石化蝶

作:43


少女は今、動けなくされている。
…というより、今はもう、『少女だったモノ』と表現するべきなのだろうか?

小学校に通う道、通学路にて、その『蝶』は現れた。
黒と翡翠の羽を持つ、7匹の蝶。
『あ……』
赤いランドセル、白い半袖ブラウス、赤いリボン、そして灰色のスカート。
近くの小学校に通う小学3年生の少女2人の前に、その蝶は舞いながら、現れた。


『アレって?
クロミドリアゲハ?』
確か学校新聞で見た事がある。
毒を持って危険で、見かけたらすぐに逃げるようにと、書いてた。
そして、その翡翠と黒のコラボレーションで構成された美しい羽根を見つめてはいけないとも、書かれていた。
『アレって危ないよねサクラちゃん』
髪の毛を三つ編みにした少女『スミレ』が、ロングヘアーでカチューシャを付けている少女『サクラ』に話しかける。


しかし…、羽根は、まだ幼い少女の興味を惹くには、十分だった。
サクラの目の前をヒラヒラと飛ぶ、翡翠と黒。
『一応離れない? サクラちゃん?』
スミレが、同級生に話しかける。
だが、返事がない。

『アレ?聞こえなかったかな?
おーい、サクラちゃーん』
もう一度、今度は先程よりも大きな声を出す。

しかし、本来返事を返さなければいけない少女は
小さい口をポカンと開け、目を見開きながら ……ジーっと、その蝶を見つめている。

『………』
『ちょっと!どうしたの!?』
スミレが再び話しかける…、というより、叫んだと言った方が良いのだろうか?
しかし、遅かった。
サクラちゃんと呼ばれた少女は、もう遅かった。

『その翡翠と黒のコラボレーションで構成された美しい羽根を見つめてはいけない』
それは逆に『見たら何かが起こる』という事である。

蝶の羽根は美しい。
毒を持ち、人から忌み嫌われる存在であるこの『クロミドリアゲハ』も…例外ではなかった。
…いや、ある意味では、その美しさが、例外だったのかもしれない。
見る者を一瞬にして魅了させ…、他の事は何も考えられなくする美しさを、この蝶は持っていた。

つまり、小学生の幼い少女は、この蝶の羽根に、あっという間に『魅了』されてしまったのである。

『………』
無言で、フラフラとしながら、蝶の群れへと向かっていく、小さな体。
『サクラちゃん!そっちにいったら危ない!!』
今度は名前を叫ぶ。そして、自分も一緒に、蝶の群れへと向かっていく。
…否、向かってい『こうとした』

『え?体が動かない!?』
叫んだスミレの上に…3匹。
その3匹はサクラより、スミレの…同じ位小さな体が、お気に召したのだろう。
『何で!何で動かないの!?』
スミレは一生懸命、体を動かそうとする。
だが、彼女の幼い体は、まるで凍りついたかのように、右手を前に突き出し、走りだそうと一歩踏み込んだ状態のまま、固定されている。
『…サクラちゃん!!』
そして、助けたい友達の名前を叫び、同時に見た。

『え?
い、いやぁぁぁぁあああああ!!!!!』

友達の姿を見て絶叫したのは、スミレ。
『何でよサクラちゃん!!
何でよ!!何でサクラちゃんが…!!!』
一瞬躊躇する。その言葉は果たして、喋っても良い言葉なのだろうか?
しかし…まだ精神的に未発達の少女にとって、その事実は、叫ばなければならなかった。


『何でサクラちゃんが石になっているのよぉ!!』


まるで、国語の教科書に乗っている魔女の話だ。
その魔女は子供達を石にしつつも、最後は一人の少女によって倒され、石にされた子供達も元に戻っている。
しかし、今のスミレには、そんな物語の結末を思い出すのには不可能であった。
それは、今まで架空の世界に描かれた…とっても怖い現象が、目の前に
…しかも、自分がとっても大好きな『サクラちゃん』に起こっている!!

サクラは『きをつけ』をしていた。
『きをつけ』をしながら…、体の至るところに拭きかけられる、黄色い『リンプン』の雨に、その身を晒していた。
口は開かれ、目も開かれ、無防備のまま、蝶達の真ん中に立った少女。

そして、少女の肩と、カチューシャの右端、そして右足の白い…白かったハイソックスと、まだ全く出ていない胸の辺りが
……学校の前にある石の彫刻と、同じ色をしていたのである。

『サクラちゃん!、足と肩が石になってるよ!!!』
物凄く現世離れした発言をしている事は、解らなかった。
今のスミレに冷静な判断を要求する方が、酷だろう。
目の前で親友が石にされて、自分の体が全くと言って良い程動かなく、更に周りには『危険』と言われた蝶が7匹のである。

『サクラちゃん!逃げて!!!』
精一杯叫ぶ。
…しかし、親友のサクラは目の前で硬くなっている。
更に、本人は既に、立ちながら『気絶』しているのだ。
恐らく、今彼女の体(まだ、『人間』である部分』を)触っても、硬く、冷たい感覚しか帰ってこないだろう。
サクラの体は、リンプンが起こす科学変異によって、硬直に近い状態になっている。

『サクラちゃん!!サクラちゃん!!!』
それは、今目の前で動けなくなっている少女の名前を連呼しているスミレも、一緒であった。
まだ彼女の体は石になっていないが、時間が止められたかのように動けなくなっている。
体の何処かが灰色に変色するのも、時間の問題
…というより、刹那の問題だった。

『痛っ!!!』
突如、右の膝と左の手のひらに走る、針で突かれた様な感覚。
『あ、い!あ!!!』
そして、その痛みが全身に走る』
『何これ!? 痛い痛い!!
やめて!!助けて!!!!痛いよぉ!!』
涙が出て、その涙が地面に着いた瞬間、粉々に砕けた。
目が霞む、…腕が重くなり、全身が次に、まるで鎧を着たかの様に重くなる。
今、スミレの制服が
……自分で着てて、少し地味だなぁと思っていたブラウスとスカートが、液体に染みた布のそれの様に、灰色に染まっていく。
やがて、サクラを助けたそうと伸ばしたその手も……リンプンに晒されたまま、肌色では無くなっていく。
『い……いやあ!』
再び響く…かに思われた絶叫。
しかし、……それは聞こえなかった。

大きく開けられた口からは、声が発せられる事は無くなった。
『………』
涙が石になる。それと同時に、目が見えなくなり。
聞こえていた風の音も、やがて無くなる。
最後に……、スミレの意識が、深い闇の其処へと沈んだ。
彼女は動く事も、見る事も、聞く事も、喋る事も、考える事も出来なくなってしまった。
そして、二人の全身も、まもなく全てが石化しようとしていた…。




数時間後、スミレの…硬くなった三つ編みの上に、蝶が下りた。
その蝶は三つ編みの上で…サクラを魅了した美しい羽根を広げ、上空でリンプンを撒き散らしている雌に対する求愛行動を、静かに始める。
雌は−最近石化作用を持つ事が発見されたばかりの−リンプンを撒き散らすのをやめ、雄に近付く。
三つ編みの上から、頭の上に移動した二匹は……、そのまま交尾を始めた。



そして、サクラのカチューシャの上と、スミレの口の中、そして二人のスカートの中に、たくさんの卵が付着した。
やがてその卵が孵化した時、二つの石像は元に戻る事も、最近判明した。
しかし今は……『珍種を絶滅させるわけにはいかない』という世界の方針から、恐怖の表情のまま、この場所に佇む以外は、二人には出来なかったのである。


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