先生、程々に。 紫堂さんより


博物館で社会見学中の子供たち。
先生の説明なんかそっちのけで走り回っていた少年は、ある一室に入ってようやく足を止めました。
展示室の中央には、明かりに白々と照らされた巨大な氷塊。
そしてその中には、少女が閉じ込められていました。
立ち尽くす少年の背後のドアが開き、先生と他の皆が入ってきます。
「さっむー」
「あ、私これパンフで見た。特別公開なんだ」
「なんか怖いね」
口々にお喋りを始める生徒たち。
先生はぱんぱんと手を叩き、生徒の注意を集めます。
「はい皆さん、静かに。これがさっき言った、『氷漬けのマリア』です」
「先生、この子ってなんで凍っちゃったんですか?」
「この子…マリアは、三百年程前までこの地域を治めていた領主の娘なのよ。
 マリアはある時、不治の病に犯されたの。
 そして、病気の進行を抑える為に、魔道で氷の中に閉じ込められた…冷凍睡眠って奴ね。
 しかしその後、領主はその座を追われてしまった。
 彼女は『美術品』として競りに掛けられて…今に至るという訳よ」
「はい先生。…三百年前の不治の病なら、今の技術なら治せるんじゃないですか?」
「ええ、そうね。けどハンナ、貴女ならどうかしら?
 お父さんもお母さんも仲のいい友達ももういない。
 家も没落、面倒を見てくれるひともいない。
 そんな時に眠りを解かれたとして、幸せだと思う?」
「…うーん、微妙かも」
「でしょう?…ああ、それにしても素晴らしいわね。
 古代の魔法技術は素晴らしいわ、今ではこんな綺麗に人間を氷漬けにするなんて難しいでしょうね」
先生はうっとりとマリアを眺めています。
その目には、美術品を愛でているのとは少し違う、妖しい輝きが宿っていました。
ハンナは黙って、先生の横顔を眺めていたのでした。


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