が反応する。
「史伽っ!?」
風香が首を後ろに捻って見ると、自分の肩と左手の裾をしっかりと握っていた史伽の手が
黄金色に染まっていくのが見えた。
「せんせぇ・・私は、いい!いいから・・・、せ、せめて・・・
いもうと・・は、たすけ・・て・・くだ・・さい」
「い、痛いぃっ!・・・助けてぇ、お姉ちゃん、たすけてっ・!」
全身が黄金に変わり、喋ることも困難な苦しい状況にありながらも、
助けを求まる声を聞いて、妹の助命を請う姉。
そしてその声を聞き、姉を呼ぶ妹。
「ふみぃ・かだけ、は、ゆ・・許して・・・お、おねがい・・しぃ・・ま・す」
「お姉ちゃん、大丈夫!?しっかりして、お姉ちゃん!?」
シミは風香の顔へと広がって行く。
「ごめん・・ね。ふみぃ・・か・・ぁ・・・、ごめ・・ん・・・」
妹に自分の非力さを詫びながら、風香の顔は黄金色で染め上げられた。
「お姉ちゃん?お姉ちゃん! 返事をしてよ」
史伽が泣きながら呼び掛けるが、風香からの返事もない。
「嘘でしょ・・?ねぇ・・・お姉ちゃん、返事をしてよ!お願い!!お姉ちゃん!!」
黄金と化した風香に、何度も何度も呼び掛ける史伽。
「お姉ちゃん・・・。おねえちゃん・・・・」
動かなくなった姉を前にすすり泣く史伽に対しても、シミは容赦無かった。

風香と同じく、史伽の全身に金色のシミは広がって行く。
「・・・せんせぇ・・・く、くるし・・・助け・・・」
史伽は、弱々しい声で涙を流しながらネギ先生に助けを求める。
「苦しいでしょうね・・・。自分の身体が金属に変わっていくのですから・・・」
「うくぅ・・・あ、あぁう・・・」
焦点の定まらない目で、黄金の塊となった姉の身体を見つめる史伽。
「おねえぇ・・ちゃ・・・ん・・・」
最後にそう言って、史伽は目を見開いたまま動かなくなった。

「こちらの格言で”災い転じて福と茄子”という事ですね」
「福は分かりますが、茄子はどういう意味でしょうね?」
ネギは、何処からとも無くクラス名簿を取り出すと鳴滝風香と鳴滝史伽の顔写真にバツ印をつける。
「風香ちゃん、史伽ちゃん、おしまいっと♪」
ネギは黄金色に染め上げれた双子の像を洋館の中へと運びながら呟いた。
「次はどの娘にしようかな♪」


戻る